ep.26 誕生日パーティー
待ちに待った誕生日パーティー当日。天気は少しどんよりとした天気をしていて、今にも空が泣き出しそうな天気だった。
しかし、アダムズ公爵家の中はそんなことを気にしてる余裕のある奴は1人もおらず、皆が皆誕生日パーティーを成功させようと躍起になっている。
そして、そんな俺もそのうちの1人だ。なぜそこまで躍起になっているかを説明するために、時間は今日の朝に遡る。
うーん、緊張していたのかいつもよりもさらに朝早く起きてしまった・・・。もう一回寝たら流石に寝坊しそうだし、起きるか。
いつもの日課である鍛錬を済ませて、何気なく食堂方面に歩き始めると、なんだか騒がしい。
「あ、料理長さんおはよう。今日はいつにも増して朝早いね!みんなバタバタしてるみたいだけど、なにかあったの?」
「あ!師匠!そ、それが昨日みんなで下拵えしたパーティー用の料理が!ちょっとマズイです!」
??おかしいな、昨日味見したらかなり美味しかったと思うが、昨日作ったもんだから傷んでしまったのか?
「そ、そんなに不味いの?」
「かなり、マズイです!これではパーティーになりません!もう一度作ろうにも時間も材料も無くて・・!」
そこまで不味いと言われると、悲しくなるな・・。仕方ない、今日を無事に乗り切ろうと楽をした俺が悪いのかもしれないな。
「材料に関しては俺がなんとかするから、とりあえず状況を教えて?」
「それは、私の方からさせて頂きます」
後ろから声がするので見やると、アルバスさんがいつの間にかいた。この人どうやって俺の気配察知を掻い潜ってるんだ?
「実は、昨夜にこの屋敷に賊が侵入したようです。腕利きの見張りが全部で10人いたのですが、いずれも眠らされていました。そして、何を考えたのかは分かりませんが下拵えしてある料理が全てグチャグチャにされていたのです」
あ、不味いじゃなくてマズイか。俺の料理が不味いんじゃなくてちょっとホッとしたよ。・・・って、安心してる場合じゃないじゃん!!
「他に何か被害はあるんですか?!」
「ドアが1つ外された形跡がありましたが、目立った被害は料理ですね。あとは、皿やコップなどの食器がやられました。無事なのはいくつもありません・・・」
致命的じゃないか!料理もだめ。食器もだめ。残るは飲み物だけど、大丈夫なのか?
「お酒などの飲み物は無事ですか?」
「!!ただいま確認して参ります」
アルバスさんは5分くらいで戻ってきたが、顔を見る限り絶望的なんだろう。
「酒類も全てやられていました…」
アダムズ公爵家は大貴族であり、その息女の10歳を迎えた節目の誕生日。遠くの貴族も参加する大々的な誕生日パーティーが予定されていた。
なのに料理も酒もないとなると、大恥をかく程度のレベルではないというのは平民の俺ですら分かる。
…なんだか、嫌な予感がするな。
誕生日パーティーは12時から開始される。今の時間は朝の6時過ぎ程度。参加人数は350人を超えていたはず。
ギリギリだな…。犯人うんぬんは今は置いておくしかない。とにかく、アリスの誕生日パーティーを成功させるのが優先だ。
「アルバスさん!今から言うものをいますぐ買ってきてください!」
「かしこまりました」
足りない食材については俺の収納から出せば足りるだろう。肉もまだ大量にあるし、野菜もある。牛乳と卵は俺も個人用くらいにしかストックがないから買ってもらうとして。あとは、食器と酒か。
「じゃあ、アルバスさんは牛乳と卵、食器、酒を頼みます!食材に関しては俺の方でなんとかします!なんとか、3時間以内に集めてきてください!」
これで無事に集まればいいが、俺の勘が正しければおそらく……。
悩んでもしょうがない。とにかく、料理をなんとかしなきゃ。
「料理長!レシピは頭に入ってるね!?」
「もちろんです!お前らも問題ないな!?」
料理人「「「「「はい!!」」」」」
「やるぞ!!」
そこからの巻き返しは凄かった。料理人たちが物凄いスピードで食材を切って準備してくれる。技術だけで言えば俺なんか足元にも及ばないくらいに凄い。流石は公爵家の料理人達だ。
俺と料理長はそこからさらに手を加えて、ハンバーグやニョッキなどの手のかかるものを作り上げていく。
……だけど、だめだ。いいペースだがこれでは間に合わない。
料理人はたくさんいる。温かな料理を出そうとお湯を張った容器の上に皿を置いて済ませようと思っていたが、何品かおそらく作りきれない。
何か良い方法は無いか?何か、この状況を打破できる妙案は……。
ここでふと目に入ったのは、調理場の隅っこに埃をかぶっている大きな鉄板。
これだ!!ライブクッキングだ!
ちなみに、ライブクッキングとは客の目の前で料理を作っていく提供スタイルで、出来立てが食べられる上に見ていて楽しいというものだ。
「料理長!このままじゃ、何品か間に合わない!ハンバーグとローストビーフ、ついでに追加でステーキを俺が会場でその場で焼くからそれ以外の準備頼む!」
「か、会場でですか?!」
「新しい形の料理を見せてやる!」
そうとなればやることは多い。会場の準備は着々と進んでいるが、そこを無理言って一部場所を借りる。
鉄板はちょうど良さそうなのをさっき見つけたので、なんとかなる。火元についても即席で土魔法で作った土台を庭から持ってきた。
肉についてはいろんな肉がたくさんある。勿体無いけど、オークナイトの肉も少し出すか。ステーキソースは前作った焼き鳥のタレに、微塵切りにした玉ねぎをたっぷり入れたものを軽く火を入れてもらうように料理長に頼んである。
残り3時間だ。そろそろアルバスさんが帰ってくるはずなんだが、遅いな。
と、考えているとアルバスさん含む執事の方々が帰ってきた。しかし、なんだか手に持っている物資が足りない気がするな。アイテムポーチでもあるのか?
「アウル殿、牛乳と卵については問題なく集まりました。しかし…」
「食器と酒が誰かに買い占められてて集まらなかった、とか?」
「!!その通りでございます!」
くそっ!やっぱりか!となると、おそらくこの街ではもう酒も食器も手に入らないだろうな……。
「ちなみに、誰が買い占めたのかは分かりましたか?」
「はい、買い占めたのはフィレル伯爵家と懇意にしているサギーシ商会でした。あと市場を回って分かったのですが、どうやら昨日と今日でその商会は食料も大量に買い付けているようなのです」
フィレル伯爵家・・・?あ、オーネン村にきた次男の家じゃないか。でも、なんでまた?
……そう言えば、ミュール夫人以外にもアルバスさんが色々と報告してくれたと言っていた。そして、俺のクッキーを横取りしようとしていたフィレル伯爵家。
推測だが、フィレル伯爵家はアダムズ公爵家にクッキーを横取りされたと思ってるんじゃないか……?
次男と執事を殺された上に、クッキーまでもが横取りされたと思い込んでいるとすると辻褄が合う。
もし、俺の推測があっていればおそらくそろそろコンタクトがあってもいいはずだ。
「執事長!サギーシ商会と名乗る商人が、緊急の話があると面会を求めています!いかがしますか!」
噂をすればってやつね。まぁ、心の中でだけど。
「アルバスさん、時間はありませんがとりあえず話を聞いてみましょう」
「わかりました」
応接室に行くといかにも悪巧みしてそうな顔をしている商人がニヤニヤしながら待っていた。
「これはこれは執事長殿。忙しい時に申し訳ない。今日はアリスラート様の誕生日パーティーだと言うのに、料理も無ければ食器も酒も無いと小耳に挟みましてね?ちょうど昨日から今日にかけて大量に食材と食器、酒等を買い込んでいたものですから、御用があればと思いまして参った次第です」
これで決まりだな。犯人はこいつらとそのバックにいるフィレル伯爵家だろう。
ちらりとアルバスさんを見ると、唇を噛んでいるせいか薄らと血が滲んでいる。
・・・はぁ、仕方ないな。あまり使いたくなかったが、俺のとっておきを出すか。
アルバスさんに小声で断るように伝えると、驚いていたがすぐに何かを決意したかのような顔になった。
「はて、なんのことでしょうな?準備は万事順調に進んでおります。他に用事がないのであれば、こちらも忙しいので今日の処はお帰りを」
「・・・後悔しますぞ。よろしいのですか?」
「お引き取りを」
アルバスさんが冷たくあしらうと舌打ちをしながら帰っていった。
執事長のアルバスに追い返されたサギーシ商会の商人はフィレル伯爵家の屋敷に訪れていた。
「伯爵様!話が違うじゃないですか!アダムズ公爵家の料理、食器、酒は全てダメになっていると聞いたから昨日から大量に買い込んだんですよ!?どうしてくれるんです?!」
「なに?それはおかしい。確実にうちの暗部が昨日全てをダメにしてあるはずだ。大方、強がったのであろうよ。もう少し公爵家の近くで待機して見るといい」
「ほんとですね?頼みますよ伯爵様…」
「アウル殿、さっきは帰してしまいましたが何か案はあるのですか?」
「ええ、俺が独自に作っている食器類を売りますよ。酒もワインとアプルジュースを作ってありますのでそれを出します。まぁ、色々俺の方で出してますのであとで全部清算させてもらいますね」
「もちろんですが、アウル殿はお酒を飲める歳ではないのに酒造りをしていたので?」
あっ・・・。確かにそうだ。
「あ、あはは。とにかく準備しましょうアルバスさん!」
「ほっほっほ、アウル殿は面白いお方だ」
酒と食器を実際にアルバスさんに見せると、心底驚いていた。スプーンやナイフなどの金属系の食器は問題なく使えるみたいなので、取り出したのは趣味で作っていた陶器の皿だ。
冬にやることがなくて何をしようかと考えた結果、土魔法で陶器を作れないか試したらできてしまった。それも、釉薬を自作してしまうほどの凝りようだ。冬は一時期そればかりやっていたし、いつか売って金にしようと思ってやっていたのでそれが早まっただけなので問題ない。
ワインに関しても葡萄を作って自作している。美味しくなれと願いながら魔力を込めた水をあげた結果、とんでもないほど美味しい葡萄ができたのはいい思い出だな。そんな葡萄で作ったワインが美味しくないわけがない。魔法のおかげで、長年熟成した代物のように美味しく出来上がっているので、グルメな貴族でも満足すると思っている。
・・・まぁ、まだ飲んでないので確証はないが。少なくともアルバスさんは美味しいと言ってくれたし。
その後も準備は進み、なんとか誕生日パーティーには間に合うことができた。しかし、問題が一つあることに気づいた。
そういや、俺がライブクッキングやるのはいいけど素性バレそうじゃね?顔見られるのアウトやんけ。どうする!?料理長に変わってもらうか?いや、ダメだ。料理長は追加の料理の準備や指揮を取らねばならないし。
・・・あっ。俺昨日お面買ったじゃん。
収納から狐のお面を取り出して装着する。アルバスさんに事情を説明して、流れの料理人を雇ったことにしてもらった。顔出しはしないことを条件でという設定ならいけるだろう。
誕生日パーティーが始まるまで残り20分くらい。もうすでに何組もの貴族様が到着してホールで談笑している。来ているのはまだ下級貴族と言われる方達らしい。貴族にもくる順番があるとは面倒臭い世界だ。
念のためにと気配察知と空間把握を展開すると、さっき訪ねて来たサギーシ商会の人たちが近くにたむろしているのがわかる。
・・・!!これは、運が良かったら儲かるかもしれないな。
お面をかぶったままサギーシ商会に近寄って様子を伺うと、案の定焦っていた。それも大量の在庫を抱えてしまったためにそれをどうするか悩んでいるのだろう。
「良かったら俺が買い取ろうか?その不良在庫」
「お前は誰だ!!」
「誰でもいいじゃないか。そのままだとどんどん食材はダメになるだろうなぁ。それに酒は売れるとしてもその量の食材と食器は売れないだろうな。今なら金貨100枚で全部買ってやろう」
「はっ、足元見やがって。お前みたいな怪しいお面つけたやつに売るわけないだろ。それにこれは全部で金貨1000枚はしているんだぞ?そんなことできるか!」
「ほーう。それとも不良在庫を抱えて伯爵様に泣きつくか?どうせ、伯爵様はお前が勝手に買ったんだ!とか言って逃げるだろうがな」
「くっ・・・。金貨800枚だ」
ふむ、念のためさりげなくカマをかけて見たが、やはりフィレル伯爵家が黒幕だな。
「金貨200枚」
「・・・700枚だ」
「250枚」
「500枚…」
「・・・」
「くそ、300枚。これ以上は無理だ・・・!」
「わかった、それでいい。ほら、金貨300枚だ」
サギーシ商会は金を受け取ると、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行ってしまった。それにしても、食材はまだまだ新鮮だし、半分近くは調理してあるようだ。味見をして見たが、一応は公爵家のパーティーに通用するようにしてあるのかどれも本格的で全部美味しかった。
ひとまず全てを収納して時間もないので会場へと戻る。
会場に戻ると、ちょうど始まる時間だったらしくギリギリセーフだ。
そのあとは順調にパーティーは進み、ライブクッキングもかなり評判が良かった。目新しさがあったからかもしれないが。アリスも途中でライブクッキングを見に来ていたのでこっそりお面を外して挨拶したが、満面の笑みなので大成功だろう。
・・・それにしてもアリスのドレス姿は本当に可愛かった。一瞬ドキッとしてしまったのは内緒だ。
ワインがめちゃくちゃ美味しいのか、メイドたちがどこでこれを入手したのか色々な貴族に聞かれていた。しかし、入手経路を知っているのはアルバスさんだけなので俺だとバレることはないだろう。え、ないよね?
パーティーも中盤に差し掛かり、デザートが出始めたのだが収納していたデザート類を全て放出してなんとか凌ぐことができた。事前に作っていた分は全部ダメになっていたが、収納にたくさん作っていたおかげで事なきを得たのだ。
もちろん反響がすごく、あっという間になくなるのでどんどん出したからこそ収納分がなくなったのだ。本当にギリギリだった・・・。
アリスの誕生日ケーキは試作していたケーキが余っていたのでそれを活用してある。その綺麗さと大きさ、美味しさに思わずアリスが泣いていた。
美少女の泣き顔ってのも悪くないな・・・。
途中、公爵家の誕生日パーティーだというのに騒いでいる貴族がいたが、聞くところによるとあれがフィレル伯爵らしい。何を言っているかは聞こえなかったが、ひどい言いがかりを言っていたらしく、居心地が悪くなったのか途中で退席して行った。
その後は何事もなくパーティーが終わり、後片付けをしているとアルバスさんが近寄って来た。
「アウル殿、今日はお疲れ様でした。片付けは私どもでやりますので、少々お部屋でお待ちください。後ほど私が伺いますので、そうしましたら報酬の話を致しましょう。旦那様に報酬に関しては一任されておりますので、私が担当させていただきます」
「わかりました。ではまた後で」
部屋でうとうとしながらも魔力の鍛錬をしていると、部屋がノックされた。
「失礼します」
「アルバスさん、どうぞこっちへ」
「では、早速ですが報酬の話を。と思ったのですが、一つ確認をよろしいですかな?」
「なんです?」
「ほっほっほ、在庫をたくさん抱えていたはずのサギーシ商会ですが、変なお面をかぶった男に在庫を全部売ったらしいのですよ。何か知っていますかな?」
「いえ、そんな狐のお面なんて知りませんねぇ」
「ほっほっほ、それなら良かった。お互い損はしなかったということですな」
「ええ、もちろんです。美味しい思いをさせて頂きましたよ」
今の会話の意訳はこうだ。
『サギーシ商会から在庫を買ったんだって?』
『はい、買いましたよ』
『安く買い叩いたようですね。私もアウル殿のおかげで誕生日パーティーが成功できました』
『安くたくさんの物資が入ったのでホクホクです』
という感じだ。
「さて報酬ですが、正直アウル殿からいただいた料理のレシピや酒、食器、誕生日パーティーのコンサルタント代金、全て含めるとかなりの値段になります。これくらいでいかがでしょうか?もちろん、レシピの公表は絶対にしませんし、もし漏洩した場合は別途お金をお支払いいたします」
アルバスさんに提示された金額は白金貨500枚。およそ5億円。
え・・・?こんなにもらえるの?いや、もらいすぎじゃね?
「こんなにもらえるんですか?」
「食器はどれも一級品な上にレシピはどれも美味しいものばかり。今後の公爵家の食事事情はかなりすごいものとなるでしょう。さらにはあのワインです。まだ小樽で10個くらい余っていますがあれは本当に素晴らしい。旦那様がいたく気に入られたので、1個あたり白金貨5枚となりました。そのほかも合わせての値段となります。もちろん、諸々の迷惑料も込みでございます」
なるほど、今後もワインはちょっとでいいから売ってくれってことね。そのためにちょっと高くしておいたからってことか。・・・やはり抜け目ないなこの爺さん。
「たまにでいいならワイン売りますよ」
「ほっほっほ、さすがに聡明でございますなアウル殿は。いつでも買わせて頂きますよ」
こうして、色々あったが一瞬にして大金持ちになった上に、また定期的に金を稼ぐ方法を見つけてしまったアウルであった。
ちなみに公爵家に泊まるのは今日が最後である。ふかふかのベッドが名残惜しいので存分に堪能することにした。
次の日起きて食堂へ行くとアリスのご両親が待っており、たくさんの賛辞とお礼を言われた。
「アウル君、君には本当に助けられた。それにアリスも本当に喜んでおった。心から感謝する。もし、何かあった時は遠慮なくアダムズ公爵家を頼るといい。絶対に力になる。あと、ワインだ。あれは素晴らしいな。本当に素晴らしい」
「うふふ、昨日のデザート?は本当に美味しかったわ。また、作りに来てくれると嬉しいわ。アリスは疲れて寝ているから、また遊びにいらっしゃいね」
「僕の方こそお世話になりました。誕生日パーティーの料理も喜んでもらえて良かったです。また何か機会がありましたら、その時はよろしくお願いいたします。アリス様にもよろしくお伝えください」
本当にいい人たちだと思う。貴族が全員この人たちのように気持ちのいい人だったらいいのにな。
長いようで短かった公爵家での生活は終わりを迎えたので、王都のマイホームである我が家へと歩き始めた。空を見上げると昨日のどんよりとした雲はいつの間にか晴れ、すっかり気持ちのいい天気になっていた。
ちょっとずつ更新していきます。
評価・ブクマしてもらえたら嬉しいです。




