ep.166 修業パート②
一つ目の山に入ってすでに一週間が経過し、視覚に頼らずに生活することにも慣れてきた。常に移り替わる自然環境も含めて、対処できるようになってきている。
今まではあくまで便利なものとして使っていたに過ぎない魔力だが、この山に来てからその認識は変わってきた。まさに手足のようにと言っても過言ではないかもしれないくらいに淀みなく使えるようになった。
今まであった認識は、呼吸をするかの如く変化し、目で見ていた時よりも繊細に、かつ鮮明に感じられることが出来るようになったのだ。
今まではあくまで意識することで魔法を使っていたが、この一週間でその境地を脱却しつつある。ほぼ反射に近い感覚で感覚強化や空間把握を使えるようになったのだ。しかも、その際に消費していた魔力量も著しく減少させることに成功している。
この一週間で攻撃魔法を使うようなことは無かったせいで攻撃魔法までそうとは言い切れないが、少なくとも自身の環境調整や周辺把握に関してはかなり熟達したと言えるだろう。
とりわけ大きい木の下で瞑想をしていた俺は、静かに息を吐いて立ち上がった。
「目を閉じているのに、風景が見えるこの感覚はいつになっても慣れないな」
心眼と言ってもいい境地にまで達しているのではないだろうか。この壮絶な一週間のお陰で、急激な自然環境の変化にも本当に僅かな変化で認識できるようになっている。魔力の流れを知るというのは、ここまで変化があるとは思わなかった。
そして、当初の目的でもある恩恵の覚醒について、大きな収穫があった。未だに全容を把握できていないが、覚醒した恩恵である『蓋世之才』だが、今まで使っていた魔法性能を大幅に上昇させ、技として大成させることができるということがわかった。
俺を二度も助けてくれた『白眉の盾』という魔法、あれは障壁魔法の進化したものだった。進化と言っても完成されたわけではなく、あくまでも昇華した一つの結果という意味だ。俺自身の能力が向上すれば、いずれは『白眉の盾』よりも凄い魔法を使えるようになるだろう。
一週間かけて一つ目の山に慣れることは出来た。それに、もちろん山を登っていたので目の前には二つ目の山があるところまで来れた。二つ目の山だとわかったのは、明らかに山としての格が違うと肌で理解させられるからでもある。
山自身が放つ魔力の濃さが圧倒的に違うのだ。成長したと思っていたけど、まさかここまでいきなり次元が変わるとさすがに冷や汗が止まらない。しかも、気配察知が生物の気配を知らせてくる。二つ目の山からは魔物またはそれに準ずる何かがいるらしい。
「グラさんやレティアはここで生活をしていたのか……。だとすればあの強さも頷けるな」
かつてレティアと戦った際、ただ水を吐いただけの攻撃でさえ途轍もない威力を誇っていた。龍としての強さもあるのだろうが、ここで修業すれば嫌でも魔力の運用が上手くなる。あれはその結果ということに違いない。
多少の怖さはあるものの、意を決して二つ目の山に足を踏み入れた。その途端、さきほどまでしていた大自然特有の木々の匂いがしなくなった。つまりは嗅覚の消失だ。視覚に続き嗅覚が制限されたが、今のところはあまり困ったことがない。
水の匂いや有毒な匂いが分からなくなったので、突然の豪雨や有毒物には細心の注意をする必要があるが、幸いにも俺は毒への耐性がある。劇物以外はひとまず大丈夫だろう。雨は……匂いに頼らない方法で察知する必要がある。湿度で判断できないか試してみるとしよう。
「気配察知」
魔物……? ではないようだが、この山には生物が生息しているらしい。何かがいるのはわかるのだが、その何かがなんなのかがわからない。俺にも把握できないほど存在が曖昧で、かなり生物として上位にいるのだとわかる。
不安は多々あるが、進むほかない。
山を登っていくが、かなりこの五苦行山に慣れたのか身体強化をしたままでも登ることが出来る。全力の身体強化ではないが、険しい山道が苦ではないくらいには余裕だ。
荒れ狂っている自然環境になんとか対応しながらも登山していると、五苦行山にきて初めての生物を見つけた。
「……妖精?」
そこには全長が15cmくらいで羽の生えた生物がいた。ただ、纏っている雰囲気は過去に戦った魔物の中でもトップクラス、隙があるようで全くない立振る舞い。今は美味しそうになっていた木の実を食べているらしい。
『隠れて見ていないで、こっちに来なさいな』
頭に音が響いてきたんだけど……。絶対この世界でも上位の生物だよね。そもそも俺はこの念話?が使えないから、今の俺よりも多技能だと推測できる。幸いに敵意はないみたいなのが救いだな。
「はじめまして、アウルです」
『? あなた、伝音を使わないということは新人ね。この五苦行山では声が制限されているから聞こえないの。何かを伝えたいときは私みたいに伝音を使わないといけないのよ?』
伝音……、伝音を以前使っていたのは龍族とノラさん、くらいか。どちらもこの世界で上位の存在だ。俺の推測はあたっていようだ。とはいえ、どうやって使うかイメージがないんだが。
『ふふふ、五苦行山で誰かに会ったのは初めてのようね。いいわ、私がいろいろと教えてあげてもいいわよ。ただ、そうねぇ。やっぱり何か対価を貰わないと』
この妖精?は親指と人差し指をすり合わせて何かを要求してきている。要求の仕方がおっさん臭いのがなんとも残念だ。
だが、対価か。月並みだけど、お菓子……いや、蜂蜜とか? さっきまでこの妖精は木の実を食べていたようだし、食べることは嫌いじゃないだろう。
今の俺は伝音を使えない。使えると言えば限定的にアルフと念話が出来る程度だ。あれはあくまで契約のパスが通っているからこそなので、誰とでもというわけではない。まぁ、アルフとの念話の感覚はあるので、伝音もほとんど似たようなものだろうと思ってはいるのだが。
対価として俺はとりあえず蜂蜜の小瓶を取り出した。この妖精くらい上位の存在になると、もしかしたら見慣れたものかもしれないが、反応を見るにはちょうどいい。
『!! そ、それ……もしかして……希少な蜂蜜じゃない!? しかもその量、な、なにがほしいと言うの!? はっ!! まさか、私の身体ね!? そうなのね!? 妖精霊の一柱たる私にそんな希少な蜂蜜を差し出そうだなんて……なんて恐ろしい人の子なの!?』
さきほどとは打って変わって狼狽している様子の妖精。というより、自らのことを妖精霊と言ったか? 初めて聞く名前なんだが、精霊の一種とかだろうか。
俺が物思いにふけっている隙に蜂蜜の小瓶を半ば強奪するように奪い取り、中身に頭から突っ込んでいった。……溺死しないよな? ただ、希少な蜂蜜……? これは確かに一般的には希少かもしれないが、あくまでクインの配下の魔物が採取した……いや、待てよ。
そういえばあの小瓶はクインが直々に採ってきたものだったかもしれないぞ?
待たされること数分、200mlはあったはずの蜂蜜が妖精霊の胃袋へと消えた。妖精霊の体積に対して明らかに多すぎる量を食べたはずなのに、漫画のように胃が膨れることはなかった。もしかしたら、この妖精霊の姿は偽りで、本当はもっと大きいのかもしれない。
『むふぅー……、至福だったわ。まさか、天嵐蜂の蜂蜜――それも天嵐蜂が扱える酵素の中でも一際上等なやつを使って作った蜂蜜なんて、さすがの私も食べた事ないわよ? あんた一体何者?』
クインがくれた小瓶の蜂蜜がそんなに凄いものだったとは。基本的にはクインの部下が作っている蜂蜜を貰うことが多いのだが、それでもたまにクインが作った蜂蜜も手に入る。俺が取り出したのはたまたまそれだったようだ。俺もあとでフレンチトーストを作って食べようかな。
この妖精霊にいろいろと話したいが、あいにく俺は伝音が使えない。しかも、あの蜂蜜の俺が知らないような情報まで知っているということは、もしかしたら鑑定のような能力があるのかもしれない。だとすれば、この妖精霊は俺の考えている以上の存在である可能性が出てきた。
ひとまず手話で伝音ができないことを伝えると、思い出したように笑っている。
『そうだったわね。まずは伝音を教えてあげる。イメージは魔力の糸を相手に投げかけて一時的にパスを繋げるの――こうやってね。あとは魔力に思念を載せれば伝音が出来るようになるわ。上級者になると魔力の糸を使わなくても魔力に思念を載せて相手に飛ばせるようになるわよ?』
魔力の糸に思念を載せる……言うは簡単だが、魔力にどうやったら思念が載るんだよ。ちょっと簡単だと思っていたさっきまでの自分が憎――あ、こうか?
『き――こえ、ます、か?』
『あら、不完全だけどやるじゃない。人間の身でありながらここへ来ただけはあるようね』
魔力の糸自体は難なく作ることが出来た。思念の載せ方はイマイチ分からなかったが、糸電話のイメージで魔力の糸を繋げたら意外にあっさりと成功した。俺は昔から前世のイメージで魔法を使うと成功しやすかったため、それが成功の秘訣だと思う。
ということは携帯電話――スマートフォンのイメージで話せば魔力に思念を載せて電波のように話しかけられるのか?
『あー、あー、聞こえますか?』
『ふぇ!? …………驚いた。さっきとは比べられないくらい綺麗に聞こえるわよ。もしかして――』
あ、俺が女神様から特別な体を貰っていると気づかれたか?!
『あ、いや、これは――』
『教える人が……つまりは私が凄いってことね! いやぁ~、天才ここに極まれりね!』
山籠もり生活8日目、超ド級の――うちのメンバーたちにも引けを取らないほど個性あふれる生物?との出会いだった。
更新遅くてすみませんでしたぁ!!
 




