ep.118 恋の予感②
おかげさまで、第8回ネット小説大賞で【金賞】を受賞することができました。本当にありがとうございます。
我が家のキッチンは特別製だ。迷宮の古代都市で手に入れた魔導具のおかげで、前世と比べても遜色ないほどに充実している。
両親が作った小麦粉を練り、自家精製した砂糖、最高級オリーブオイル、塩を混ぜてこねていく。チーズメインのピザならば薄生地のほうが美味しいと思うのは俺だけだろうか?
生地がなめらかになってきたところで生地を30分~1時間程度布にくるんで休ませる。この間にトッピングとなるチーズの準備だ。また、このタイミングで鍋に水を入れて湧かしておく。今日のパスタはチーズと卵の簡単パスタにする予定だからね。
白カビチーズや青カビチーズを適当な大きさに切り、普通のチーズも同様に切っていく。それと同時にパスタ用にチーズをおろし金で擦った。今日はまさにチーズ尽くしの夜ご飯になりそうだ。
ピザの準備が完了したら、パスタ用に大葉とニンニクを細かく刻んだ。チーズと大葉のニンニク風味パスタの予定だけど、作ったことがない組み合わせなので美味しくなると良いな。
パスタを茹でている間に大きめのフライパンにたっぷりのオリーブオイルと、ニンニクを入れる。このときに焦って強火にはせずに弱火でじっくりとオリーブオイルにニンニクの匂いを移すだけでも味は格段に上がる。調整用に塩を適量、料理のみの旨味調味料を惜しみなく入れる。
茹で上がったパスタをフライパンに入れて一気に混ぜ合わせ、そこに擦ったチーズをたっぷり入れた。チーズが焦げる前に大皿に移して大葉を盛って完成だ。味見をしてみたけど、ニンニクと大葉の匂いが口いっぱいに広がった後にチーズのまろやかさが押し寄せてきた。かなり良い出来に仕上がって一安心である。味を変えようと思ったら胡椒を一振りするだけで一気に印象が変わる。
次は休ませておいたピザ生地をさっと薄く広げて、オリーブオイルを塗ってからチーズを盛っていく。一面をチーズで埋め尽くしたらオーブンに入れておよそ2分程度。生地はクリスピータイプの物だし、具材もチーズオンリーなのですぐに焼けるのが特徴だ。
「よし、完成だ!」
パスタとピザ以外のスープや、おかずはミレイちゃんが手伝ってくれた。他にも料理を覚えたいのか、ウルリカ以外のメイド部隊の子たちがこぞってキッチンの隅っこにいる。その手にはメモ帳とペンを持って――いなかった。なぜかフォーク片手に立っているのだけど、目的は味見だったようだ。
仕方ないので、味見用に小さい皿に盛ってあげて頷いたら5人一斉に食べ始めている。
「まるで犬みたいだな……」
『呼びましたか、我が主!』
「いや、呼んでないよ。いつもシアと遊んでくれてありがとうね」
『いえ! 我も楽しいので問題ありません!』
犬という単語に反応したのか、ヴィオレがキッチンへやってきたのだ。背中にシアを乗せて。というか、ヴィオレはベヒーモスというかなり強大な存在なのに、最近では犬という立場を受け入れているように思えるんだけど、それでいいのか?
しかし、シアはヴィオレに懐いていて最近だといつも一緒にいる。もはや定位置はヴィオレの上となっているくらいだ。夜もヴィオレと一緒に寝ているらしく、ちょっと寂しい。前は「お兄ちゃんと一緒に寝る!」と言ってくれていたのに……。ヴィオレを仲間にしたのは失敗だったか……?
『ふるふる』
俺の心の中を読み取ったかのようにクインが飛んできて俺の頭の上に乗った。クインは最近さらに首回りがもふもふしてきたけど、もしかして定期的な森での狩りで成長したのかな?最近あまり構えてないし、今度時間を作って2人で森へと遊びに行くとしよう。
「ふふふ、クインくすぐったいよ」
俺の頭を撫でてくれているのかくすぐったい。こんなにも沢山の仲間に恵まれて、俺は本当に幸せだな。さて、ご飯が冷める前に食べなきゃね。
みんなに手伝ってもらってご飯を運ぶ。最近は夜ご飯は俺の両親とミレイちゃんの両親も一緒に取るようになった。今日はメイド部隊の子たちもいるから大勢での食事となる。相変わらず食事は騒がしいけど、全然嫌じゃない。今日はレブラントさんもいるから、ちょっとは落ち着いてくれると良いけど……。
そんなわけなかった。
俺とミレイちゃんの両親は安定に酒を飲みながら盛り上がっているし、メイド部隊は戦争のようにご飯を奪い合っている。というか、ご飯を食べるだけなのに身体強化を使うのは止めなさい。いつもならウルリカもあれに参加しているのに、今日は大人しく優雅にご飯を食べている。
我が家は基本的に決まった座席というのはない。強いて言うなら俺の周りにはルナ・ヨミ・ミレイちゃんの3人がいるくらいだ。それ以外は適当に座っているのだが、レブラントさんは今日は俺の前の席に座ってもらっている。そしてその横にはウルリカ。さっきからウルリカがずっとレブラントさんのお世話をしてくれているようだ。今だってかいがいしく……
……あれ、ひょっとして。
え? そういうこと? そういうことなの? もしかして、もしかするの?
特に言葉にはしないけど目線でルナたちに訴えかけたら、3人とも笑顔で頷いている。というかちょっと馬鹿にしているようにも見えるんですけど。みんなとっくに気づいてたってことだよね。くそ、俺だけが仲間はずれにされていたってことか。
でも、ウルリカとレブラントさんか。ウルリカは元々商家の出自だから、王都で成功しているレブラントさんは、ある意味で玉の輿とも言える。メイドや冒険者業を楽しんでいたみたいだけど、やっぱり心のどこかでもう一度商売をしたいと思っていたのだろうか。
聞いてみないと分からないけど、あまり2人の関係に水は差したくない。ここは、メイド部隊の主としてウルリカにいいパスをしてあげたいところだ。
「そういえば、レブラントさんにお願いがあるのですが」
「アウル君のお願いかい? どんなお願いなんだい?」
「はい、実は将来ひっそりと農家をやるつもりなんですが、それ以外にもいろんな将来の可能性というのを確保しておきたいんです。俺はまだやることがたくさんあるので無理ですけど、うちのメイド部隊の誰かをレブラント商会で働かせて欲しいんですよ」
「!! な、なるほど? 実際に働いて商業のノウハウを身につけるということですね?」
「そういうことです。もちろん無理にとは言いませんし、うちも誰か希望する人がいれば少しの間お願いしたい、というくらいなので」
「他でもないアウル君のお願いですし、もちろん構いませんよ。それで、誰か希望する人は――」
「――はい!」
我を見よと言わんばかりにウルリカが手を上げている。『はい』の声が大きすぎたせいで、さっきまで騒いでいたメイド部隊もうちの両親たちも、みんながウルリカに注目してしまった。結果として、みんなの視線が注がれたせいで見る見る顔が赤くなってしまった。しかし、それでも上げた手は下げようとしない。……代わりに顔だけはどんどん下を向いてしまったが。
見ているこっちとしても、とてもほっこりさせてもらった。俺の母とオリビアさんなんてもうニヤニヤが止まっていないし、一気にみんなに知れ渡ってしまったのは可哀想なことをしちゃったかな?
「じゃあ、ウルリカにその役目を頼むよ」
「はい。一生懸命頑張らせて頂きます。レ、レブラント様、よろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
ルナとヨミとミレイちゃんの3人が、俺の方にサムズアップしているのが目に入った。我ながらナイスパスを出したと思う。これは俺の持論だけど、恋は一緒にいる時間が長ければ長いほど実りやすいと思う。ウルリカに留まらず、他のみんなにもどんどん自分の人生を生きてほしいな。
「じゃあ、ウルリカに変わって当分の間はルリリエルがリーダーをやってくれ。その辺の引き継ぎは任せるよ」
「「はい!」」
このあとは再び食事へと戻った。チーズピザにクインが分けてくれた蜂蜜をたっぷりとかけて食べてみたが、もの凄く美味しかった。チーズの塩味と蜂蜜の豊かな甘味が、言葉にできないほどのシンフォニーを奏でている。思った通り、特にゴルゴンゾーラと蜂蜜の相性はバッチリだった。
レブラントさんも感動したのか、ピザへと手が進んでいた。これだけ勧めたのだから、きっとまた仕入れてきてくれるに違いない。ふふふふ、我ながら策士だぜ。
もちろんパスタも美味しかった。大葉のさっぱり感とチーズのコク、ニンニクの風味が絡み合って暴力的なまでの美味しさだった。初めて作ったレシピだったけど、これは一軍入りだな。
その後も楽しい夕食会は続き、きりのいいところでこの日の夕食会はお開きとなった。しかし、俺は忘れていない。
「ウルリカ、ルリリエル。こっちに来てもらえるかな」
「はい……」
「ひぇ……」
俺が本気目に説教しようと思っていたのだが、それ以上にノリノリのヨミのせいでそれどころではなかった。なんというか、みんながどうしてヨミを恐れるのかの一端を知ってしまった気がする。これ以上のことは俺の口からは恐ろしくて言えない……。
この夜、2人の悲鳴が響いていたのは言うまでもない。
後日談だが、クラン名は「愉快なメイド隊」に変更されたと聞いた。頑なに『愉快な』は譲らなかったそうだ。さらに、名前を変えた副次的な効果として、普通のメイドがクランに入りたいと志願してくるようになったとか。今のところは中途半端な意志のメイドや、どこかの貴族の息がかかったメイドらしいので断っているそうだが、お眼鏡に適えばクランに入れることを許可して欲しいといわれた。何故俺に聞くのかはわからないが、確かに面倒ごとを減らすという意味では、効果はありそうだ。
◇◇◇
僕がこの世界に来て3週間が経過した。魔法を習い始めた最初は戸惑ったが、今ではその非日常感ゆえにハマってしまい、毎日意識が飛ぶまで魔法の練習をしている。イシュタルは心配してくれているが、意識を飛ばすまで魔法を酷使した次の日は今まで以上に魔法が使えるようになるのだ。
これは間違いなくMP的な何かが成長しているからだと考えている。このことから察するに、この世界にはステータスという概念は存在する。ただし、周囲を見ている限りその事実は広まっていない、または知られていないのだろう。
このことを知ることができたのは僥倖だった。そうと分かれば魔力を使い続けるのが一番効率が良い。僕がちょっとだけ指示やレシピを渡したおかげで、食事レベルも改善しているし、住み心地はかなり良くなってきている。
そういえば昨日、ライヤード王国というところにはベーコンやクッキーを売っている商会があると聞いた。
気のせいだったらいいのだが、もしかしたらこの世界には僕以外の転移者、もしくは転生者がいるかもしれない。だとしたら、早い内にそいつとは接触しておきたいところだ。邪悪なことを考えなければいいが、もし力に溺れて暴れられたら僕の世界が滅茶苦茶だ。
もう少し今の訓練を頑張って力を貯めたら、お披露目という形で近隣諸国を回った方が良いかもしれないな。僕に害をなさないのならば生かしてやっても良いが、僕の異世界ライフを脅かすやつがいるなら消すだけだ。この世界を救うためには多少の犠牲は仕方ない。
「勇者様、魔法の訓練は順調だと聞き及びました。それでどうですかな、そろそろ迷宮へと行ってもよろしいのでは?」
迷宮、か。確かにそろそろ実戦を経験しておくのも悪くない。それに、魔物とやらを倒せば経験値が得られる可能性が高い。そうすれば僕は一気に強くなれるだろう。教皇もはやく僕に強くなって欲しそうだし、やはり目に見える形での成果がほしいところでもある。
「わかりました。では3日後に迷宮へと行きましょう」
「それは良かった! パーティには騎士団長と魔導士団長をお供させましょう」
「それは助かります!」
この国で一番近くにある迷宮は確か白武器とかいう高性能武器が手に入るらしいし、もしかしたら聖剣クラスの武器を手に入れてしまう可能性もある。なんてったって僕は『選ばれし勇者』だからね。
ゆっくりと更新していきます。
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活動報告にて表紙を載せておりますので、見ていただけたら嬉しいです! あ、7/30発売予定らしいです!




