ep.165 修業パート①
「アウルよ、本当によいのか?」
「うん、今回の戦いで自分の力に限界を感じたからね」
「……決意は固い、か。よし、村とアウルの仲間は我とノーライフキングに任せておけ。これだけの戦力が揃っていればそうそう何かあることは無いだろう。霊樹もあることだしな」
「ありがとう。それで、グラさんの言うその山は……今の俺でも生きて帰れる?」
「ふむ、本来あそこは人の立ち入るべき場所ではないから確証はないが――死ぬことはないだろう。……多分な」
「可能性があるなら行ってくるよ。覚醒した恩恵についても試してみたいからね」
「……その場所は普通の方法では行けないが、ノーライフキングが事前に転移盤を設置しているから入ることはできるはずだ。アウルが満足いく段階まで鍛え終わったら転移盤を使って帰ってくればよい」
「心配してくれてありがとう。目標は一ヶ月くらいかな。じゃあ、いってきます」
「気を付けろよ。あそこには……いや、行けばわかるであろう。アウルならば大丈夫だ」
「うん……?」
俺はグラさんとノラさんにだけ行き先を告げ、家を出た。本当はルナやヨミ、ミレイちゃんにも伝えた方がいんだろうけど、最低限の連絡をノラさんに任せてある。みんなに何も告げずに行くのは一切の甘えを無くすためだ。
今回の欠片集めで、俺は自分の無力さを思い知った。覚醒した恩恵がなければ孫悟空に勝つことが出来なかったのだ。今後も欠片集めを邪魔されることは想像できるし、そもそもテンドと戦うことになれば、今の力ではお話にならないだろう。
俺がやらないといけないことは、更なる魔力制御の精度を上げることや覚醒の力を使いこなすこと。あとはもっと洞察力や戦闘経験を積むことが目標である。
食料や装備など最低限のものは用意してあるが、基本的には現地調達をする予定である。今から行く場所は、本来普通の人族が訪れることがない――訪れることができない場所にある。
場所は魔王が統治している魔国のさらにずっと奥にあるという場所。俺はまったく知らなかったが、自称物知りのグラさんが教えてくれたのだ。グラさんも若いころはここでよく生活していたらしい。
通称『五苦行山』と呼ばれる試練の地。
元々は龍族や一部の魔人がここで鍛錬を行っていたらしい。そもそもの発端は邪神の影響により発生した魔所らしく、並みの人族では生きることはおろか、到達することすらできない場所だそうだ。
「圧巻だなぁ……」
アザレ霊山級――下手したらそれ以上――の山が見事に5つ並んでいる。奥に行けば行くほど高くなっているようで、一番後ろの山は未だかつて見たことがないほどに大きい。ここは五苦行山と言うだけあって、全部で5つの苦行がある。
グラさんに聞いた限りだが、今の俺なら最初の山は問題なく踏破できると言っていた。苦行の内容自体は教えられていないが、まぁ、なんとかなるだろう。おおよその想像はできているしね。
俺は覚悟を決めて一つ目の山へと足を踏み入れた。
一歩、本当にさっきまではなんともなかったというのに、山へ一歩足を踏み入れただけで周囲の景色が何も見えなくなった。簡単にいえば視覚遮断だ。今の状態は単純に目をつぶっている感覚に近い。
「こんな感じなのか……。視覚の遮断からなんだな」
何も見えないのは確かに不便ではあるが――
「感覚強化、空間把握」
なにも見えなかったはずの周囲が、強化された感覚のおかげで把握できる。さらには空間把握のおかげでより鮮明に認識することが出来た。
……これだけか? 近くに魔物の気配もないし、もしかして本当にこれだけなのだとしたらやや簡単すぎるぞ。むしろ、問題なのはこの広大な山を一人で黙々と登ることの方がしんどいくらいだ。
山登りに適している技として大気跳躍があるが、さすがに視覚が失われている状態でやるのは危険が伴うし、感覚強化はいいとしても空間把握をずっと使い続けるのはさすがに限度がある。いくら魔力が多いと言っても有限だからな。
でも分かったことがある。俺は今まで視覚に頼りすぎていたらしい。いや、当たり前と言えば当たり前なのだが、視覚を失っても感覚強化だけでも意識すればかなり把握はできた。
吹き抜ける風、木々が鳴らす音、草花が発する匂い、大地そのものが発する魔力など、把握し始めればいくらでも周囲を把握するリソースはあったのだ。普段は視覚のほうが情報量も情報確度も高いからあまり気が付かなかったが――
「視覚に頼らなくてもこんなにも鮮明にわかるなんて……驚きだな」
前世の言葉で言うところの心眼のようなものだろうか? 感覚強化は今までもずっと使っていた魔法の一つ。その成果がここで現れたのかもしれない。
グラさんは少し大げさに言いすぎだったのか? いや、俺がそれだけ成長しているということでもあるか……。油断をするつもりは無いが、ここで本当に俺は強くなれるのか……?
疑念を抱きつつも山を登り続けた。
感覚強化と一口に言っても感覚にも種類はある。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚など。もっといえば直感なんかも感覚の一つと言ってもいいかもしれない。最初のヤマは視覚だけが対象ということだ。
それに、この山に来た理由は己の成長が主目的だが、それ以外にも目的はある。別に前世の記憶にある内容と少し合致した部分があるからそれについても確認がしたかったのだ。これは最後の山まで踏破できたときに考えることだから、ひとまずは生きることを最優先にしてこの山に順応しなければ。
感覚強化によって得られる情報を頼りに山を登るが、これが意外と曲者だった。オーネン村の近くにあるアザレ霊山は霊峰と呼ぶにふさわしいほど大きく力に溢れているが、上ることは比較的に難しくない――世間一般的には難しく、出てくる魔物もそれなりに強い――が、この五苦行山は違った。
入口こそ登りやすいと思ったが、登り始めてややあってその認識は間違いだったと気づいたのだ。山としての難易度が明らかにおかしいのだ。急に断崖があったと思えば谷地形が始まったり、今まで見たことないほどの巨木が所狭しと生えていたり。
これはまだ序の口で、一番困ったのは自然環境そのものだ。地形なんかも自然環境ではあるのだが、今ここでいう自然環境というのは天候や気温、酸素濃度、果てはなんの脈絡もない突風や雷撃などの自然現象のことである。
あくまで自然現象でしかないので、攻撃に対して発動する自動展開障壁は役に立たず、目に見えない風を感覚強化で把握しようとしても、不慣れな触覚の感覚強化ではなかなか対応が難しい。
なにより、空からの急な雷撃は空間把握でも直撃する直前にしか反応できないし、本当にどうしようもないのだ。
今のところは常に障壁を展開することで対応しているが、これ以上突風が強くなれば俺ごと飛ばされてしまうため本当に危険だ。
本当にさっき大気跳躍をしないという決断した自分を褒めてやりたい。なんのアレもなく空を跳んでいれば俺は早々にリタイアすることになっていた可能性もある。考えただけで恐ろしい。
次に問題なのは酸素濃度の乱高下だ。自然溢れる環境のせいで、通常よりも酸素濃度が濃い。酸素はないと生きていけないが、濃度が高すぎるとそれは一気に毒へとなり替わる。まだなんとか魔法で周囲の風を調整することで何とかなっているが、常にそれをしないといけないというのは本当に負担になる。
自然現象への対応と視覚に頼らない周囲の把握を同時進行、さらには食料や休憩場所の確保など、やらなければいけないことは果てしない。ここに魔物が出始めでもしたら目も当てられない。
「この世界にこんな地獄のような場所があったとは知らなかったな……」
ここにきたことを後悔する気持ちもあるが、泣き言を言ったって仕方がない。ここではやるしかないのだ。やらねばやられる。それだけだ。
ただひとつ言えることがあるとすれば――
「人間は自然には敵いっこない、ということかな」
改めて自然の恐ろしさを体感した瞬間だった。
更新が滞っており申し訳ないです。
書籍化作業とお仕事に殺されかけてました☆キラン
(一日の睡眠平均時間3、4時間が2ヶ月も続けば死ねる。まじで)←雑魚
それに加えて花粉症にやられました。。。皆様もご自愛ください。




