ep.152 『第3の封印』②
『しかし、1対6はやや分が悪い。情報によるとこの世界の住人は魔力に依存しておるときいた。では、その魔力が無くなったら、どうするのかな?』
水鬼が指を鳴らすと、地面が急に光ったのだ。そこには見たことのないような文様が描かれており、この世界の魔法陣とはそもそも考え方が異なる術式に見える。むしろ、前世でこそ見たことのあるような、そんな懐かしい感じさえする。
「みんな、何が起こるか分からない! 各自注意を!」
念のために距離を取ろうとして背後へと跳躍した――いや、しようとした。しかし、体は思ったようには動かず、やや背後に跳んだだけで尻餅をついてしまったのだ。
「?! 魔力が……練れない?」
「ご主人様! この方陣が魔力の運用を妨げているようです!」
俺も同じような推測をしていたので方陣を消そうと試みたが、武器で攻撃しても方陣はその姿を変えようとしなかった。ということは、これは地面にあるように見えて地面に影響しないものということだ。
『ふははは、その方陣は我を倒さねば消すことはできぬ。そして、この空間から出ることもな』
確かに退路を見ると薄い壁のようなものが見える。水鬼の言っていることは嘘ではないようだ。となると、逃げることも魔力を使うこともできない状態で、この化物と対峙しないといけないことになる。
今までにない窮地に、背中に冷や汗が流れた。
『そうだ、その顔だ。俺を毒殺しようとした奴らもみんなそういう顔をしていた!その顔が見たかったんだ!』
「……?」
水鬼はボスというには相応しいほどの能力と、残虐性を備えている。現に今もまさに悪役と言ったことを喋っている。なのに、だ。
「お前は……なんで、そんな悲しそうな顔をしているんだ……?」
『?! 何を言っている! 俺は悲しくなど、ない!!』
雄叫びとも言える言葉ともに、水鬼からは鋭利な水槍が飛んでくる。そのどれもが必殺級の威力を誇っているのは目に見えて分かる。誰が見てもその攻撃は本気で攻撃しているように見えるだろう。
今もみんなはかろうじて避けるだけで、攻撃に移ることさえできていない。アルフもミレイちゃんを守るように動いているため、攻撃などできない。魔力が使えないのだから、さすがのアルフも困っているだろう。かくいう俺も、天馬やルナ、ヨミもギリギリだ。
しかし、逃げ始めて5分経った今も誰一人として大きな怪我を負ったりした者はいない。身体強化を発動していないのに、だ。
それはつまり、魔力の使えない俺たちでも避けられる攻撃ということになる。たしかに俺たちはレベルも高いし素の状態でもかなり肉体的には優れているだろう。しかし、強いのは水鬼も同様だ。
そこから導き出されるに、こいつは俺たちを本当は殺したいと思っていないのではないか? それこそ――
「――お前は、人が好きなんじゃないか?」
『……何をふざけたことを。我は水鬼。代々この地に封印されし水鬼だ! 封印した人間どもを恨みこそすれ、好いているなどと片腹痛い!』
一段と水槍の勢いと手数が増えるが、やはりそこに本気の殺意はないように思える。……俺は、この感情に心当たりがある。なぜそうなったのかはわからないが、俺は水鬼の話を聞いてやらないといけない気がしたのだ。
「俺はお前から逃げない! 後ろの仲間もだ! だから、お前の話を聞かせてくれ!」
『う、うるさい!』
ひと際大きな水槍が俺へと迫る。今ならギリギリ避けられるだろう。しかし、俺には確信めいたものがあった。俺は――避けないことを選択した。
「アウル様?!」
「アウル!」
「ご主人様!」
婚約者たちの声が聞こえてくる。ここで死んでしまっては彼女たちを残して逝ってしまうことになるが、それでも俺はここで逃げてはいけないと思ったのだ。
眼前にまで迫り、さすがに怖くなった俺は目を瞑ったが、俺は頑としてその攻撃から逃げなかった。防御するでもなく相殺するでもない。水鬼の攻撃を真正面から受け止めてやろうと。
しかし、いつまで経っても攻撃は俺に当たることない。おそるおそる目を開けると、あと数センチというところで水槍は止まっていた。
『……なぜ、避けなかったのだ』
「言っただろう。俺は逃げないと」
内心では死ぬ覚悟まで決めていたがな。
『……ふはっ、お前は変わっているのだな。普通の人間とは少しだけ、違うようだ』
「何があったか、聞いてもいいか……?」
『あれは、遥か昔。俺がまだ水を飲まないと水鬼としての力を保てなかった頃の話だ』
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SIDE:水鬼
主君は我を残してどこかへ行ってしまった。仲間の鬼たちとも散り散りになったようで踏んだり蹴ったりだった。しかも、我が残された土地は今まで住んでいた場所とは違うようなのだ。
いつの間にこの世界へ来たのかは分からない。しかし、我が一人で生きていかねばならないということだけは理解できた。妖怪やモノノケなどは一切いないが、見たことのないような化物が多かった。
我が住んでいた世界では我のような鬼を使役する者たちがいた。名を陰陽師と呼び、妖怪などを倒して生計を立てていたのだ。我の役目は妖怪を倒して人間を守ること。まぁ、場合によっては人を殺すこともあったが、その場合はちゃんとした理由があった場合だけだ。
我は鬼だが、人のために働くことに誇りを持っていた。ただし信賞必罰は世の常。功績には褒美を、悪意には罰を与えるものだ。持ちつ持たれつの関係が本来あるべき正しい姿なのだ。
我を使役する陰陽師はそれを理解していた。だが、使役者のいない我などただの鬼でしかない。いくら人に優しくしようとも、我だけではだめなのも理解している。強すぎる力というのはそれ相応の苦労が付きまとうからだ。
それで、我は主君を探すべくこの世界を巡った。きっとこの世界のどこかに主君がいると信じてだ。それで探し回ること数年、さすがに体力・気力ともに疲れていたときに一つの街に行きついた。
そこは自然の豊かな街でどこか懐かしく感じたのだ。質素ながらも自然と調和しながら生きている。我は誘われるように街へとたどり着くと、人が我を恐れながらも街を守っていたのだ。
我はなぜか無性にこの街が気に入っていたということもあり、この街に留まりたかった。しかし、人間はなんの対価も求めないでいると裏に何かあると疑う種族である。
そこで我はこう言ったのだ。
「俺は喉が渇いている。水をくれるなら街は襲わない」
あえて俺と言うことで人間味を持たせようとしてみた。それに、水鬼である我には水は死活問題であるため、それを貰えるならばこの街を守護しようと思ったのだ。数年探しても主君は見つからなかったというのと、懐かしく感じたからだろうか。今となっては明確には覚えていないがな。
もちろん、我は水の対価として周辺にいる化物どもを駆逐した。倒した化物は街の人間たちに譲ってやると大層喜んだし、その笑顔は我の疲れていた心も癒してくれた。
最初は怖がっていた住民たちも次第と慣れてくれたのか、打ち解けることが出来た。稀に子供たちが我に木の実などをくれたが、あれは本当にうれしかったものだ。
街を守護するようになって数年経ったころ、街の周囲では今まで見たことのないような化物が出るようになった。ひどくどす黒い気配を醸し出し、性格も狂暴そのものだった。しかも、倒すと黒い霧となって消えてしまうため、街の住人に譲ることもできないのだ。
それでも我は住人のために戦った。街を守るために、生きるための水を得るために。時折現れるどす黒い化物も倒しつつ、より喜ばれそうな化物も狩ったりした。一番喜ばれたのは亜竜と呼ばれていたワイバーンとかいう化物だ。
もちろん、倒すのに大量に水を消費するのでその分の水を要求することになったが、仕方なかった。ワイバーンを倒さなければ街が襲われていたのだから。
だが、そんな交友関係も長くは続かなかった。
我はあるとき水に毒を盛られたのだ。それも、死を感じさせるほどの強力な毒だ。我は身を挺して街を守っていたというのに、こうも容易く裏切られることが悲しかった。許せなかった。けれど、街の人間にもなにか理由があったのだろう。
なぜか殺そうとは思わなかった。……それに気づくまでは。
死ぬ間際になって、自分の体の中にあのどす黒い気配があることに気が付いたのだ。今考えれば、倒した化物から発生した黒い霧を我は知らず知らずのうちに吸っていたのかもしれない。
そこからは我の意思に関係なく体が動いていた。自分の体だというのにいうことを聞かないのだ。どす黒い気配は我をどんどん侵食し、それを抑えるのが困難になっていた。なんとか人間を食べようとする欲求を1日1人まで抑えていたが、それももうすぐ限界というところまできていた。
しかし、ある人間が現れた。そして激闘の末に我を封印したのだ。
けれど封印された後も我には意識があり、水を欲した。どす黒い気配は我の欲望や欲求を勝手溢れさせようとしていたのだ。
その支配に抗うべく我は長い年月をかけて力を蓄え、あるときその支配を打ち破ることに成功したのだ。それこそどれだけの時間を要したのかはわからない。
だが、それからは我はゆっくりと眠れるようになるはずだった。なのに、最近になって何者かに我の封印を解かれた。しかもそいつは我の中に邪悪な何かを埋め込んでいったのだ。
そいつが言うには邪神の欠片だと言っていた。それが何なのかはわからないが、お前にはそれを守護する主となれと命令された。その対価として周囲にある水は好きにしていいと言われていたし、なぜかそいつの言うことは聞かないといけない気がしたのでそれを承諾したのだ。
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『というのが、我の知りうる内容だ』
「……話してくれて、ありがとう」
『きっとこの邪神の欠片とやらを奪いに来たのであろう? 欲しければ持っていけ。我には必要のないものだ』
「水鬼、俺達の従魔にならないか? 言い方を変えれば使役されないかというお誘いだ」
『……? ふはははは、お主も本物の阿呆だな! だが、悪くない。それも面白そうだ。先ほどまで我の中にあった嫌な気配もなぜか霧散しているしな』
嫌な気配? それは一体……あ、もしかして。魔力が使えなくなったあの方陣。あれのせいで水鬼を操っていたリンクが切れたんじゃないか? きっと操ったやつも水鬼がそんな方陣を使えると知らなかったのだろう。だとすれば、急に話が通じるようになったことにも説明がつく。
ただ、水鬼を使役するのは俺ではない。
「ミレイちゃん、この水鬼を従魔にしてみない?」
「え、えぇ?! 私が!? でも……」
「水鬼は強い。それこそ、俺たちが苦戦するほどにだ。だからこそ、ミレイちゃんのためになると思うんだ。それに、ミレイちゃんの適性は水に特化しているしね」
背後でヨミからの視線を感じるけれど、また今度別の機会があれば従魔探しに付き合うので許してほしいという視線を送った。もちろん、ルナにもだ。すると2人がコクリと頷いたので、問題はなにもない。
「……わかったわ。そのほうが、アウルの力になれそうだもんね。えっと水鬼さん、私でよければあなたの主になりたいのだけれど、従魔になってくれるかしら」
『ふむ……確かに水への適性値が高いな。それに我は水を貰えるならば願ったりかなったりだ。この周囲の水は無くなりつつあったからな』
2人の同意が得られたのでアルフにきちんとした従魔契約をしてもらい、これにて一件落着だ。
おっと、忘れてはいけないのが邪神の欠片の抽出だ。ルナとイナギに頼んですぐに終わらせた。水鬼の中にあった欠片の残りは、アルフに頼んで再度地下深くに封印した。もともと邪神を封印していた封印術式が水鬼の中に残されていたのでできた芸当だ。
「決めたわ、水鬼の名前はブルーにする!」
……いや、まさかね。
「ちなみに決めた理由を聞いてもいい?」
「青いから!」
『我は今からブルーだ! わははは!』
まぁ、本人が嬉しそうだからいいか。
余談だけど、水鬼の特殊能力の一つに使役者に宿ることができるようで、普段はミレイちゃんの中にいることができるようだ。イナギみたいなものなのかな。でもまぁ、あんな巨体がいつも近くにいたら困るもんな。
なんにせよ、一件落着だ!
細々と更新していきます。
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