ep.139 伝説の魔導具屋
専属スタッフに魔導具屋の噂を聞いて確信した。『芋のイェンリッヒ』は間違いなく元豪商の商人だろう。何があってふかし芋の屋台なんてやっているか知らないけど、貰ったこの木板は本物だろう。専属スタッフに場所を確認しても一緒だったしね。
3人が起きてくるまで暇だったので優雅に部屋でお茶を飲んでいると、のそのそとミレイちゃんが起きてきた。まだ寝ぼけているのか枕を片手に持ち、可愛いらしいナイトキャップを被ったまんまだ。
「ミレイちゃんおはよう」
「ん……おひゃよう……」
あくびが止まらないのか、挨拶もままならない様子だ。昨日の夜は女子会に花を咲かせたようで、寝たのが遅かったのは把握している。やはり、旅先ということもありテンションが上がってしまったのだろう。
「朝ごはん貰ってあるから、食べていいって」
「ん……」
寝ぼけ眼を擦りながら、洗面所へと歩いて行った。顔を洗って起きてくれるといいけど。そのすぐ後くらいに、ヨミが起きてきた。しかし、こちらはばっちりと服装と化粧が終わっている。
「おはようございます、アウル」
「う、うん、おはよう」
不意の呼び捨てにドキッとさせられながらも、なんとか返事を返すことが出来た。今日のヨミはいつもと比べて露出が多くない。むしろ、露出が少ないのに大人っぽい服装をしていた。これはこれでとても良く似合っていて、思わず見惚れてしまう。
ヨミの格好に気をとられていると、何か言いたげな目で俺を見ていることに気が付く。
「――とてもよく似合っているよ」
「ふふふ、ありがとうございます」
ベージュのブラウスに黒のタイトスカート。髪は片側にまとめていてゆるふわのウェーブが良く似合っている。ワンポイントに小さめのバッグを持っているのが印象的だ。
「朝ごはんあるから、ミレイちゃんと食べて」
「はい!」
上機嫌なのか、軽い足取りで朝ごはんを食べに行った。ミレイちゃんもそろそろだろうし、2人仲良く食べるだろう。問題は――
「さすがにそろそろ起こさないと、準備があるよなぁ」
――ルナだ。
あの子はとても朝が弱い。夜の遅くない時間に寝れば起きれるのだが、夜更かしをすると間違いなく起きれない。旅行ということもあって仕方ないのはわかるんだけどね。
2人は朝ごはんを嬉しそうに食べているし、暇なのは俺だけだ。ちょっと気が引けるけど起こしに行くとするか。
コンコン
……ノックをしても返事はない。未だにぐっすり寝ているのだろう。
「入るぞ~?」
ルナの眠る部屋に入ると、ふわりといい匂いが漂ってきた。まだ1日しか部屋にいないというのに、すでに女の子の部屋の香りがした。もしかしたら、香油とかは使っているかもしれないけどね。
ベッドへと近寄ると、パジャマがはだけてあられもない姿のルナがすよすよと眠っていた。夜に下着はつけない主義なのか、パンツやブラといったものが全く見えない。ギリギリでパジャマが隠している状況だ。
「んんっぅ……?」
「ルナ、起きてるのか?」
返事はない。寝ぼけていただけのようだ。しかし、寝ぼけている美女というのはグッとくるな。いつもはあんなにシャンとしているのに、こういう一面を見てしまうとギャップ萌えだ。それを言えばさっきのミレイちゃんとヨミもそうだな。
なんてことを考えていると、おもむろにルナが俺の手を掴んだ。
「へ?――うわわっ」
寝ぼけているというのに相当強い力で引っ張られ、あれよあれよとルナに抱きしめられる形になってしまった。もちろん、俺より身長の高いルナに抱きしめられているので、必然的に俺の顔の位置に大きな大きな双丘が……⁉
(やばい!息がうまく出来ない!)
息が出来ない以上に、薄手のパジャマ一枚しか隔てられていないことに意識が持っていかれ、どんどん気が遠くなっていくのがわかる。力に任せて離れることはできるはずなのに、この時だけは体が言うことを聞かなかった。
「あうる……すきぃ……」
遠のいていく意識の中、ルナの寝言が心地よく耳へと届く。こんなことで意識を失うのは初めてだが、悪くないと思ってしまった自分がいた。
俺が助けられたのは、2人がご飯を食べ終えてからだった。ルナは2人に怒られてしゅんとしているが、どこか勝ち誇った気配がある。寝ぼけていたとはいえ恐ろしい子だ。
「まぁまぁ、時間も押しているしそろそろ出発だよ!」
木板を頼りに魔導具屋へと向かうけど、進めば進むほど人気のない怪しい雰囲気へと変わっていく。本当にこんなところに伝説の魔導具屋があるのだろうか?
「アウル、もしかしてあれじゃない?」
ミレイちゃんが指さしたところに、場違いなほど大きい看板に『伝説の魔導具屋』と書かれていた。隠す気は微塵もないし、こんな路地裏にあるとは思えないほど存在感が強い。なにより、自分で伝説と掲げるほど剛毅な性格が滲み出ている。
「……入りたくないけど、入ろうか」
看板はあり得ないほど大きいのに、入り口と店のサイズは普通。なんとも不思議なお店だ。しかし、店内に入ってその印象は一変する。
「「「「うわぁ……!」」」」
全員が口を揃えてしまうほどに凄かった。一言で言うと近代的。それ以上に上手く表す言葉を俺は知らない。地球と同等とは言わないにしても、それに近い何かがあった。例えばこれ、みるからに電子レンジだ。今思えば、ふかし芋を作っていたあの魔導具も似たような原理で出来ている気がする。
「……らっしゃい、誰の紹介だ?」
店の奥から出てきたのは80代にも見える老婆だ。今にも腰が取れそうなほどに曲がっており、もうすこしで90度を切りそうなほどだ。
「『芋のイェンリッヒ』さんから紹介されました。この木板が証拠です」
朝に貰った木板を手渡すと、つまらなそうに鼻を鳴らして木板をそのへんに捨てた。
「……ふん、あの小娘まだ生きていたのかい。確かにこの字はあいつのものだ」
「では、魔導具を売って頂けるのですか……?」
ぱっと見ただけでも凄いのは分かっているので、是非とも大量に買って帰りたい。それで、王都と村の屋敷のキッチンレベルを向上したい。なんならそれ以外も大量に買って帰りたい。
「かまわないよ……坊や、イェンリッヒは元気だったかい?」
老婆は冷たい態度に見えて、本当はイェンリッヒさんを心配しているのではないだろうか。
「元気……かどうかは分かりませんが、少なくとも生きることを諦めてはいませんでしたよ」
「……そうかい。ありがとう、少しすっきりしたよ」
この人達に何があったのかは知らないけど、ただならぬ関係なのは間違いないだろう。それに、イェンリッヒさんは子供を育てるのに必死そうだった。あの子ももう少し大きくなればお店の手伝いができるようになるはずだし、きっとこれからもっと繁盛するだろう。
「じゃあ見せて貰いますね」
「あぁ、好きにしな。分からない商品があれば聞きにおいで」
急にと言ったら失礼だけど、態度が軟化した気がするのは間違いないだろう。よくみれば、さっき投げ捨てた木板を拾って大事そうに仕舞っている。そんなに大事だったなら見栄を張って投げ捨てなければよかったのに。
何はともかく、これで何の心配も無く魔導具を買い漁れる。せっかくなので、3人にも自由に見て回るように指示した。店は外見よりも広い上に商品の点数が多いから、全部を見尽くそうとしたらかなりの時間がかかるだろう。
「これはなんだ?」
見つけたのは四角いだけの箱。一面だけがメッシュ生地のようになっている。見た目は音楽でも流れそうな風体だが、何に使うものなのだろうか?
「お婆さん、これは何に使うんですか?」
「おや、珍しいのを見つけたね。それは覚声器さ」
「拡声器?」
「いや、声を覚えるで覚声器さ。使い方は単純で、魔力を送っている間だけその声を録音できる。まぁ、あまり使い勝手がいいものでもないよ。その録音した声を聞くときにも魔力が必要だしね」
うーん、声だけか。映像も残せるとしたらかなりいいんだけどな。それでも、会議とかするならかなり有用な魔導具だと思う。
そのあとも色々見ていると、くだらないものから感心するものまでたくさんあった。1番感動したのはやはり湯沸かし器だろう。それも、お風呂に使えるようなしっかりとしたやつだ。アダムズ公爵家でお風呂用の魔導具を使って以来、ずっと憧れていたものだが目の前にある。型や種類は全く違うがまさしくお風呂用の魔道具だ。
あとは、最初に見つけた電子レンジ。これは絶対に買いだ。次点で優秀だったのはウォーターサーバーだろう。水属性の魔石をセットすれば、魔力が切れるまで永遠に水が出る仕組みになっていた。さすがにお湯は出なかったけど、その水はめちゃくちゃ美味しいので、とてもお得だ。
他にも、揚げ物に便利なフライヤー、髪を乾かすドライヤー、最終的にはカメラなんてのも見つけた。そのどれもが良心的な値段で売られており、合計で白金貨10枚しなかった。聞いていた話だと、便利なものは一個で白金貨10枚はくだらないはずなのにだ。
もちろん、覚声器も買った。今の所使い道はないけど、いつか何かの役立つだろう。
「俺が欲しいものはこれくらいかな?みんなはどう?」
「うーん、私はこれかな?」
ミレイちゃんが持っていたのは鍋。ただの鍋に見えるが、よくみるとものすごい便利なものだった。前世でもよくお世話になった『圧力鍋』だったのだ。無属性の魔石をセットすると使えるようになっていた。これはぜひ4つくらい買いたい。
「ぜひ買おう! 2人はどうだった?」
ルナとヨミが持ってきたのは大きな絨毯だった。別に絨毯なら魔物の毛皮で間に合っている気がしたが、ここは魔導具屋。あれはただの絨毯ではなく、いわゆるホットカーペット。これがあれば冬も床でぬくぬくできる優れものだ。
「それも買おうか!」
「へぇ、イェンリッヒが認めるだけあって経済力は中々のものだね。それに目利きも悪くない。うん、気に入ったよ。次からも売ってやるからたまに顔をだしな!」
認められた、のかな?
「ありがとうございます! あ、これって魔導具としてどうですかね?」
俺が取り出したのは、学院祭で作った髪を巻くためのコテだ。実際にミレイちゃんの髪で実演してあげると、興味深そうにしていた。
「ふぅん……やるじゃないか。魔力回路の組み方から何から全てが雑だが、考え方は悪くない。改良すれば出力も安定するだろう。面白い、これは私が買い取ってあげるよ」
これは嬉しい、伝説の魔導具屋に魔導具を認められたわけだ。きっと、近いうちにあれを元に改造して完成したものを見ることができるだろう。ちょっと楽しみだ。
「ありがとうございました、今日のところはこれで失礼します」
「あぁ、またおいで。この魔導具は調整しておくよ」
挨拶を終えた俺たちは買ったものを収納に入れて帰る支度を始めたが、収納が1番驚かれたのかもしれないな。
このあと、みんなで中央公園で屋台を回りながら色々と物色したのだが、イェンリッヒさんの屋台は畳まれていた。仕方ないとはいえ、みんなに紹介したかったら少し残念だ。まぁ、またいつか会えるだろう。
魔導具も買えたし恋岬も行った。4家に会えなかったのは残念だったけど、勇者の件が落ち着けばまた会えるだろう。俺も無関係ではないし、ライヤード王国に帰るのがやや億劫ではあるが、ここが頑張りどころだ。
恋するうさぎ亭の美味しいスープを何回もおかわりして、今回の旅行の全日程が終わった。色々と細かいイベントはあったけど、割愛しよう。
「アウル、迎えにきたぞ」
「グラさん、お迎えありがとう」
「ん……? 面白いやつから加護をもらったのだな。貝粒真の加護とは珍しいぞ」
「え? 海龍神じゃないの?」
「そんな大それたものをすぐに貰えるわけがなかろう。貝粒真の加護はな、思い人との意思疎通が容易になることにある」
グラさん曰く、貝粒真というのは古代から生きる魔物の一種で、とても力のある魔物らしい。光り物に目がなく、金属は真珠をつくるための核にするから特に好きなのだそうだ。そして加護だが、二枚貝というのは番としても有名で、相性がぴったりな相手との意思疎通をよくするのだそうだ。
レーサムの逸話にある海から現れた龍というのは、貝が伸ばした入水管か出水管のどちらかだという。言われてみれば確かに、アサリとかの二枚貝って細長いのを伸ばしていた気がする。それで龍を偽るとはな。それほどまでに光り物が好きなのか。
「よし、じゃあ帰ろうか!」
「「「はーい!」」」
帰りはもちろん行きと同様に小屋に入った。もうこれは今世紀最大の発明だ。
こうして、レーサム旅行は無事に終了した。
ゆったりと更新していきます。
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