ep.156 死霊の王
『アウル殿ぉ~~~~~!! 探しましたぞぉ~~~~~~!!』
一体の骸骨が上空から自然落下してきている。明らかに以前迷宮で見かけたノーライフキングだ。……え、なんでここにいるの? 迷宮の階層ボスじゃなかったっけ。
自然落下していたはずのノーライフキングは地面すれすれのところで急激に減速し、さも当たり前のように降り立った。50mくらい上から落ちてきて無傷とか、こいつの魔法はどうなっているんだ。是非とも教えていただけないでしょうか。
「……ノラさん?」
『おおっ! 覚えていてくれましたか! そうです、【ノラさん】ですぞ!』
やや暑苦しい。信じたくないけど、こいつはやっぱりNo.4迷宮で話したノーライフキングだ。墓場階層のボスで、驚くことに知性が高かったので覚えている。
「えっと、どうしてここに?」
『? それは異なことを仰る。アウル殿が我に名を付けてくれたから、迷宮の呪縛から解き放たれたのです。いろいろと準備と引継ぎがありましたので時間がかかりました。あとは、お恥ずかしいですがアウル殿がどこにいるかすぐに見つけることが出来ず、世界中を回っておったのです。すると、いきなりアウル殿の魔力波動を放つ霊樹の気配を察知したのです。これは間違いなくアウル殿が霊樹を覚醒させたのだと分かりましたので、その波動をもとに飛んできたのです』
初耳なんだが。いや、確かに迷宮の魔物に名づけをするような人間がいるとは思わないが。だけど、そんなことが世間に知られれば迷宮のボスがいなくなってしまわないか?
「……ノラさんって、俺の従魔になってるの?」
『もちろんですとも!』
うぐぐぐぐぐぐ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
死霊の王/―/ノラさん/Lv.97(→100)
体力:900
魔力:140000
主人:アウル
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……想定外だ。しかも魔力特化のバケモンだ……」
『して、これがアウル殿の霊樹ですな。なかなかに立派。樹齢ゼロ日とは思えない程の成長ぶりです。しかし、霊樹としてはまだまだ心許ないですな。どれ、我も少々お力添えを』
ふよふよと宙を浮きながら霊樹へと近づき、魔力を注ぎ始めた。俺の従魔扱いということらしくなんの抵抗もなく魔力が流れていく。どうやら本当に俺の従魔らしい。しかし、本当にこんなことが可能だったとは。
『ふぉ?』
「は?」
クイン同様、ノラさんまでもが光り始めた。やばい、この流れは……!
「信じたくはないけど……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
冥府の王/―/ノラさん/Lv.97(→200)
体力:1800
魔力:280000
主人:アウル
個体:特殊
◇◆◇◆◇◆◇◆
『おおおお!? まさか、我も霊獣へと進化をしたのですかな!? これは光栄の至り! 我は死ぬまでこの霊樹を守り抜きますぞ!』
「いや、お前はすでに死んでるから」
冷静にツッコミを入れてる場合か。霊獣になったことで魔力と体力が倍になってるんだが。体力自体はあまり高くない。だが、それを補ってあまりあるあの魔力。障壁何て張られた日にゃ、突破することはほぼ不可能だろう。
『おおっ、さすがはアウル殿。ツッコミのキレがはんぱないですな!』
カラカラと物理的に音を立てて笑うノラさんは楽しそうだが、俺以外のみんなは油断せずに警戒を続けている。こんな化物とまともに戦える存在なんてそれこそ龍たちくらいだけどな。俺やエゼルミアさん、アルフが本気で戦っても勝てるはずがない。
それくらい恐ろしい魔力を有しているのだ。これがまさに桁が違うということなのだろう。
「あのノーライフキング、私の魔力よりもずっとずっと多いよ。神代の時代にもあんな化物はほとんどいなかった」
いや、エゼルミアさんの言いたいことは分かる。それほどまでに圧倒的な魔力量だ。俺も自分の魔力量には自信があったけど、それが霞むくらい凄いことだ。
「迷宮の魔物って、名づけをすれば従魔にすることが出来るの?」
『いや、それは少し語弊がありますれば。我が迷宮から出れたのは、純粋な迷宮産の魔物ではないからですな。そこの赤龍帝殿も似たようなことをしていたみたいですし』
「ぬ……? あぁ、そういうことか」
俺も同時に理解した。グラさんは勝手に迷宮に入り込んでとある階層を占拠していた。要はノラさんもおんなじことをしたということだろう。じゃあ、いつから? それと、グラさんと同じだったら名づけなんかなくても出られるような気がするけど。
『……我はもともと、人間の魔法士だったのです』
「!!」
ノラさんはぽつぽつと己の過去について語りだした。
かつて、大陸の5割を支配する強国がありました。その国は他国よりも土地が優れていたり、主要な武器生産力があるわけでもありません。しかし、それでもなお大陸の半分を支配できていた理由がありました。
その要因が「魔法」でした。
かの国が使う魔法は他国よりも圧倒的に優れ、他の追随を許さない程抜きんでていたのです。その国でも一番の魔法使いに贈られる【賢者】の称号。これは毎年開かれる魔法大会で優勝した一人にのみ与えられる特権で、その称号があればその国では公爵と同等以上に権力と発言権が与えられたのです。
そんな中で、15年以上も【賢者】の称号を欲しいままにしていた男がいました。その男の名は『カイル=レザリス』と言い、身長は185cm、美形で程よく筋肉が付いた絶世の男でした。
誰もが羨むような美貌を持ちながらも、魔法技術は超一級。魔力量もさることながら魔力制御能力においては世界中探しても誰も勝てない程の精密さ。
10km離れた場所にある針の穴に魔力糸を通すことが出来ると言われたのはもはや伝説でしょう。
だが、彼にも転機が訪れました。邪神の出現です。もともと邪神の存在自体は嘯かれていましたが、彼は天狗になっていたせいで邪神など俺が倒してやると思っていたのです。
しかし、いかに強かろうとも相手は神。一介の人間が叶うはずもありませんでした。だが、そこはさすがの天才魔法士。死ぬ前に迷宮へと逃げ込み、死ぬ前に己を魔物へと生まれ変わる術式を発動させたのです。
……なぜそんな術式を研究していたかはおいておきましょう。
迷宮の魔物は死んでも生き返ります。そのことを利用して彼は力を蓄えようと考えたのです。そんな中、人間としての自分を捨てきれない彼は自らをリッチへと変えました。いずれは再びこの骨に受肉出来ることを願って。
最初は魔物を倒すことで上がっていく身体能力に一喜一憂したものですが、途中からは自らが人間であることを忘れる日が増えていったのです。それでもいつかは邪神を倒して大国の賢者として返り咲くことを夢見て努力を続けました。
それからどれほど時間がたったのかわかりません。自らが強くなるために人間をやめた理由や、迷宮にいた理由さえも忘れてしまった頃。ふと、急に思い出したのです。
『自分が人間で、邪神を倒したかったのだと。そのきっかけをくださったのがアウル殿なのです。なぜかはわかりません。アウル殿に会ったとたんに全てを思い出せたのです。さらには迷宮から抜け出すための名前すらも頂けました。本当に感謝しております。赤龍帝殿のように数年程度の迷宮籠りであればいざ知らず、我は気が遠くなるように時間を迷宮で過ごしました。そのせいか自らが迷宮の一部と認めてしまっていたのでしょう。そのせいで自らの力で出ることが出来なくなっていたのです。ですので、本当に感謝しております』
深々と頭を下げるノーライフキングのノラさん。自らを絶世の男と呼んでいるあたりで頭が痛くなりそうだったが、力を持つ者としての在り方には賞賛を送りたい。彼も俺と同様に邪神を討とうとしている一人であったのだ。
「……俺も邪神を倒そうとしている一人だ。なんでこうなったかは分からないけど、ノラさんを仲間として受け入れるよ。ようこそ……っていうのは変か。すでに霊樹に認められているんだもんね」
『我が霊獣になったのは驚きですが、不思議とすぐに受け入れられました。きっとこうなる定めだったのでしょう。おっと、そういえば遅くなったのにはまだ理由があるのです。これは細やかですが、お土産でございます。アウル殿のお仲間がたも是非』
そう言ってノラさんが取り出したのはマジックバッグ。そこから出てきたのはいろんな種類の武器や防具。ほかにも希少そうな魔物の素材など。今まで見たことのないものばかりだった。
「これ、どうしたの?」
『我がもともと集めていたというのもありますが、お土産にしては少々心許なかったので、迷宮をさらに降りて回収してきました。時間的にも遅くなりたくなかったので、70階まででやめてしまいましたが』
70階……? ノラさんは予想以上に化物だったみたいだ。




