ep.127 チョコレート
とうとうこの時が来た。待ちに待ったこの時が。行きたくもない帝国に行ってせかせかと働き、なんやかんやとゴタゴタに巻き込まれ、変な女に目を付けられながらも、決して挫けることなく頑張った末にやっと手に入った代物。
それを植えて毎日毎日丹念に成長促進させた、俺の大切なもの。
「カカオ、やっとだ……」
それは、カカオの収穫だ。カカオと言ってもパッと見はただの黄色っぽい実でしかない。このカカオの実から豆を取り出して、チョコレートを作った人は本当に天才だと思う。
そもそもカカオというのはかなりデリケートな植物だ。葉は風に弱いうえに、直射日光を好まないので日陰樹が必要だ。
チョコレートの作り方にも何種類かあるが、今回は最も簡単な方法でチョコレートを作ってみようと思う。と言っても、最も簡単なチョコレートを作ることさえ、とてつもなく面倒ではある。このチョコは今後、原始チョコと呼称しよう。
【下準備】
①カカオの実を収穫してから3日後に実の中のカカオ豆を取り出す。およそ一つの実に40粒程度の豆があるらしい。
②取り出した豆の周りにはパルプと呼ばれる白い果肉があるので、それを取らずに6日程度木箱に入れて放置する。これによって発酵が進む。
③発酵が進むと、パルプは液化してなくなり、カカオ豆がチョコレート色っぽく色づいて独特の香りになる。
④最後に乾燥させて水分を減らせば、下準備が完了する。
ここまでは事前に終わらせてあるので、次からは原始チョコレートの製造方法だ。
【原始チョコレートの製造方法】
①120℃のオーブンでだいたい20~30分程度ローストする。
②ローストしたおかげで皮が剥きやすくなっているので、綺麗にとっていく。
③カカオの胚芽を全て取り除く
④重さをはかって、砂糖の量を決定する。今回は豆が200グラムだったので、砂糖は100グラムとした。これでカカオ67%のチョコレートにすることが出来る。
⑤豆を潰して粉々にしていく。
⑥ひたすら粉々にしていくと、脂分が出てくるのでさらにすり潰していく。
⑦途中で砂糖を入れてさらにすり潰していく。
⑧ある程度まとまったら少し熱いくらいのお湯(45~50℃)で湯煎して、ひとまとめにする。
⑨あとは温度を30℃くらいになるまで混ぜ合わせる。空気が入らないようにするのがコツ。
⑩型に流し込むか、一口大の平べったい円状に形作って冷やせば完成だ。
「ご主人様、どうされたのですか?」
「長かった……ここまで大変だとは思わなかったよ……」
俺が一通り作り終え、冷やしているときにぐったりしていたらルナに心配されてしまった。だが、無理もない。
最初くらい極力魔法なしで作ろうと思って自力でカカオをすり潰したのだが、滑らかにするために3時間ぐらいすり続けていた。腕がパンパンになってしまって仕方がない……。
でも、キッチンは魔導具製なのでローストするのは容易かったのが救いだ。計量も面倒だけど、天秤を使ってちゃんと計ったからミスはないはずだ。
「――それが『ちょこれいと』というものなのですか?」
「そうだよ。今は魔法で冷やしているところ。もうそろそろ食べられるんじゃないかな?」
「あ、あの!私も食べたいです!」
「うん、いいよ。でもまだ試作段階だからみんなには内緒だよ?」
「はいっ!えへへ、2人の秘密ですねっ」
ドキッ
不意に向けられたルナの笑顔に思わずドキッとしてしまった。たった2年で物凄く大人っぽくなったルナは、めちゃくちゃに魅力的な女性に成長している。俺なんかにはもったいないくらいの美人さんだ。
「「いただきます」」
一思いに一口で食べた。俺が食べた後にすぐにルナも口へと運ぶ。
「「………………」」
なんというか、不味くはない。どちらかというと美味しいのは間違いないのだが、どうしても舌触りの悪さがぬぐえない。砂糖は多めに入れてみたのだが、それでもワイルドな味わい。ストレートにカカオの強烈なインパクトがある。チョコレートというよりか、カカオ?という印象だ。
こう考えてみたら、地球のチョコレートって物凄く美味しかったんだなと、しみじみ思ってしまう。それでもこれはあくまでも試作の第一歩だ。
俺が微妙だなぁと思っている横で、ルナは静かに天井を見上げていた。やはり彼女も思いのほか微妙で、面食らっただろうか。
「どうだった?やっぱりまだまだ――」
「――世の中には、このような美味なものがあるのですね……」
そっちか。感動して天を仰いでいたというわけだな?しかし、決して不味くはないとはいえ、そこまで感動するものか?いや、もともと甘味の少なかったこの世界では、革新的なものなのかもしれない。
原始チョコでここまで感動できるんだとしたら、ミルクチョコレートやカカオバターを使ったものを作ったら、感動のし過ぎで気を失いそうな気がする。
しかし、俺の目標はチョコレートだけではなく、ケーキにまで発展させることであり、この試作品はただの足掛かりでしかない。
「よし、ルナ。俺はもっともっと美味いチョコを作るから手伝ってくれ!」
「はい!ルナはどこまでもご主人様についていきます!」
なんか意味合いが違うような気がするが、とても嬉しいので何も言わないでおく。
それからというもの、毎日毎日チョコレート作りに明け暮れた。ヨミやミレイちゃん、メイド部隊は冒険者稼業を頑張っている。村の周辺や王都までの街道沿いでも魔物がちょこちょこ出ているらしく、それの駆除に当たってくれている。
ミレイちゃんは冒険者登録していないが、訓練ということで一緒に参加しているみたいだ。ルナはイナギが欠片を吸収するのに体調が本調子じゃないということで、ずっとチョコレート作りを手伝ってくれている。
クインもチョコレートに興味があるのか、極上の蜂蜜を手土産に、一緒に食べるようになった。なんというか、クインも魔物とはいえ女の子なのだと思った。
最近はシアといることの多かったクインだが、こうやって寂しくなったら俺の頭の上に止まりに来る。魔物を間引くさいにレベルが上がっているのか、以前にも増して首元のもふもふがふわふわだ。一日中愛でていられる。
蜂蜜を使ったチョコ、ベリーをチョコでコーティングしたチョコ、チョコにベリーを砕いたものを入れた板チョコ、牛乳を使ったミルクチョコなど、様々な種類のチョコレートを試作した。
「これでカカオの実は一旦無くなったか……」
「残念です。でもたくさん作りましたね!」
『ふるふる』
ルナもクインもすっかりチョコレートの虜になってしまっている。そして、今日はみんなにチョコレートを試食させる会を開く手筈になっている。
せっかくだからと部屋を可愛く装飾したり、皿に綺麗にもったりしてみんなを待っていると、ぞくぞくとやってきた。
両親、メイド部隊、龍族、ルナの家族、そしてレブラントさんまでいる。ウルリカが呼んだに違いない。まぁ、今となってはレブラントさんは身内みたいなものだから、いいんだけどね。少し遅れてアルフとアセナ。極めつきはエゼルミアさんだ。
「えっと、お久しぶりですエゼルミアさん」
「ひさしぶりだね~。一ヶ月ぶりくらい~?」
うーむ、すでに2年近く経っているのだが、やはり時間感覚が全然違うらしい。しかし、ここに来たということはやっと来てくれる気になったということか。アルフが何度も通ってやっとといった感じらしいが、本当に何者なのだろうか。
だが、それはまたあとでだ。今日はチョコレートを楽しまなきゃそんだからな。
『いただきます』
みんな一斉に思い思いすきなチョコレートに手を伸ばした。
そこからは凄かった。しっかり丁寧に味わいながらもどんどんチョコレートが無くなっていく。しかし、その一方でちょっとずつ、惜しむようにちびちび食べている人もいる。
その誰もが幸せそうな顔をしているのだ。あのアルフでさえも。エゼルミアさんに至ってはあまり人に見せられないような顔で食べているので、変にドキドキしてしまった。このチョコには媚薬効果でもあるかと思ったほどだ。
1人あたり10粒用意したところでチョコレートは無くなっている。一応予備もあるが、これはアリスや王女様に渡す用だ。彼女達とは今でもたまに会っている。というか、お菓子を作ってあげている。まぁ、腐れ縁だと思っているのだ。
「アウルちゃんっ!お母さん、これもっと食べたいわ!」
「アウル君、これをぜひ商会で商わせてくれないか!」
バチバチっ
俺の母とレブラントさんの言葉が重なった。2人とも、今となっては普通に会話するくらいに仲良しなのだが、今初めてその均衡が崩れようとしている。
「あーーー!シシリーがネロのチョコ食べたー!」
「ルリリエル!私のチョコを奪うとはいい度胸だ!」
シシリーがネロの、ルリリエルがウルリカのチョコを盗ったらしく言い争いになっている。
俺の父さんとミレイちゃんのお父さん、ルナのお父さんはチョコをアテに酒盛りを始めた。
グラさんは大の甘党なので泣きながらチョコを食べており、レティアはそれを楽しそうに見ながらお腹を撫でている。ティアラはシアとヴィオレと一緒にその辺を走り回っていた。
ミレイちゃんとヨミとルナは我関せずと、楽しそうにチョコを楽しんでいる。
「実にカオスだ……」
だが、こんな騒がしいのも嫌いじゃない。結局、予備にとっておいたチョコも半分以上放出してその場を収めた。生産量は多くないので、売るという話は見送らせてもらったけどね。
細々と更新していきます。
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チョコは市販が美味しいです……笑
 




