ep.35 破天荒な王女
「あなたが奇跡の料理人ね!やっと見つけたわ!」
初めて会った女の子はアリスと同じくらい可愛くて、目がくりっとしているとびきり美人な女の子だった。しかし、その可愛い口から出た言葉は、全くもって可愛くないし聞きたくない言葉であった。
「いえ、人違いです」
「あら、そうなの?なーんだ。・・・って騙されないわよ!」
「殿下、平民には殿下を知らない輩もいるようです。なので自己紹介をされればよろしいかと」
女の子の付き人と思われる侍女らしきおばさんがアドバイスをしている。
「私としたことが少し興奮しすぎたようね。遅ればせながら、私はライヤード王国の第3王女『ライヤード・フォン・エリザベス』よ!・・ごほっごほっ」
おっと、分かってはいたがやはり王女殿下だったか。アリスが言っていたのはこのことだったのだろう。しかし、よりにもよって王女様とは好都合じゃないか。
「私の名前はアウルと申します。しかし、何故に私が奇跡の料理人だとお思いになられたので?」
ヨミがこちらを怪訝そうな目で見ている。
・・・いや、俺だって敬語くらい使えるからな?
「そんなのは簡単よ。赫き翼の方達がベーコンの製作者を突き止めたという噂を聞いたから同行させてもらったの。ベーコンとクッキーは製作者が同じだと推測していたからね」
ほう。頭はかなり切れるようだな。舐めてかかると痛い目を見そうだが、お菓子の前にはひれ伏すのが目に見えているな。
「そこまで分かっているなら仕方ありません。確かに俺がアリスの誕生日パーティーの料理を担当した張本人だ。何か問題あったか?」
「貴様!殿下に向かってなんて口の聞き方を!」
「いいのよ婆や。問題?はん、笑わせないで!問題大有りよ!私も奇跡の料理を食べてみたいわ!私は王族だから貴族の誕生日パーティーには参加できないの。贔屓だとか言われるし、主賓より目立っちゃうからね。けど、アリスは公爵家。基本的に貴族家は皆んなが参加できるの。要はたくさんの貴族が美味しいご飯や甘味を食べたというのに、私が食べていないというのは不公平よ!!」
あぁ分かった。こんなこと言ってるけど要は羨ましいんだな?最初からそう言ってくれよわかりにくい。
「そういうことだから、私にも料理や甘味を作りなさい!腕前次第では私が召し抱えてあげてもいいわ!そこの奴隷2人ともね。え・・・?あ、いや。どうかしら、悪い話ではないはずよ!」
ルナを見て一瞬固まったように見えたが気のせいか?心なしか動揺しているようにも見えるが。・・・気のせいか。ルナは平然としているし、考えすぎか。
「いや、俺は誰かの下に付くつもりはない。アリスの誕生日パーティーを手伝ったのは、ちょっとした借りを返しただけだ。それに報酬はきっちりもらったしな」
「むむむむ・・・。ちなみにいくら貰ったのよ。ごほっ」
これは言ってもいいのか?まぁ、いいか。公爵家に聞けば分かることだろうしな。
「白金貨500枚だ」
・・・・・・
場を静寂が支配した。ルナとヨミに至っては指を折って自分たちが何人分か換算しているようだ。赫き翼に至っては白目を剥いてしまっている。やっぱりさすがに多かったか。
「ふ、ふーん?まぁまぁね!だったら私はその倍の白金貨1000枚出すわ!!だから私のものになりなさい!ごほっ」
「白金貨1000枚か。悪くないな」
「そ、そうでしょ?じゃあ」
「だが断る!!」
言いたかったセリフランキング第2位言えたーーー!!ちょっとこれは感動だ。しかも言った相手は王族!これに関しては全くもって悔いはない!おっと、衝撃的すぎたのか王女は放心してしまったか。
「黙って聞いていれば図に乗りおって!殿下が許してもこの私が許さんぞクソガキが!」
侍女風のおばさんがキレ出して短剣を振りかざそうとしているが、王女はまだ放心しているみたいだ。いくら優しい俺でもすぐに暴力に走るタイプの人間は嫌いだ。
「魔力重圧、ダウンフォース」
「なっ!?」
おばさん目掛けてだいぶ昔に作った魔法を放つ。濃密な魔力の塊で相手を押しつぶす魔法だ。さらにはダウンフォースで地面へと縛り付ける。王族の侍女に使うような魔法ではないが、身分をひけらかすような奴は好かん。・・・これは正当防衛なので、暴力ではないぞ。
「剣を抜いたという事は命をかけたということだな。それは遊びの玩具じゃないんだぞ」
「アウル、私の侍女が失礼したわ。どうか許してあげてほしいの。私を慮ってのことなのよ。どうにも私のことになると、自制が効かないらしくて・・・」
いつの間にか復活した王女が侍女を庇っているが、さすがにあそこまで濃密な魔力の波動を浴びれば意識も戻るよな。というか、敢えて侍女の行動を止めなかった節すらある。ほんと食えない王女様だこと。
「まぁ、わからないでもないが。次はないからな」
・・・・・
「・・・アウル、やっぱり甘味の件、どうしてもダメかしら?」
場の凍った空気を壊すように、王女が言ったのは甘味について。どんだけ好きなんだよ。
しかし、上目遣いかつ胸を強調しながら聞いてくる王女は、控えめに言ってもかなり可愛い。不意にやられたからか毒気抜かれてしまったな。はぁ………いつの世も可愛いは正義ってか。
「はぁ〜・・・。わかったわかった。とりあえずマドレーヌをやるから今日は帰れ。俺は今から赫き翼と話があるんだ」
「じ、じゃあ?」
「王女様の部下にはならないが、たまにならお菓子を作ってやる。もちろん報酬はもらうがな。とりあえず、今度からはレブラント商会に遣いをくれれば、王城にいくなりしてお菓子を提供するよ」
「それでいいわ!」
「ただし!俺の事は他言無用だ。それは絶対守れよ?破ったら白金貨100枚だからな。ほら、これがマドレーヌというお菓子だ」
「他言無用ね!わかってるわ!これはまた美味しそうな甘味ね。帰ってお茶と一緒に頂くわ!そうだ、アウルはルイーナ魔術学院には入るの?」
「?あぁ、その予定だがなぜ俺が10歳だと分かった?」
「ふふん、それは私の恩恵によるものよ!そこの奴隷も随分いい指輪を持っているみたいだし、さっきの魔法を見てもアウルは只者じゃなさそうね。とりあえず今日の所はこれで失礼するわ。私もルイーナ魔術学院には来年から通う予定だからお菓子が食べ放題ね!それじゃあまた会いましょう」
へぇ、そんなことが分かる恩恵があるのか。恩恵というのは存外奥が深いのかも知れない。
「さっきから咳してたみたいだけど、風邪引いてんならちゃんと治せよ~」
風邪を引いてるはずなのに交渉しに来るとはどんだけお菓子が食いたいんだよ。
結局、顔面蒼白になっている侍女と一緒に王城へと帰っていった。無事に王女は俺からマドレーヌへと興味が移ったようだな。
試しに気配を探ってみると何個か動いているのが分かる。さっきまでのを全部見られてたと思うと、いい気はしないな。俺の気配察知にも反応しないとかどんだけ凄いんだっつうの。
「さてと、色々あったけどとりあえず話を聞くよ。レブラントさん、どこで話しますか?」
「その前に、アウル君。やはりウチで働きませんか?」
「一応聞きますけど、なんでですか?」
「簡単なことさ。最後王女様にレブラント商会に遣いをやれと言ったね?これからきっと何度も王女の遣いが我が商会に来るだろう。そうすれば、商会自体に用がなくても周りは勝手に王族御用達の店なのでは?と思い始めるだろう。それは商人にとってこれ以上ないほど有利に働くからさ。そんな機転を咄嗟にするアウル君が欲しくなったってことだよ」
あぁ。そういうことか。王族とのパイプがレブラント商会にあったらいいなくらいには思ってたけど、そこまでは考えてなかった。
というか、本当は面倒ごとを全部レブラントさんに丸投げしただけなんだけどな。……いい形で終わりそうだし黙っておこう。
「ははははっ。買いかぶり過ぎですよ」ほんとに。
「まぁ、この話はまた今度しよう。とりあえず応接室を用意してあるからそこへ行こうか」
レブラントさんに連れられ以前入った応接室へと案内される。座ったと同時に小さい子がお茶を人数分用意してくれるが、相変わらず美味い。どうやって淹れてるのかな?
「とりあえず先に謝らせてくれ。他言無用と言われていたのに、王女様を連れてきてしまった。申し訳なかった!」
「いえ、王女様に言われたのでは仕方ありませんよ。今後気を付けてもらえればいいですから」
「すまない、そう言ってもらえると助かる。じゃあ、気を取り直して自己紹介をさせてくれ。俺は『赫き翼』のリーダーのクライン、ドワーフのゴルドフ、人族のリリーナ、猫人族のユキナだ」
「俺の名前はアウル、ルナとヨミだ」
「アウル君、と呼ばせてもらうよ。正直、迷宮のあそこで俺たちは死を覚悟していた。色々聞きたいことはあるがもうどうでもいい。助けてくれて本当にありがとう!」
「「「ありがとう!」」」
4人に頭が地面に着くんじゃないかというほど頭を下げられたが、ここまでしてもらう必要もない。
「頭をあげてください。俺は冒険者じゃありませんが、迷宮の中では助け合いだと思います。だからたまたまですよ」
「そうだとしてもよ。私たちはあなたに助けられた。その結果に変わりはないの。だから、感謝を受け取ってほしい」
リリーナさんがいうことは尤もだ。俺も同じ立場だったら絶対に筋を通すだろう。やはり冒険者というのはいいな、貴族とは全然違う。貴族の全部が全部悪いとは言わないが。
「わかりました。感謝を受け取っておきます。きっとそんなに義理堅い貴方達のことだから恩返しがしたいとか言うんでしょ?今回のことは貸しと言う事にしておきます。いつか返してもらいますから、その時までに強くなっておいてください。俺が助けてほしい時に貸しを返してもらいますから」
「おう、それでいいぜ。それに俺たちは絶対にSランクになる予定だ。そうなれば貴族様でも俺たちにはそう簡単には文句も言えないしな。いつでも力になるさ!」
「儂もそれでいいぞい」「私もそれでいいわ」「それでいいにゃ!」
「あと、俺からいくつか聞きたいことがあるんだがいいか?」
「なんでも聞いてくれ」
「そもそも、
なんであの時クライン達は死にそうになってたんだ?」
「あぁ、それはレブラントさんにも説明したんだが、ちょっと長くなるが最初から説明させてくれ。俺たちは普段交易都市シクススを拠点に活動してるんだが、指名でフィレル伯爵の屋敷まで荷物を届ける護衛依頼を受けたんだ。依頼料は破格の値段だったし即決したよ。運ぶ荷物ってのは教えてもらえなかったけど、見たことないような馬鹿でかい荷馬車だった。馬も4頭引きのかなりゴツいやつでな。何事もなく王都について無事に依頼完了だったんだが、感謝の印だとか言ってポーションを貰ったんだよ。そんで、どうせ王都に来たなら迷宮番号4に挑戦してみたらどうだ、と勧められてな。Aランクに上がったばっかりだったし、腕試しがてら行ってみようとなったんだ。それでなんとか15階層までクリアすることが出来たけど、それなりにボロボロになったから帰ろうと思ったんだが、まだ挑戦する予定だったから16階層を下見してから帰ろうってなってな。貰ったポーション飲んで探索してたら、3人が体調が悪いと言い始めたんでやっぱり帰ろうってなったんだ。だけど、そのタイミングでモンスターが襲ってきて、死にかけてたってわけだ。そこに現れたのがアウル君ってわけ。ざっくり言うとこんな感じかな?」
「なるほど・・・」
3人が体調崩した理由ってのはきっとポーションのせいだろうな。何かしらの毒でも配合されてたのか?
ん・・・?ヨミ?俯いてどうしたんだ?
「ヨミ、どうした?」
「ご主人様、発言をお許しください。私が以前依頼主に嵌められて死にかけたとお話しましたよね?私が嵌められた時とその状況ややり口がそっくりすぎるのです!今言われて思い出しましたが、私のその時の依頼主も確かそんな名前の貴族だったと思います!それに、私も運んだのです!アザレ霊山と言うところに大きな荷馬車を!・・・中身を私は直接は見てないですが、死んだ仲間が言っていました。見たこともないようなバカでかい地龍のような魔物だったと!」
アザレ霊山だって・・・?それに馬鹿でかい地龍っぽい魔物って、なんだか心当たりがあるな。
「・・・それってちなみに何時頃か覚えてるか?」
「あれは確か4年くらい前だったかと思います」
4年前っていうと、オーネン村でスタンピードがあった年だ。そして、エンペラー・ダイナソーを倒したんだよな。ってことはヨミが運んだと言うのはエンペラー・ダイナソーか?!
証拠は無いし確証もない。けど、こんな偶然あるのか・・・?
もしエンペラー・ダイナソーを運ぶよう指示したのがフィレル伯爵だとすると、4年前のは俺が倒してしまった。
てことは、今回また同じようなことをしようとしている可能性があるかもしれないってことか!
「ご主人様…?」
「あ、すまん。考え事してた。これはここだけの話にして欲しいんだが、俺はアザレ霊山にほど近いオーネン村というところの出身だ。そして、4年前。俺の村の近くでスタンピードが起こった」
「まさか・・・!す、すみません!私そんなつもりじゃ!」
ヨミは気づいたのか顔面蒼白になって泣きそうな顔をしている。
「分かっている。おそらくだがそのスタンピードが起こった理由ってのがエンペラー・ダイナソーって魔物だったんだ」
「「「「!!!!!」」」」
その場にいた殆どの人間は知っていたようだ。エンペラー・ダイナソーは本来昔に絶滅したと言われている魔物だと言うことを。
もしかしたら辺境にはバレないでいるかもしれないが、さすがにそれだと話がうま過ぎる。
「俺の推測でしかないが、フィレル伯爵が王都に運び込ませたのはエンペラー・ダイナソーかそれに匹敵する魔物だと思う」
「「「「・・・・・」」」」
それぞれに思うことがあるようだが、そりゃそうだよな。自分たちが化け物級の魔物を王都に運び込んだなんて思いたくないはずだ。
「これは推測でしかないが、おそらくこの推測は当たってるはずだ」
あとは、どうやってこのことを調べるかだが。フィレル伯爵は貴族。普通に会おうと思って会えるものではない。
みんなが頭を悩ませている頃、王都全域に聞こえるような鐘の音が響く。
「お、おい。この鐘の音ってまさか!」
「おそらく、間違いないの」
「まずいじゃない!」
「まずいにゃ!」
クラインたちが慌て始めたが、この鳴り響く鐘の音はなんなんだ?
遠くからこの疑問の答えが聞こえてくる。
「スタンピードだーーーーー!!!!」
ちょっとずつ更新します。
評価・ブクマしてもらえたら嬉しいです。




