ep.147 水喰い
「「水喰い?」」
「はい。我々としても事の真偽はわかりませんが……」
ギルドマスターは一冊の本を棚から取り出し、俺たちに見せてくれた。その外装はかなりボロボロで、一見すればただの小汚い本にしか見えない。
「ここです」
その本に書かれていたのはスリードの歴史についてだった。信じ難いが、もともとスリードは緑溢れる豊かな土地だったそうなのだ。それはかなり古い時代の話になるけれど、それでも確かにそういう時代があったそうなのだ。
一番重要なのはここだ。
『ある日、何の前触れもなく街に一体の鬼が現れた。その鬼は全長3mはあろうかという巨体で、見る者すべてを恐怖させた。しかし、鬼は言葉を操り我々と交渉してきたのだ。「俺は喉が渇いている。水をくれるなら街は襲わない」と。我々は最初こそ疑ったものの、水を分けてやると鬼は大層喜んだのだ。むしろ、お返しにと街の近くにいた魔物も駆逐し始めてくれた。心を許した我々は鬼に感謝し、友好を築くことに成功した』
読んでいる限り、砂漠になったと思われる原因がないのは気のせいなのだろうか。というより、街の守り神とかそういうポジションになりそうな感じすらある。
エリーも同じことを思ったのかこちらを見て首を傾げていた。
「問題はここからです」
ギルドマスターが神妙な面持ちで次のページへとめくる。
『しかし、その友好はずっとは続かなかった。鬼に水を分けるようになってから5年が経ったころ、鬼は成長し全長6mにまで大きくなっていた。大きくなったおかげでより強大な魔物も倒せるようになった反面、要求してくる水も増えてきたのだ。その量は馬鹿にできるレベルではなく、日に1トン以上の水を要求してくるようになった。そのことに焦った当時の村長は仕方なくいつも分けている水に強力な毒を混ぜて、鬼を殺すことにしたのだ。いつもの如く水を飲む鬼は一気に飲み干したが、飲み終えたと同時に苦しみ始め、一刻もしたら完全に沈黙した。殺したと思った。しかし、成長した鬼は毒では完全に殺すことができなかったようで、起き上がった頃には住人を血走った目で見ていた』
なるほど……。確かに水というのは生命線だ。その水を日に1トン以上、それも毎日となると確かに不安に思うのはおかしくはない。豊かな街だったと言っても川があったわけではなく、井戸水が豊富だったという話だから、余計にそうなのだろう。
『その鬼は怒り狂い、その街の住人を食い始めたのだ。日に1人、確実に食べるのだ。一気に食べない理由としては住人を長く苦しませるためらしい。街から逃げようにも鬼が見張っているためにそれもままならない。もうこのまま滅びるのかと思っていたのだが、そのときに「マルス」と呼ばれる魔弓使い様が街を訪れた。その魔弓使い様は住人の願いを聞き届けて鬼を退治してくれたのだ。完全に倒すのは難しかったらしく、森の奥に封印したらしい』
このマルスという魔弓使いは聞いたことが無いけど、当時の街の衛兵でも対応できなかった魔物を単独で倒したというのだから、それなりの強さなのだろう。
『ただ、封印しても鬼の執念は完全に抑えることはできず、豊かだった土地は日に日に衰弱し、いつしか砂漠の広がる土地へと変貌したのです。我々はその鬼を【水喰い】と呼称し、代々このことを受け継いでいこうと……』
本はここで文字がかすれて読めなくなっていた。
「水喰いが今回のことと関係あるかはわかりませんが、我々としてはそれくらいしか考えられなかったのです。そもそも商人が大量の水を持っていたこと自体も怪しいと思ったのですが、商人が水喰いをどうにかできるとも思えず……」
ギルド長が今回の件と水喰いが関係していると考えるのも無理はない内容だ。というか、本当に水喰いが関係している可能性だってあるのだから、それも視野にいれる必要があるというわけか。
商人と水喰い……直接的な関係はないと考えるのが普通だろう。ただし間接的ならどうだろうか? 誰かに水が無くなると教えられていたとしたら? それがかなり上位の存在で、信用に足る存在だとしたら? それこそ、貴族。下手をすればもっと上の……。
この件にテンドが絡んでいるとは思いたくないけど、勇者があれだったことを考えると……いや、テンドはこんな風に俺にかかわってくるとは思えない。
そうなるとまた別の存在を考えたほうがいいよね。
「わかりました。ライヤード王国第三王女、ライヤード・フォン・エリザベスがその依頼を受けましょう。内容は急激な水源の減少の原因解明と解決よ。お父様の国は私が守るわ!」
「おぉ……!」
いつになくエリーがかっこいい。思わず感動の声が漏れてしまった。
そのままギルドマスターの部屋を出て元の応接室へと戻ると、勇者がちょうど目覚めたようだった。
「……んん、あれ、ここは……」
「おはよう、目覚めたようね。私が誰かわかる?」
まだ頭が働いていないのか、エリーを見て固まったまま動かない。
ピシャーーーーン!!
……まて。今、勇者が落雷に撃たれたように見えたのは俺だけか? いや、実際に撃たれたのではなくて、効果音というかそういう風に錯覚したとでもいうべきか。
「本当にすみません、このような美しい女性を忘れてしまうとは情けない。僕は四宝院 天馬といいます。宗教国家ワイゼラスで勇者をしています。あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
やや仰々しい挨拶とともに勇者が片膝をついてエリーに手を差し伸べている。なんか自分に酔っているようにもみえるけど、イケメンなのが災いして格好よく見えるから質が悪い。
イケメンなのが災いしてって言い回しは変か? いや、今回ばかりは適当なはずだ。
そして重要なのはそこではない。
「……何も覚えていないのね?」
「すみません。忘れるはずもないのですが、どこでお会いしたでしょうか?」
どうやら本当に忘れていらしい。それにしてもこの勇者。前回宿屋で話したときはもう少し落ち着いていたようにも見えたのだが、今は少し浮かれているようにも見える。
……テンドの洗脳が強すぎて思考が少しイッちゃった可能性があるな。それ以外にも、もしかしたら教皇から洗脳されていた可能性だってあるし。うーん、こうなると少し不憫だな。
「アウル、この勇者どうしましょうか」
「ひとまず、すべてを忘れているってわけではないみたいだし、ちょうどよくこの街では問題が起こっているから、解決するのを手伝わせたらいいのでは? そこで見極めて問題が無ければ勇者はそのままでいいかと。むしろ、勇者を『洗脳』していた教皇が全ての元凶では?」
「っ! そうね、確かにその通りだわ。教皇にはすべての責任を取ってもらわないといけないわね?」
「?」
俺とエリーの会話の内容が分からないのか、頭を傾げている勇者。その後ろでは神官っぽい娘がいじけてのの字を書いている。
反対に、艶のある女性は俺と勇者を視線でいったりきたりしているだけだ。面倒なので余計に絡むことはしない。
「ふぅ、覚えていないなら仕方ないわね。でもチャンスをあげるわ! 今この街では――」
勇者は目をキラキラしながら話を聞いている。おそらく自分がエリーを忘れてしまったと思い込み、それを挽回するために頑張ろうと意気込んでいるのだろう。
全く悪くないとは言わないけれど、そもそも勇者は巻き込まれまくっているだけのようにも思える。洗脳のせいで脳に影響があるというのもなんとなく可哀そうだし、今となっては同情しかないな。
「任せてください王女! 必ずやこの問題はこの僕が解決して見せます。勇者である僕が来たからにはもう安心です! 絶対に『水喰い』は自分が倒して見せましょう!」
「ふふふ。ええ、頼みましたよ勇者様。細かい話はそこにいるアウルと話し合ってください。私はわけ有って一度城に帰らねばならないので」
横目でちらりと視線を送ってくる王女。完全に面倒ごとを押し付けられた形だ。先ほどの王女である私が解決すると言っていたのはどこにいったのやら。これは貸し一つでは足りないな。貸し二つにしておこう。
しかし、王女を一度城に返さないといけないのもまた事実。だけど俺には転移する魔法は使えない。勇者もおそらくもう使えないだろうし、アルフに頼みたいところだけど、あれから連絡が取れてないんだよなぁ。
「あぁ、そうか。もう一度召喚すればいいだけじゃないか」
アルフはもともとスクロールで召喚した存在だ。言い換えれば召喚獣といってもいい。であれば再度召喚することができるはず。いつもなら体の中に光となって戻っていたけど、外にいても召喚できるだろう。
「我の呼びかけに応えよ、召喚【アルフレッド】」
くぅっ?! 魔力が一気に持っていかれる?! こんなにも魔力が必要だったのはアルフを召喚したとき以来じゃないか?!
魔力の8割以上を持っていかれたころ、やっと床に召喚陣があらわれた。
「おや、やはり主様でしたか。一日はかかると思っていた空間破壊を無理やり魔力で実行してしまうとは。なんにしろ助かりました。主様の膨大な魔力のおかげですぐに帰ってこれました」
「え?」
アルフが言うにはテンドによって転移を妨害されていたらしい。それで異空間に閉じ込められたからそれを破壊するために頑張っていたそうだ。そこに俺が無理やり召喚しようとしたものだから、それを利用して魔力の奔流で空間を破壊したそうだ。テンドも面倒なことをしてくれたな、ほんとに。
ひとまず休憩してからアルフにも【水喰い】の話をしたけど、アルフは知らなかった。知っていたら情報が得られたけど、残念だ。だが、アルフは続けてこういった。
「悠久を生きるエゼルミアなら知っているかもしれません」
エゼルミアさん……そういえば、チョコレートを食べに来てたけど、あのときは忙しすぎて全然話す余裕がなかったときだ。気づけばいなくなっていたし。本当に自由すぎるよあの人は。いろいろと聞きたいこともあったはずなのに、すっかり忘れていた。
「じゃあ、エゼルミアさんはアルフに急ぎ連れてきてもらうとして。俺たちは俺たちでこの件を探ろう!」
「「「「おー!」」」」
ミレイちゃん、ルナ、ヨミに混ざって勇者までもが掛け声に加わっていた。なんかついさっきまで戦っていたのが嘘みたいだよ。ほんとに。
「あ、その前にアルフは王女を城まで送ってあげてね」
「はい」
人使いが荒い主人で申し訳ないね。
パソコン買いました……! まだ設定していないですけど。。。
これからもゆっくり更新します。




