ep.149 水喰いの正体
勇者が見つけてきたのは、占術を生業としている老婆だった。なんでもずっと古くからこの街にいる生き字引とも呼ばれているんだとか。
「水喰いね……なんとも懐かしい言葉を聞いたもんだよ。儂が子供のころは、『悪さをしたら水鬼が来るぞ』なんて言われていたねぇ。儂も子供のころに婆様から聞いただけだけど、それはもう恐ろしいほどに強かったそうだよ」
「ほかに何か知りませんか? どこに封印されているか、とか!」
勇者が鼻息を荒くしながら聞いている。だけど、俺もそれは聞きたかったのでちょうどいい。どこか残念だけど優秀なのは間違いないようだ。こうして知っている人を見つけて来たし。
「はてのう……どこだったかのう……懐が寒くて思い出せそうにないのう……」
「なっ⁈」
この老婆……いや、婆さんはとんだ狸婆だな。暗に金をよこせと言ってきている。俺たちはあくまでも王族の依頼を受けているのだが、仕方ない。要らない争いを生むのは時間の無駄か。
「あのなぁ! 俺たちはこの街をすくうために――」
「おばあさん、この皮袋を懐に入れると温かくなるよ」
金貨20枚が入った皮袋。チャリチャリとした音が小気味良く耳に届く。中をササっと確認した老婆は、先ほどよりも口角をあげている。
「ひひひ、そこの坊主よりもお前さんは心得ているようだね。よし、とっておきのことを教えてあげるよ。これは最近占った内容だがね、1週間前くらいかね、数人の男がこの街のどこかにある枯れ井戸に入っていった。それもこの街の住人ではない者たちだ」
ふむ……うん?
「おばあさん、もしかしてそれたまたま見ただけなんじゃ――」
「占いだよ」
「いやでも、占いというにはいやに具体的――」
「占いったら占いだよ! さぁさ、今日は店仕舞いだ!」
そそくさと荷物をまとめた老婆が去っていった。勢いに押されてしまって重要なことを聞き逃した気がする。ただ言えることは、さっきのは絶対に占いなんかじゃないってことだな。
「凄い婆さんだったな……そういえばアウル。枯れ井戸はどこにあるんだ?」
「…………あ」
みんなももしかしたら集まっているかもしれないし、ひとまずギルドに戻ることにしよう。ギルドマスターなら何か知っているかもしれないしね。
「というわけで戻って来たんだけど……エゼルミアさん、お久しぶりです」
情報を手に入れたので、意気揚々と戻ってきたというのに、エゼルミアさんとアルフ、ミレイちゃんが暢気にお茶をしていた。いや、どちらかというとエゼルミアさんに合わせていると考えるべきか。
ミレイちゃんからの連絡は入っていたけど、まさかこんなにタイミングが合うとは思っていなかった。
「久しぶり~、呼ばれてきたけどここ懐かしいね~。マルスが水鬼を封印した街じゃん」
ここにきて超有力情報きた。エゼルミアさん万能説。ただ、もう少し緊張感を持ってほしいと思ってしまうのは、俺が人間だからか? ハイエルフとの感覚は違いすぎてよくわからん。
「聞きたいことがいくつかありますが――」
「ただいま戻りました、ご主人様」
「うふふ、商人の情報収集はバレずに完了しましたよ」
これまたタイミングよくルナとヨミが帰ってきた。
「ちょうどいいね。じゃあ、情報のすり合わせをしようか」
「うん、うん! なんだかお祭りみたいで楽しそうだね~」
……調子が狂うな。ただ、こんなにのんびりしているのは好感がもてる。というか、羨ましい。俺が目指すべきはもしかしてエゼルミアさんなのでは……?
それからというもの、俺たちは集まった情報とエゼルミアさんの知る内容をすり合わせ、ある一つの回答を導き出した。
しかし、それは喜ばしいものではなく、むしろパンドラの箱を開けてしまったかのような、それほどに闇が深そうな事態だった。
「これは……」
「…………まずいですね」
「笑えないですね」
「この国……大丈夫かな?」
「王女は僕が守るぞ」
「ねぇアウル、チョコはないの?」
俺、ルナ、ヨミ、ミレイちゃん、勇者、エゼルミアさんが各々の思ったことを口にした。エゼルミアさんだけは全く興味がなさそうだ。どうでもいいのはわかるけど、もう少しタイミングを考えてほしい。
ただ、アルフだけは俺の後ろに立って控えている。その顔には特になんの感情も感じられない。
アルフからすれば、どうでもいいことなのだろうな。正直に言ってしまえば、俺もできれば関わりたくない案件だ。もう帝国で嫌というほど身に染みたからね。
そして、俺たちが導き出した答えは――
「――整理すると、まず商人たちにはやはり黒幕がいた。その黒幕というのが、ライヤード王国の王族の誰か。これはヨミが確認済みで、商人たちが王族の紋章について口を滑らせたことから間違いないだろう。つまり、商人たちは王族にここで水不足が起こると知らされていた可能性が高い。これが意味するのは、王族の誰かが意図的にここで水不足を発生させていると考えられる。さらに、その水不足の発生方法が水喰い……正式名称は『水鬼』らしいが、その水鬼を街中にある枯れ井戸で悪用している、ということか?」
枯れ井戸っていうのがミソだな。もともと枯れていた井戸で悪さをするなど思いつかないだろう。どちらかというと、ちゃんと使える井戸に目が行ってしまうはずだ。
水不足発生の原因が別にあると仮定した場合、それを王族が知ったとするのなら、問題解決に向けて動いていないとおかしいことになる。なにより、そのことをエリーが知らないというのがありえない。
もっというと、敢えて商人に情報を流させたのは犯人役を擦り付けるためと考えるとしっくりくる。水不足なところにちょうどよく現れた商人など、怪しんでくれと言っているようなものだからな。
王族の黒幕が誰かわからないようになっているのも、商人たちは『あのお方』と呼んでいたらしいが、正確に誰かというのは知らないのだろう。紋章を見せられて、王族の者だということだけ知っている、といったところか。
これだけの計画を立てられる人が、そんな凡ミスをするとは思えないからね。
ただ、そんな計画にも想定外が起こった。
エリザベス第三王女の出現だ。
本来であれば、エリーがスリードに現れることなど思いつかないだろう。勇者が暴れたことでたまたまエリーが攫われ、それの影響で事件が発覚してさらに紋章が同じものという情報がたまたま手に入った。
こんな偶然がなければ俺たちは商人を疑って、黒幕にはたどり着かなかった可能性が高い。というか、エリーが攫われなかったら、俺たちがスリードを訪れたのはもっと後だっただろう。
商人は王族が~と言い訳しただろうが、そんな言い訳が衛兵たちに通るはずもない。むしろ、不敬罪として処罰されるだけだろう。自分の立場を巧妙に利用した、よくできた計画だ。
一見すると杜撰な計画に見えるけど、それこそが商人が企んだと言い逃れるためのものだとすれば、黒幕は相当頭が切れる。
現状の問題は二つ。
①水鬼をどうするか
②黒幕は誰なのか
という点だろう。今後のことも考慮すると――
③なぜこんなことを企んでいるのか
という問題もある。いずれにせよ、黒幕が誰かは調べていくとして、一番は水鬼をどうにかしてこの街の水不足問題を一刻でも早くどうにかするのが重要か。
「俺たちが出来るのは水鬼をどうにかして、この街の水不足を解消することだな……」
それ以上はどうしようもない。分かったことと、推測した内容をエリーと国王、宰相に伝えるだけだ。直接説明すると面倒なことになりそうだから、手紙にて内容を記しておこう。
誰がどこで聞いているかもわからないしね。うん、それがいい。
「よし、方針は決まった。ギルドマスターに枯れ井戸の場所を聞いて、調査してみよう。そこで水鬼がいれば排除して事件解決だ」
『はい!』
みんなの力強い返事が木霊する。目指すは水鬼だ。
「ということなので、エゼルミアさんが知る限りでいいので水鬼について教えてもらえませんか?」
「うん、いいよ~。と言っても、知っていることはあんまり多くないかな。水鬼はたしかフジワラとか言う人間が使役していた魔物?だったはずだよ。だけど、フジワラが寿命で逝っちゃったから、使役されていた4匹の鬼たちは各地に散ったと聞いたことがあるよ。フジワラには一回だけ会ったことがあるけど、人間にしてはなかなか強かったのは覚えてる。それで、水鬼がこの街にいると知ったのは、マルスと旅をしていたときにたまたまこの街に寄ったから。なんやかんやあってマルスが封印したんだよ。詳しい場所までは覚えてないけどね。ただ、マルスでも倒しきれなかった化け物だったから、かなり強かったよ」
マルス。確か、ギルドで読んだ本にも書かれていた名前だ。魔弓使いという初めて聞く名称だったけど、凄い人だったんだろうな。
それと、転生なのか転移なのか詳しいことはわからないけど、フジワラというのはおそらく日本人だ。女神さまは転移・転生は滅多にないと言っていたのに、意外といるじゃないか……。いや、そもそも女神さまの『滅多に』と俺の『滅多に』にもズレがあるとすればわからないな。
とくに何人にしたと明確な数字を聞いたわけでもないし。まいったな。
ここで、勇者が何かに気付いたかのようにエゼルミアさんに確認した。
「フジワラ……もしかして、それは藤原千方という名前ではないですか?」
「あ~、そういえばそんな名前だったかも。変な名前すぎて覚えられなかったけど、そんな気がするよ~」
「そうですか。ではやっぱり……」
「何か知ってるの?」
藤原千方という名前は初めて聞くな名前だ
「僕もたまたま覚えていただけだけど、藤原千方は平安時代の豪族で、4匹の鬼を従えていたと言われているんだ。その使役していた鬼というのが、金鬼、風鬼、隠形鬼、そして水鬼なんだ。藤原千方は討伐されて4鬼もどこかに消えたと言われていたはずだけど、もしかして転生か転移していたのかな?と思って……ってなんでみんなしてそんな顔してるの?」
「い、いや、なんでもない」
今まで散々残念な感じだったから忘れがちだけど、もともと勇者は神童と呼ばれるほどに頭の良かった高校生だったんだ。なんというか、ギャップが凄すぎて呆気にとられてしまった。みんなも同様だろう。
「じゃあ、藤原千方ってのは寿命で死んだとしても、使役していた4鬼は生きているってことか。それを王族の誰かに目を付けられた、と……。どうやって封印したのか、エゼルミアさんは知っていますか?」
「ん~多分だけど、マルスはものづくりが得意だったから、封印のための道具を作っていたんだと思うよ」
ということは、その道具さえ壊してしまえば封印を解くことは可能かもしれないということか。ただ、水鬼が暴れていないことを考慮すると、水鬼は支配下にあると考えてもいいだろう。
「倒しきるしかない……ってことか」
「アウル、僕も死ぬ気で戦うから水鬼を滅ぼそう。元はと言えば、僕たちの世界の人間が蒔いた種だ。僕たちがやらなければいけないよ」
「そう、だな」
勇者の言う通りだ。そもそも藤原千方が原因でこうなっているのだから、俺たちが後始末を付けるべきだろう。……女神様が悪いとも思ったけど、勇者のように召喚された場合だってあり得るからな。今となっては栓無きことか。
「ご主人様、私もお手伝いいたします」
「アウル様、私たちがついていますよ」
「アウル、私も戦うからね!」
「主様が戦われるのであれば、私もお手伝いいたしましょう」
「みんな頑張れ~!」
エゼルミアさんは手伝ってくれないらしい。まぁ、全く関係ないのに来てもらっただけでも感謝か。
これだけの猛者が集まれば水鬼とて倒せるだろう。
「さぁ、鬼狩りだ!」
のんびりと更新していきます。
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さて、黒幕は誰でしょう……?




