ep.116 勇者召喚
「ってことがあったんですよ……」
「あははは、雪崩に巻き込まれるとは凄いね。それでも無事なのはアウル君らしいよ」
「まぁ、後先考えずに大技使ったせいなんですけどね」
昨日の雪崩のことをレブラントさんに愚痴ったのだが、すぐに笑われてしまった。雪崩と言えば巻き込まれたら一大事という概念があるせいで、昨日は相当に焦ってしまったからな。軽症で済んだのは本当に運がよかった。
「無事で何よりさ。それで、今日はどうしたんだい?」
「そうでした。先日、家の留守を任せてしまったのでそのお礼に来ました」
「お礼だなんてそんな。むしろ世話になっているのは私のほうだというのに。それでも、貰えるのなら貰っておこうかな。アウル君のお礼はいつも凄いからね」
なんだかハードルを上げられている気がするが、今日持ってきたのはレブラントさんが思っているようなものではないはずだ。
「今日はちょっとしたものですよ。――これです」
「これは……竜の鱗かい?」
「多分そうだと思います」
俺が持ってきたのは、アザレ霊山の主から取れた強固な岩のような鱗だ。一枚だけでも直径50cmぐらいある。それを10枚ほど持ってきたのだ。何に使えるかどうかは分からないが、滅多に手に入らない素材なのは間違いない。きっとレブラントさんなら喜ぶと思ったのだ。ただ、竜かどうかと言われると自信はないが。
「詳しくないけど、希少なのは間違いないみたいだ。うん、ありがたく貰っておくよ」
「はい。そういえば、最近村のほうに来てないみたいですけど、何かあったんですか?」
「あぁ、新店舗も出したというのに、ほとんど行けてないのには理由があるんだ。なんでも、宗教国家ワイゼラスが勇者召喚をしたみたいでね。それの情報収集なんかをしていたんだよ。……もし戦争となったら身の振り方を考えないといけないからね」
勇者召喚……? なんだかまた嫌な予感がするな。当分の間は王都に来ないほうがよさそうだ。
「なんだかきな臭いですね。村の人たちも待ってるんで、落ち着いたらぜひ来てください。みんなで開店祝いをしましょう!」
「おお、それはいいね! ただ、冒険者たちも勇者召喚の噂を聞きつけたのかいろいろと動き始めているらしい。そのせいかは分からないけど、魔物が討伐されなくて増えてきているそうだ。安全が確認出来たらなるべく早く向かうよ」
「わかりました。なんだったら俺のメンバーに依頼を出してくれれば言っておきますよ?」
「言われてみればそうだね。考えておくよ」
それにしても勇者召喚か。なんのためにそんなものを呼び出したかは分からないけど、このまま何も起こらないとは考えにくい。何事もないといいけど……。
◇◇◇
僕が『アルトリア』にきて、はや1週間が経過した。最初は文化レベルの低さに辟易したが、今では慣れたものだ。それに悪いことばかりじゃない。
「勇者様~、はやくぅ~!」
「あぁ、今行く」
彼女の名前はイシュタル。こっちの世界の文化や言葉などを教えてくれる教師的な存在だ。彼女は20歳と若いのに色々としっかりしており、とても勉強がはかどっている。こっちの文字については概ね覚えることが出来たのも、半分は彼女のおかげだ。
「じゃあ問題。この文章を読んでみて?」
「! イシュタルは本当に……。これは『激しくキスして』だ」
彼女が何かを言う前に僕が彼女の口をふさいだ。彼女は頭も良く容姿も優れており、なによりエロい。地球でも僕に言い寄ってくる女はたくさんいたけど、ここまで完璧な女性はいなかった。みんな頭が悪かったり、化粧でごまかす女ばかり。それに下心が透けて見えていたのも嫌だった。
だが彼女は違う。最初こそ教皇の送り込んできた監視役かと思ったけど、彼女の態度からはそんなものは感じられない。一緒にいて安心するし、下心を感じない。俺が勇者だからかもしれないけど、精いっぱい支えたいと言ってくれたのだ。その言葉に嘘偽りなど微塵も感じない。
「うふふっ、勇者様もキスが上手くなったわね。今日で文字の勉強も一通り終わりよ。今度からはこの世界の文化についてもっと詳しく学んでいきましょうね」
「やっとだね。今からとっても楽しみだよ」
「今度はこの世界の歴史なんかが書かれた本を持ってくるわね」
「ありがとうイシュタル」
今日の勉強が終わり、彼女は帰ってしまった。最近は彼女とずっと一緒にいて爛れた生活を送っていた。自分はなんでもできると思っていたのに、終始彼女からリードを奪うことはできなかった。まぁ、それが彼女を気に入った理由でもあるのだが。
明日からは実践も開始すると聞いた。待ちに待った魔法や武器を使った訓練になるのだ。俺にどんな力が眠っているかは分からないが、間違いなく一級品の力が眠っているはずだ。全属性使えたら全員驚くのだろうな。格闘技もやったことはないが、スポーツは練習していないのに人並み以上にできた。きっと格闘技も練習すればすぐにできるようになるに違ういない。
次の日、久しぶりに一人で目覚めた。ここ最近はイシュタルと夜通し言葉や実技の勉強していたから、一人で起きるのは初日を除けば2回目だ。今思えば望んで異世界に来たとはいえ、知らない土地に来て心細かったのかもしれない。そんな俺の心の隙間をイシュタルは身を挺して埋めてくれた。彼女にはいつか確かな形で報いたいものだ。
「勇者様、教皇様がお待ちでございます」
「分かった、今行くと伝えてくれ」
この勇者様と呼ばれるのはなかなか慣れなかったから、名前で呼んでもらうように言ったのだが、『誰がどこで聞いているかわかりません。それに。この世界では呪いというものもあって、あまり名前は公表しないほうがいいかと思いまして』と教皇に言われてしまった。確かに情報の漏洩はするべきではないと納得してしまった。
地球で言えば呪いなど、迷信でしかないと思っていたがこの世界では違う。俺の持っている常識はこの世界では通用しないことも多々あるだろうから、なるべく早く順応できるようにしなければ。
「遅くなり申し訳ありません。ただいま参りました」
「朝早くに申し訳ない、勇者様に魔法や武術を教える者たちを紹介したかったのです。右が騎士団長、左が魔導士団長です。どちらもこの国の最高戦力の一人ですので、必ずや勇者様のお力になれるでしょう」
「素晴らしい方々に師事できるのは、僕としても幸いです。ありがとうございます」
ある程度の人材はつけてくれると考えていたが、まさかこの国の最高戦力をポンと出してくるとはな。怪しい部分はあるけど、教皇が邪神の復活を防ぎたいというのはあながち嘘でもないみたいだな。イシュタルが教えてくれた内容もそんな感じだったし、あとは歴史を勉強して書物を読み漁らなければ。僕の考え過ぎかもしれないけど、利用されるだけは御免だ。
「では勇者様、今日は魔法の訓練から始めましょうか」
「わかりました――と言いたいところですが、僕の魔法適正なんかは調べられるのですか?」
「ご安心下さい、各属性の魔晶石をご用意しております。これを持って魔力を流し、強く魔晶石が輝けば適正属性となります」
なるほど。どういう原理かは分からないけど、適正属性については調べられるというわけか。差し出された魔晶石は全部で8つ。というか、どうやったら魔力を流せるんだろう。こうか?
机の上にあった綺麗な赤色の魔晶石を手に持ち、腹から力を込める。
「おお、火属性の魔晶石がこんなにも輝くとは!勇者様は魔法の才能がおありですね。是非とも他の魔晶石も試してみて下され」
魔導士団長に促されるがままに次々と魔晶石に魔力を流していく。魔導士団長が言うには、そもそも魔力を使ったことの無い人間が魔力を流すことすら難しいそうだ。自慢にはならないが、やはり僕はこの世界でも凄いのかもしれない。
魔導士団長が用意してくれた魔晶石8このうち、6個も光ったのだ。その中でも特に光ったのは『火・水・風・無』の4つ。あとは土と氷がやや光ったのだ。8個用意されたもののうち、6個も光るというのはかなり凄いのではないか?
「まさか6個も光るとは……。流石は勇者様!一流の魔道士でも最高5つと呼ばれているのに、それを軽々と越えてくるとは感服いたしました。各属性の魔法は後ほどお教えいたしますので、まずは魔力を制御するための訓練から始めましょう」
ここでも僕は人並み以上にできてしまうみたいだ。一流でさえ5つだというのだから、僕はこの世界でも指折りの魔法使いといことだろう。だが、素質があるというだけで能力値は低い。イシュタルが言うにはこの世界には迷宮と呼ばれる物があるらしいし、訓練をするところには困らない。はやる気持ちはあるが、ここは基礎を固めるのが先決だ。自分の能力に溺れるような馬鹿な勇者にはなっていけないのだ。そんな失敗は地球のラノベでよく読んだし、そんなの小説の中での話だけだからな。実際はもっと堅実に生きるべきなのだ。
力なき者がいきなり力を持つことほど危うい物はない。その点俺は問題ない。
「わかりました。一歩ずつ着実にやりましょう」
待っていろよ邪神。僕が討ち滅ぼして、この世界を救うための踏み台になってもらうぜ。
ゆっくりと更新していきます。
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