ep.163 裏の裏
俺を意識している存在――というか、邪神の欠片を集めている存在を意識しているのかもしれないが、そいつの掌の上で転がされている感が気に喰わないので、俺は神殿に行くのをやめた。
俺のところにあり得ないくらい強い魔物が配置されていたこと、俺たちが3手に別れるように仕向けられた経緯、全てが計算ずくな気がする。その全てがドライアドの指示である。
ドライアドの指示は結界の破壊のため、現状としては依頼完了になるのだが……
「でもドライアドも不思議だよね。結界を破壊して中に入ればすぐに分かるような嘘をつくなんて。私ならもっとバレないような嘘にするのに」
すぐバレるような嘘……?
「そうだよ。ミレイちゃんの言う通りだ」
大精霊であるドライアドがこんな分かりやすい嘘をつく理由が考えられない。となれば、そこには意味があって然るべきだ。最初は俺たちを陥れるためだと思ったが、逆だったのだ。何者かによって行動が制限されているせいで、俺たちを結界の主がいるところに送り込むしかなかった。
しかし、霊樹と通信できているおかげで俺たちの状況を把握しており、なんとか神殿に行かせないようにするため、俺たちに違和感を覚えさせるようなことを言ったのだとしたら。そもそも結界を破壊するだけと考えれば、それで依頼は完了なのだから。
「なるほど、そういうことですか」
『そうですな。言葉にしない警告を示唆していた、ということでしょう』
アルフとノラさんも察したらしい。とてつもないヒントを言ったミレイちゃんはイマイチ理解していないようだが。しかし、純粋に考えることの大切さを改めて感じたな。いろいろとあったせいで疑うことの癖がついてしまっていたらしい。これは反省せねばな。
「どういうこと?」
「ドライアドはたぶん敵ではないってことだよ。おそらく俺たちに言葉に表さない形で警告してくれていたんだ」
「そっか、だから変な言い回しと内容だったのね」
そう考えると全ての辻褄が合う。あのまま俺たちが何も考えずドライアドと敵対していれば、森がフィールドだとすると俺たちにとって分が悪い。最悪の場合、取り返しのつかない結果になりかねない。相手は大精霊、そもそも勝つことすらできないかもしれないのだ。
ただ、そう考えると益々首謀者が何者なのか気になるところだ。それこそ神か何かでないと大精霊を強制的に使役など出来るはずもないと思うのだが――いや、まさか……首謀者は神の権能をもっている?
考えれば考えるほど憂鬱な気分になる。ただ辺境で農家を楽しみたいだけの男が抱える内容ではないぞ……。くそっ……。さっさとイナギを復活させて、俺は田舎に引き籠ってやるんだ。俺は決めたぞ。
俺はオーネン村を発展させて、住みやすくし、農業も商業も共栄させた辺境の理想郷を作るんだ。そのためには今溜まりに溜まっているお金を全て放出してもいい。うん、未来のことを考えるのは楽しいな。素敵な結婚式も上げたいし。
さてと、行動することは決まった。多少予定とは違うけど、先ほど打っておいた手が役に立ちそうでよかった。
「じゃあ、神殿は放置してドライアドに会いに行こうか」
そして俺たちは神殿に向かったのだが、それが正解だと言わんばかりに木々たちが避けてくれるのだ。俺たちの会話を周囲の木伝手に聞いていたのかもしれない。俺の予想があっているという証左だろう。
念のためにすぐに戦えるように準備だけをし、俺たちはドライアドのもとに向かった。
SIDE:???
「……悟空は負けたか。あいつは俺の持っている手駒の中でも上位に迫る強さを持っていたのだが、彼の覚醒の一助となったなら良しとしよう。あとは彼の大事な人が死ぬことで心を侵食し、闇落ちしてくれれば文句なしなのだが、うまくはいかないものだな。彼の陣営もどんどん勢いを増しているし……何か手を打つか」
水鬼の一件から目立った動きを避け、暗躍に徹してはいるものの計画はやや遅延している。それもこれも勇者が面倒なことを、元を辿ればワイゼラスの教皇が暗愚なせいである。欲望が強いことから操りやすい存在であったため放置していたが、これ以上面倒なことをされるのは計画に更なる遅延を生む可能性になる。
教皇が処刑となると治世が乱れる原因になり、計画に影響する可能性もあるが、あの教皇を放置しているほうが煩わしい。少し早いがあいつを引きずり下ろすための策も始動させるとしよう。
「欠片、か。俺が集めることが出来れば早いのだが……直接動けば『快楽主義者』に感づかれるからもどかしい」
この計画を成就させるに際し、一番の不穏分子である『快楽主義者』。なるべく敵対しないようにはしているものの、未だに何を考えているかが分からない。だが、今のところは彼を強くするという点においては利害が一致しているようなので、特に邪魔はされていない。
しかし、『快楽主義者』もまた彼を気に入っているので、いつかは相対する日が来るだろう。今はまだ時じゃないし、持ちうる戦力全てをもってしても勝てるかどうかは五分がいいところ。確実に仕留めるためにも力を貯めねばならん。
やることは山積みだが、「大願」のためにもこんなところで留まってはいられないのだ。
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特に問題なくドライアドのもとへとたどり着いた。森に愛されていると、魔物も野生動物も襲ってこないというのは新発見だ。これなら俺もドライアドと仲良くしたいのだが、なんとかならないかな。
「結界の主を討伐したから戻ってきました」
『……そのようだな。重ねて礼を言おう』
「――この空間は今、仲間が結界を張って隔絶してあるから本音を喋ってもらってかまいませんよ」
『む……これほど精緻且つ複雑でいながら相手にそれを悟らせない結界を張っただと? 分かってはいたが、只者ではないようだな』
まぁ、結界を張ったのはノラさんなんだけどね。俺が手を打っておいたのは、結界による第三者の介入をこれ以上防ぐためだった。それをお願いしたから、ノラさんたちは結果的に集合場所に来るのが遅れたのだ。
もとは第三者の介入防止のためだったが、結果的には外界との隔絶という意味合いが功を奏した。そのおかげでドライアドを縛っていたであろう何かとの繋がりは一時的に切られている可能性がある。
「で、単刀直入に聞くけど、大精霊樹妖精は俺たちの味方? それとも、敵?」
いつでも攻撃と防御に転じられるように用意しながら、大精霊樹妖精へと問いかけた。俺の予想では味方――違ったとしても敵対はしないのではないかと思っている。
『――人間よ、そなたは面白いな。すでに想像がついているのだろう? 我の言ったことの不自然さに気づき、我すらも縛っていた力の根源である結界の主を討伐し、さらには結界による外界との隔離。その手腕、見事としか言いようがない。人間にしておくには勿体ない。魔力も人間のそれを遥かに超えている。どうだ、そなたが望めば全てを代償に精霊になることも出来るが――それは違うようだな』
俺は無言で首を横に振った。俺はあくまで人間として一生を終えるつもりである。しかし、ドライアドを縛っていたのは結界の主だったのか。それは分からなかったな。だけど、ここで知らない顔をしてしまうとさすがに情けないので、もちろんキリっとした顔をしておこう。
『して、答えだが我は敵ではない。そもそも霊樹に認められたものは友にこそなれど、敵対など本来ならあり得ぬよ』
「やっぱり、誰かに縛られていたの?」
『その通りだ。誰かは――言えぬのだ。少々複雑なのだが、精霊は本来嘘をつくことができない。そもそも嘘をつく必要がない程度には高位の存在だからな。しかし、稀に例外が存在する』
何事にも例外というのはある。特にこの世界に来てからは、それをひしひしと感じるようになった。
「その例外については、教えてもらえますか?」
『それは大丈夫だ。というのも、そなたからは我を縛っていた存在――直接的な結界の主ではなく、それを行った存在――との因果が感じられるからだ。そなた、すでに一度会っているな? それも、気づいておらぬかも知らぬが、目に見えない因果の楔を打ち込まれた形跡がある。なぜかそなたには効いておらぬようだがな』
会ったことがある……? 目に見えない因果の楔? やばい、ここに来て新しい情報はもうやめてほしいんだが。それに、これ以上何かに巻き込まないでほしい。
「心当たりは――」
スリードで得たライヤード王家に関わるというヒント、さらには俺に会ったことのある人物。となると、本当に数えるくらいしかいないということになる。そして、俺の勘が正しければ……
『思い至ったようだな?』
「おかげさまで。本当に考えたくないですが」
『そして、例外についてだが、それは至極簡単だ。我よりも上位の存在であること、又は我を縛り使役することが可能であるほど個として強い存在のどちらかだ。我を縛った存在がどちらであるかは、我にも分からないがな』
やっぱりそうなるんだよな。俄かには信じられないが、そんなやつが俺を狙っている可能性が極めて高い――というか、ほぼ狙っている状態なのだ。その理由は分からないが。だけど、はいそうですかと思い通りになるわけにもいかない。
「知りたいことは知れました。それで、俺の仲間がかけている結界を解くと、また繋がりが戻ってしまうと思うんだけど、どうしたい?」
これは、提案ではなく一種の脅迫。頭のいい大精霊ならば、俺の言わんとすることは理解できるはずだ。
『ふっ、可愛い顔をしてなんと豪胆な人間だ。しかし、気に入った。そなたを媒介とし、霊樹に大精霊樹妖精の加護を授ける。そして、その加護に我の出しうる力ほぼ全てを譲ろう。そなたらが結界を解くと同時に加護が発動し、大精霊樹妖精という存在は消滅する。しかし案ずるな。我は霊樹を依り代に、格は落ちるが樹妖精として近いうちに蘇る』
「大精霊樹妖精がいなくなってもここの森は問題ないのですか?」
『ははは、森を舐めるなよ。そう簡単に滅ぶほど柔な森ではない。それに、我が樹妖精として復活できればなんの問題もない。大地は繋がっているからな』
そのへんの匙加減は分からないが、遠くからでも管理ができると言いたいのだろうな。でもこれで気になっていたことはクリアできた。あとは、だ。
「ノラさん、俺たちは神殿に行ってくる。悪いけど、結界の解除は神殿に行ってからで頼むね」
『お任せくだされ!!』
俺たちは、満を持して神殿に向かった。
???「作者よ、喋る相手がいないと独り言が多くなってしまうのを何とかしたまえ。これではブランディングが崩れてしまうではないか」
作 者「ブランディング?! も、申し訳ない……」
???「分かればよいのだ。次は良きに計らえ」
作 者「御意に!!(独り言やめるとは言ってない)」




