ep.144 王女奪還作戦③
勇者のずっと奥のほうに、簡素な椅子にぐったりと座っているエリーが見えた。意識はないようだけど無事なようだ。……というより、口から潤いが見えているのだが? もしかして、こんな状況だというのに暢気に寝ているというのだろうか。
うーむ、王女の涎とはコアなファン層ができそうな代物だな。俺は何も思わないけど。
「こないならこっちから行くぞ!」
勇者はこらえ性がないらしい。だけど、戦い方も知らない現状ではしばらく様子見をしておこうかな。
「はぁぁっ!」
攻撃方法は真っ白な刀。剣筋も悪くないし足さばきもなかなかのものだ。だがらと言って型にハマったような堅苦しさもないから、実践とセンスによって磨かれた刀術ということだろう。俺からすればうらやましい限りである。
前世の道場で師匠にしこたまぼこぼこにされた過去がフラッシュバックしそうになったけど、雑念を振り払って黒武器――黒杖――で受ける。俺の黒杖も使い込んでいるから、ちょっとやそっとの攻撃では壊れたりしない。
奇しくも、黒武器vs白武器の構図となったわけだけど、今のところは拮抗しているように見える。今は単純な技術のみの勝負だが、これくらいなら負けるようなこともない。むしろ、今のうちに勝負を決めたいとさえ思える。
だが、それが怖い。
相手だって馬鹿じゃない。勝負を決めようとしたらどうしたって大振りになるし、力も入る。その瞬間に魔法を使われたら、いくら対策していても絶対はない。なんてったって勇者が使っているのは空間系の魔法だ。慎重に動かざるを得ない。
「ふむ、技術は拮抗しているみたいだな……」
……ん? いま、拮抗しているって言ったか? なんだろう、別にそこまで拘るような内容ではないはずなのに妙に悔しい。――俺のほうが技術力は上なのに――という思考が出てくるけど、鋼の精神で封じ込めた。今はエリーを救出するのが先決だ。
何か操られているというより、暗示をかけられているようにも感じる。この人は根は悪い人ではないんではないだろうか。きっと、異世界に転移してきて舞い上がってしまっているのだろう。それにハーレムが形成できているし、魔法も使えて純白のカッコいい刀も持っている。そうだと仮定すると、思いのほか攻略は簡単かもしれない。
要は俺が悪者ではないと認識させればいいのだから。
今までほとんどやったことがないけど、こういう手合い、俗にいう『転移者』には有効なはずだ。
「このままでは埒が明かない。そこで『神聖な決闘』を申し込む! 決闘は相手を殺すようなことはしてはいけない。参ったと言わせれば勝ちだ。どうかな?」
この俺の掛け合いに乗ってきてくれれば助かるのだが……。
「決闘……か。いや、俺はあいつを殺さねば……でも、勇者たるもの、神聖な決闘を申し込まれたからには……」
俺を殺さねばならないという暗示が強いのか、いまだにブツブツと迷っているように見える。セイクリッドヒールをかけようにも邪魔されるし、勇者の矜持に訴えかけて何とかしようと思ったが……あと一押しで行けそうな気がするのに!
そんなとき、鈴の音のような凛とした声がその場に響いたのだ。
「勇者様! 自分が正しいと思うのならば、是非に決闘を受けてくださいませ! 私は勝者の妻となることをここに誓います! ですからどうか、決闘に勝ってくださいませ!」
エリィーーー⁈ 何を言っているん……! そうか、ああいうことで勇者の暗示にかけられた暗示を揺さぶっているわけだな? さすがは王族でも随一と噂の頭脳の持ち主だ。さっきまで寝ていたというのに、瞬時に状況を把握して、手を打ってくる。これが王族たる所以なのかもしれないな。
「王女と……結婚! それは、まさに勇者にふさわしい! 俺は決闘を受けるぞ!」
よし!乗ってきてくれた!これでお互いに死ぬリスクはグッと低くなったし、なにより思う存分に喧嘩ができる。いくら暗示のような洗脳をかけられているからと言っても、拳で語り合えば通じるものもあるというものだ。まぁ、実際に拳を使うかどうかは微妙だけどね。
「では今更だけど名乗るね。俺の名前はアウル、オーネン村出身の平民だ」
「俺は勇者の四宝院 天馬だ。地球という星の日本という国からきた」
しほういん……四宝院? 以前ステータスを覗いたときは能力値にばかり目が行って気づかなかったけど、もしかしてあの超有名な四宝院財閥の御曹司か? 確か神童と呼ばれるほどに才能あふれていると聞いたことがある。
やはり、それくらい凄い人じゃないと勇者には選ばれないということか……。俺にはわからないけど、何不自由しない生活を送っていたというのに、勇者召喚。さらには貴族の汚い奴らにいいように利用されているのか。
俺からすれば、なんて――
「――なんて可哀そうな……」
「なに……? 俺のことを可哀そうと言ったのか……? どういう意味だ!」
おっと、思わず口から洩れてしまっていたらしい。しかし、本当に本心からの言葉だった。だってそうだろう。
「せっかく異世界へと来れたのに、自分の好きなように生きられない。他人の都合を押し付けられて勇者なんてやらないといけないんだから。本当ならもっと自由にこの世界を旅したりできたんじゃない? その旅先でいろんな人に出会い、喜び、悲しみ、笑い、そして恋をしたかもしれない。それなのに、付き人は用意された人物で本当の君を見ようとはしていないんじゃないか? 周りにひとがいるのは、君が勇者だからじゃないのか? そんな関係ってさ、虚しいだろう?」
「……………………俺は……」
後半は想像で喋ったけど、思い当たる節があったのかもしれない。実際には違うのかもしれないけど、俺だったら絶対にそう考える。勇者なんて聞こえのいい言い方をしているけど、要は拉致って来た人間に無理やり役目を押し付けているだけに過ぎない。
まぁ、勇者召喚の理由は俺にあるのかもしれないけど……。元同郷の者として俺はこいつを助けたい。勇者という役目からも、この厄介な暗示や洗脳からもね。
こいつが根っからの悪人だったなら、関わってしまった以上責任をもってこいつを……。
考え事をしていると、勇者の目つきが据わったように見えた。なにかの覚悟をしたような、そんな目つきだ。
「行くぞ、アウル」
「あぁ、こい!」
お互いに武器を構える。
勇者は真っ白な刀を。
俺は真っ黒な杖を。
勇者がまばたきをした瞬間、全力の気配遮断と身体強化を使って移動する。姿勢はなるべく低くし視認されぬように意識しつつ駆ける。
「ッ⁉」
勇者が驚いているのが見ていなくても理解できた。このチャンスを無駄にはしないようにと、瞬時に背後から攻撃をしかける。
しかし、勇者がもらったと思われる属性は空間。つまり、不意をついたとしても――
「っととと、危ない危ない。まさかまばたきした一瞬でここまで不意を突かれるとは思わなかったよ」
余裕は無いにしても普通に受け止められてしまったのだ。
「こっちこそ、まさか普通に受け止められるとは思わなかったけどね」
「ははは、これでも勇者だからね」
切り結びながらも言葉を交えていくが、勇者に油断は見られない。ただ、決闘前の数合で勇者の技量はすでに分かっている。このままいけば俺が負けることはない。
そのはずだった。
「アウルといったか。面白いな君は。俺よりも技量が高いのだろう。様子見をしているのかもしれないけど、それは悪手だぞ?」
『四宝院 天馬』が地球で神童と呼ばれた所以、俺はそれを知らなかった。しかし今になってわかる。この男は最初から全てができたのではない。
(こいつ、俺の技を吸収してる……?)
杖を用いた武術とはいえ、相手が刀ということもあって合わせていた。ほかにも歩法や体捌きに至るまで、俺のすべてが吸収されているように思えたのだ。それも物凄い速度で。
普通ならさっさと終わらせるべきなのだろう。だけど、俺はここで新たな気持ちが芽生えてしまった。
「……楽しい!」
はっきり言うと最初はついてくるのがやっとだったのに、今では比べ物にならない程に上達している。目に見えて成長が見えるというのはこんなにも楽しいのだと、そう思ってしまったのだ。
(師匠は、俺に教えてくれているときこんな気持ちだったのかな?)
俺は勇者ほど物覚えはよくなかったけど、それでもなんとなく師匠の気持ちが分かった気がした。
だからこそ、俺ははやくこの決闘を終わらせたくなった。
何かを賭けた決闘ではなく、純粋に勇者と戦いたい。
「アウル! 俺はこの世界に来て今が一番楽しいぞ!」
「それは光栄だね。けど、これ以上王女様を待たせるわけにもいかないし、終わらせるよ」
大きく後ろへと跳躍し距離をとる。
お互いに必殺技を使って勝敗を決めようというのだ。見る限り、勇者の暗示はかなり取れているように見える。それがこの決闘のおかげなのか、はたまたさっきから祈りを捧げるようにこちらを見ている王女の能力なのかはわからない。
「行くぞ、アウル」
「こい、勇者」
深呼吸とともに勇者を見据える。勇者も技を繰り出さんと集中しているようだ。
「ブレ―ディア流剣術 極意の一 雷鳴」
……! これは、アーガイルが使っていた技だ。おそらくレーサムにいたときに会得した技に違いない。ただ、以前見たアーガイルの技とは比べ物にならないくらい速く鋭い!これは武器が刀だからこそなのかもしれないけどね。
だが、俺の技も進化している。
《杖術 太刀の型 紫電・柳返し》
驚くほど速い真上からの切り込みを、風に揺れる柳のように受け流し、相手のパワーを利用して極限まで威力と速度を向上させた一撃を放つ技を使った。
アルフとヨルナードとの修行で身に付けた技だ。俺がヨルナードから技術のみで一本とれた技でもある。
「がはっ……!」
俺のカウンターは吸い込まれるように勇者の鳩尾あたりに直撃し、一瞬にして意識を刈り取った。
「それまで! 勝者、アウル!」
王女の声とともに決闘が終わったが、当の本人はすっかり意識がない。テンドからもらったと思われる空間属性は使ってこなかったし、最初のように身にも纏わせていなかった。
勇者も俺と正々堂々闘ってくれたってことだ。やっぱりこいつ――
「アウル、助けに来てくれてありがとう!」
「わっと、急に抱き着いてこないでよっ!」
「えへへへ~」
くぅ、かわいい……! ちょっとお姉さんになっているエリーは驚くほど美人で綺麗だ。それでいてこの人懐っこい性格は反則だと思います。俺に婚約者がいなかったら危ういところだった。
ぐぅぅぅぅぅ~~~~~
俺に抱き着いてきていたエリーから盛大に腹の虫が聞こえた。
「あははははははっ」
「も、もう! 笑わないでよ! 昨日の夜から何も食べていないんだから!」
「ふふ、そうだったんだね。じゃあアプルパイでも食べ「食べる!」」
かぶせ気味に食いついたエリーは俺から奪い取るようにしてアプルパイを食べ始めた。周囲に人がいないということもあり、行儀なんて関係なしにガツガツ食べている。
俺はその間に、未だに気を失っている勇者にセイクリッドヒールをかけた。微かにだけど黒い靄のようなものがでてきて消えた。おそらくあれが勇者にかけられた暗示や催眠のようなものだろう。
ちょうどエリーがアプルパイを食べ終えたくらいに俺の大好きな婚約者たちの声が聞こえてくる。
「アウル~!」
「ご主人様~!」
「アウル様~!」
街にいた3人には伝声の魔導具でも連絡したし、きっと魔力の波動をうけて察知していただろう。
3人にはめちゃくちゃ心配されたけど、ほとんど怪我無く勝つことが出来ている。
じゃあ王城へ帰ろうとしたとき、背後からテンドの声が聞こえたのだ。
『やぁ、アウル。楽しんでもらえたかな? ふふ、ある意味では楽しんでもらえたみたいだね。でも僕も想定が甘かった。予想よりも勇者の自我が強かったということと、そこの王女様の恩恵による妨害がね。それに、使い慣れない力は役に立たないということがね』
エリーはどことなくどや顔をしているけど、やっぱり凄かったのか。でもエリーの恩恵ってものの価値を測ることが出来るとかじゃなかったっけ。まさか、恩恵が一つじゃないとか? もしくはエリーの恩恵が覚醒している、とかか。どっちにしろ助けられたのはおれだったのかもしれない。
「テンドでもわからないことがあるんだな」
『ふふふ、僕が分かるのはアウルのことくらいさ。今回のところはこの辺で退散するよ。また遊ぼうね、アウル』
いきなり俺の目の前に現れたと思ったら、頬にキスをして消えたのだ。
『まったね~!』
いきなりのことにまったく反応できなかった俺は、思わず体が固まってしまった。
「「「「ああああああーーーー!」」」」
このあと、婚約者たちからもキスされたのは言うまでもないが、その中にエリーが混ざってきたのは予想外だった。
もちろん、ヨミによって阻止されていたけど。
ゆっくりのんびりと更新していきます。
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