ep.171 成長と成果
「アウル、そろそろここを出る時間よ」
「えっ、もうそんな時期なの?」
「ふふふ、この空間にここまで適応する人間がいるとは思わなかったわね」
「この空間の居心地が良すぎたんだよ」
時間の感覚が分からなくなるほどの時を、ルルーチェが作ってくれた修業空間で過ごした。あれだけいた超越者の方々のうち、俺をメインで鍛えてくれたのは『凶王ルルーチェ・アルテ・デルフィニウム』と『神龍ハイドラ』の2人だけだ。
神龍ハイドラは、以前トゥーン海岸で出会ったヒュドラの名前だ。当たり前だが人型になれるらしい。
たまに2人の友人を名乗る人たちが遊びに来て面白いことを教えてくれたり、訓練に付き合ったりしてくれたのはいい刺激になった。なにより俺が修業を頑張れたのは、空天が一緒に修練してくれたからだ。たまに組手をして気分転換をしたのは、ちょっとした青春をしたみたいで楽しかった。
「アウル、私の友達みんながアウルの仲間を鍛えてくれているわ。でもね、絶対に負けては駄目よ。いいわね?」
無言の圧力、というか物理的な圧力をかけてくるのはやめてくれ。さらっと魔力による圧力をかけてくる癖はかわらない。だが、今の俺はそよ風を受け流すくらいの気持ちでいられる。
「任せてよ、ルル」
「はぁ……、あんなに可愛らしかったのに、こんなに逞しく成長しちゃって、お姉さん悲しい」
「はいはい、本当に感謝してるよ。それと、逞しくって言っても見た目は成長してないからね」
俺はこの1年でルルーチェのことをルルと呼ぶほどに親しくなった。ルルーチェがない胸を振り絞って反らせている。これでお姉さんぶっているつもりなのだろう。凶王と呼ばれているとは信じられないほどに可愛らしいのに。……見た目だけは。それに、逞しくなったのは精神面や魔力量、技術的な面のことをいっているはずだ。多少は筋肉もついたかもしれないが、外界では一日しか経っていないからな。
「……いま何か不敬なことを考えなかった?」
「滅相もございませんっ!!」
あぶねぇ。この勘の良さはまじで化物級だ。むしろルルーチェが戦ってくれたら俺が苦労することなどないのではないだろうか。頼みたいところだが、こんな僻地に住んでいるのだ。俗世から切り離された生活を望んでいると考えるのが普通だろう。
それに、ハイドラに関しては神龍だ。神がおいそれと関与するのは駄目なのだろう。ルルーチェに関しても、その昔に国を滅ぼしている存在だ。いまさら人の世に出たいとは思っていないだろう。
「冗談よ。さて、ここを出たらある場所へ向かうわよ」
「ある場所?」
「ハイドラが管理する、空にある闘技場よ」
空にある……、これが俗にいう天空闘技場ってやつか?
「そんな施設があるのか。俺も行っていいの?」
なんか人外専用施設な気がしてならないけれど。
「今のアウルなら問題ないわね。覚醒もある程度つかいこなせるようになったし、その武器も、ね?」
「あぁ、空天のおかげさ」
明らかに纏うオーラが研ぎ澄まされた空天に目を向けた
「俺様も信じられないくらい強くなれた。それはアウルのおかげだ。アウルと出会わなければ、こんな機会に恵まれることもなかっただろうからな」
今となっては俺の背中を預けるに足るほどの存在となったのだ。今の空天の実力を身外身序列に置き換えると、ルルーチェ曰く、四ノ山序列50位には食い込めるそうだ。もともとが二ノ山序列64であったことを考えると、途轍もない進歩である。
しかし、二ノ山、三ノ山、四ノ山、五ノ山があることを思えばまだまだ上には150体の身外身がいることになる。伸びしろは大きいということだ。このまま空天には強くなってほしいな。
「いや、俺も空天のおかげで体術を鍛えられたからおあいこさ。棒術も教えてもらったしな」
「その杖……、いや、如意金箍杖が破格すぎるだけだ。そもそも、如意金箍棒を持つことが許されている身外身は全体のトップ5体までだぞ。アウルが倒した身外身がどれだけ強かったのかわかるってものさ」
俺が大森林フォーサイドで打倒した孫悟空は、なんと五ノ山のトップ5に入る強さだったらしい。もしかすれば自分を孫悟空と名乗っていたことから、トップだった可能性すらある。強すぎるゆえにこの山を下りて武者修行でもしていたのだろうか。そんな時に黒幕のやろうにいいようにされてしまったのだろう。
黒幕も相当の手練れだとわかるが、そんなことになっても自我を失わずにいた孫悟空も凄いな。
この1年で棒術と杖術に磨きをかけた。その中で黒杖――いまは如意金箍杖と呼ぶようになったが、性質を少しだけ引き出せるようになったのだ。如意金箍棒と同じように重さを調節したり、長さを伸ばしたりだ。
未だに完璧には使いこなせていないが、1トンまでなら重くできるし200mまでなら伸ばすことが出来るようになった。小さくするのはまだ練習中だけどね。これのおかげで技にも幅が生まれたし、近接戦闘をしながらでも破壊力のある攻撃が可能になった。
「これからも如意金箍杖を使いこなせるように頑張るさ」
「アウル、ちゃんと魔法の練習も続けるのよ?」
もちろん魔法の練習も怠っていない。
ルルーチェが得意としていたのはもちろん魔法だ。魔力量も俺よりだんぜん多いのだが、それ以上に魔力の精密制御が半端じゃなかった。ルルーチェを思えば俺の魔力制御など杜撰と言わざるを得ない。ほんの少しの魔力で発動した魔法でも、鋭さや速度が研ぎ澄まされていたのだ。
それを少しでも身に着けるために魔力制御の訓練をすることになったのだが、それを可能にするための道具をルルから下賜してもらった。その名も『魔力循環阻止の指輪』だ。名前はそのままだが、効果は絶大。いつも当たり前のように使っていた魔力はうんともすんとも言わないのだ。
いつもの10倍以上の魔力を流して初めて髪の毛ほどの魔力が流れる。とてもじゃないが、俺の魔力をもってしても簡単な魔法を発動するので精いっぱいだ。さすがに魔法を発動するのは無駄が多いので、体内で魔力を循環させることで魔力を効率的に使った。
そんな地獄のような日々を過ごすこと1年。俺は杖術や棒術を鍛える時以外はずっと循環阻止の指輪を付けていた。最初こそつらかったが、今となっては指輪を付ける前と同じくらいの感覚で魔力を制御できるようになった。ルルーチェからはさすがに人外じみていると言われたが、気にしないことにした。
「この指輪をつけていることを忘れるくらい魔力制御できるように努力するよ」
「ふふん、それでいのよ。さぁ、時間よ。行くわよ!!」
みんなに会うのは本当に久しぶりだ。なんだか久しぶりすぎて会っただけで泣いてしまうかもしれない。前みたいに笑って会えると嬉しいけど、みんなには黙って出てきちゃったからなぁ。怒られる可能性は高い。それなのにいきなり人外級の人たちが鍛えると言って現れたのだ。さぞ狼狽したことだろう。
なにかお土産を用意したほうがいいのだろうけど……、魔豚で許してもらえないだろうか。いや、許してもらえないだろうなぁ。となれば、気分転換に作ったあれしかないだろう。
「空気がうまい……」
ルルーチェが作り出した空間から出て、久しぶりに外の空気を吸った。ルルーチェが作り出した空間は魔力がかなり薄い上に、酸素がやや薄い。さらには重力が倍となっている上に二ノ山と同様に視覚と嗅覚が遮断されていた。個人でこれほどの空間を作ることは凄すぎるが、やはりどこか作り物っぽい印象がある。
やはり空気は自然が作り出すものが一番だ。感覚が限られたからこそ、ただの空気でさえ違いがわかるようになってきた。なにより、今回の修業で俺は必殺技とも言える魔法を覚えることができた。覚醒したことによるある種の悟り――性能からすれば権能と言って過言ではない。それもこれも、ルルーチェのおかげだ。
あのルルーチェをもってしても卑怯と言わしめた技だ。魔力をほとんど使わない最強の防御技とも言える。まぁ、攻撃には使えないので殲滅力には期待できないが、魔力制御が研ぎ澄まされた今では威力も倍増しているだろう。
ルルーチェの空間から出た先はもちろん二ノ山だ。喋ることが出来ないので、また伝音を使わないといけないのか。一年ぶりだけど、世間的には1日しか経ってないんだもんな。なんだか不思議な気分だ。これなら10年くらい修業したいところだが、この空間をつくることは簡単なことではないらしい。年に1回が限度だそうだ。
まぁ、こんな便利な空間がそんなに毎回作れたらさすがにチートすぎるもんな。
『アウル、私に捕まって。闘技場にいくよ』
『ありがとう。あ、空天はどうする?』
『俺様はやめておく。それに、せっかく修業の機会を得たのだ。その成果を確認しなくてはな。まずは二ノ山序列1位になっておくさ』
『頼もしいな。またいつか、会いに来る』
『待ってるぜ、相棒』
青春だ。腕を交差して絆を確かめ合い別れた。きっと空天はこの山を制覇するだろう。俺も負けてらんないな。
『お待たせ、ルル』
『……なんかいいわね、男って』
『羨ましかったか?』
『ふふ、ちょっとだけね。さ、行くわよ』
俺が手を取ると、ルルーチェが何か呪文を唱えた。唱え終えたとともに少しの浮遊感があり、景色が一変した。
「着いたわよ。ここは制約がないから本気を出せるけど、わかってるわね?」
「絶対に負けるな、だろ?」
「それもそうだけど、その指輪をつけたままで戦いなさい。それが最後の特訓よ」
「りょ~かいっと」
魔力循環阻止の指輪をしたままでも昔の俺と同じくらいには戦える。魔力制御は研ぎ澄まされているし、防御面も問題はない。不安点はみんながどれくらい強くなったかわからないことだな。
俺たちが一番乗りのようでまだ誰もいなかった。闘技場の中に入るとハイドラが筋トレをしていた。人間の姿をしていたのだが、とてもいい体だった。筋トレに使っている器具が化物のように大きいのを使っているのがとても違和感だが。
「来たか。ふむ……また一つ壁を超えたらしいな」
「!! ……わかるんですね」
「まぁな。――――む、他の奴らも来たようだぞ」
ハイドラに言われて闘技場の入口に目をやると、二ノ山で一緒に宴会をしたルルーチェの友達がいた。その後ろには俺の大切な仲間が見える。だが、纏うオーラが桁違いだった。というか、本当に久しぶりに感じる。思わず涙ぐんでしまいそうだ。
「――アウル、勝負が終わるまで話すの禁止ね」
「えぇ!?」
「ふん、私もいるのに他の女に鼻伸ばすなんて……うりうり!!」
「あのなぁ……」
ルルーチェが体を擦り付けるようにして、みんなに見せつけ始めた。断りたいところだが、俺の実力をもってしても無意味なのは理解しているのでされるがままだ。
「冗談よ。なんだかあの子たちの目線が怖いし、このくらいにしておいてあげるわ」
俺が鼻を伸ばしていたのが気に食わなかったらしい。だが、体感的には1年は経過しているのにみんなが俺にヤキモチを妬いてくれているようでとても嬉しい。
この雰囲気を変えるかのようにハイドラが一言を放った。
「役者が揃ったようだな。では、それぞれが育てた成果を見せてもらおうか」




