ep.129 ままならぬこと
ちょっと短めです。
「参ったのう……」
夕べ、ミーナが余の部屋を訪れてきた。ミーナが夜に訪れてくるのは久しぶりだったので、ちょっとだけそわそわしたものだ。随分とご無沙汰だったということもあり、もしやとも思ったのだが用件は全くの別物だった。
昨夜の記憶が呼び起こされる。
――
――――
――――――
「あなた、私、ちょこれいとというお菓子が食べたいわ」
「……ちょこれいと? 聞いたことのないお菓子だな」
「それはそうよ。エリーがアウル君という平民の男の子から貰ったそうなのだけど、アウル君のお手製らしいわ」
「彼か……」
「アウル君とは顔見知りなのでしょう? ちょっとお願いしてくれるだけで良いの」
「しかしなぁ、彼は――」
「――じゃあ、頼んだわよあなたっ!」
チュッと音を立てて余の頬に口づけをして部屋を出て行った。我ながら、妻のミーナには強くでられないのが情けない……。ミーナはもう40手前だというのに、20代のように美しく若々しい。余に嫁いできてくれたときは、天女が舞い降りたのかと思ったほどだ。まぁ、実際は――――ゾクッ――――うむ、下手なことを考えるのは辞めておこう。
――――――
――――
――
「はぁ……」
ため息ばかりが漏れ出る。アウル君とは確かに顔見知りではある。おそらく、余が招聘したら来てくれるだろう。だが、アウル君は何度も国を助けてくれた恩人である。それに、いち平民をお菓子のために招聘したとあっては、外聞もあまりよくない。
そんなことを当たり前にしたら、さすがに反国王派閥どもは黙っていないだろう。そもそも恩人にそんな形で頼りたくはない。未だに元宰相を暗殺した人物が誰かは分かっておらず、それに対する手がかりがあったら教えてくれともお願いしているというのに。
しかし、このお願いを無視してしまったらミーナがどんな動きをするかなど考えたくもない。普段は温厚で優しく、母親としても王妃としても素晴らしいというのに、なにかに興味を持ったりしたら手が付けられない。なまじ王妃としての教育を受けているだけあって、腹芸は国内でも指折り。
「まぁ、あの腹芸は生まれつきかもしれないがのう」
……仕方ない。ミーナが暴走してアウル君に迷惑をかけるよりは、余から接触したほうがよいだろう。うむ、そうだな。そうと決まれば行動あるのみだの。
「アグロム、アウル君に手紙を書いてくれ」
「それは構いませんが、内容はいかが致しましょう?」
「それは――」
「――失礼いたします!陛下のお耳に入れておきたい案件が!」
余と宰相であるアグロムが話していると、外国との交易や経済、政治を統括している大臣が部屋へと入ってきた。冷静な男がここまで声を荒げるというのは、少々珍しい。これはなんだか嫌な予感がする。
「なんだ騒々しい」
「お話中のところ申し訳ありません。ですが、内容が内容なのです」
「いったいどのような内容なのだ?」
余の代わりにアグロムが問うた。
「ワイゼラスから連絡があり……"邪神復活の兆しあり"とのことです。それに伴い、勇者召喚を行った、と」
「「なにっ!?」」
邪神復活だと?!まずい、相当にまずい。ワイゼラスにのみ伝わるという勇者召喚という秘術を使って勇者を召喚したという情報は入ってきていた。ただ、その真意については測りかねていたのだが、まさか邪神が復活するとは……
「勇者の教育ならびに特訓にある程度の目処が立ったので、邪神復活阻止のために各国を周遊すると通達がありました。この周遊には各国にある邪神の情報収集と、その封印の地を回る意味合いが含まれていると思われます」
邪神復活のために各国を回って情報を集める。聞こえは良いが、問題大ありだ。まず、各国の防衛体制が露見する上に国中の立ち入りを許可せねばならない。さらには、なにか問題があっても邪神復活阻止のためという大義名分を持ち出される可能性がある。もっと言えば邪神についての情報を提供せねばならないというのもいただけない。
しかし、ここで協力を拒否した場合、周辺諸国からは邪神復活を企てているとみられてしまう可能性もある。
「陛下、これは些か拙いかもしれませんな」
「あぁ、わかっておる……」
一番厄介なのは、ワイゼラスが勇者という脅威を持っていることだ。勇者についての情報は基本的には秘匿されているが、余が知る限り勇者の能力は人間のそれを越えるという。魔物を倒せば倒すほど能力は向上し、その強大化した力は一人で戦争を終わらせるほどに超越していると聞く。
我が王族に伝わっている限り、勇者というのは傲慢な者が多いという。そのほとんどが、偉業を成し遂げた後にその自らの力に溺れていくというのだ。常にそうであるという決まりはないが、今回がそうでないとも言い切れない。それにワイゼラスによる洗脳の可能性も捨てきれない、か。本当に面倒なことだ。
「詳細については報告書にまとめて至急提出せよ。ひとまず下がると良い。あと、このことはまだ誰にも言うな」
「……かしこまりました。失礼いたします」
外務大臣は不安な顔をしつつも、下がっていった。おそらく大臣も勇者が周遊する意味を理解しているのだろう。まぁ、箝口令を敷いたとしても、耳聡い商人達にはすぐに情報が広まってしまうだろう。いや、あるいはもう……
「陛下、いかがいたしますか。無難な策としては、案内役として我が国から誰か監視につけることと思いますが」
「うむ……それはそうなのだが……」
案内人兼監視役を付けるのはそうなのだが、それを誰にやらせるかということだ。勇者が暴走した際に、それを止められる人間でなくてはあまり意味が無い。勇者はまだ年若いという情報は入ってきている。懐柔を目的に女をあてがうというのも考えられる。だが、それでは弱い。外交的に考えると、それなりの立場の女を用意する必要がある。となると選択肢はさほど多くない……
「のうアグロム。余は、酷い王かもしれん」
「……! 陛下、ときには苦しい決断をするのも、王の定めかもしれませんな」
いまの一言で、おおよそを察したか。さすがはアグロム。それでこそ我が国の宰相である。そうと決まれば早くに動き出す必要がある、か。
「余になにかあっても、彼の者らを絶対に責めてはならんぞ。竜の……いや、龍の尾を踏むのは余だけでよい」
ワイゼラスの教皇が、邪神復活の兆しと言ったということはおそらく復活は間違いない。要はそこに至るまでの道をどうやって整備・采配するかによって我が国の今後が決まる。好き勝手されて国を滅茶苦茶にされては困るからな。
「……かしこまりました」
「一世一代の大勝負になるかもしれん。この勝負に勝てたとしても、龍の尾を踏むことは間違いない。あとは、その龍の機嫌次第というわけだ。……我ながら情けない話だがな」
「いえ、もはやこの国最強の戦力が揃っていると言っても過言ではありませんからな」
「使えるモノはなんでも使い、国を守る。それが余の王としての矜恃であり、使命だ。……そのためならば、大切なものを駒として使う余をお主は笑うか?」
「まさか。為政者としてはこれ以上無いほどにご立派でございます」
「為政者としては、な」
本当にままならないものだ。
「話を戻しますが、手紙にはなんと書きましょうか」
「あぁ、それは――」
ひとまず、手紙に関してはアグロムに任せておけば問題なかろう。あとは、勇者の情報だ。揃えうる情報全てを収集する必要がある。
手紙を用意すべく、アグロムが出て行った部屋に一人。
パンパン
「はっ、ここに」
「話は聞いていたな。勇者の情報をすぐに集めろ。商人のなかにはすでに色々と聞きつけている者もいるだろうから、そこからも集めろ」
「かしこまりました」
これで10日もしないうちに情報が集まってくるだろう。
「この件が終わったらしばらくの間、休暇を取って静養でもしようかのう」
無事に終われば、だがな……
細々と更新していきます。
評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。
そろそろ物語が動き始めます。




