ep.137 レーサム旅行⑤~恋岬~
ガタンガタン
馬車の中は意外と静かだが、そこには想像以上に甘い雰囲気が漂っている。……一組を除いて。じゃんけんで決まったとはいえ、隣でルナとミレイちゃんがこっちをもの凄い形相で睨んできている。
しかし、ヨミはそんなの関係無しに腕を抱くようにくっついている。横目で2人を牽制する程余裕があるらしい。さっき馬車に乗る前に膝から崩れ落ちていたとは思えないほど元気になっている。女性というのは変わり身が早いな。
「アウル、馬車の中で調子にまで乗ったら二重乗車だからね……」
「ご主人様、ヨミに飽きたら私が代わりますよ」
「うふふ、アウル様は今日も良い匂いですっ」
ここだけ甘い雰囲気とともに危険な雰囲気が漂っている。というかミレイちゃん上手いこと言ってるな。あとで座布団を2枚進呈しよう。
その後も何度かバチバチしていたが、それ以外は特に何事もなく恋岬というところに到着した。当初想像していた恋岬は、本当に岬しかなくて寂れた場所だと思っていた。しかし、いざ着いてみたら全くと言って良いほど想像とかけ離れている。
恋岬と呼ばれているはずの岬は入り口からでは全く見えない。入り口ってなんのことだろうと思ったが、恋岬と呼ばれる場所にはたくさんの出店があり、お祭り騒ぎと言って差し支えないほどなのだ。今もたくさんのカップルが出店を回りながら、甘ったるい雰囲気を振りまいて歩いている。
もはや甘ったるさの押し売りとも言えるが、ここではそれも普通すぎて誰も気にとめていない。有り体に言えば、ピンク色のムードだ。
よくよく見ると、所々に南京錠を売っているところがある。その中に、一際大きな南京錠を売っている出店が3つほどあり、そのどれもにたくさんのカップルが並んでいる。きっとどれもが有名な南京錠のお店なのだろう。そのどの店も『元祖』とか『始原』とか『伝説』とか書かれている。正直うさんくさい。
「アウル、私ちょっと買いたいものがあるから、待っててね!」
「ご主人様、ちょっと私も買いたいものが」
「アウル様、私もほしいものがありますので」
「「「では!」」」
俺を残して3人が出店へと出かけていった。……え、ここで俺一人きりとかやばくない?
1人でしょんぼりしていてもしょうがないので、散策がてら出店を回るとするか。
ふるふる
「ん? クイン?」
クインが外套に身を隠しながら俺に何かを訴えていた。いつの間にか亜空間から抜け出したらしい。それにしても、クインが指さしている出店というのがやばい。騒がしいはずの出店街のなかで、一番端にぽつんとある今にも潰れてしまいそうな出店。
近くに寄ってみると、どうやら南京錠のお店のようだ。
「……いらっしゃい」
店の主は怪しげなローブに身を包んだ老婆で、愛想もへったくれもない挨拶に驚いたが、変に気合いが入っているだけの店よりは好感が持てる。売っている南京錠はシンプルに1つだけだが、歩いている途中に見かけた南京錠よりも質が良い気がする。それこそ、南京錠本来の使い方ができるくらいに。
「ここの南京錠は質が良いですね」
「……ほう、若いのに見る目があるね。確かに他店の南京錠は絢爛で、見た目が良い。だが、それだけじゃ。あんなものでは永遠に繋がっているなんて無理だろうのう」
「なるほど……」
老婆が教えてくれた内容だが、そもそもの前提として南京錠を使うのには理由があるそうだ。
『2人の愛に鍵をかける=永遠の愛が叶う』
という意味合いがあるそうなのだ。だから、鍵をかけるための南京錠が壊れてしまっては永遠の愛など叶うはずもない、ってことだろう。一理どころかそれが真意だろうな。
ふるふる……っ!
「なんだ、クインもやりたいの?」
って、すでに小さい腕を頑張って使って名前をかくためのペンを持っていた。その後ろでは老婆が目を光らせながら手を差し伸べている。……銭ゲバめ。クインに驚かずに商魂逞しくペンを売ったのはさすがというべきか。それにしても、クインは俺の事が大好きっていうのは本当に嬉しいな。
「おば……お姉さん、南京錠を4つください」
「はん、こんなババア捕まえてお姉さんときたか。随分な教育を受けてるガキだね。一個銀貨3枚でいいよ」
「……そこの値札にも同じことが書いてあるけど」
「ちっ、銀貨2枚と銅貨10枚だ」
「なるほど、ビタ一文まけるつもりはないということはわかった。ほら、お釣りはいいよ」
面白い話を聞かせてもらったし、金貨2枚を支払った。まぁ、これくらいはね。
「へへへっ、まいどありっ。……なんだい、本当に教育の行き届いているガキだね。ガキから坊主に格上げしてあげるよ」
「嬉しくないサービスありがとうよ」
俺と老婆が話している間も、クインは頑張って南京錠に名前を書いている。俺たちの話している内容の意味が分かっていたようだ。ん? ……クインって文字書けたの? いつの間に?
「口の減らない坊主だね。だが、商人が商品以上の対価を求めるようでは三流もいいところさ。代わりと言っちゃなんだが、良い情報を教えてあげるよ。実はね――」
老婆が教えてくれた内容は、払った金額以上に価値のあるものだった。やはり、こういう時くらいケチケチせずにお金を使って正解だったな。
クインがなんとか書き終えたのでそこに俺の名前を書いたのだが、意外とクインって達筆なんだな……。
「じゃあ、お姉さんもお元気で」
返事はなかったけど、手を振ってくれていた。悪い人ではなかったな。南京錠は紙袋に入れて、持ちやすくしてくれているし。存外気の利く老婆だった。
その後ものらりくらりと出店を回りながら肉串を食べていると、3人がしょんぼりしながら返ってきた。背後に負のオーラが見えるくらい……
「えっと、3人ともどうしたの……?」
「見つけられなかった……」
「伝説の南京錠屋さんとはいずこに……」
「くっ、私でも見つけられないとは……」
3人とも伝説の南京錠屋さんとやらを探していたみたいだ。そんな有名な出店があるなら人が並んでわかりやすくても良いような気がするけど。
「「「あ」」」
3人が俺の持っている紙袋を見て固まっている。え、もしかしてそういうこと?
確認したら、どうやら俺が持っていた紙袋がある種のトレードマークらしく、あの老婆の出店が伝説の南京錠屋さんだったらしい。場所は覚えていたのでみんなで訪れたのだが、既に店がなくなっていたのだ。
……いったい何者なんだあの老婆は。
「えっと、みんなの分も買ってあるけど、つかう?」
「「「もちろんっ!」」」
3人に渡すとすぐさま書き始めて手渡してきたので、全部に名前を書いて準備は完了した。3人が恋岬へと向かおうとしているのだが、こっちには老婆に教えて貰ったとっておきの情報がある。
「みんな、これは老婆に教えてもらったんだけど――」
老婆が教えてくれたのは、恋岬の起源だ。その昔、レーサム王国の第一王子が平民の女性と恋に落ちたという。そのきっかけは定かではないが、王子は王位を捨てて彼女と生きることを決めたのだそうだ。しかし、王族がそれを許すことはなかった。2人のもとに王族の手が及ぶ前、彼女の父が営む金物屋で南京錠を見つけてそれに名前を書き、2人の恋が永遠になりますようにと想いを込めたのだそうだ。
2人は逃げるように恋岬へと辿り着き、その南京錠を海へと投げ入れたという。そして岬に追い詰められた2人のもとに、海から声がかけられたのだ。
『汝らの願い、聞き届けた』と。
これの真相は不明だが、その声の主というのが海龍神とかいう大きな龍だったそうだ。そしてその龍は光り物に目がなく、丁寧に作られた金属製の南京錠をお供え物だと思ったらしい。それで、南京錠に名前が書いてあったことからお供え物の対価として2人に加護を与えたのだそうだ。
その加護というのは、相手の気持ちがなんとなく分かるようになる。というものなのだが、それのおかげで喧嘩がなくなり、夫婦円満になれるのだそうだ。
当時の王族も、海龍神が認めた女性ならと王族に迎え入れることを決意したらしい。まぁ、後日談として王子を手放すよりは平民の女性を迎え入れた方がいいと判断したらしく、その旨を説明するために2人を追っていたとか。結局2人は末永く結ばれたというのだ。
そして、その時に2人が南京錠を投げ入れたという場所は、現在の場所とは少々異なるらしい。それは、海龍神の加護を持つ人間を増やさぬためだとか。もしもその話が本当なら、偽の場所を用意する理由にも納得がいく。
ちなみに、俺は老婆にそのポイントも教えてもらっている。
「「「…………」」」
まぁ、こんな話驚くよな。俺も最初は信じられなかったけど、もし本当にそうならいいなとは思った。
3人は半信半疑ながらも俺の後に付いてきてくれている。本当の恋岬は、歩いて15分くらいのところにあるなんの変哲もない岸壁だった。しかし、そこから海を見渡して目を奪われた。
「これは凄いな……!」
「わぁ……綺麗……!」
「これは……ご主人様と見ることができて嬉しいです……っ!」
「……素敵ですね」
目の前の海には、青白く光る綺麗な光景が広がっているのだ。決して強い光ではないのに、見とれるような美しさがある。
正体が何かは分からないが、ホタルイカみたいな生物がいるのかもしれない。
ふるふる!
「お、クイン。投げたいのか、それっ!」
クインがもぞもぞと南京錠を持ってきたので、ひと思いに一緒に投げ入れてやった。
「「「あーーーーーっ!」」」
ふるふるっ!
クインが誇らしげに3人の前でドヤッている。可愛い。
「ほ、ほら! 3人も一緒に投げるよ! せーのっ!」
クインに先を越された事を拗ねながらも、みんなで一緒に海へと投げ入れた。もちろん、これからもずっと一緒にいれますようにと願いを込めて。
少し待っても海龍神とやらは現れなかったけど、しょせん物語とはそんなもんだろう。幻想的な光景が見られただけでも大満足である。
「みんな、これからもよろしくね!」
「もちろんっ!」
「ずっと一緒です!」
「ふふ、離れてなんてあげませんよっ」
こうして、レーサム旅行最大?のイベントは終了したのだ。
『汝らの……聞き……けた』
帰りの馬車に乗るとき、なにか聞こえた気がしたが気のせいだろう。
ついでに言うと、帰りの馬車は横一列の4人席があるタイプだったので、両隣にルナとミレイちゃん、その隣にヨミという配置で帰ることが出来た。
喧嘩にならなくてよかった……!
ゆっくりと更新していきます。
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クインがまさかのメインヒロイン……?!




