ep.175 門出
わき腹の怪我を回復させながら、闘技台を降りた。3人はがっくしと項垂れているのでとりあえず放置しておこう。師匠であるルルーチェの下に行き、無言のハイタッチ。ひとまずこれで約束は守れたということでいいはずだ。しかし、3人とも強くなりすぎだろう。もっと殺伐とした試合――もはや死合いになるかもとすら思ったのに、3人は共闘を取った。
「みんな、いろいろ言いたいことはあると思うけど――――ただいま」
一瞬の静寂の末、3人が脱兎のごとく俺に向かって走り出した。それも、脇目もふらず一心不乱に。俺は本気で身体強化を発動し、土魔法で背後をがっしりと固めて受け止めの体勢に―――――――!?
俺の意識があったのはそこまでだった。みんなの成長、とっても、嬉しい、よ…………。
「アウルーーーー!?」
「アウル様ーーーー!!」
「ご主人様ーーーー!?」
唐突な3人の熱い熱い抱擁をギリギリ気絶して受け止めた俺は、一時間くらいで目を覚ましたらしい。目を覚ますとすでに闘技場は直っており、さきほどの見る影もない瓦礫もない。みんなは闘技場の端でお茶をしているようで、和気藹々としていた。
聞いている限りでは誰の弟子が一番強くなったのかという話で盛り上がっていた。もちろん、ルルーチェが一番楽しそうに自慢しているのは言うまでもない。ない胸を張りながら楽しそうに自慢しているが、それくらい本当に嬉しかったのだろう。
「あっ、私の自慢の弟子が目を覚ましたようだな」
「楽しそうだね、みんなも」
そこからは3人から非難の嵐だった。『なんで置いていったのか』とか『私たちも連れて行ってほしかった』とか『会いたかった』とか『寂しかった』とか『アウルのご飯が食べたいから早く作ってくれ』とか『美味しいお肉が食べたいから焼いてくれ』とか『クッキーを出せ』とか。途中からルルーチェが混ざっているのは気付いていたが、とにかくみんなを宥めてお肉を焼いた。もちろんクッキーも出した。
「そういえばアウル、そろそろ指輪を外していいわよ」
「え、本当ですか?」
「っとその前にあの魔獣の卵を持っておきなさい」
「なんでですか?」
「いいからいいから♪」
ルルーチェに言われるがままに魔獣の卵をもち、魔力循環阻止の指輪を外した。途端に溢れ出す膨大なまでの魔力。師匠であるルルーチェが目を点にして驚愕を隠し切れないほどの魔力量。しかし、それを渇いた砂が水を吸うかの如く、魔獣の卵が吸い取っていった。一滴の魔力も逃すことなく、その全てを吸い取っていったのだ。
「お、おろ? 私もまさかここまで純度が高くて濃い魔力になっているとは思わなかったわよ……?」
「それにあの魔力量、我らに匹敵しうるぞ……? とんだ化物を育てたな、ルルーチェ?」
「あははは~、まぁ、それだけ私が凄いってことね!?」
ルルーチェとハイドラの会話をよそに、俺の溢れ出す魔力を吸い続けているこの卵はなんなのだろうか。少し面白くなってきたので、溢れ出す魔力のほかに、追加で俺の膨大な魔力もつぎ込んでみよう。せっかくなので属性魔力に変換してから注いでみるか。せっかくだし、俺があまり使わない属性とかにしよう。土属性、火属性、風属性、聖属性と。
…………面白いな。属性変換しても吸い続けているし、せっかくだから全属性を注ぎ込んでみるか。水属性、雷属性、氷属性、無属性と。もちろん全てを吸い続ける魔獣の卵。おまけついでに恩恵を覚醒させて、純粋な魔力を注ぎ込む。
俺が出し得る魔力をほぼ全部注いだとき、卵がうっすらと光を纏い始めた。
「うっそ!? もう魔力が溜まったってこと!? あんた、本当に人間族なの?!」
「失敬な。きちんと人間だぞ」
「……私が本気を出しても一ヶ月はかかると思っていたのに」
「し、師匠!? 卵が割れそうです!」
「しっかり見ておきなさい。何が生まれるかはあんた次第。どんな魔獣が生まれるかは――――運ね♪」
うっすらと光を纏っていた卵に罅が入り始め、光がどんどん強くなっていく。俺の従魔には、蜂、ベヒモス、骸骨、樹と幅が広いが、みんなと仲良くできる従魔だと助かるんだが。眩しくて目が開けられなくなるくらい強くなった時、卵が振動して殻の欠片が落ちた。
皆が見守る中、殻から出てきたのは――――
「うふふ、美しいですね」
「綺麗な鳥ですね」
「可愛い~!」
うちの女性陣3人が嬉しそうに反応したが、3人が言うように魔獣の卵から出てきたのは真っ白い体躯の鳥だった。見た目は冬によく見かけるスノウバードに酷似している。驚いたことに、卵の大きさは30cmくらいしかなかったのだが、出てきた白い鳥は羽を広げると1mを超えている。物理法則を完全に無視しているぞ。
『……ここは?』
「驚いた、意思疎通が出来るのか」
『あなたが、私の――父様ですか?』
「……ん、まぁ、そう、なるのか?」
よくわからずルルーチェに視線を向けて助けを求めたが、ルルーチェは白い鳥を見て固まっていた。
「ルル?」
「アウル……、その鳥が――いや、その魔獣がなんなのか、知らないのか?」
「スノウバード、ではないよな?」
『私が、スノウバード……? ひどい……ぐすん……』
「あんた馬鹿ぁ?! その魔獣はねぇ、『ルフ』と呼ばれる種族で、別名『神鳥』とも言われ、神獣の一柱とされているのよ!? 最後に確認されたのは確か……」
「320年前くらいだな」
ルルーチェに替わりハイドラが答えた。しかし、とうとう神獣と呼ばれる魔獣が仲間になってしまった。しかし、ルフと言えば、ロック鳥のことだ。伝承によってはフェニックスはシムルグとも同一視されるかもと言われている巨鳥。しかし、その実はこれほど美しい神鳥だったとは。純白がこれほど似合う鳥が白鳥以外にいたとは。まぁ、白鳥は純白とは言い難いか。スノウバードも白というよりはややクリーム色に近い。
『父様、私はどうすればいいでしょう?』
"私"ということは性別は女、なのかな? よくわからんけど。まぁ、とにかく従魔ができた場合にやることはひとつだ。
「君に名付けをしたいんだけど、いいかな?」
『名前ですか! ぜひお願いします!』
いつもなら少しくらいは悩むところだが、一目見た時からびびっと来た名前がある。……単純すぎと言われそうで怖いが。
「君の名前は"ハク"だ。どうかな?」
『ハク……、私は、ハクです!』
「喜んでくれて何よりだ」
「あんた、とんでもないわね……」
ルルーチェがもはや呆れているが、この際はもう無視である。さて、一大イベントが終了したところで、ハクのステータスを見てみた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ルフ/両性/ハク/Lv.1(→300)
体力:5000
魔力:10000
主人:アウル
個体:神獣
◇◆◇◆◇◆◇◆
……両性だったか。だが、それ以上にステータスがぶっ飛んでいる。レベルが1なのに初期値がありえないくらい高い。クインは霊獣になったが、神獣も仲間になった。ここまで来たらもうあきらめの境地とも言える。もはやみんな俺より高いポテンシャルを持っているのではないだろうかと思ってしまう。
ひとまずハクをクインたちがいつもいる空間へと入れ、みんなと再度席に戻った。
「落ち着いたところで、今後の話をしようと思うんだけど、いいかな?」
みんなに目を向けると、切り替えるように真剣な目つきへと変わった。全員いい顔つきになった。俺も今回の特訓でかなり成長できたし、ある程度の準備も整ったとみていい。そろそろ、いつも俺たちにちょっかいをかけてきている犯人が誰なのかをはっきりするべきだ。
「今、テンドとは別に暗躍しているであろう人のことだけど、見当はついているんだ」
「誰なの……?」
「ミレイちゃんはあったことがないけど、俺とルナとヨミは会ったことがある。それも、"王城"で」
「王城、ですか」
「……やはり、あの方ですか」
そう、王族であり、俺が一度会っている人。尚且つ、実力があり、その際に因果の楔とかいうものを打ち込んだらしき人物。なぜか俺には効かなかったみたいだけど。そして、頭がキレて才能も野心もカリスマもあるであろう人。
「……十中八九、暗躍しているのはライヤード王国第2王子、『ライヤード・フォン・ゼルギウス』殿下だろう」
さぁ殿下。そろそろ俺たちも本気で行かせてもらうぞ? 今日が俺たちの再度の門出だ。
本当はもっと書籍版でも続けたかったなぁ~。駆け足で終わらせないといけなかったし・・・。実力が足らず申し訳ない。処女作としては健闘したのかな。web版ではちゃんとアフターストーリーまで書こう。




