ep.41 炭火焼き鳥
朝目覚めると、太陽はまだ上がっていない。いつも通り顔を洗い目を覚ます。薪ストーブに薪をいれて火魔法で燃やして暖を取る。
二人はまだ寝ているが、クインは俺が起きたのを察知したのかすり寄って来た。
「おはようクイン。今日は一段と冷えるね」
ふるふる!
今日は一段と冷えるので、いつものように薪ストーブ以外にも魔法で温度を調節しようかとも思ったが、なんとなく冬の寒さを楽しむために薪ストーブのみにしてみた。
クインをひとしきり撫でた後は、クインを頭に乗せて朝ご飯を作り始める。
今日の朝食は、麦粥の卵味噌風味、なすの煮浸し、ウェルバードの炭火焼き、野菜スープだ。
なすと言っても、なすっぽい野菜というのが正解かもしれない。食感も味もなすそのものなので、なすと呼んでいる。
部屋いっぱいにご飯のいい匂いが漂い始めると、2人は焦ったように起きてきて、挨拶をしてくれる。
「ご主人様おはようございます!寝すぎてしまいました!」
「おはようございますご主人様。食器を準備しますね」
ほらね。ルナはやっぱり真面目だし、ヨミは朝起きるのを諦めたのか準備を手伝ってくれる。
奴隷としては駄目なのかもしれないが、俺は存外この雰囲気が好きだから問題ない。
「顔を洗っておいで。ぬるま湯を桶に貯めておいたから使うといいよ」
2人が顔を洗っている間に配膳を済ませて、クインと戯れる。
さぁ、朝食だ!
「「「いただきます」」」
朝食を食べながらその日何をするか話すのが最近の流れだ。
「ご主人様、今日の予定はどうされますか?」
「2人には午前中は家の掃除をお願いするよ。掃除が終われば特にやることもないから、自由にしてて。王都に出かけてもいいしね。半日休暇と思ってくれればいいかな。俺は午前中にちょっと行くところがあるからいないけど、午後からは家にいるから」
「「かしこまりました!」」
2人はスタンピードで稼いだお金を持っているので特にお小遣いはいらないらしい。
スタンピードで稼いだお金を全額渡されたときは驚いたが、2人で使うように言い含めてある。
さすがに命かけたお金をもらうのはちょっとね。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
「「行ってらっしゃいませご主人様」」
最初に向かうは肉串のおっちゃんのところだ。
お肉を渡してから数日経ったし、炭焼きについても布教したい。あの絶品のタレを炭火で焼いたらめちゃくちゃ美味いと思うんだよな~。
「おっちゃん久しぶり!調子はどう?」
「おおボウズか!待ってたぜ!色々試してみたが、やはりハイオークの肉は最高に美味いな!しかし、サンダーイーグルの肉はもっとやばいな!というかこんないい肉どこで手に入れてきたんだボウズ。聞いた話じゃAランク相当らしいじゃねぇか!」
「まぁいいじゃん美味しければ!これからもサンダーイーグルの肉はたまに卸してあげるから!とりあえずおっちゃん、これ」
追加分のハイオーク肉300kgとサンダーイーグルの肉50kgを渡すと、お代として金貨10枚をくれた。
ぶっちゃけ価値からすると代金としては全く足りないが、別に問題ない。
「すまねぇなボウズ、これ以上は・・・」
「いやいいよ。それよりおっちゃん。相談があるんだけど」
そう言って取り出すのは七輪と炭だ。
「これはなんだ?」
「おっちゃん、焼いてない串を何本か頂戴」
「サンダーイーグルとハイオークの串を2本でいいか?」
炭に火をいれて貰った串を焼き始める。適度に焼きあがったところでいい匂いがし始めるが、ここからが本番だ。
「おっちゃん秘伝のタレをこれに塗って!」
刷毛でタレをたっぷりと塗り、炭火で焼くと先ほどとは比べ物にならないほどいい匂いが辺りを包む。
道行く人が匂いの元を探し始めたようだがお構いなしだ。
「おっちゃんできたよ。肉串の炭火焼きだ!」
ゴクリ「こ、これはマジで美味そうだな」
まずはハイオークの肉串を頬張るとやはり美味い!昨日家でもやったけどタレが違うだけで全然違う!おっちゃんのタレは天下一品だ!
「なんだこれ?!レベルがグンと良くなってやがる!それに口の中に入れた後も風味がすごいぞ!食べ終わった後の鼻から抜ける空気までもが美味く感じるぜ!」
・・・この世界の人って食レポが上手い人が多くないか?おっちゃんの言葉だけで食欲が湧いちゃった。朝ごはん食べたんだけどな?
サンダーイーグルの肉串も最高に美味しかった。
「おっちゃん、今度までに肉と肉の間にネギをぶつ切りにしたやつを挟んで焼いてみてよ!絶対美味いから!特にサンダーイーグルの肉ね!」
「なに?!それは美味そうだな。任しとけ!完璧に仕上げてやる!というかボウズ、色々試したいからこの火鉢と炭?を借りてもいいか?」
「もちろんいいよ!それと、火鉢じゃなくて七輪だよおっちゃん」
「七輪だな?覚えたぜ。使い方もさっきの見てたから大丈夫だ」
「火事には気を付けてね」
「おうよ!それにしてもこれは最高に美味いな!!我ながらタレがいい仕事している!」
そんなことを話していると、道行く人から話しかけられた。
「お、おい店主!俺にもそれを売ってくれ!金なら払う!」
「俺もだ俺にも売ってくれ!」
「私も頂戴!10本買うわ!」
匂いの元を見つけた人たちが群がってきたが、全然用意ができていない。
「ボウズ、今暇か?」
「え?いや、暇じゃないよ」
「そこを何とか!頼む!明日からは家族にも手伝ってもらうが、今日だけ頼む!なんなら一時間でいいから!」
客もどんどん増えているし、仕方ないので手伝ってやることとなった。
ちょこっと路地に入って大きめの七輪をいくつか作る。それを使っておっちゃんの露店の裏で火を起こす。鉄網はおっちゃんが大きいのを持っていたのでそれを代用だ。
結局客が客を呼び、解放されたのは昼頃だった。準備していた肉串が売り切れたゆえに今日は店仕舞いするらしい。
「いやーボウズ助かったよ!これは今日の礼だ。サンダーイーグルとハイオークの串10本ずつだ。是非食べてくれ」
「ありがとおっちゃん!じゃあ、炭と七輪は置いてくから頑張ってね」
さっき使った七輪と炭100kgあればとりあえずは大丈夫だろう。
でもあのペースだと炭は一瞬で無くなりそうだから、また作りにいかないとな。
次に向かったのはレブラントさんのところだ。
「おや、アウル君久しぶりだね。そろそろ王城から遣いは来たかい?」
「こんにちはレブラントさん。いえ、まだ来てないですね。今日はこれを売ろうと思ってきました。あとついでに羽毛も20袋持ってきました」
「ちょうど良かった!あんなにもらった羽毛だけど、ロッキングチェアが思ったよりも売れて足りなくて困ってたんだ!ん・・・これは赤松茸だね。もしかして、迷宮で取ってきたのかい?こんなにたくさん?」
「そうですよ。売れますか?」
「もちろん買い取るさ!これだけ立派なものだと1本金貨1枚はするよ!」
「本当に高いんですね!多分50本くらいあります」
「全部で・・・49本だね。羽毛の分も含めて、おまけして白金貨40枚と金貨50枚にしておくよ。今はちょうど手元にお金があるから払っておくね」
「ありがとうございます。じゃあ今日はこれで」
「そうだアウル君!近々王城に呼ばれるだろう?最近、一部の騎士団にきな臭い噂を聞いた。十分に注意したほうがいいよ」
「どんな噂なんです?」
「・・・ここだけの話だけど、王国を裏切って別の国にいろんな情報を売っているんじゃないかって噂だよ。アウル君も一躍有名になるかもしれないからね」
「情報ありがとうレブラントさん!」
騎士団か・・・。会ったことは未だないけど、注意だけはしておこう。
家には昼過ぎくらいにはなんとか帰ることができた。2人のおかげで家は奇麗に片付けられており、2人はソファーでゆったりとしていた。
「ただいま。少し遅くなっちゃった」
「「おかえりなさいませご主人様」」
「お昼はもう食べた?」
「いえ、まだですが」
「ご主人様と食べようと思って待っておりました」
おっと、それは悪いことをしたな。お土産の肉串をみんなで食べようか。
「おっちゃんの所で肉串を焼いてもらったからみんなで食べよう」
「「いい匂いです!」」
ふるふる!!
クインもこのいい匂いにはテンションが上がっているようだ。クインにもこの肉串を上げよう。
いつもは生肉を食べているクインだが、どうやら炭火肉串に興味が沸いたようだ。
このあとみんなで食べたが、やはり美味かった。2人は言わずもがな喜んでいたし、クインも嬉しそうに食べていた。
うん・・・可愛すぎる。たまにはこの肉串を食べさせてあげようと誓った。
肉串を食べ終えたらルナとヨミは出かけると思っていたが、今日は家でゆっくりするらしい。
食後のデザートにクッキーをみんなで食べながら、紅茶を飲んでいると不意にドアをノックされた。
「ヨミ、頼むよ」
「はい、任せてください」
ヨミが出てから2、3分経つが、帰ってこない。何かあったのか?
「ヨミ、何かあったのか?」
「あ、ご主人様。この方達が王城からの遣いの方々です」
訪れていたのは豪華な鎧を着た騎士2人。おそらく騎士団の人だろう。1人は男で1人は女だ。年はまだ若そうに見えるが男の人が25〜28歳くらいだろうか。女の人はもっと若い。下手すれば20歳以下の可能性もあるな。
「すみません、私がここの家主のアウルです」
「俺は第2騎士団所属のラング・オレンツだ。で、こっちがサルラード・イルリア。今日は王城からの遣いで来たんだ」
「こんな所ではなんですので、中にどうぞ」
「邪魔させてもらうぜ」
「・・・・お邪魔します」
イルリアさんはどうやら無口な人のようだ。
「狭いですが、ソファーにでも掛けてください」
騎士2人が座ったタイミングでルナが紅茶を出してくれた。その所作は完璧で、これだけ見たら完璧なメイドさんだ。…クッキーさえ一緒に出さなければだけど。
気遣いは完璧なのだけど、出したらダメだよルナ…。
「……クッキー?」
「え、ええ。たまたま有りましたので」
嘘はついてない。別にたまたま作ってあったのだ。
「……なかなか手に入らないのに、いいの?」
「ええ、どうぞ?」
話もせずにイルリアさんは黙々とクッキーを食べ始めた。もちろん、紅茶も一緒に美味しそうに味わっているが、猫舌なのか冷まして飲んでいるのがまた可愛く見える。
「それで、王城からのお話を聞いても?」
「イルリアがすまんな。王城へは今日から5日後の昼に来て欲しい。この招待状を門番に渡せば中に案内してもらえるだろう。それと、服装だが別にいつも通りでいい。汚すぎはダメだがある程度普通なら問題ない。それと所作については王城に着いたら、係の人が教えてくれる手筈になっている。武器は持ち込めないから注意してくれ。一応、今回の事件の立役者として呼ばれることになってるから、そのつもりでいてくれ。あと、そこのメイドの嬢ちゃん達も一緒に来いよ、スタンピードで活躍した者も呼べとのことだ」
なるほど、バラックさんから聞いてた通りな感じだな。
「こんなところだが、なんか聞きたいことあるか?」
「では1つだけ。…今回の事件、国としてはどこまで把握されているのですか?」
暗にこの事件の真相は別にあるのではないのですか?という意味も込めて聞いてみたが、はてさてなんて答えてくれるかな?
「ほう…。正直、把握しきれてないというのが本音だ。今色々と王城もバタついててな。まぁ、そのせいでここに来るのが遅くなったんだが」
「そうなんですか・・・」
色々ってのはレブラントさんが言ってた騎士団がらみか・・・?まぁ、教えてくれるわけないわな。
「俺からも1ついいか?」
「なんでしょう?」
「ホーンキマイラはどうやって倒した?…というか、本当にお前が倒したのか?」
途端にオレンツから殺気と威圧が迸る。が、それに瞬時に反応したのは俺ではなくルナとヨミだ。オレンツの首元に短剣を当てるヨミと、即座にアクアランスを無詠唱で展開するルナ。
「へぇ…。かなり鍛えられてるみたいだなこのメイド。魔法も無詠唱だったし、かなり気に入ったぜ。しかし、問題はお前さんだ。俺の殺気にも威圧にも動じないなんて、一体何者だ?」
ここはなんて答えるのが正解なんだろう?貧乏農家ですって答えてもいいけど、絶対信じてもらえないよね・・・。うーん、こんな時こそ困った時の愛想笑いだ!
にっこり
………あれ。
「はっはっはっ、正体は明かせないってか?まぁいいわ。なーんか興が醒めちまった。今日はこんなところで帰らせてもらう。いくぞイル」
「……うん……お茶とクッキー、美味しかった……。ありがと…」
オレンツさんとイルリアさんは帰ってしまったが、ぶっちゃけイルリアさんは何しに来たんだ?
にしても5日後か。思ったよりも時間あるし色々実験するぞー!!ついでだし料理も色々研究しようかな?炭も作りたいし。
まぁ、何はなくとも今日はのんびりしようっと!
・・・あぁ、ロッキングチェアは本当に素晴らしいな。
SIDE:第2騎士団団長オレンツ
俺は今、ホーンキマイラを倒したっていうガキの家から帰る途中だ。
俺の横を歩くこの若い女は、見てくれは静かそうな女だがこれでも第2騎士団副団長をやっている。
正体を敢えて全部話さずに様子を見たが、あまり意味なかったな。
「んで?あのアウルとかいうガキはどうだった?お前の目にはどう映った?」
「……一言では、形容し難い存在…。…けど…悪い人じゃ…ない…と思う」
「思うだぁ?お前にしては偉く自信なさそうじゃねぇか。なんか見えないものでもあったのか?」
「…彼は…底がしれない……。けど、面白い…。クッキーも、おいしかった。とてもとても、美味しかった…」
これは驚いた。イルの目でも判断しきれない上に、イルに初見で好かれるなんてな。運がいいのか悪いのかよく分からんが、とにかく国王には報告が必要だな。
「……ねぇ、オレンツ」
「なんだよ」
「…クッキーの、ために…死んで…?」
「唐突に物騒だな?!嫌だよ!てか、どうやったら今の流れでそうなるんだ?!」
「…ちっ」
イルのやつ怖すぎだろ!
はぁ…。あ、そういや俺、クッキー食ってねえ…。
SIED:第2騎士団副団長イルリア
久しぶりにクッキーを食べた。あれは本当に素晴らしい。私が口下手じゃなければずっとあの素晴らしさについて語っていたいくらい素晴らしい。
それにあのアウルという少年も興味深い。私の恩恵の看破をもってしても見切れなかった。
エリーの審美眼ならあの少年の全てを見られたんだろうか…?気になる。
今度エリーにクッキーを食べたと自慢しに行かなきゃ。
にしても、今日食べたクッキーは以前買ったものよりも数段美味しかった。エリーが言ってた奇跡の料理人ってもしかしてアウル君のことなのかな?また行けば食べられるかな?
厚かましいって思われるかな?いや、でも大丈夫だよね。…アウル君優しそうだったし。奴隷メイドの子たちも物凄く可愛かった。あの子たちも毎日クッキーたべてるのかな。私も奴隷メイドになればクッキー食べられるかな?
でも、そんなことオレンツが許してくれないし…。
クッキーのためにオレンツを消す必要があるかもしれないな。そうすればアウル君の奴隷メイドの道が開く気がする。
「……ねぇ、オレンツ」
「なんだよ」
「…クッキーの、ために…死んで…?」
「唐突に物騒だな?!嫌だよ!てか、どうやったら今の流れでそうなるんだ?!」
「…ちっ」
オレンツのアホめ。
アウル君まっててね。いつか私も…。
SIDE:アウル
ぞくっっ!
「なんだっ!?!」
「ご主人様どうされたのですか?」
「いや、急に物凄い寒気がしてな?」
「うふふ、風邪ですか?私が温めてあげますよ?」
正体を隠されているから分からなかったとはいえ、団長の殺気と威圧に動じなかったせいで団長と国王には完全に目を付けられることとなった。
また、イルリアにも違う意味で目を付けられたアウル。
不当な権力には屈しないというのがアウルの信条であるが、そんなのはお構いなしにどんどん厄介ごとに巻き込まれていくのであった。
ちょっとずつ更新します。
評価・ブクマしてもらえたら嬉しいです。




