ep.117 恋の予感①
村の人口が増え、ちょっとずつ栄えてきたおかげで、オーネン村に商店ができた。まだまだ町と呼ぶには人も少ないし、村も整備されていない。道は未だに砂利道だしね。
それでも、村の発展の第一歩となる記念すべきことなのだ。レブラントさんとは仲が良いけど、それ以前にあの人は商人だ。自分の感情に流されて、利にならないことはしないだろう。つまり、レブラントさんはこの村に商店を出しても利益が出ると判断してくれたということになる。その期待に応えるためにも、もう少し頑張りたいところだな。
正確では無いかもしれないけど、今では800人くらいにまで増えていたはずだ。昔が400人くらいだったことを考えるともの凄い進歩だと思う。やってくる人のほとんどは他の村から来た農民だ。
ランドルフ辺境伯領は他領に比べると圧倒的に税が安い。それに、この村はスタンピード被害が出なかったという噂も大きい。何より、飢える心配がないという話が広まったせいもあって、全てを賭けて引っ越してくる人が多いそうだ。
まぁ、俺がたまに森で狩ってきた肉を配ることもあったから、噂に尾ひれがついて広まったのだろう。ただ、飢えて自分の子供を奴隷として売りに出したりという話は聞かなくなった。聞いて気分のいい話ではないが、そういったことが無かったわけではない。
それも今では聞かなくなったし、最近だと子供の数も増えてきたそうだ。これはちょっとずつみんなの生活水準が向上しているおかげだろう。
そして、明日はレブラント商会が村にできたことを祝う日である。もうすぐ村に着く予定となっており、我が家に宿泊予定だ。積もる話もあることだし、お礼もしたい。
村に商店ができるということは、それだけ感動するということなのだ。なにせ、いつでも気軽に買い物にいけるようになるんだからな。それに買い取りも行うらしいので、その便利さはひとしおだ。ただ、常に商品があるかと言われたらそれも違う。あくまである程度の商品はあっても、なんでもあるわけではない。
ないものは注文することで王都の本店から商品が来るということである。それでも前までの3週間~4週間に一回の行商よりはかなり良くなる。これを機にどんどん発展していけば、ランドルフ辺境伯から褒賞なんかも考えられる。そうなったらいよいよ町と名乗ってもおかしくなくなる。
「オーネン町か……。違和感が凄いな」
人が増えてもこの豊かな自然は守っていきたい。そのためにも居住区の整備なんかが必要になってくるな。今はまだ土地が余っているから適当なところに家を建てて畑を耕せばよかったけど、今後は農民以外の人も来るだろう。
居住区と商業区が合わさったような町の核となる部分の整備か。ちょっと面倒そうだけど面白そうだ。村長に言って俺も一枚噛ませてもらおうかな。自分の住む町だし住みにくい町になってほしくない。それだったら前世の知識を生かして素敵な町つくりをしてやろうじゃないの。
「おっ、あの馬車はレブラントさんのかな?」
試しに手を振ってみると、レブラントさんらしき人が手を振り返してくれた。それ以上に周囲を歩いているシシリーが、手がもげそうなほどに振っている。いつでもどこでも元気いっぱいのようで面白い。保護する前と後では比べ物にならないな。レブラントさんとシシリーに目が行って気づくのが遅れたけど、護衛についているのはウルリカ、ルリリエル、シシリー、ターニャの4人だ。
確か、ルリリエル・シシリー・ターニャの3人がチームだったと思ったけど、今日はウルリカもいるのか。心配で護衛についたのかな?
「やあ、アウル君。君のクランメンバーには世話になったよ。おかげで無事にここまで来られた」
「「「「あっっ!」」」」
「クランメンバー?」
「あれ、聞いていないのかい?」
俺とレブラントさんの視線がバトルメイド4人に向けられた。クランっていったら冒険者の集まりというか大きな括りでのチーム的なやつだよな。ルナとヨミからは聞いていないし、いつの間に結成したんだ?
「はい、そうみたいです」
「ウルリカさんをトップとしたクランみたいだよ。確か名前が――」
「「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」」
レブラントさんがクラン名を言おうとしたら、4人が面白いくらい慌てている。みんなの様子を見るだけで禄でもないクラン名だというのが伝わってくる。
「みんなはちょっと静かにしてて。で、なんて言うんですか?」
「確か、『若様と愉快なメイドたち』だったような……。あ、アウル君が若様かっ!」
ぬおおおおおおお?!なにその小恥ずかしいクラン名!なにより俺冒険者じゃないし!
きっ、とメイド部隊の4人に視線を移す。その誰もが俺の視線を受けまいとそっぽを向いている。シシリーを除いて。
「……シシリー、この小恥ずかしい名前のクラン名は誰が考えてくれたのか教えて?」
「えっと、確かウルリカとルリリエルが楽しそうに決めてました!」
いつもの素晴らしい笑顔で教えてくくれてありがとう。こういうときにシシリーがいると本当に助かるな。あとでウルリカとルリリエルにはたっぷりと地獄を見てもらうとしよう。それも楽しそうに決めているとか、確信犯ということだろ? 余計にたちが悪い。
「ウルリカ、ルリリエル、あとで覚えておいてね。ヨミと一緒にお説教だ」
「ヨミお姉さまは勘弁していただきたいです……」
ウルリカはヨミが怖いのか? 本当に怖がっているようにも見える。ヨミはいったいどんな教育をしたのか聞いてみたいな。まぁ、怖いから聞かないけど。
「ひぇっ……。お、お手柔らかにお願いしましゅ……。なにぶん、2人から責められる初めてなもので……」
なぜか頭の中がピンクな回答にも聞こえるけど、スルーさせてもらおう。
それにしてもルリリエルといいウルリカといい、みんなそれぞれ楽しんでいるみたいだな。メイド部隊になんかなって嫌になっている人がいてもおかしくないかと思ってたのに。特にルリリエルなんて元貴族のお嬢様だ。
そんな子がメイドなんてしているのをなんとも思っていないとは考にくかったけど、現状で満足しているのだろうか。今後についても聞きたいし、今度みんなと面談でもしてみよう。そろそろ結婚したいとか考えていてもおかしくなさそうだしね。
「まぁまぁ、アウル君。ウルリカさんたちもきっと悪気があったわけじゃないんだよ。私もクラン名が独特で分かりやすくてすぐに依頼出来たくらいさ」
ん?んんー?
「……レブラントさん、なんか妙に彼女たちの肩を持ちますね。来る途中になにかあったんですか?」
「ええっ!?いや、来る途中には何もないよ、アウル君!ほ、ほら!早く行こうか!今日は珍しいお土産を持ってきたんだ」
来る途中に『は』ね。怪しい。非常に怪しい。割といつもポーカーフェイスのレブラントさんだけど、あんなに分かりやすく狼狽えるなんて非常に怪しい。
じー
「若様~!シシリー少し疲れたので早くお屋敷へ参りましょう~!」
……ちっ、仕方ない。ここは一旦引くとしよう。だが、なんとなく怪しいのは間違いない。
レブラントさんと一緒に屋敷へと戻り、ひとまず休憩することにした。屋敷へ戻るとミレイちゃんがアイスティーを淹れてくれていた。コップの数が人数分あるのでみんなが来たのを察して淹れてくれたのだろう。ミレイちゃんは本当に気が利くいい子だ。
改めてじっと見てみると、可愛いフリルのついた淡いクリーム色のエプロンが良く似合っている。よく見るとところどころに小さく花柄の刺繍がされていて、とても良くできたエプロンだ。アイスティーを運んだ時に使ったお盆を胸の前で抱えながら、俺のほうを見て首をかしげている。頭の上に可愛く「?」が浮いて見えたのは気のせいではないよね?
「今日も可愛い……」
「も、もう!……このエプロン、どう?ターニャが作ってくれたの」
無意識のうちに声を出してしまったか!だけど事実だからしかたがない。顔を真っ赤にさせて俯いているけど、どこかに逃げるようなことはしない。胸の前に抱えていたお盆をからだの後ろで持ち、こちらをチラチラと窺っている様子がまたとても可愛い。
「とてもよく似合ってるよ」
俺の返答に満足いったのか「えへへ」と言い残してキッチンのほうへと行ってしまった。うーん、なんで女の子のエプロン姿ってあんなにも可愛いんだろうか。不思議だ。にしてもターニャは凄いな。あれを売り出したらすぐに完売してしまいそうだ。
「オホンッ!なんだか急に『熱い』からアイスティーは嬉しいよ。うん、甘さ控えめで飲みやすいね!」
みんなが頷きながらアイスティーを飲んでいるけど、そんなに『暑い』か?それに、メイド部隊の子たちは甘い紅茶のほうが好きだと思ってたけど、アイスティーは別なのかな。
「そういえばレブラントさん。勇者の件ってなにか分かりましたか?」
「あぁ、やっぱり気になるよね。まだ確証があるわけじゃないけど、どうやら勇者はかなり魔法が堪能らしい。なんでも6属性も適性属性があったそうだよ」
6属性か。さすがは勇者様だな。創造神様にいろいろと優遇された体というわけでもないのに、そこまで使えるのはかなり凄いのでは? あれ、でもルナもヨミも4属性に適性があった。適性とはいかなくても2属性が一応使えるレベルにあった。こう考えたら2人ってかなり凄いんじゃないか?
「へぇ……。そういえばそういう情報ってどこから仕入れてるんですか?機密情報っぽいような気がするんですけど」
「あははは、それはアウル君でも教えられないな。商人っていうのは情報が命だからね」
……レブラントさんは敵に回さないほうが賢明だな。なんだか、屋敷にある転移盤もすぐにバレそうで怖い。これから使うときはもっと気を付けなきゃ。
「それで、勇者召喚された理由なんかは分かったんですか?」
「それについてはかなり情報規制されているみたいでね。未だにはっきりとはわかっていないんだ。ただ……」
「ただ?」
「過去に勇者召喚は2回されているらしいんだけど、1回目は魔王が世界統一を目論んで国に攻め込んできたとき。2回目は邪神が世界を破滅させようとしたときみたいなんだ」
「!!」
魔王の世界統一……邪神の復活……?なんだかどちらも身に覚えがあるんだが。闇ギルドは確か魔王の手下によるものだったし、邪神の欠片集めは現在進行形で俺がやっている。アルフが魔王のほうはいずれ対応すると言っていたけど、どうなったんだろうか。それも確認しないといけないな……。
「どっちにしろ何かが起ころうとしているのは間違いないし、これからも情報は集めておくよ」
「はい、お願いします……」
でも俺がやっているのは邪神を復活させないようにしつつ、欠片を集めているのだから復活するとは思えない。それとも何か別の思惑があるとか?いや、情報が少ないうちでこれ以上の推測は無駄だな。
「レブラント様、お部屋の準備ができました。私が案内しますのでこちらへどうぞ」
「ありがとう、ウルリカさん」
「・・・・・・」
ウルリカがレブラントさんを部屋へと案内していった。思わず無言で見送ってしまうほど彼女は真面目だ。ルリリエルやシシリーは未だにソファーでアイスティーを飲みながらお菓子を食べている。さすがはメイド部隊のリーダーだ。だからと言ってクラン名のことは許さないけどね。
「ウルリカは本当に真面目だね」
冗談の皮肉もこめて座っているみんなに投げかけたけど、よくわからない言葉が3人からから返ってきた。
「若様は優しいのに鈍感なのが玉に瑕ですね」
「シシリーでもわかるですよ若様~」
「近いうちに勝負服でも作ってあげないといけないですね……」
いったいなんだっていうんだ?
「ただいま帰りました!」
「うふふ、アウル様に会いたくて急いで帰ってきてしまいました。あら?」
考えているとルナとヨミが帰ってきた。それと同時に、案内を終えたウルリカとレブラントさんもリビングに戻ってきた。
「そういうことですか」
「あらあら、うふふ。アウル様、これから楽しくなりそうですね」
2人は何かを察したようだけど、なんか俺だけ除け者にされているみたいで居心地が悪い。聞いても教えてくれなさそうだし、今は一旦諦めるとしよう。
「ウルリカとルリリエルは夕食を食べた後に集合ね。『クラン名』について聞きたいことがあるから。あ、ヨミも一緒に来てね」
「は、はい……」
「ひぇ……」
「ふふ、かしこまりました」
やはりヨミに異常なほど怯えているな。何かあったらヨミに頼れば全部解決しそうだな。
そのあと、他愛無い話をしたり聞いたりして時間を潰した。レブラントさんが用意したという珍しいお土産というのは、チーズだった。それも普通のチーズではない。いわゆるカビチーズと呼ばれるものだった。それも白カビと青カビの2種類ある。これは本当に珍しいお土産をもらったもんだ。青カビチーズにいたっては間違いなくゴルゴンゾーラだろう。しかもどちらも大きな塊をもらえたから料理にも普通に使えそうだな。
豆知識として、ゴルゴンゾーラには種類がある。甘口のドルチェ、辛口のピカンテの2種類だ。ドルチェは甘くてミルクの風味が強くそこまで臭くない。フルーツと一緒に食べたり蜂蜜をかけて食べるのがとても合う。それに対してピカンテは青カビの量も多い上に匂いも味も独特である。ピザに乗せて焼き、蜂蜜をかけて食べるのが美味しい。
そして、今回もらったのはピカンテのほうだろう。青カビも多いみたいだしね。でもこの世界でそんなことが出来る人がいるものなのか? もしかして過去にこの世界にきた誰かが広めたのかもしれないな。真相は分からないけどグッジョブだ。
「レブラントさん、夜ご飯はぜひ楽しみにしててください。このチーズを使って最高のご飯を作りますよ」
今日の夜ご飯はチーズをふんだんに使ったピザとパスタだ。
ゆっくりと更新していきます。
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