ep.128 秘密は斯くも漏れやすい
お盆休みしてました……!
今日はアリスの家に来ている。要はアダムズ公爵家だ。今となっては門番も俺を顔パスするほどになっている。楽でいいけど、それでいいのかと思ってしまうな。
「アリス、久しぶり。王女様もご機嫌麗しゅう」
「本当に久しぶりねアウル」
「もうっ、私の事はエリーで構いませんわ。それに、堅苦しい言葉もいりませんっ!」
アリスとはなんやかんや会っていたし、この2年間でも何回か遊んだりしていた。だが、エリザベス王女ことエリーとはほとんど会っていない。学院では何度か顔を合わせることもあったけど、そもそもクラスが違う上に選択していた教科も違う。さらには、公務が忙しかったらしいのでなおさらだった。
「とは言いましても……まぁ、善処します」
変に仲良くなりすぎても、面倒ごとが舞い込みそうで嫌だし、王族が農家の平民と仲良くし過ぎるとうるさい勢力もいるだろう。
「それで、久しぶりにアウルから連絡を寄越したのは褒めてあげるけど、なにかあったの?」
「そうです、それは私も気になっていました。今日のために頑張って公務を終わらせたんですから」
アリスもエリーも気になっていたみたいだ。でも、俺はアルバスさんに二人が空いている日があれば教えて下さいとしか言っていないんだが……アルバスさんめ。なんて伝えたんだまったく。
「あぁ、実はやっとと言うべきか。念願のお菓子が出来たから持ってきたんだ。二人には帝国での件でお世話になったからね。そのお詫びもこめてる」
手渡したのはチョコレートの詰め合わせだ。それも、外装にもこだわっている特注品だ。外箱は白木製の透明感のあるものを作成。外箱の蓋には中央にアウルファームの焼き印を押してある。アウルファームの焼き印は蜂が小さめの壺に蜂蜜を入れて運んでいるマークを作成した。言わずもがな、クインをモデルに作っている。かなり可愛い。
中を開けると全部20等分になるように縦4列、横5列に区分けしてある。その中に丁寧に作り上げたチョコを入れてあるのだ。自分でも驚くほど綺麗に出来たと自負している。ノーマルチョコからミルクチョコ、トリュフチョコ、生チョコ、ナッツチョコ、オランジェットなど数種類の詰め合わせとなっている。
幸いにも生クリームはすでにあったので、ガナッシュの作成は容易と言えた。それをもとにトリュフチョコや生チョコは作れた。果物の皮を使ってオレンジピールもどきを作ってオランジェットも作成した。
我ながらいい仕事をしたと思う。見栄えにもこだわった一品達だから、王女や公爵令嬢といえど感動すること間違いなしだ!今後はカカオバターの抽出をして、もっと完成度を上げる予定だが、今のところはこれが完成形となる。
「わぁ……!」
「まるで宝石みたいに綺麗!」
アリスもエリーも予想以上に感動してくれているみたいで安心した。
「アウル、これはなんてお菓子なの?」
「それは私も気になっていました!」
「それはチョコレートと言います」
「「ちょこれいと」」
「まぁ、とにかく好きなのを食べてみてよ」
二人とも言われるがままに食べ始めた。アリスは生チョコレート、エリーはミルクチョコだ。特にミルクチョコは一番良く出来たと思っている。
「「~~~~っ!」」
二人とも声にならないほど美味いのか、艶めかしいほどに身悶えている。この2年で二人も著しく成長しており、未だ少女という風貌の域は出ないものの、その姿はまさに美少女そのものだ。将来は驚くほど美人になるのは間違いないだろう。そんな二人が、身を捩らせながらチョコレートを食べているのだ。思わず見惚れてしまっても仕方ない。
「どうかな?」
返答の答えは分かっている。それでも、作った者として聞いてみたかったのだ。
「……これは、まずいわね」
「ええ、相当まずいです」
えぇ?!まずいって……不味いってこと?!予想外だ……
苦みが駄目だったか?いや、砂糖は多めにしたしそれはないはず。単純にチョコが苦手だった可能性もある、か?いや、そうに違いない。みんなは美味しいって食べてくれたんだし。
「美味しくなかったか……じゃあ、これは持って帰る――よ?」
二人の前に置いてあったチョコ入り木箱を持って帰ろうと手を出したら、ササっと箱を隠されてしまった。不味いんだろ?
2人の顔を見てみると、獲物を横取りされそうになって目がギラついている肉食獣に見えてしまった。
「もうこれは私のよ!」
「そうです!お父様やお母様、大好きなお姉さまに何を言われても渡しません!」
いや、まぁ喜んでもらえているみたいだからいいんだけどさ。
「じゃあなにが不味いの?苦味?」
「アウルは馬鹿ね。不味いじゃなくて、拙いよ」
「これが貴族の婦人方、令嬢たちに知られたらクッキーどころの騒ぎではありません」
「いや、そんなにか……?」
でもそれくらい美味しいと思ってもらえたというのは、作った側としては喜ばしい限りだ。リステニア侯爵用にも用意しているからこの後に伺う予定になっている。
「これは誰にも見られないように、こっそりと食べることにするわ」
「私もそうします。こんなものが世に出たらと思うと……ゾッとします」
なんだか酷い言われような気もするが、概ね喜んでもらえたみたいなのでよしとしよう。
「じゃあ俺はこれで。このあと行くところもあるから」
「ねぇアウル。私の従者にならないかしら?賃金もたくさん出すし、好待遇を約束するわよ?もちろん、公爵家の全力をもってオーネン村を支援するし」
「アリス!抜け駆けはだめよ!アウル、私の護衛なんてどうかしら。アリスよりもたくさん賃金を出すし、宮仕えよ?オーネン村にも便宜を図るように国王にも進言するけど」
普通の平民なら諸手をあげて喜ぶところなんだろうけど、俺からすれば面倒な枷が増えるだけに思える。
「……従者と護衛には、料理やお菓子を作るっていう業務は含まれないけど大丈夫か?」
「「あっ……」」
「まっ、俺には辺境の田舎でひっそりとするのが性に合っているんだ。それじゃ、そういうことで失礼いたします」
ふぃー。久しぶりに2人に会ったけど、やっぱり綺麗だったな。次会うのがいつかは分からないけど、もっと綺麗になっているのは間違いない。今でさえ目が眩むような美人なんだから、将来が楽しみだ。
アダムズ公爵家を出たあとに向かうのはリステニア侯爵家だ。リステニア侯爵にアポはとってあるので、今か今かと首を長くして待っているだろう。新作ってのも伝えてあるからな。
◇◇◇
SIDE:ライヤード・フォン・エリザベス
アウルが私とアリスに『ちょこれいと』というお菓子を置いていった。外装から既にお洒落な雰囲気が醸し出されている。焼き印に使われている蜂さんのシンボルも、丁寧に作られているのが一目でわかる。これだけで相当に値段がしそうな気がするが、これが全てアウルの手作りだというから驚きだ。
中を開けてみてまた驚かされた。食べ物とは思えないほど綺麗で繊細な外見。ふわりと香る匂いは鼻腔をくすぐっていく。その芳しい匂いだけで頭がぼーっとしそうなほどに強烈なのに、それを一口食べたらぱちりと目が覚めた。
口の中に広がる芳醇な甘み、そのあとに来る仄かな苦み、口の中であっという間に溶けてなくなり喉元をすぎたころ鼻へと抜ける爽やかな香り。
「こんな美味しくて美しいものが、この世にあったなんて……」
アリスの家から帰る馬車のなかで一人、ごちる。だが、これは非売品である限定品。これを食べきってしまえばいつ食べられるか分からない超絶希少品なのだ。本当ならば欲望のままに全てを一気に食べてしまいたい。この美食に溺れてしまいたいと思ってしまう。
「でも駄目よエリザベス。これは一日一個。いえ、特別な日に一つだけ食べるのよ」
アウル曰く、ある程度なら長持ちすると言っていた。念のために保存用の魔道具を用意させよう。その中に保管しておけばかなり長い間もつはずだ。もし、無くなってしまったらまたアウルに頼んで作ってもらおう。もちろん、対価はたっぷりとだ。
とにかく、一刻も早く保存用の魔道具を用意させよう。侍女長は私を最優先してくれるから万が一もないはずだ。
「この箱が入るくらいの保存用魔道具を用意して頂戴」
「かしこまりました」
ふふふ、次はどれを食べてみようかしら!
細心の注意は払ったはずだった。アリスの家に遊びに行くとしか言っていないし、人前でちょこれいとを食べるようなヘマもしなかった。しかし、情報というのは斯くも容易く漏れてしまう。私が侍女長に保存用魔道具を用意させたのが、王妃である母の耳に届いてしまったらしいのだ。それだけならば問題はないのだが、母がなぜか興味を持ってしまったのだ。
「最悪だ……どうしよう……」
とりあえず一つ食べよう……うん、やっぱり最高に美味しい。
◇◇◇
SIDE:ライヤード・フォン・ウィルヘミナ
最近、私の娘のエリザベスがなにやらこそこそと動いていると聞いた。別にたいしたことではないという情報らしいが、その会っている相手というのが平民の子供らしいのだ。まだ婚約者が決まっていないとはいえ、あの子も王族である以上あるていどの分別をもってもらわないと困る。
念のために相手が誰が調べさせたら、なんとあのホーンキマイラを屠り、元宰相の侵略から国を救ったアウルという子供らしい。さらに、クッキーを作ったのもその男の子だという。そんな男の子と会った直後に保存用の魔道具を用意させているとなると、なにやら美味しそうな気配……じゃなかった、怪しい気配がする。母親として、王妃としてこれは確認すべきだわ!
「あのクッキーというお菓子も美味しかったし、レブラント商会から売られているお菓子もどれもこれも美味しい。もしかしたら、新作のお菓子をもらった……というのが妥当かしらね」
コンコンコン
「エリザベス、私よ。中に入れてくれないかしら」
◇◇◇
SIDE:ライヤード・フォン・エリザベス
コンコンコン
「エリザベス、私よ。中に入れてくれないかしら」
げっ……お母様だ。保存用の魔道具は届いたばかりでまだ隠していない。ちょこれいとは仕舞ってあるけど、これさえ見つからなければ問題ないのだから。
「今開けるわお母様」
「夜遅くにごめんなさいね」
「いえ、問題ありませんわ。でも何か御用が?」
「実はあなたが平民の男の子と会っているという噂を聞いたものだから。学院のときならまだしも、プライベートで会っているとなれば話は別よ」
まずいっ……!お母様はアウルの存在を認知されていらっしゃる。確かに、いくらアウルと言えど、彼は平民。それに、未だに婚約者のいない私が平民の男の子と会っているとバレるのはあまり得策ではない……。けど、わざわざ私に会いに来たということは、確証があってのことのはず。ここで下手に隠すのは下策。かといって本当のことを言うのも下策。ここは――
「会っているというか、アリスの家に遊びに行ったらたまたま会ったのです。アリスとその男の子は仲がいいですから」
「あら、そういうことだったの?では、偶然だったということね」
「はい、もちろんです!」
――よし!なんとか凌ぎ切ったわ。こう言われてはお母様も何も言えないはず。まぁ、気を付けなさいくらいのお叱りは受けてしかるべきかもしれないけどね。以前もアウルが遊びに来たことはあったけど、細心の注意は払っていたからバレていないはずだ。
「そう……以前、城に来ていた子とは違うのかしら?」
知っていらっしゃった~~……。いや、でもあの時は確か学院に通っていたころだったはず。
「それは、あれです。あの――」
「エリザベス、口元になんかついてるわよ」
「うぇえっ?!」
嘘!?さっき食べたチョコ?!早く拭わないと!
「うふふ、嘘よエリザベス。母を謀ろうなんて10年早いわよ」
くぅっ……!やられた。さすがというべきか……
「はぁ……お母様はなにが望みですか?」
「潔いのは素晴らしいわね。あるんでしょう?新しいお菓子が」
っ!! そこまで把握しているとは思わなかった。いくら勘が鋭いと言っても限度があるでしょうに。
「……どうしてもですか?一応、私が貰ったものなのですが」
「あら、本当にあるのね。でも、そんなことを言うようになるなんて。これも娘の成長かしら。ただ、そんな寂しいことを言われてしまったら、さきほど嘘をつかれたことの罰を出してしまうかもしれないわ」
なっ!? お母様の罰って……まさかアレ?!嫌、アレだけは絶対に嫌!
「こっこちらです」
これまでね……ごめんねアウル。お母様のアレだけは本当に嫌なの……
「まぁ、綺麗な外装ね。このお菓子はなんというのかしら」
「『ちょこれいと』と言うそうです」
やはりお母様の目線から見ても、この外箱は素晴らしいようだ。だが、問題はその中身。限りなくあり得ないとは思うけど、ちょこれいとを気に入らないという可能性もありえ――
「んんんんっ!なんて美味しいのかしら!?見た目もさることながら、特筆すべきはこの絶妙な苦みと甘みの加減ね!こんなに美味しいお菓子を食べたことが無いわ!」
――ないみたいね。わかっていたわよそんなこと。
「気に入っていただけたようでなによりです。ですが、これで義理は果たしました。これは私がアウルにもらったものなので、仮令お母様でもあげられません!」
「むむむむっ、娘が反抗期でお母さん悲しいわ!でも仕方ありませんね……確かにこれ以上は可哀そうです。なので、あとは夫に頼むとしましょう」
お母様は手をパンっと叩いてにこやかに笑っている。
あぁ……可哀そうなお父様。この国で一番偉いというのに、お母様にはきっと勝てない。というか、この国でお母様に勝てる人なんてほとんどいないだろう。ごめんなさい、お父様、アウル。
お母様が去った後、自分を慰めるためにもう一つちょこれいとを食べたけど、こんな時でも格別に美味しかった。
◇◇◇
SIDE:ライヤード・フォン・ウィルヘミナ
まさか、あそこまで美味しいお菓子を作れる平民の子供がいるなんて思いもしなかったわ。あのお菓子があれば、お茶会でも一躍有名になれるに違いない。それに、あんなお菓子を作れる人間を従えているというだけでも、箔が付く。なにより、あのお菓子をもっとたくさん食べたい!
たしか、その平民の男の子は夫とそれなりに面識があったはず。
「それにしても、平民なのに国王と面識があるってのも凄いわね。本当に何者なのかしら?」
夫もその男の子の話はほとんどしないし。私も、凄いとは思っていたけど大して興味は持っていなかった。けど、こんなに美味しいお菓子が作れるとなれば話は別だ。
コンコン
「あなた、ちょっとお話が」
「ミーナか。どうしたんだい、こんな時間に」
「実は――」
ふふふ、はやくちょこれいとが食べたいわ。
細々と更新していきます。
評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。
王妃の勘は異常に鋭かったですね。というか、王妃の出す罰とはいったい……。
(国王の名前を今更決めてないことに気付いた)




