ep.160 強敵
「アウル!! 大丈夫?!」
ヨミが心配そうに俺に近寄ってきた。怪我はないものの、精神的な疲労と魔力の減少が著しい。恩恵が覚醒しなかったら勝てないくらい強い相手だった。純粋なパワータイプ、それも小細工が通用しないほどに高い身体能力と技術。
魔法を発動する速度には自信があったけど、その自信をやすやすと破壊された。あり得ない程はやい打ち込みには全く反応が出来なかった。
「大丈夫だよ。でも、強すぎて自信なくすなぁ」
「アウルでも自信なくすことあるんだね。……今度私たちと一緒に鍛錬する?」
「そうしようかな。この先、封印の守護者がどんどん強くなったら勝てなくなりそうだし」
「ふふ、ルナとミレイにも伝えておきますね」
こいつにはなんとか勝ったけど、他のみんなは大丈夫だろうか。さっきから伝声の魔導具が反応しないせいで連絡がとれていない。おそらく妨害の何かがあるんだろうけど、今は少し回復しないとな。
「無事でいてね、みんな」
SIDE:ノラ&ルナ(ルナ視点)
岩をも砕くグーを以てしても、ヨミのパーには敵わないとは。もっとじゃんけんの研鑽を積む必要がありそうだ。
『奥方様、アレからとても強い気配を感じますな。あれがアウル殿の言っていた結界の守護者でしょう』
「……なんと醜い」
私たちが担当する結界の守護者は驚くほど醜い豚の化物だった。そいつはオークと酷似していたが、感じられる力量は明らかにオークキングを超えている。今まで相対した敵の中でもダントツに強い。
『迷宮の外にもこれほどの化物がいるとは……世界は広いですな』
かつて賢者と呼ばれたこのノーライフキングを以てしても、化物と言わせる実力。見た目に騙されてはいけないと分かってたのに、どうしてもあの見た目に生理的に忌避感を覚える。体長は6m前後で、武器は奇妙なことに馬鍬と呼ばれる鍬だ。
感じ取れる魔力属性はおそらく土系統だと思われる。まさに鍬との相性は最高というわけだ。
「どう戦う?」
『どれ、私が一度様子を見ましょう。生まれ変わったこの体を思う存分試したいというのが本音ですがね』
ノーライフキングはそういうとふわっと浮かび上がり、豚の化物よりも頭上に位置するように陣取った。
『おい豚。我が相手をしてやる。かかってこい』
豚は喋ることが出来ないのか、言葉にならないような汚い音を発しながら、怒りのままに武器である馬鍬を地面にたたきつけた。
その瞬間、ノーライフキングがいるであろう場所めがけて土の針が飛び出し、一瞬で到達した。込められている魔力量からみてもとんでもない威力なのは分かるのだが、さらに凄いのはその発動速度。馬鍬が地面に触れてからノーライフキングに到達するまでの時間が驚くほど速かったのだ。
並の術者ならすでに串刺しにされて死んでいるだろうが、さすがはノーライフキング。当り前のように障壁で防いでいる。それもかなり緻密に展開された障壁だ。あの障壁だけ見るならば、ご主人様の障壁よりも堅いかもしれない。まさに魔力の化物である。
Gyuaaaaa?!?!?!
汚らしい音を発しながら驚いている豚の化物。あの化物も私が戦ったらきっと相当苦労するはずだ。だが、今この場を支配しているのは明らかにノーライフキング。あの化物が弱いんじゃない、ノーライフキングのほうが強かったということだ。
ご主人様もとんでもないものを拾って来たものだ。これが敵だったらと思うとぞっとする。霊樹のおかげもあってさらに強くなっているのだろうが。
『ではこちらの攻撃です。氷棘』
空中に発生した超巨大な氷の棘。それが次々と豚めがけてとんでいく。しかし、豚は避けるつもりがないのか、それとも見た目通り動きが緩慢なのか、氷棘をそのまま全身でうけ、土ぼこりが舞った。
「……やった?」
『奥方様、アウル殿が言っていましたが、そういうのをふらぐと言うらしいですぞ』
土ぼこりが晴れた先にいたのは、無傷のままこちらを下卑た顔で睨みつける豚だった。氷魔法は質量を伴う攻撃であるため、物理攻撃と魔法攻撃どちらの性質も持つ優秀な魔法だ。しかし、あの豚は意にも介した様子がない。特別な魔法を使ったようにも見えなかった。それはつまり――
「絶対魔法耐性と絶対物理耐性持ち……見た目に合わない優秀さね」
絶望的な答えに行きつくのに時間はかからなかった。
SIDE:アルフ&ミレイ(ミレイ視点)
私はアルフレッドさんと一緒に行動することが多い。というのも、アルフレッドさんはとても強い上に転移が使えるから、有事の際には心強いのだ。アウルは私を心配してくれているからこそ、アルフレッドさんと組ませてくれているんだろうけど、そこにはやはり私の実力も経験も足りていないからこそなのだろう。
「アルフレッドさん、私はもっと強くなれますか?」
「なれますとも。……一つ、技を教えましょう。これは今すぐできるような技とかではないですが」
「構いません。私も、アルフレッドさんにもっと鍛えてほしいです。アウルの隣に居続けるために」
私はルナやヨミに比べて明らかに一歩遅れている。もともと私はただの村娘だし、適性属性も水くらいしかちゃんとしたものがないのも事実だ。これでもルナやヨミと一緒に迷宮には潜っているけど、それでも潜ってきた修羅場というのは明らかに少ない。
アルフレッドさんには水属性と相性の良い歩法を教えてもらって、それは練習しているけどまだ実用段階ではないのも事実。依然として私には鍛錬する時間も覚悟も足りていないのだ。
「主様も素晴らしい奥方を娶ったものです。わかりました、不肖ながらこのアルフレッドが指南いたしましょう。……私の鍛錬は厳しいですよ」
「望むところです!」
今回の遠征が無事に終わったら、次の封印攻略までの一か月間みっちりと鍛錬すると約束した。アセナもそろそろ大詰めを迎えているとのことだったので、一緒に鍛錬するらしい。以前習った水属性と相性の良い歩法も併せて修業して強くなるんだ!
「――おや、先ほど連絡があった話ですが、我々の敵はアレですね」
「背中に甲羅、頭に……皿?なのかな?」
「私も見るのは初めてですが、あれは河童とかいう種類の魔物……ただ、遥か昔に滅んだはず」
体長は大きく、6mくらい。仁王立ちして私たちを待ち構えている。イメージとしては少しひょろっとしてるかな?
『%△#?%◎&@□!』
「言葉を喋る知能はありそうですね」
「……アルフレッドさんは何言ってるか分かるんですか?」
「いえ、まったく。ただ、何か喋っているなぁと」
焦った。何か喋っている風だったから通じているのかと思ったけど違ったみたい。でも、知性のある魔物は強いというのは明らかだ。さらに、強敵との戦闘経験が少ない私でもわかるほどあの敵は強い。それも、鳥肌がとまらないほどに。
「私が前衛をします。ミレイ様は後衛をお願いしますね」
半月刃がくっついている杖を構えた途端、河童からは先ほどとは比べ物にならない威圧感が放たれた。思わずその威圧に頭がクラクラしたが、影がさしたと思ったら急に威圧感が和らいだ。
『我がいるから、主は大丈夫だ。しかし、河童の化物とは初めて見るな』
「ブルーは知ってるの?」
『存在だけな。妖魔の一種で、頭にある皿が弱点の化物だ』
!! 弱点が皿だというのはとてもいい情報だ。私がアルフレッドさんに目配せすると、静かにうなずいてくれた。かなり強そうだが、弱点が分かっているなら戦いようはあるはずだ。
「ブルー、他に何か知っていることはある?」
『推測だが、あいつは水属性だろうな。我と同じ波長を感じるぞ。魔法なら我が陣法を使って阻害してやるぜ』
水属性か、確かに甲羅があるし水辺にいそうな見た目に見えなくもない。
「ブルー、私はアルフレッドさんの援護をするから、その間に陣法を発動して!」
『我に任せておけ!』
「アルフレッドさん、陣法で魔法を封じます!」
方針を決めたとき、河童とアルフレッドさんがブレた。私の目では追えないほど速い戦闘。すぐさま目に魔力を集めて集中する。それでやっと辛うじて捉えるくらいができている。これだけ速いと援護のしようがない。
アルフレッドさんはいつの間にか装備していた手甲を上手に使って半月刃の攻撃を防いでいる。
よく観察していると、アルフレッドさんの歩法が水属性と相性の良いものだと気が付いた。速すぎて判断に困ったけど、あれは間違いなく『歩法之極意・水~流るること水の如し~』通称“流水雲歩”だ。
流れるような動きで相手を翻弄する技。滑らかな歩法は水であり雲のようにつかみどころがない。流水雲歩は私が勝手につけた名前だけど……。
あれは目で見えているのに当たらないというのが神髄なのに、突き詰めれば見る事さえ難しくすることができるということだ。
『%△#?%◎&@□%△#?%◎&@□!?!?』
捉えきれないことにいら立っているのか、近接戦闘をやめて水魔法を使おうとしているが、近接戦闘に時間をかけ過ぎたのだ。
『我の陣法の前では、魔力を使った攻撃など無意味だ』
辺り一帯を包むように陣法が発動し、魔力を練ることが出来なくなった。しかし、それは私たちも同様だ。アルフレッドさんも魔力を使うことが出来ない。ただ、アルフレッドさんは魔力がなくても戦えるとアウルが言っていたのを知っているので、相手の手札を削った方がマシだと考えた。
「私は――魔法が使える?」
『我の主だからな。陣法が適用されないのだ。そして、それは我も同じことだ』
「わかった――ウォーターカッター!」
超圧縮された水による切断攻撃を発動したが、即座に背中の甲羅を盾にして防御された。甲羅は恐ろしいほど硬いのか傷一つついたようには見えない。
『%△#?%◎&@□%△#?%◎&@□!』
私の攻撃に腹がたったのか、怒り狂ったように私に突貫してきた。咄嗟に防御魔法を唱えようとしたけど、その必要は皆無だった。
「私を忘れてもらっては困りますな」
私の前に迫った河童の真横に現れたアルフレッドさんから、魔力とは別の何かが感じられた。私に河童の攻撃が届く前にアルフレッドさんが思い切り殴ったのだ。私にはそうにしか見えなかった。
『勁之極意・螺旋発勁』
アルフレッドさんも魔力が使えないはずなのに、河童は殴られたところがひしゃげるようにしながら錐揉み状になって吹っ飛んだのだ。
「アルフレッドさん……魔力は使えないはずですよね……?」
「確かに魔力が練れません。ですが、今のはあくまでも技術ですので」
アウルの言っていたことは本当だった。この人もまさに化物といって遜色ない。
『%△#?%……』
しかし、それでも河童は起き上がって来たのだ。傷ついたはずの腕はいつの間にか回復している。
「恐ろしいほどの回復能力……厄介ですね。それに、殴ったときの感触が少々おかしい。これは手古摺るかもしれませんな」
かなりの強敵に対し、私はどうやって弱点を攻めるべきか考え始めた。
細々と更新していきます。
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