ep.172 逆シード
「さて、役者も揃ったことだしさっさと成果を見せてもらおう」
司会進行はハイドラが行うらしい。ハイドラが説明したのはその成果の確認の仕方だったが、ルルーチェが仲間内に俺のことをとても自慢していたらしく、それを考慮した形式となった。
「勝負形式は無難にトーナメント形式だな。まぁ、アウルは総当たりかもしれないが」
俺が勝ち続ければ全員と当たることが出来る勝ち抜き形式。ありがたいことに逆シードのトーナメント形式が採用された。一応俺が負けても一位は決まるのだが、ルルーチェは俺の負けを良しとしないため、俺は絶対に負けられない。
俺が頭を抱えているとき、ルルーチェが俺に発破をかけるためか、俺の仲間たちにとある提案をしていた。
「あんたたち、私が育てたアウルが負けるわけないけど、もし勝つことが出来たらアウルになんでも一つだけお願いできる権利を約束するわよ!! 特にあんたたち3人はアウルの婚約者みたいだけど、この権利を使えば正妻の座だって手に入るわよ?」
3人からゴクリと唾をのむ音が聞こえる。いや、純粋に俺の正妻の座を狙って争ってくれるのは嬉しいのだが、獲物を目の前にした魔物みたいにギラギラした目でこっちを見るのはやめてくれ、普通に怖いから。
でも、正妻とかの順番を付けたくない場合はどうすればいいのだろうか。やはり順当にいけばミレイちゃんが正妻になるのだろうが、ルナとヨミも同じくらい好きなのだ。3人も好きになってしまった俺もどうかと思うが、この世界ではそこまで変なことでもない。今更地球の価値観で考える必要もないのだから。
「さて、最初の戦いは――」
「最初の相手は、私です」
俺の最初の対戦相手はルリリエルだった。ルリリエルも幾分かは強くなったようだな。だが、ルルーチェの友人たちの教えは受けていないようだ。纏うオーラは強くなっているが、上昇幅は婚約者3人に比べるべくもない。だが、魔力制御と魔力量を重点的に鍛えたようだな。師匠は……ノラさんってところか。
ハイドラに促されて闘技台へと上がる。ルリリエルの装備が前よりも格段に良いものになっているな。そこそこ良い迷宮できちんと武具集めをしたらしい。さて、どうしたものか。剣もそれなりだが、それよりも特筆すべきは魔道具だろう。
「それでは第一戦、はじめ!!」
「若様、お久しぶり――というほどではないですが、今の私は前の私とは違いますよ」
「らしいな。先手は譲ってやるから、かかっておいで」
「後悔しないでくださいね」
ハイドラが闘技台の周囲に高密度の障壁を張ってくれているらしい。これは俺が本気を出しても破ることはできないだろうな。
「さ、お手並み拝見だ」
「右手に獄炎、左手に瀑布 ――複合魔法『スチームディトネーション』!!」
ほお。これは俺がおしえてやったスチームエクスプロージョンを昇華させた技か。ただの属性魔力ではなく、きちんと技を複合させたんだな。うむ、やるじゃないか。威力はスチームエクスプロージョンの5倍以上はあるだろう。ただの障壁は超えられてしまうが、ハニカム構造を採用しさらに球形に自分の周りだけに展開した障壁は超えられなかった。
大爆発とともに粉塵が舞い、煙が闘技台を埋め尽くした。ルリリエルは油断することなくこちらを探っているようだが、技に込めた魔力が多すぎてただの探知系魔法では魔力障害が起こっているだろう。ふふふ、まだまだ魔力制御が甘いな。
「わ、若様? 生きていますか……?」
「誰に言っているんだ」
「!? いつの間に後ろに!?」
ルリリエルの成長がとても嬉しい。ノラさんが教えたとはいえ、ここまで強くなっているのだ。Sランク冒険者並みの実力と言ってもいいかもしれない。ヨルナードには勝てないかもしれないが、Sランク冒険者下位くらいはいっていそうだ。だが、この程度で慢心してもらっては困る。
「魔法を使った後に気を緩めすぎだ」
きっとこの強力な魔法を使った後に生きていた魔物がいなかった故に、気を緩めてしまう癖がついてしまったのだろう。ノラさんはそれを分かっていただろうが、そもそもメイド部隊は複数人パーティーだからな。ルリリエルが後衛と考えれば別にそこまでデメリットとはなり得ないか。だが、心構えとしてはよろしくない。ノラさんも今回のことで俺が指導すると想定しているに違いない。
俺は優しく首に木刀を当てて、ルリリエルに勝った。ルリリエルに足りないのは対人戦だな。近いうちに対人戦をみっちりとやるとしよう。まぁ、もう一回やったら油断はしないだろうから、もっと苦戦するかもしれないが。
「そこまで。勝者アウル!」
まぁまぁ、自分で言うのもあれだが順当だな。
「うぅ、さすがは若様ですわね。本気で殺す気で放った魔法でしたのに……」
「その気概は認めるがな」
これで俺が防ぎきれてなかったら死んでたというわけかい。いや防ぐ自信はあったからいいんだが。なんだろう、メイドたちの成長を喜ぶべきか。逞しくなったなぁ。
「ふむ、実力差がありすぎるな。よし、特別ルールだ。次はシシリー、ムムンのチームvsアウルとする」
「異議なし!」
ハイドラの急なルール変更にルルーチェがノータイムで同意した。なお、ここに俺やみんなの意思は関係ない模様だ。いや、いいんですけどね。
シシリーはファルカタを使い四属性を操るオールラウンダーで、ムムンはファルシオンを使い雷に特化した攻撃型だ。ムムンの攻撃力は目を見張るものがあるが、シシリーの魔法について実はあまり見たことがない。いや、ある程度は把握しているんだが。
「では、アウルvsシシリー&ムムン はじめ!」
「迫撃雷槍!!」「メテオストライク!!」
「お前ら遠慮ないな!?」
なんだよ迫撃雷槍って。びびるわ。しかもシシリー、メテオストライク使った? いや、教えたけど一回も成功したところをみたことがなかったのだ。それなのに完璧な再現度で発動している。なんならこの迫撃雷槍っていう魔法、俺の雷魔法より強くないか?
だが焦る必要はない。俺は周囲に薄く雷魔法で電磁フィールドを発動した。すると、迫撃雷槍は電磁フィールドを滑るように背後へと吹っ飛んでいった。電気の通り道を作ってやることで直撃を避けたのだ。他にも避け方はあるが、そこまで優しくしてやる必要もないだろう。
問題はメテオストライクだ。空中から降ってくる岩塊はもう目の前に来ている。今までの俺なら無理やり突破していたかもしれないが、魔法制御を極めた俺には通じないぞ? すでに二人とも魔法を発動し終えたので武器を構えていつでも攻撃できる準備を整えている。
俺がメテオストライクに対処したところを挟撃しようとしているのだろう。狙いはいいし、挟撃のための位置取りも悪くない。やはりメイド部隊はチーム戦でこそ真価を発揮するな。これが例えばいつも通りの3人編成であれば、今の俺だとさすがに苦戦は必至かもな。
「拡音爆撃」
手を叩いた音を魔力で増幅し攻撃に応用する技である「拡音爆発」の進化版。威力はざっと5倍。音ゆえに逃げようがない技だ。
「きゃあっ!」「きゃっ!」
ふむ、これでひとまず2人は戦闘不能だな。一応二人にも自動障壁の指輪を渡しているが、音までは防げないらしい。いや、俺が製作者だからかもしれないが。……単純に外していたのか。ギリギリ生きているだろう。一応力は手加減したしな。すでにハイドラとルルーチェが回復魔法をかけてくれている。さすがの対応だな。
問題のメテオストライクだが、ふむ。
「斬るか」
木刀に魔力を何層も纏わせ、木刀を一本の真剣のように構える。
杖術 太刀の型 斬華の糸
納刀。鞘はないが、納刀のタイミングで眼前にまで迫っていた岩塊が、粉塵になって消えた。斬華の糸は魔力を纏わせて初めて使える妙技だ。何層もの魔力刃が一振りに合わせて何回も岩塊を切り刻んだというわけだ。簡単に言えば、刃を魔力で増幅させたのである。あとはまぁ、魔力によるゴリ押しだな。あまりスマートな技とは言えないかもしれないが。
「勝者、アウル!」
「ふふん、どうよハイドラ。私が育てたアウルは」
「うむ、人間にしておくのは勿体ないと思えるくらいには優秀だな」
「あげないわよ?」
「いらん」
ルルーチェがここぞとばかりにハイドラに自慢していた。嬉しいけど、俺はルルーチェのものではないんだがな。藪蛇はしたくないのであえて何も言わないが。
「ふむ、1vs2でも話にならんか。では、これならどうだ? 次はアウルvsネロ&ウルリカ&ターニャだ」
さすがにそれはやりすぎではないだろうか。ウルリカはメイド部隊でも頭一つ抜けている存在だ。さらにネロとターニャの相性は良さそうだし、かなり苦戦しそうだ。さっきから俺はみんなの力を見てから対応するように心がけているが、今回は少し本気を出すとしよう。
「準備はいいな、はじめ!!」
先ほどまでと同様ならば魔法攻撃からの開戦だったが、3人はそれをやめてそれぞれが得意としている黒武器を手に攻撃を仕掛けてきた。身体強化にさらに武器に魔力を纏わせているな。さきほどの俺と似たような攻撃方法だ。確かに俺は魔法に比べて近接戦闘は劣るかもしれない。だが、俺に攻撃する余裕を与えたのは外れだぞ?
「確かこうだったか――――迫撃雷神槍」
「ああっ、ムムンのつくった魔法~~!!」
ムムンが何か叫んでいるな。
だが、もちろんムムンの作った魔法にアレンジを加えている。一本一本の大きさを倍にし、雷の色さえも変えた。ムムンの迫撃雷槍は白っぽい金色だったが、俺のは赤色の雷だ。全てにおいて上位互換の魔法として生まれ変わらせたのだ。もちろん消費魔力も大きくなっているがな。
目で追いきれない速さで飛んでいったが、ネロは持ち前の野生的な勘の良さで武器を目の前に投げて雷神槍をやり過ごし、ターニャは得意の土魔法で土壁を作って辛うじて受け切っていた。ウルリカに至っては、水魔法を纏わせた剣で斬っていた。まじでウルリカが化物過ぎる。
「ウルリカ、超純水による電撃の回避を知っているとは博識だな」
「レティア様に教えていただきました」
そういえばレティアにも以前そうやって俺の攻撃を防がれたことがあったっけ。魔法への対処もさまざまだったが、及第点だな。みんななかなか悪くないじゃないか。ウルリカに至っては素晴らしいの一言だが。
「狙撃」
俺のノーモーションからの狙撃攻撃。土魔法で作り出した極小の鉄片を風魔法を用いて超高速で弾き飛ばす複合魔法だ。かなり精密な魔力制御ができて初めて使える技だが、魔力消費も少なく済むうえに、威力は途轍もなく高い。
「きゃっ!!」
「いたぃっ!!」
キィン!!
ネロとターニャはこれでリタイアだが、ウルリカは俺の狙撃を斬ったな。普通は見切れないほどの速度が出ているんだが……、これは動体視力というよりは、魔法か何かで察知していると考えた方がいいかもな。
「ネロ、ターニャはそこまで」
「回収しておくわね」
ハイドラとルルーチェから声がかかり、ネロとターニャが回収された。ふわっと浮いて消えたが、あれどうやったんだろうな。あとでルルーチェに聞いたら教えてくれるだろうか。
「ウルリカ、強くなったな」
「若様のおかげです。本当に、本当に感謝しております」
「よし、俺も折角だし武器で戦うよ」
「真剣勝負ですね。申し訳ありませんが、勝たせていただきます」
俺は本気を出すのも少し謀られるため、如意金箍杖ではなくガルさんから買った刀を取り出した。
「……行きます。一刀両断 水ノ太刀・渦潮!」
見たことのある技、ではないな。だが、迷宮攻略の時に見た氷結猿から生きながらに皮をはいだあの技の派生だろう。主になんて攻撃するんだこのメイドは。
だが、おそらく武器の性能はどっこいくらい。そして、近接戦闘の技量も同じくらいか。俺も先ほどから全力で空間把握と気配感知を発動して、ウルリカの一挙手一投足を追っている。おそらく、長引くことなく一撃で決まるだろう。
「杖術 太刀の型 瞬華!」
俺の頬が思いっきり裂ける。それと同時に刀が折れた。いつの間にかウルリカの武器は俺の刀を超えていたらしい。それに、ずっと使っていたせいもあって限界も近かったのだろう。この刀には何回も助けられたな。
ウルリカが音もなく倒れた。怪我は負っていない。きちんと峰打ちしたからな。
「勝者、アウル!」
かなりギリギリだった。みんなどんどん強くなっているようでとても嬉しいが、やはり指輪をつけたまままだとかなり厳しい戦いになるな。しかも、次の相手は――
「次の対戦は、アウルvsアセナ!!」
嫌な予感がする。




