ep.136 レーサム旅行④
「あの、もしかしてご主人様は……前世の記憶をお持ちなのでしょうか……?」
ルナが聞いてきた質問は、俺の核心に迫る内容だ。今まで、俺がどこから料理や発明の知識を得ているか、きちんと説明することは無かった。強いて言うなら、恩恵のおかげということになっている。今でも俺の両親はそう思っているだろう。
しかし、彼女たちは違う。
俺の恩恵が器用貧乏だと知っているし、それによるものではないということも薄々勘づいていただろう。それでも俺が何も言わないから、もしかしたらずっと待ってくれていたのかもしれない。
だが、今回の一件で異世界の勇者と対等に日本語で話してしまったことで、いろいろと気になってしまったのだろう。確かに、ルナたちからすれば日本語は異言語だ。気にするなというほうが無理がある。
ここらが潮時だな。
ふぅ~……
俺の話を聞いて、気味が悪いというなら否定はしない。みんなの意思を尊重しようと思う。得体の知れないやつと結婚するなど、嫌かもしれないからね。深いため息とともに、心構えはできた。
「……聞いてほしい。俺はルナの言う通り、前世の記憶がある。それも、勇者と同じ異世界の記憶だ」
「「!!」」
ルナとヨミがやっぱりと言わんばかりに驚いている。疑ってはいたものの、信じられなかったみたいだ。だけど、ミレイちゃんだけは違ったんだ。なにも驚くこともなく、平然と紅茶を飲んでいる。俺が日本語で勇者と話しているのを聞いていないからか?
「ミレイちゃんは、驚かないんだね」
「……なんとなくそんな気はしていたから。それに、前世の異世界の記憶を持っているからなに?アウルはアウルでしょ?私はアウルを赤ちゃんの頃から知っているのよ。今更そんなことが分かったからってなにも変わらないわ。私は今のありのままのアウルを好きになったんだもん」
「……あ、ありがとう……っ」
ミレイちゃんが男前すぎる。というか、気持ち悪いと言われる心構えすらしていたのに、そんなもの関係ないと言わんばかりに一蹴された。そして、堰を切ったように目から涙がこぼれ落ちる。
安堵ゆえか、嬉しさゆえか、理由は分からない。それでも、俺は心のどこかで負い目のようなものを持っていたのだろう。それを隠すように今まで生きてきたのかもしれない。しかし、そのすべてを包み込んでくれたミレイちゃんが本当に大きく見えた。そして、ミレイちゃんは俺にとっての特別なのだと、絶対に幸せにしてあげたい人なのだと、再認識することが出来たのだ。
「ご主人様!私もそんなの関係なくお慕いしております!身体欠損している私を躊躇なく選んでくれた上に、全て治してくださいました。それに、大事な家族までも助けてくれました。感謝こそすれ、嫌いになることなどありません!」
ルナが負けじと気持ちをぶつけてくれる。その気持ちは真っ直ぐでいて、とても熱がこもっている。俺自身を見つめてくれていることが本当に嬉しい。ルナもまた、俺にとっての特別なのだ。
「アウル様、私も2人に負けないくらい大好きですよ。私の過去を受け止めてくれただけでなく、けじめを付ける機会を頂きました。そして、孤独の私に家族の温かさも教えていただいた上に、戦う力も与えてくれました。本当に感謝しています。心から、愛しています」
ヨミがいつもよりも優しい声でゆっくりと語りかけてくれる。いつも漂っている色気は霧散し、母性というか柔らかな優しさが感じられた。そこには嘘偽りのない感情だけがあって、俺の心へとスッと入ってきたのだ。ヨミも2人に負けないくらいに特別で大切な人なのだ。
「今まで黙っていてごめん。でも俺は俺だから。アルトリアで生を受けた、エムリアとラルクの子のアウルだ。それ以上でもそれ以下でもないよ。前世の記憶はあるけれど、これからも俺と一緒にいてください」
「当たり前でしょ、まったくもう」
ミレイちゃんは素直になるのが恥ずかしいのか、顔は合わせてくれないけどギュッと右手を握ってくれた。
「これからもお傍にいさせてくださいね」
ルナが眩しいくらいの優しい笑顔で俺の左手を握ってくれた。
「ふふふ、はやく結婚したいですね」
ヨミが俺を後ろから抱きしめて、その柔らかなものを背中に押し付けてきた。いかん、いい雰囲気だったのに一気にもってかれた。
「「ヨミ~?!」」
今日も今日とて変わらない青空だったけど、俺にはいつもより澄んでいて綺麗に見えたのは気のせいではないはずだ。
「それで、部屋は問題なくとれたけど、行きたい所とかある?」
「「恋岬!」」
「……あっ」
ミレイちゃんとヨミの声がハモった。ルナだけが、忘れてた!みたいな顔をして慌てている。それにしても『こいみさき』ってなんだ?初めて聞いた名前だ。
「もう、アウルったら焦らしちゃって。最初からそこに行くために私たちをレーサム旅行に誘ったんでしょ?」
「そうですよアウル様。時間はまだ昼前ですし、今からなら往復は余裕です!」
……なんの話だ。俺がレーサムに行こうと言ったのは単純に魔導具と4家のあいつらに挨拶でもしようかと思ったからなんだけど……。けど、2人の目がめちゃくちゃキラッキラしているから、そんなの知らないなんて言えない。
縋る思いでルナに視線を移すと、小声で『こいみさき』について教えてくれた。どうやら、恋愛スポット的なところらしい。前世で言うところの、江ノ島にある龍恋の鐘のようなところみたいだ。違う点と言えば、金網に付けるのではなく海に投げ入れるというところか。
「も、もちろんだよ。じゃあ早速行こうか!」
ルナのファインプレーのおかげで事なきを得たが、今度からは事前にリサーチしてから旅行に行く事にしよう。出なければ、遠からずやらかしてしまう未来が見える。さっきの最高の雰囲気から一転して地獄になるところだった。
「準備するから待ってて!」
「私も少々お時間ください」
「ふふ、女性には可愛くなるための時間が必要なんですよ」
……冷めた紅茶でも飲んで待つとしよう。
(結局一時間待ったので、ずっとクインと戯れていた)
恋岬へは定期馬車が出ており、すぐにでも出発できるらしい。距離も相当近いらしく
、片道2時間弱でついてしまうとのことだ。それを近いというのはこの世界ならではかもしれないが。
「走ったほうが早いけど、みんなのその服装なら……断然馬車だよね」
ミレイちゃんは、可愛いワンピースを着ている。白を基調にレースをところどころあしらったオフショルダーのワンピース。ミレイちゃんのブロンドヘアーが良く映える。成人まであとすこしということもあって、かなり大人びてきている。一言で言うととても可愛い。
ルナはお洒落なブラウスにスカートという清楚感溢れる服装。ミレイちゃんと同様でメイド部隊のターニャ謹製だ。服のデザインは俺も積極的に手伝っているので、わりと前世に近いものが出来上がっている。バーガンディのブラウスとベージュのスカートの組み合わせが絶妙で、彼女の良さを最大限に引き出している。一言で言うととても綺麗だ。
ヨミは2人と違ってかなり攻めた格好をしている。全身のスタイルが一目でわかるようなベージュのニットワンピース。ややダボっとしてはいるものの、彼女の肢体が目に眩しい。髪はウェーブしており、今日は前髪を上げている。ただでさえいつも色気が凄いのに、今日は一段と凄い。一言で言うととても美人だ。
「3人とも、とっても似合っているよ」
3人とも、満更ではないのか満足している様子だ。
馬車は持っているけど引いてくれる馬や魔物がいない。今回はヴィオレをお留守番にしてしまったので、定期馬車に乗るしかない。
乗り込む馬車は相当大きく、一度に30人も運べるほど大きい。馬も4頭引きで、レーサムが恋岬に力を入れているのがよく分かる。いざ馬車に乗り込むと思いのほか座り心地が良く、2時間程度なら問題なさそうだった。それに、恋岬に行くということだけあって乗っているのは若いカップルや老夫婦ばかり。割合的には7:3といったところか。ただ、問題が一つあった。
馬車の席はカップルシートになっており、2人で1席という形式のため俺たちが4人というのは想定されていない。そうなると、嬉しいことだが3人のうち誰が俺と座るかを争い始めたのだ。馬車発車まではあと3分程度なので、本当に時間がない。
「恨みっこなしよ?」
「もちろんです」
「ふふ、勝たせてもらいます」
物凄い闘志が3人から迸り、魔力の反応さえも感じる。恐らくだけど3人とも身体強化をしているのではないだろうか。目にも魔力を纏わせて極限まで動体視力を上げる始末。なんという才能と能力の無駄遣いだろうか……いや、これほどに贅沢な使い方もないか?
ピリピリとした雰囲気が広がり、先ほどまで騒がしかった馬車の周りがしーんとする。
「「「じゃんけんポン!」」」
ミレイちゃん:チョキ
ルナ:チョキ
ヨミ:グー
「うふふ、私の勝ちですね」
勝負は一瞬で決まってしまったように見えるが、腕を振り上げてから振り下ろされるまでに、およそ8回にも及ぶ駆け引きがあったのが俺には見えている。誰かが指を変動させようとするとそれを察知してまた組み替えるという高度な駆け引きの連続。端から見ればあっという間に見えるだろうが、見る人が見れば相当に面白かったのは間違いない。まぁ、ここにいる人の全員が理解できてないだろうが。
ただ解せないのは、最後の最後だ。あのまま行くと全員チョキのあいこになるはずだったのに、降ろしきる直前でヨミの手が無理やり変わったのだ。その代償として手に深刻なダメージを負ったのか、明らかに右手を庇っている。そうまでして隣に座りたいと思ってくれるのは嬉しいけど、身を削り過ぎだと言いたい。
「アウル様の隣は私が頂きますね!」
ルナとミレイちゃんが悔しそうな顔を……していなかった。仕方ない、といった顔をしている。それはそれで寂しい物があるのだが、なぜだろうか?
そう考えていると、ルナがぼそっと言い放ったのだ。
「……本番は帰りだからね」
「あっ……!?」
ルナとミレイちゃんがほくそ笑む一方、ヨミは勝ったはずなのに膝から崩れ落ちた。あぁ、そういうことか。南京錠を一緒に投げてムードが高まったところに二人きりで乗れる馬車。しかも時間帯は夜だ。みんなが考えているところはそういうところか。
うーん、ロマンティックが止まらないな?
「ヨミ、時間だから行こう?」
未だに膝をついているヨミへと手を差し伸べる。こんなにガチで凹んでいるヨミというのも珍しいな。思わずクスッと笑みがこぼれてしまった。
「……アウル様にまで笑われてしまった……」
「いやいや違うから、ほらっ」
ヨミの手を思い切り引っ張ると、目がキラリと光った気がした。
「えいっ!」
手を引いた反動を上手く利用して抱きついてきたのだ。柔らかな感触よりも、体のシルエットがよくわかる服装のせいで心臓が急にエンジン全開だ。
「「あ~~~~っ!?」」
なんやかんやありつつも恋岬へと馬車が走り始めた。
ゆっくりと更新していきます。
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