ep.132 身振り手振りは時に言葉よりも雄弁である
「――というわけなの。だから、私の護衛についてもらえないかしら」
かなり割愛されたが、エリーが言うには勇者が近いうちに王国を訪問してくると。勇者が召喚された理由や訪問してくる理由も知らされていないらしい。聞いても教えてくれないとこのことだが、ただそのまま待っていても嫌な予感がする、と。
歴代の勇者について調べても、世界を救うような存在であると同時に傲岸不遜を体現するような存在でもあるらしい。まぁ、もしも召喚されたという勇者が地球からの転移者だった場合、その理由もなんとなく頷ける。
自分は特別だと思いあがり、その勇者特有の特別な力に溺れ、我儘の限りを尽くすのだろう。世界を救ったのだから、俺は選ばれた存在なのだから、とな。
人間というのは肩書や地位を与えると、その役割の通りに行動してしまうということなのだろう。使い古された例えかもしれないが、スタンフォード監獄実験がいい例だ。
勇者というのは本来、勇気にあふれ、誰もが恐れるような困難に立ち向かって偉業を成す存在のようなことをいうのだろうが、見返りを求めないなんてことはほぼあり得ない。他人への無償の愛というのは、ほぼほぼあり得ないと思ってもいいだろう。何かしらの下心があることがほとんどだ。
『助けてやったんだから』『これだけ良くしてやったから』『死ぬ思いで頑張ったから』など、頑張りに応じて見返りを求めるものだ。それが、世界を救ったともなれば求める見返りも大きくなって然るべきだろう。今までの勇者もそうだったに違いない。そして、これからも。
「話は分かったけど、なんで俺なんだ? ヨルナードでも十分に強いだろうに」
ヨルナードは元々傭兵であり、国王とも懇意にしていたはず。王女の護衛ともなれば、受けそうなものだが。それに、あの人の剣術や体術は俺のそれを超えている。対魔物だったら俺のほうが有利かもしれないけど、対人ならヨルナードのほうが有利なようにも思える。
「だって、あんなムサイおじさんは嫌よ」
うーん、なんとなく言いたいことは分かるけど……
「……口から涎が出てるよ」
「えっっっ?!」
「はぁ……嘘だよ。狙いはお菓子か?」
「うぐっ……!」
自分の身が危ないかもしれないというのに、食欲が勝るとは……。俺の作るお菓子はなんて罪深いんだろうか。いや、今回に限っては裏目に出たわけだけど。
「やっぱりね。そんな理由なら断――」
「若様!」
急に名前を呼ばれたと思ったら、声の主はウルリカだった。メイド部隊は呼んでいたけど、ウルリカだけはレブラント商会に出向しているので今日は不在だったのだ。おそらく転移盤を使って来たのだろうけど、こんな時間にどうしたのだろうか。
「ウルリカ、こんな時間にどうしたの?」
「これをレブラント様から預かって参りました」
渡されたのは一つの手紙。中を開けて読んでみると、驚愕の事実が書かれていた。
『アウル君へ ワイゼラスが勇者を召喚した理由が分かった。公にはほとんどされていないみたいだが、どうやら邪神復活に関係しているらしいという情報を掴んだ。それに、教皇自身もなにやら裏できな臭い動きをしているらしい。今後、勇者をきっかけとした国際問題が起こる可能性が高いと思う。アウル君には直接関係ないかもしれないが、念のため気を付けてくれ』
うーーーーーん……!なんともタイムリーで反応に困る内容である。確かに俺はイナギを復活させるために、封印を回っている。それでも、封印を強固にする順番で回っているし、イナギは悪じゃない。確かに邪神の一部だから邪神復活と言われればそうなんだけど……。
待てよ?ということは、エリーが勇者による迷惑を被ろうとしているのは半分以上俺のせいってことになるのか……?でも、イナギ復活はルナのためでもあるし、帝国の第三王妃ことルクレツィアさんの大願もある。
これだけなら、知らんふりしてコソコソとばれないように封印を回るだけでもいいけど、問題は封印の場所を知られて管理されてしまった場合か。今のところ封印の場所の情報は出回っていないみたいだけど、今後もそうとは限らない。
そうなるくらいなら、王女の護衛について内部情報を探ったほうが得策か?もし封印の場所が知られても、護衛という名目なら同行もできる。護衛と言っても常に張り付いているわけでもないだろうから、知られてないうちの封印巡りは合間を見て行えばいい、か。
断ったとして、あとあとバレたら国家反逆罪とか言われる可能性もある。でも、勇者というのと関りになりたくないという気持ちも強い。
俺が思い悩んでいると、ヨミがこそっと耳打ちしてくれた。
「この依頼、受けるのも一つの手かもしれません。教皇は未来を予言するなんていう逸話があります。もし、教皇がなにかしらの予言をしたときに不利になってしまう可能性があることを考えると、内部情勢を探るためにも……」
「外部にいるよりは内部ってことか。なるほどね……」
エリーに視線を向けると、目の色には不安の色が強く浮かんでいた。お菓子云々を抜きにしても自分がどうなるか分からないとなると、やはり不安なのだろう。ただ、俺はなぜこうも王族や皇族から目を付けられるのだろうか。
「……ちなみに、報酬は?」
「! では、受けてくれるということ?!」
「いや、まだ受けると決めたわけじゃない。今の話だと俺へのメリットは無いからね」
「その疑問は当然ね。お金はもう余るほど持っているだろうし、私がアウルにあげられるものなんて……あ。報酬は私なんてどう?婚約者もまだいないし!」
ピキピキッ
エリーが変なことを言った途端、禍々しいほどの負のオーラが数か所から溢れだした。ミレイちゃん、ルナ、ヨミはもちろんのこと、なぜかルリリエルからも迸っている。いや、嬉しいけどもね。相手は一応国のお偉いさんだから。
しかし、エリーはどこ吹く風。全く気にした様子もない。王族というのは伊達じゃないらしい。普通ならば、平民が王族に求婚されたら諸手をあげて喜ぶものなんだろうけど、生憎俺は普通じゃない。ここで受けてしまったら、カミーユにも呪われそうで怖いしな。
「いや、その報酬はいらないかな」
「むぅぅうー!私の何がいけないのよ!これでも王族なのよ?」
「はははっ、既に可愛い婚約者が3人もいるからね」
「私は別に正妻じゃなくて、4番目でもいいのだけれど」
俺はあえて何も言わずに、肩をすくめて見せた。これ以上は暖簾に腕押し、糠に釘。時に身振り手振りというのは、言葉よりも雄弁に語るものなのだ。
「むむむむむむ……これ以上は私の判断では付かないわね。ちょっと待ってて、お父様に確認してくるから」
そう言い残してエリーが席を立ったのだが、どうやら遠くでも会話ができるような魔導具をもっているらしい。伝声の指輪のようなものなのだろ。もしかしたらもっと高性能の魔導具の可能性もあり得る。
そういえば、レーサム王国は魔導具が盛んな国だというし、近いうちに遊びに行くのもありかもしれない。学院で会った4大貴族家とも最近は会っていないし、挨拶がてら皆を連れて行ってみようかな?
「ねぇミレイちゃん、今度レーサム王国に旅行にいかない?」
「レーサム?そ、それってもしかして、あの有名なレーサム?」
「? そうだけど、嫌だった?」
「行くわ!いえ、すぐに行きましょう。明日!」
「えぇ?!明日はさすがにちょっと……せめて明後日かな」
「はい決定!明後日にレーサム王国ね!ヨミとルナも行くでしょ?」
「うふふ、もちろんです」
「絶対に行きます」
あれよあれよという間に決まってしまった。ちょっとした思い付きだったんだけど、最近はみんなで出かけることも少なかったし、たまにはいいだろう。それこそ、本当に観光だけが目的で出かけるなんてなかなかないことでもある。
その後も話し合った結果、レーサムに行くのは俺とミレイちゃん、ルナ、ヨミの4人とクインが行くことになった。クインは基本的に亜空間にいることになるけどね。ヴィオレはお留守番兼シアの護衛だ。
ルリリエルも何故か異常なまでに行きたがっていたけど、ヨミとミレイちゃんが宥めていた。また今度、メイド部隊全員も連れてみんなで行くということで落ち着かせたらしい。それにしても、そこまでして行きたい理由って何なんだろう?
レーサム旅行について話し合っていると、席を立ってから30分ほどでエリーが帰ってきた。
「お待たせいたしました。護衛依頼を受けていただいた場合の報酬ですが――」
エリーの言葉に全員が固唾を呑むが、出てきた言葉は予想の斜め上だった。
「1つ目、城の宝物庫から2点まで好きなものを下賜する。2つ目、オーネン村に関する1年間の税を全て免除。3つ目、私個人への貸しを1つ。これでどうかしら?今までの功績を鑑みて、貴族にすることもできると言っていました。もちろん、アウルが望めば私との婚姻も――」
「――いや、貴族になるのと婚姻はいらないかな」
ややかぶせ気味に否定しておいた。だって、エリーと婚姻しようと思ったら、貴族の位をもっているのは必須だろうから、そこはもはやニコイチだろう。なんなら俺を貴族にするための婚姻と言われても頷けてしまう。
「むぅぅーーー!」
エリーが頬を目いっぱい膨らませているが、華麗にスルーだ。ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのは内緒だが。
それにしても、国の宝物庫と言えばそれなりのものがあっても不思議じゃない。しかも、それを2点もらえるという。厳選する必要はあるが、かなり有用なものが手に入るというのはちょっとオイシイ。
次に、オーネン村の税を1年間免除。はっきり言って破格の条件だ。しかも、今住んでいる人限定とは言われていないので、今後来る人も向こう1年間は税が免除されることになる。まるで開拓村のような扱いだな。ただ、ランドルフ辺境伯が不憫でならないが。
あとは第三王女であるエリザベス個人への貸し。これがどれほどの効力を持つかは定かでないが、何かあったときに後ろ盾になってくれるということでもある。国王への貸し、第三王女への貸し、帝国の皇族への貸し。自分が辺境の農家というのが信じられないくらいのところに貸しを作っているものだな。
この中で一番魅力的なのはやはり、税の免除だろう。ここ最近は豊作な上に人も増えていたから、冬に飢えるようなことは無かったけど、今後もそうかと言われたらそれは分からない。
ふぅぅむ。
「ルナは今の条件を聞いてどう思う?」
「そうですね……元王族として言わせていただければ、1年間の免除というのは、国としては大した痛手ではありません。もっと大規模な都市などであれば話は別ですが、今のオーネン村くらいの規模なら痛くもかゆくもありません」
まぁ、そうだろう。『今の』オーネン村ならね。
「ヨミはどう思う?」
「そうですね……宝物庫内の物品の移動をしないという制約があるのなら悪くないかもしれません」
「! それは盲点だった」
『宝物庫から』下賜するということは、宝物庫にあるはずのものが一時的に移動させられていればお話にならない。確かにヨミの言う条件は必須だな。
「ミレイちゃんはどう?」
「うーん、難しいことはあまり分からないけど、報酬よりも、依頼を受ける前に依頼内容をもっと明確にしたほうがいいんじゃない?護衛と言ってもなにをしないといけないのか、みたいな」
「そうだったね。でも、エリーが知っていればだけどね」
エリーに視線を送ると、俺たちの問答が想定内だと言わんばかりににっこりと笑みだけ返された。顔色を見るに、まだまだ余裕がありますよというのがアリアリと伝わってくる。
相手は王族。絶対に損をするような条件は持ちかけてくるはずがない。俺たちが足元を見て条件を吊り上げることは大いに考えられる。
だが、それも想定内だろう。おおかた、アグロム宰相あたりもこの一件に一枚噛んでいるはず。狸の化かし合いに、前世の知識があるとはいえ農家の俺が敵うはずがない。
だから、俺がここで打つべき一手は、その想定を覆さなければならない。
「エリー……いや、エリザベス第三王女様は、今の条件でいいと思いますか?」
「え?……えぇ、悪くないと思いますが?」
「そうですか……。もう一度最後に聞きますが、本当にいいですか?」
再度問いながら、収納からチョコレートを一粒出す。それをこともなげに口へと運んで、エリーに笑いかける。これにより、言外に、チョコレートの融通を止めようかなという意思を匂わせた。
「……! くっ……税の免除は2年でも――」
「――え?」
「……3年でどうかしら……」
ちょっとした圧力をかけていくうちに、エリーはどんどん下へと顔が俯いていく。
「3年か」
3年。まぁ、悪くない。ここらで手を打とうと思い話しかけようとしたとき、俯いていたエリーの口元がやや綻んでいるのが見えてしまった。
――!! 違う、もしかしてまだまだ余裕があるんじゃないか?
「ルナ、3年というのはどう思う?」
「そうですね……悪くはないと思います。辺境の開拓村なんかだと2~3年くらいの税免除はよくある話ですし。ただ、今回の護衛依頼は何かあった際に、王女を勇者から守るという名目のはずです。王女の未来が辺境の税3年分の価値なのかと言われたら、疑問ですね」
ルナの話を聞き、先ほどまで俯いていたはずの王女が苦々しい顔でルナを睨んでいた。どうやら、図星を突かれたらしい。だとすれば、5年間と言わず10年と言ってしまっても問題ないような気がする。
「宝物庫内の物品の移動を制限、税の免除は10年間、エリザベス個人への貸しを1つということなら受けようと思うんだけど、どうかな?」
「じゅっっ?!……オホン、10年ですか……。宝物庫内の物品の移動制限は問題ありません。事前に承諾を得ています。ただ、10年となると……ちょっと確認してきます」
またも国王に連絡を取るためにエリーが席を立った。
「さすがに10年はやりすぎだったかな?」
俺の問いに答えたのは、ルリリエルだった。
「いえ、国王が存命の間は税の免除、などでも良かったかと」
「そんなに?国王はまだ40代くらいだろう?」
「だからこそです。王女の未来を守るのですから、それくらいはあってもおかしくないかと」
だとしたら、もしかしてさっきのエリーのあの苦々しい表情や驚いた様子も、全て演技の可能性があるということか?それ以前に俯いていた時に口を綻ばせていたのすらフェイクだったのかもしれない。
「ただいま戻りました」
さっきとは打って変わってものの数分で戻ってきた。その表情にはしてやったという感情が見て取れる。
「アウルの申し出通り、宝物庫内の物品の移動を制限、税の免除は10年間、私個人への貸しを1つということで、お父様から承諾を得ました。護衛依頼、よろしくお願いしますね!」
エリーはにこやかに俺へと笑いかけてくる。
「っはぁ~……やっぱり俺に腹芸は無理だな。分かったよ、依頼は受けるけど、詳しい話は国王を交えてのほうがいいのかな?」
「そうですね。私も知らない部分はあると思いますし。勇者が王都を訪れるのは、30日後くらいだと聞いていますので、20日後までに王都へ来ていただければ問題ないです」
今回は俺の負けのようだ。だが、このまま負けっぱなしというのも癪だから、いつかこの雪辱は果たさせてもらおう。
「了解、20日後に王城に行くよ」
「はい!……今更ですけど、美味しそうな夜ご飯ですね?」
「……食べるか?」
「是非!」
席へと案内し、ルナとヨミに対応をお願いした。2人に任せておけば問題ないだろう。
俺はというと、皿を数枚用意してご飯を盛り外に出た。
「お疲れ様です。良ければどうぞ」
「うわっ!?気配を感じなかったぞ?!」
外で気配を消して警備にあたっていた人たちに、俺も気配を消して近づいて夜ご飯をおすそ分けした。ちょっとした嫌がらせだが、これくらいの八つ当たりは許していただきたい。
『うまーーーーーーい!』
オーネン村の夜空に、警備の人たちの声が木霊したのは言うまでもない。
ゆっくり細々のんびりと更新していきます。
評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。