ep.130 厄介ごと
僕がこの世界に来てどれくらい経っただろうか。迷宮での訓練が長すぎて、日にちの感覚がどこかへと行ってしまった。それでも、着実に強くなっているという実感はあるし、イシュタルやアリーシャは僕に良くしてくれる。
そして、この世界への愛着もかなり湧いている。イシュタルやアリーシャのおかげもあるが、それ以上にこの世界の仕組みが面白い。魔物を倒せば強くなるし、魔法も使える。
ステータスのような数値化したものは見られないものの、日に日に強くなっているのは実感できるから、最近では気にならなくなったものだ。
「勇者様、訓練もそろそろ良いでしょう。武器や防具も揃い、魔法もかなり習得されたご様子。さしあたって、周辺諸国を回ってみてはいかがでしょうか」
「周辺諸国をですか?」
教皇が僕に提案してきたのは、周辺諸国への周遊だった。
「さよう。我が国にある邪神の資料では、あまり多くのことは分かりませんでした。しかし、他国に行けば何かわかるやもしれませぬ。すでに周辺諸国には通達を出しておりますので、すぐにでも移動が可能ですぞ」
確かに教皇の言う通り、邪神に関する資料はあまり多くない。このまま準備をするよりも、他国を回りながら情報を集めるのがいいというのには納得できる。ついでに、僕の嫁候補を探すのも悪くない。
ハーレムなんて幻想だと思っていたが、この世界でハーレムは合法だし問題ない。この世界は地球に比べて綺麗な人が多いし、男性に尽くす子が多い。こんなにも僕に優しい世界というのも困りものだ。
まぁ、前世ほど何もかも上手くいくというわけではないし、程よい困難もある。それでも、前世の知恵を生かしつつ死ぬ気で頑張れば大抵のことは可能だ。それでも、さすがに迷宮のボスモンスターと戦う時なんかは、死ぬ思いもしたけどね。
「わかりました。余裕を見て2週間後に移動を始めたいと思います」
「了解した。あとで、周辺諸国の資料を用意させるので、最初に訪れる国を決めてくれ」
「了解です」
仮にも教皇からの依頼で他国へと行くのだから、僕の相手をするのは王族と同程度の地位にいる者のはず。もしかしたら、王女なんかとも会えるかもしれない。いや、僕を歓迎する晩餐会のようなものが開かれる可能性すらある。
婚約者が決まっている王女は無理だろうが、決まっていない王女もいるかもしれない。
「楽しみになってきたな」
◇◇◇
SIDE:アウル
俺は今日も今日とて、平和に農家を満喫している。メイド部隊の子たちは王都で依頼をこなしたり、休暇を楽しんだりしている。ミレイちゃんは両親を王都に連れて行って、観光させてあげたいといって王都に行っている。もちろん、移動は転移魔法陣を許可した。魔力の関係上、行きだけ俺が送ったけどね。ミレイちゃんの魔力なら、帰りくらいは自分で何とかなる。
ルナとヨミは一緒に畑で収穫作業をしてくれている。
「平和って素晴らしいね」
「そうですね。今はイナギが欠片の吸収で次にいけませんし」
「ふふふ、長閑なところでこんなゆったりとした時間が過ごせるなんて、昔なら想像もつきません」
ヨミはちょうど収穫した野菜を眺めながら、とても優しい顔をしている。ヨミがスラム出身ということを考えれば、食べ物に困らず明日という日に怯える必要もないというのは、本当に凄いことなのだろう。
「それを言えば、ルナも王族だったんだから、こうして土いじりするなんて予想もできなかったよね」
「そうですね。確かに、考えたことは無かったです」
出会いこそ特殊だったけど、全く違う身分や生まれの人がこうやって集まれたのにはきっと意味があるんだろう。それこそ、運命というやつなのかもしれない。
「はぁ~……、ずっとこんな日が続けばいいね」
遠くからはシアが遊び回っている声が聞こえる。魔法を使えるようになってからというもの、ヴィオレとクインを連れてよく森に出かけていると聞いた。危ないから止めようとも思ったが、昔のことを考えたら何も言えないことに気が付いたのでやめた。
ヴィオレとクインが付いているので、万が一ということもないからね。クインのステータスを最近見てないけど、明らかに強くなっているのは分かる。ヴィオレについても同じだ。
「あら、アウル様。誰か屋敷に来たみたいです」
「んー?ほんとだね。誰だろう」
気配察知してみると確かに誰かが屋敷の前に立っている。
「私が行ってまいります」
ルナが代表で出てくれるらしい。村長がなにか用事でもできたかな?
「そういえばヨミ、ウルリカとレブラントさんの最近の様子ってどうなったか知ってる?」
「ふふふ、知っておりますよ。まぁ、ご想像のとおりだと言えばそれまでですが。まだ同衾はしていないようです。キスもまだですね。ただ、2人が手を繋いで王都を歩いていたというのは聞きました」
「へぇ~、意外とゆっくりなのかな?」
「2人ともそういう経験が初めてのようですので」
でも手を繋いでデートか。それはそれで楽しそうだな。そういえば、最近三人とデートをしていない気がする。畑作業をメイド部隊にお願いして、三人と遊ぼう。
「今度さ、時間をつくって俺たちも――」
「――ご主人様、国王陛下から書簡が届きました!」
「……いまいく!」
国王から書簡だって?なんだろう、物凄い厄介ごとの気配がする。読む前に燃やすか?いや、さすがにそれはまずいか。
「うふふ、さっきの話はまた後でいたしましょうか」
「そうだね。とりあえずさくっと書簡を読もうか」
ルナに案内されて屋敷へと戻ると、なぜか応接室へと案内された。
「ご主人様、中で第二騎士団の団長と副団長がお待ちです」
第二騎士団の団長と副団長って言うと、オレンツさんとイルリアさんだよな。初めて王城に行くときに、事前に連絡をくれた人たちだったはず。
「お久しぶりです。お待たせいたしました」
中に入ると、イルリアさんがクッキーをパクパク食べており、隣でオレンツさんが紅茶を飲んでいた。2人とも、以前とは違って豪華な鎧は着ておらず、わりかし軽装のようだ。まぁ、あんな重そうな鎧を着てこんな辺境に来るのは大変か。
「久しぶりだな。田舎の農村にこんな立派な屋敷があるもんだから、村長か貴族の別宅かと思ったぞ」
「……クッキー、美味しい」
「立派だなんてそんな。それなりですよ。クッキーもお口に合って良かったです。それで、今日はいきなりどうしたんですか?」
「国王陛下からの書簡を持ってきた。内容までは知らんが、助けてほしいとのことだ」
「……もぐもぐ」
助けてほしい、ね。やっぱり面倒事じゃないか。
「ひとまず拝見します」
書簡は全部で3ページにも及んでいるが、そのほとんどが貴族特有の長ったらしい言い回しなどで、内容を把握するのが難しい。だが、うちにはルナがいるので何の心配もない。恐らくだけど、王妃のためにチョコを作ってほしいということなんだろうけど。
「ルナ、結局はどういうことかわかる?」
「ええと……要約すると、エリザベス王女がご主人様から貰ったチョコを、王妃様が嗅ぎつけてしまったということですね。それで、王妃様が暴走する前に、チョコを作ってくれないかという依頼のようです」
やっぱりか。エリーはバレないようにするとか誰にもあげないとか言っていたけど、無理だったみたいだな。
「なるほどね……報酬はでるのかな?」
「報酬については……書かれていませんね」
「ふむ……」
国王直々の頼みを断るのも気が引ける、か?でもなぁ、こういうのを一度了承してしまうと、際限がなくなりそうで怖いんだけど……
「報酬については心配しなくてもいい。俺のほうから陛下に掛け合っておく。というより、王妃様のほうから多大な謝礼が貰えると思うが――」
「いえ、それには及びません。貰うとしても、国王陛下からもらいますので」
「! ふふっ、本当にお前は平民か?農家なんてやらせておくのが惜しいほどだな。その歳で腹芸ができるのには感服するよ」
「それほどでもないですよ」
王妃様から多大な謝礼なんて貰ったら、次も次もと迫られそうで怖いからな。国王を挟むことで、矛先を俺じゃなくて国王に向くようにしておくほうがいいに決まっている。
「……チョコって、チョコレートのこと……?」
俺とオレンツさんが話していると、イルリアさんがチョコに反応した。よく考えたら、チョコについて知っている人というのは限られる。おおかた、侯爵あたりから情報でも漏れたか?
「そうですが……食べますか?」
「食べる……!」
目が食わせろと言わんばかりにギラついていた。あの目をされて、あげないという選択肢は選べなかった。あげなかったら、食べるまで居座られそうだからな……
この場で食べられても面倒なので、9個入りの焼き印付き小箱を用意して渡してあげた。ここで食べないのを条件と言ったら、悩みつつも了承してくれた。ここで食べたらあっという間に食べてしまいそうだからね。
「イルリアがすまん。さらに、俺の分まで貰っちまって悪いな」
「いえ、イルリアさんだけにあげるというのもアレですし。ただ、このことは口外しないでくださいね。まだ生産量もほとんどないので」
「口止め料ってわけか。貰いっぱなしも悪いし、一つだけいいことを教えてやる」
「いいことですか?」
「いや、お前さんにとっては悪いことかもしれないな」
嫌な予感がする……
「どんな話ですか?」
「国王陛下はお前さんをチョコのために呼ぶことになっているがな、これはおそらく表向きの話だ。真意は別のところにあると思っていい」
「……というと?」
「ワイゼラスで勇者召喚がされたという話は聞いたことがあるか?」
「話だけならちらっと」
「ほう、なら話が早い。その勇者様とやらが近々王国に来るらしいんだが、その案内役兼監視役にエリザベス様が選ばれる可能性があるそうだ」
「そもそも勇者はなぜ召喚されたんです?」
「さぁな。そこまでは聞かされてないから分からないが、目的は戦争ではないらしいぞ。じゃなけりゃ、他国へ訪問なんてしないからな」
それは確かにそうだ。戦争ではないとすれば、魔王討伐とかか?でも、現在の魔王はあまり人間に害を与えてないと聞いていたけど。
「話を戻すが、そのエリザベス様の護衛をお前さんにお願いしようとしているんじゃないか?と俺は考えているわけよ」
「護衛ですか……」
平民で農家の俺に頼む理由が全く持って思いつかないわけだけど。
「まぁ、これは推測でしかないからな。だが、そんな可能性があるって思うだけだ。お前さんが強いのは国王陛下が認めるところだしな」
「……騎士団として、平民が護衛につくのはなにも思わないんですか?」
「んー、俺はお前さんが強いのを知っているし、実績があるからそこまでだな。まぁ、本来なら騎士団がやるべきなんだが、相手が勇者だからなぁ。うちの騎士団に勇者をどうにかできる騎士がいるとは思えんな」
「勇者とはそれほど強いと?」
「あまり詳しくは知らないが、かなりの腕前らしい。噂だと、召喚されて半年もたたずに迷宮の中層を突破したらしいからな」
中層……ってのはどのへんだっけ。よく分からないけど、それなりの強さというのは分かった。
……面倒だな。エリーには悪い気もするけど、ロレンツさんが言うことが真実とも限らないし。ここで下手に動くのは下策な気がする。
「情報ありがとうございます。話は変わりますが、この手紙には、明確に王城に来いとは書かれていません。そして、たまたまですけど、ここに王女に渡したものと全く同じチョコの小箱が2つあります」
「……おい、もしかして」
「それはロレンツさんに託しました。国王陛下によろしくお伝えください。平民の自分が頻繁に王城に行くのも変ですし、いろいろと忙しいので。……あぁ、対価はいりませんともお伝えください」
「いや、しかしだな……」
「生憎俺は平民でして、貴族様の難しい手紙は読み解けませんでした。ただ、チョコを欲しているのはなんとか分かりましたのでロレンツさんにお渡しします。国王陛下と王妃様あてに一つずつということで。っていうのは駄目ですかね?」
「…………」
「……けぷっ、ごちそうさま。ロレンツ、かえるよ」
「イル、俺たちが怒られるのが目に見えていると思うんだが……」
「……こんなに美味しいチョコレートを作れる男の子になにかあっては王国の、ひいては世界のためにならない。それならチョコレートだけ持ち帰って、とりあえずの用件は終わらせたほうがいい。陛下が何を考えているかは分からないけど、表向きに見てもチョコレートを持ち帰るのは間違ってない」
「確かにそれはそうだが」
「それに、護衛の仕事は騎士団の仕事。アウル君の仕事はお菓子を作ることだから邪魔しちゃいけない」
いや、俺の仕事は別にお菓子を作ることじゃないんだが。というか、この人こんなに喋るんだな。
「わかったよ。イルがそういうなら今回は帰ることにするか」
「すみません、我儘を言って」
「いや、気にするな。お前さんは悪くない。確かにチョコレートとやらは受け取った。これは俺が責任をもって国王に届けておく」
「お願いします」
そう言って2人は王都へと帰っていった。
「ご主人様、いかがなさいますか?」
「うーん、これで時間は稼げるだろうけど、なんとなく嫌な予感はするよね」
「おそらく、いえ。間違いなくアウル様になにかしらの形で接触してくるでしょうね」
「ヨミもそう思う?」
「私もそう思います」
「ルナもか……」
実は俺もなんだよなぁ。でも、勇者というのに興味が無いというわけでもない。万が一、勇者が邪神に対抗するために召喚されたのだとしたら、要因の一端は俺にある。そのせいでエリーに迷惑をかけるのはちょっと気が引けるんだよなぁ……
でも、召喚の理由が判明していない現段階で首を突っ込みたくない。というより、今までが首を突っ込み過ぎていたのだ。
「ま、なるようになるか!」
なるようになればいいんだけどなぁ……
◇◇◇
SIDE:国王
「――というわけで、アウル君からチョコレートというお菓子を
もらってまいりました。これがそのチョコレートです」
「まぁ!ありがとうロレンツ!しかも2つもあるじゃない!アウル君にはあとでお礼の手紙を書いておくわね」
なぜか同席していたミーナが箱を2つ持って部屋を出て行った。
「……アウルは王城に来ているのか?」
「いえ、おりませんが」
「聡いというのも困りものだな……」
少々舐めていた。エリザベスに渡したように、手渡しで来ると思っていた。余が招聘するのは外聞が悪いため、王城に来るように仕向けた文をアグロムに書かせたつもりだったが、裏をかかれてしまったか。と言うより、何かを察せられた可能性もあるか?レブラント商会とは懇意にしているらしいし、おおかた勇者についての情報を掴んでいるんだろう。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
「国王もチョコレート、食べますか?」
「……あるのか?」
「先ほどのより小さいものですが、アウル君から貰いました。まだ食べていなかったので、陛下も良ければお一つどうぞ」
「では頂こう。……確かに見た目も綺麗だな。味は――」
――――!!
「こ、これは!」
「美味いっ!」
これは今までにない甘味だ。ミーナの奴があそこまで言う理由が分かるな。美味いだろうとは思っていたが、これほどとは……
「のうロレンツ。箱が2つあったのは、1つは余の分だったのでは?」
「実はそうです」
「くぅっ……!」
今更ミーナに言っても無理であろうな。絶対に返ってくるはずがない。いや、有無を言わさなければ返って来るであろうが、ミーナの反感を買ってしまう。
「……私の分はあげませんよ?」
「あと一つだけでも」
「駄目です。あぁ、そうそう。アウル君は対価はいらないと言ってました。では、私はこれで」
ロレンツはそそくさと仕事に戻ったか。
それにしても、対価はいらない、か。過分に対価を渡すことで、もう一つ依頼を出す予定だったというのに。聡すぎるというのは本当に考え物だの。これで15歳の成人も迎えておらず、辺境の農家の倅だというのだから余計に信じられん。
「仕方ないか」
エリザベスが勇者にちょっかい出されるかもしれないという可能性についてアウルの同情を誘おうと思ったのだが、これは不発に終わった。となれば、もっと直接的な行動に出るしかない。余から言えばアウルも断るだろうから、本人から頼るように仕向ければよいか。
『影』から入った情報によると、勇者はそこそこ女好きという話だしエリザベスを気に入る可能性は高い。エリザベスを勇者なんぞに渡す気は毛頭無いが、駒として使うほかない。
「こんな余を許してくれよ、エリザベス……」
あとは、勇者召喚の原因となった邪神復活についての情報収集か。邪神についての情報を、誰よりも早く正確に収拾することで、ワイゼラスに先手を取れる。そうすれば、一気に形勢が変わるのだが……。
そんなにうまい話があるはずもないか。
◇◇◇
「はくしょんっ!」
「ご主人様、風邪ですか?」
「いや、俺は病気にはならないからなぁ。王様が噂してるんでしょ、きっと」
細々と更新していきます。
評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。
久しぶりに、【外伝】も更新しました。




