ep.138 巡り巡って
今回の旅行最大イベントとも言えた恋岬での南京錠投げは、無事に終えることが出来た。いろいろと気になる事もあったけど、幻想的な景色を見ることが出来たし大満足だ。
3人にはちくちく小言を言われたけども、クインが体を張ってドヤ顔していたおかげで事なきを得た。ヨミはクインに弱いから、ドヤ顔しているクインに悶絶していた程だ。そんなこんなで恋岬から帰ってくる頃には夜ご飯時をやや過ぎた時間帯だったので、『恋するうさぎ亭』で部屋食をとることになった。
なんでも、『恋するうさぎ亭』の最上位ではルームサービスとして部屋食が頼めるらしいのだ。それがめちゃくちゃ美味しく、一度味わってしまえば虜になってしまうと話題らしい。
コンコン
「失礼いたします」
噂をすれば、部屋食が届いたらしい。
専属スタッフの夫婦が4人分のご飯をもって来てくれ……量が多いんですが。
「念のために確認しますけど、これで1人分なんですよね……?」
「もちろんでございます。お心付けも沢山頂きましたので、腕によりをかけました!」
旦那さんのほうがちょっと得意げな顔をしていらっしゃるが、次々と料理を運んでくるので4人分だと思っていた量が1人前だったのだ。別に一つ一つの量が多いわけではないが、単純に品数が異常だった。フルコースが一気に来たような感覚に近いかな。
アミューズ、前菜、スープ、魚料理、肉料理、サラダ、尾頭付きの炙り大海老、塩茹で蟹、山盛りのパン。これが部屋食として出てくるとは思えないほどに豪華さで、俺を含めて全員が目を点にして驚いてしまった。
「「では、何かありましたら何なりと申しつけ下さい」」
ピッタリと息の合った掛け合いで夫婦スタッフは去って行った。高級宿だとは知っていたけど、まさかここまでサービスが良いとは恐れ入る。ここは十分に楽しませて貰うとしよう。
みんなお腹空いていたのか、涎が我慢できていない。かくいう俺も、これほど良い匂いのする料理を目の前に我慢するのは難しい。
「「「「じゃあ、いただきます!」」」」
品数がこれだけあるというのに、そのどれもが滅茶苦茶に美味しい。下拵えもしっかりされているし、アク抜きなども丁寧にされているようで、嫌な雑味などが何もない。スープも出汁をとっているのか、コクと旨味が口いっぱいに広がってくる。
魚料理も肉料理も、火入れが完璧で口に入れた瞬間の口あたりが最高だった。弾けるような肉汁、青臭くない魚、そのどれもが舌を喜ばせてくる。そして、極めつけはやはり蟹だ。
最初こそ美味しい美味しいと言いながら食べていたのだが、途中から全員が無言で食べ始めたのだ。以前もそうだったけど、人間は蟹を食べると無言になるのが実証されたな。……あ、その太い足俺のだったのに!
わいわいとした夜ご飯を終え、お風呂も済ませた。もちろんみんなで入りました。本当は一人でゆっくりと入るつもりだったのに、最初にヨミが突撃しててその次にミレイちゃん、最後におずおずとルナが入ってきた。終いにはクインが亜空間から出てきて一緒にバスタイムを楽しむこととなったのだ。
クインはレベルが上がっているからか、普通にお風呂を楽しむことが出来ている。もはやクインの現状を見るのが怖いくらいだ。
「はぁああ、クイン可愛いですぅ……!」
クイン用のミニタオルを頭に乗せてあげたのだが、それを見たヨミがトリップした。いつもは大人の雰囲気漂う美人なのに、こういうときは普通の女の子にしかみえない。
「あああああ、その横顔もまた可愛いぃぃ……ぎ、ぎゅってしていいですか?いいですよね?!」
…………前言撤回。危ない女の子にしか見えない。若干だけど、息づかいが荒いし危険な気がする。前からクインのことはかわいがっていたけど、今回の湯煙クインの魅力にやられてしまったようだ。
「ヨミってたまにこうなるよね」
「たまに小さくて可愛い生き物を見ると、依頼中でもああなっていることがありましたよ」
ミレイちゃんとルナも同じ事を思っていたようだ。というか、依頼中は集中してくれ。
なんやかんやありながらも1日目を楽しむことが出来た。余談だが、クインはお風呂から出たら逃げるように亜空間へと帰って行った。クインと一緒に寝ようとしていたヨミは、残念がりつつも俺のベッドに入り込もうとしてきたので、ベッドの周りに障壁を張っておきました。
次の日、いつも通りみんなより早く起きたので、散歩がてら外を歩いてみることにした。
「おはようございます、お出掛けですか?」
部屋の外に出ると、奥さんのスタッフと出会った。朝はまだ6時前だというのにお早いことだ。だけど、宿業というのは早起きだと聞いたことがあるし、そういうものなのかな?
「はい、ちょっと朝のお散歩に」
「でしたら、宿を出て右に行った先に中央公園があります。そこは朝からやっている屋台や露店がありますので、この時間ならゆっくり楽しめるかもしれません」
「丁寧にありがとうございます、ちょっと試しに行ってみます」
これは良いことを聞けた。特に意味もなく歩くよりは有意義な散歩になるだろう。確認しておきたいこともあったし、散歩から帰ったら聞いてみよう。
「朝食はどうされますか?」
「1時間くらいで帰ってくる予定なので、それくらいでお願いします。ちなみにメニューは聞いても良いですか?」
「かしこまりました。ふふ、それは朝食までのお楽しみです」
人差し指を口に当ててウインクしてから仕事へと戻っていったのだが、あれで人妻だというのだから恐ろしい。ヨミも十分に色気があるけど、人妻というのはまた違った色気があるんだな……勉強になった。
昨日の部屋食も美味しかったし、朝ご飯も楽しみだな。買い食いとかしようとも思っていたけど、お土産を買うくらいに留めておこう。
宿を出ると雲1つない快晴が広がっていて、眩いくらいの青空が一面に広がっていた。
「たしかあっちだよな」
まだ朝の早い時間だというのに、大通りにはちらほら人が見える。全員というわけではないが、ほとんどの人が中央公園を目指しているようだ。みんな朝ご飯を買いに行くのかな?
街並みを見ながら歩いていると、10分くらいで中央公園に到着した。屋台が沢山出来ており、屋台村といった感じだ。しかし、売っているものは様々で全てを見ようと思ったらかなりの時間がかかりそうである。
良い匂いに誘われるようにふらふら歩いて行くと、懐かしい食べ物を見つけた。
「ふかし芋か……母さんがよく作ってくれたな」
オーネン村にいた頃、冬などによく食べたメニューだ。しかも値段が破格の安さなのだ。握り拳2個分くらいの大きさの芋が、僅か鉄貨3枚。およそ30円だ。これで儲けが出ているとは思えなかったのだが、よく見ると屋台はボロボロで、女店主も痩せていた。
背中にはまだ小さい子供を背負っており、見ていて心が締め付けられる。旦那は仕事をしているのか、はたまたもう……。こういうことは特別な事ではないのだろうけど、どうにかしてやりたいとも思う。
下手に手を出しても、余計な争いを生む可能性だってある。もしやるなら最後まで面倒を見ることを覚悟する必要がある。が、方法がないわけではない。
「すみません、ふかし芋ください!」
「いらっしゃい、何個だい?」
「そうですね……何個ありますか?」
「? そうだねぇ、今は全部で300個ってところだね。まぁ、売れない分は私のご飯さ」
芋は炭水化物が豊富だしカロリーもあるけど、そればかり食べていては栄養が偏りすぎる。
「じゃあ、300個ください!」
「……はい? えっと、もう一回言ってくれるかい?」
「あるだけ全部ください!」
ふかし芋はバターをかけて食べたら格段に美味しくなる。もっと言うと、イカの塩辛をかけたら最高だ。そういえば塩辛を作るのを忘れていたから、家に帰ったら作ろう。幸いイカはまだたくさんあるしね。
代金として金貨1枚を支払い、おつりは貰わなかった。これでなにか少しでも美味しいものを食べてほしい。
「ぼうや、ありがとう!ありがとう!」
礼を言ってくれたが、これがこの人を直接助けるわけではない。
「お姉さん、その金貨1枚で『バター』を買いませんか?……と言っても、いきなりだと不安ですよね。実演しますよ」
収納からバターを一欠片だして熱々のふかし芋へとかける。ドロリととけると同時にバターの良い匂いがあたりへと広がっていく。
「んん~! ふかし芋美味しい~! このタレが最高にあうよ~! 塩なんてかけたらもう止められないね!」
バターのことをあえてタレと呼んだのは、少しでも情報を秘匿するためだ。しかし、これは周囲にいた人たちに向けての破壊力は最強だ。周囲からはすでにちらほらと声が出始めている。
『お、おい、なんかすげぇ良い匂いしないか?』『あの子供が食っている芋じゃないか?』『……試しに1回食ってみないか?』
よしよし、感触としては悪くない。というより、効果がありすぎたか……?
「どう、バター買う?」
「……はぁ、ぼうやが何考えているか分からないけど、こうなったら買うしかないさね」
「サービスしておきますよ」
バターは5kgぐらい出しておいた。本来、バターを5kg買おうとすると金貨1枚で足りるようなものではないが、今回はサービスだ。
「今回の利益を使って、次からは自分でこのバターを買えってことかい?」
へぇ、頭の回転は悪くないみたいだ。強いて言えばバターを買うための販路が肝だけど、彼女も商人のはしくれだ。そこらへんは上手くやるだろう。
「じゃあ、僕はこれで――」
「――待ちな。芋が無くて困っているんだ。ここまでしてくれたんだから最後まで付き合うのが男ってもんだろう?」
断ろうと思ったのだが、後ろに背負われていた子供の目が俺を捕らえて放さない。あのキラキラした目が……くっ眩しすぎる。
「……次の芋が出来るまでですよ」
「分かっているじゃないか!」
せっかく見て回ろうと思っていたのだが、仕方ない。なんか似たような経験があるから慣れっこだ。おっちゃんは今何をしているかな。
手伝い初めて俺が売り子をしながら、女店主が次のふかし芋を用意してくれている。特に大きな機材がないのでどうやって作っているのかと思っていたのだが、魔導具ひとつで芋を調理しているらしいのだ。
結局、5kgあったバター全てを使い切るほどに芋が売れた。ちょうど在庫も無くなったらしいので今日は朝早い時間なのに店終いとなってしまった。しかし、朝早いと言っても明日用にバターを確保しに行ったり、芋を用意したりしないといけないはずだからな。
「客だったってのに手伝わせて済まなかったね。……これは礼と言っちゃなんだが、用があったらそこを訪ねるといい。『芋のイェンリッヒ』の紹介と言えば対応してくれるはずだよ」
芋のイェンリッヒ。なんか格好良く聞こえてしまうのが不思議だ。けど、これはなんだろう。貰った木板にはどこかの住所と位置図が書かれていた。
「これは?」
「ふふん、芋の魔導具にさえあれだけ興味を示していたんだ。魔導具を買いにレーサムへやってきたんだろう?喋り方がレーサム訛りじゃなかったからね」
これは驚いた。少し一緒にいただけだというのに、ここまで見抜かれていたとは。伊達に商人じゃないいうことか。
「……お見それしました。ありがたくいただきます」
「こっちはぼうやのおかげで人生に光がさしたからね。この子のためにも頑張って稼ぐさ!」
イェンリッヒさんが凄そうな魔導具屋さんを紹介してくれたが、一体どんなお店なんだろうか。気になるけど、今は時間もないし急いで帰ろう。あとでみんなで屋台巡りするのも悪くないからね。
「ただい……みんなまだ寝ているの?」
「お帰りなさいませ。皆様よくお眠りになられています」
起こしてもいいけど、これはもう放置して一足先に朝ご飯を頂こう。
「俺だけ先に朝ご飯を頂いていいですか?」
「もちろんです。起こしてはあれですので、食堂へどうぞ」
案内された食堂には他の客も普通に食事をしていた。しかし、運ばれてくる料理は全くの別物だ。貴重であるはずの香辛料をふんだんに使ったスープ、焼きたてのパン、サラダとベーコンだ。このベーコンに関してはおそらくレブラント商会で売られている奴を仕入れたのだろう。
とんでもないのはスープだ。「朝からかぁ」とは思うものの、一口食べて意見が変わった。旨味というかコクというか、全てが濃い。半端なく美味いのだ。これほどまでに食欲をそそるスープを飲んだのは、この世界では初と言えるほどに。
朝とか関係無しにこのスープはやばい。ご飯が美味い宿という意味を理解させられてしまった。今回に限っては部屋食でないものの、このスープを一度飲んでしまったら虜になってしまうのが分かる。
……このスープを飲みたいからまた泊まりに来よう。
「そういえば、魔導具を見に行きたいんですけどどこか知りませんか?」
「そうですね……有名なところはあるのですが、紹介がなければ売って貰えないのです」
……あれ? もしかして、もしかする?
「ちなみに、誰の紹介が必要なのですか?」
「三大商人と呼ばれた、元豪商の商人達です」
じゃあ違うか。あの人は元豪商って感じではなかったし。
「名前はなんて言うんですか?」
「『ミルコシアス』『ニルマーディン』『イェンリッヒ』だったはずです。まぁ、今ではどこにいるかは分かりませんが。その魔導具屋はある種の伝説のようなもので、国王でさえそう易々とは干渉出来ないと言います」
あっ、これは完全にフラグ回収していたみたいだ。俺の幸運値の高さが成せる技かな?
ちなみに、中央公園からの帰り際に公爵家に寄ったのだが、勇者対応で会えないと言われてしまった。まぁ、言われてみれば納得の内容だ。もしかしたら勇者パーティーへの参加を企てている可能性すらあるかもしれないな。
なにはともあれ、今日はこの魔導具屋へと行ってみるとしよう。
更新が遅れて申し訳ないです。
書籍化と本業が忙しすぎて死んでました……。
反省して、近いうちに【外伝】も更新します。
何書こうかな……(←こっそり案募集という卑劣な後書き)




