ep.114 秘密基地
第一の封印から欠片の回収に成功した。あのホールに近づける人間がいるとは思えないけど、念のために入り口は閉じておいた。何かあってからでは遅いからね。
今日はあれからすでに数日が経っている。
あれからはひとまず、のんびりとした日々を送っている。畑に種を蒔いたり、牛の世話をしたり。まさにスローライフというやつだ。ルナとヨミは王都に、最近手に入れたアースリザードを売りに行ってくれている。面倒なので解体もギルドにしてもらうことにして、必要な分だけの素材をもらう予定だ。
ミレイちゃんはシアと一緒に遊んでいるし、今の俺にはやることがあまりない。ヴィオレとクインは一緒に森に遊びに行っているから、本当に1人だけだ。
「こんなに1人なのは久しぶりだな」
特製のロッキングチェアーに座り、家の庭でひなたぼっこをするこの贅沢。まさに筆舌に尽くしがたい。カカオも植えてはいるし、毎日魔法で成長させてはいるものの、未だ収穫には至っていない。あと1ヶ月もあれば最初の収穫にはこぎつけられるだろうから、もう少しの辛抱だ。
王都に行ってメイド部隊の子たちと狩りにでも行こうかと思ったけど、こんなのんびりした陽気に包まれていると、そんな気もどこかに行ってしまった。
「そうだ、小高い木に秘密基地を作ろう」
せっかくこんなにのどかなのに、その景色を楽しむための場所が無い。これはゆゆしき事態である。こんなときはツリーハウスをつくって良い景色を楽しむしかない。これは最優先事項である。
木材は足りているけど、問題は小高い木だ。というかツリーハウスに必要なのは木というより樹だな。家の周りにある木は太くないのが多い。
「お、この樹が良さそうだな」
若い木に囲まれるようにして生えている立派な樹。樹齢はそこそこいっているだろう。この樹ならば高さも申し分ないし、立派なツリーハウスが作れるはずだ。ざっと見積もっても、樹高は30mはあるか?枝の生え方も絶妙だし、これだけ高ければ夢の三階建てツリーハウスが作れそうだ。
ホストツリーと呼ばれる樹を中央に配置し、その四方を囲むように木を残して伐採する。伐採しすぎると直ぐに見つかってしまうので適度に、だが。
ホストツリーと四方のサブツリーの高さが一緒になる位置に、基礎となる木を渡す。このとき、基礎となる木が動かないようにしっかりと楔を打ち込むのが重要だ。ボルトや鉄製の釘なんかがあればいいのだが、ないので木製の楔を使っている。
基礎となる木を設置したら、床板を張るための木を等間隔に設置する。あとは平板を張っていけばデッキの完成だ。
木材はあったといえ、ここまで作るのに約1時間半。身体強化が使えるとここまで作業がはやくできるとは思わなかった。
同じ要領で2階と3階のデッキを作成していると、昼の時間も忘れて作業に没頭してしまった。しかし、集中して作ったお陰でかなり出来は良いだろう。全ての階がおよそ10畳くらいの広さがある。全部で30畳あるかなり広いツリーハウスだ。
サイドデッキに腰掛けながら、パンをかじる。1階でさえ地上3mくらいある。2階で8m、3階で12mだ。空さえ飛ばなければこれくらいの高さでも問題ない。地上12mの高さから見る景色は格別だな。
よし、さっさと壁と天井を作ってしまおう。
まずは支柱を立てて、次に壁板を張っていく。壁板を張りながら思うのは、やはり釘の存在だ。今度ガルさんに頼んで作ってもらおう。探せば売っているんだろうけど、その耐久性が信用できない。この世界で作られた釘とか、直ぐに壊れてしまいそうだからな。なので、床板や壁板は木釘もどきをつくって使っている。この2年間で冬の暇なときに作っておいて良かった。
にしても、迷宮産の木は木釘に使えるくらい硬くて丈夫なものばかりだけど、魔力の影響なのだろうか?
放っておけばまた生えているし、不思議なことばかりだ。俺としては助かるからいいのだけど。
さらに黙々と作業をすること数時間、殺風景ではあるが一応三階建てのツリーハウスが完成した。家具を設置していけば充実した建物になる気がする。
本棚とソファーは買い置きがあるし、ロッキングチェアーは各階に数個ずつ配置した。階を結ぶ階段は、ホストツリーを利用して螺旋階段にしてある。ちょっとお洒落な感じだ。
テーブルは余った端材でそれっぽいのを作ってみた。ちょうど円形の木材があったから、それをつかってナチュラルな感じに仕上げた。というか、思った以上に高級感があるから家具職人としてもやっていけるかも。
「1日で三階建てのツリーハウスができてしまうとは……。恐るべし身体強化魔法」
三階建てとはいえ、割とシンプルなつくりだから材料さえあればそこまで大変というわけでもない。高いところの作業は、土属性の魔法で地面を盛り上げればいいだけだし。
明日以降にブランコをつけたり、ちょっとした遊具をつくろう。あとはクイン達のために巣を作るための場所を整備しなきゃ。ここなら家からすぐだし、クインの仲間もここに住んでもらえたら安心できる。
「アウル、こんなところにいたんだ」
「ミレイちゃん? よくここが分かったね」
「へへへ、これでも空間把握の練習してるからね」
「それはそれは。御見それしました」
「うわぁ~! とってもいい景色ね! この村にこんな一面があったなんて知らなかったなぁ」
どの階も同様だけど、壁の一部を作らずに柵のみにしている。いわゆるサイドデッキ状態にして景色を楽しめるようにしていた。
そしてちょうど3階のサイドデッキで夕暮れのオーネン村を眺めているときに、背後からミレイちゃんに声をかけられたのだ。
高所から見る夕日に染まった村は、いつもとは全く違う景色に見える。畑仕事を終えて帰る村人や、いまだに遊んでいる子供たち。道中で話し込む奥様方。
見方を変えるだけでこんなにも新鮮になるのだから素晴らしいものだ。この平和な景色をいつまでも守りたいと思う。
「いい景色だよね。この景色をミレイちゃんと最初に見られて良かった」
「え、えぇ、そうね! ……もう、不意打ちはずるいよ。私だけドキドキして悔しいじゃない」
「? 何か言った?」
「別に! ほら、そろそろ夜ご飯を作る時間よ。今日はメイド部隊の子たちが来るんだし、たくさん料理作らなきゃ!」
「そうだね。みんなには頑張ってもらっているし、労ってあげなきゃね」
今日はメイド部隊の人たちが俺の家へ来ることになっている。一応、第一の封印から無事に欠片を抽出したことを祝おうというのが事の発端だ。
これはあくまで発端であって、本懐というわけではない。これはルナとヨミから言われたことだが、この2年間でメイド部隊の彼女たちを見定めていたらしいのだ。
もともと奴隷でもなかった彼女達は、信頼を置くには怪しかったそうだ。なので、働きぶりやいつもの生活を見て人となりや不審点がないか調べたというわけらしい。
そして、喜ばしいことにその心配もなくなったのでこうして本当の意味でのパーティーを催すという運びとなった。
ルナとヨミが王都でアースリザードを売ったついでにみんなを連れてくる手筈になっている。王都の家の管理は、数日の間だけレブラントさんに頼んであるから心配はいらない。今度何か差し入れでもしておこう。
マリアーナさんたちに頼もうかとも思ったのだけど、折角ならルナの家族も全員呼ぼうとなった。もちろん、レティアやティアラも来ることになっている。妊娠もお祝いしたいしね。
詰まるところ、ここまでくると大宴会と言っても過言ではないな。つい最近バーベキューパーティーをしたばかりだというのに……。まぁ、こんな田舎だとイベントもないからこんなことでもないと騒げないからな。材料自体は事前にメイド部隊の子たちが確保してくれているし、お酒やおつまみといったものは俺の方で用意してある。
唯一この2年間で会っていないのはアセナだ。最初こそメイド部隊の子たちと生活していたらしいが、すぐにアルフがアセナを連れて修行に行ってしまったのだ。アルフとは良く会っていたけど、アセナは生きているだろうか……。アルフにはアセナも連れてくるように言ってあるけど……。不安だ。
「アウル、どうしたの? ほらいくよ」
「あぁ、ごめん。今行く!」
なにはともあれ、今日のご飯を作らなきゃ。事前に下拵えをしているとはいえ、今日の参加人数は多い上に大飯喰らいばかり。気張っていかねば。
困ったらバーベキューにシフトする準備は完了しているけどね。先の先を読むのが大切なのだ。……村人が突撃してくる可能性もあるから、本当に準備は大事なことなのだ。
ご飯の用意は俺とミレイちゃん、母さんとオリビアさんが担当し、会場の設営はグラさんと父さんとセオドアさんが担当だ。今日は俺の家族とミレイちゃんの家族、そしてルナの家族が初めて揃う日でもある。何事もないことを祈るばかりだ。
ちなみに今日のご飯は今までで一番気合が入っている。
サラダ・果物各種・フルーツジュース各種・ワイン等の酒各種・ハイオークのローストポーク・四ツ目暴れ牛のローストビーフ・サンダーイーグルのローストチキン・パスタ各種・鯛のアクアパッツァ・エビとキノコのアヒージョ・クリームシチュー・ハンバーグ・唐揚げ・山盛りポテト・焼きたてパンとなっている。
我ながら作り過ぎだとは思っているが、余るとは思っていない。このほかにバーベキュー用の準備もしてあるので抜かりはない。
「我が息子ながら、この料理は凄いわ。さすがはアウルね!」
「そんなことないよ。みんなが手伝ってくれたからここまでできたんだよ」
「ふふ、ミレイの旦那さんは料理上手ね!あんたも負けてらんないわよ?」
「アウルに教えてもらうから大丈夫!」
いや、お世辞抜きでこの量を一人で作るのは無理だ。作り方を記したレシピをみんなに渡したら、凄い勢いで吸収したのだから驚いたのは俺のほうだしね。
おおよその準備が出来たころに、タイミング良くルナたちが帰ってきた。
「ただいま戻りました!」
「うふふ、今日は一段といい匂いですね。みんなわざわざお腹を空かせていたみたいなので、ちょうどよさそうです」
ヨミの一言に後ろにいたメイド部隊の子たちは皆、一様にお腹に手を当ててうつむいていた。顔が真っ赤なのは恥ずかしいからだろう。さっきからいい匂いに釣られてか、お腹が大合唱しているみたいだし早々にご飯にしなきゃだ。
「若様、お久しぶりでございます」
「? ……あっ、アセナか!雰囲気が変わりすぎて分からなかったよ。今日はたくさん食べて楽しんでね」
「アルフレッド様にかなりしごかれましたからね……。では、今日はお言葉に甘えて楽しませていただきます」
アセナのやつ、雰囲気変わりすぎだろ。言葉も流暢になっているし、なにより佇まいに隙が全く無かった。魔力量も多少増えているみたいだけど、それ以上に体が鍛え抜かれており、執事服の上からでもわかるほど体幹がしっかりしていた。無駄な筋肉がないからか太っても見えないしね。
アルフはこの2年で相当鍛えたみたいだな。今度、アセナ用に専用の武器かアクセサリーでもつくってやろう。
「アウル君、お久しぶりです。今日はお招きいただきありがとう」
次に来たのはマリアーナさんたちだった。
「マリアーナさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。みんな中にいますのでどうぞ中へ」
「アウル君、今日は世話になるよ」
「フランゼンさんもお久しぶりです。今日はたくさん飲んで食べてください」
「アウルお兄ちゃん、今日はよろしくお願いします」
「いらっしゃいムーラン。いっぱい食べていってね」
あぁ、やはりムーランは天使だ。シアには負けるが、それでも天使だ。もう11歳になるのに、幼さが抜けていないのは邪神教に囚われていた弊害だろう。勉強や魔法はレティア直伝のため、学院ではトップクラスの成績らしいが、妬み嫉みの対象にはなっていないらしい。これは偏にムーランの性格によるものに違いない。
あと、平民を侮るなという風潮は俺が作ったようなものだし、情報を得ている貴族ならばムーランは俺のお気に入りだと知っているだろうから、下手な真似はしないはずだ。ムーランに何かあったら俺じゃなくて、ルナかレティアあたりが黙っていないかもしれないな。そう考えるとムーラン恐ろしい子!
「お兄ちゃん、顔が変だよ?」
! シアに見られてしまった! 違うんだシア! 俺の天使はシアだけだぞ! だが、ムーランも天使なのは間違いないし……
「い、いや、違うんだシア。シアが一番かわいいぞ!」
「? みんなご飯食べたくて待ってるから早く行こう?」
どうやら俺を迎えに来てくれたらしい。とてとてと歩きながら会場へと向かっていった。やっぱり後ろ姿も可愛すぎるな。
「……アウル、シアちゃんが可愛いのは認めるけど、一番なのかしら? あとで少し話しましょうね。2人には私から伝えておくから」
「……はい」
くそっ、いつの間にミレイちゃんが俺の近くに?! 全く気付かなかったぞ……。だがしかし、シアが可愛いのは事実だ。
もちろんミレイちゃんもルナもヨミも可愛い。シアとはベクトルが違うというかなんというか……。くそぅ……。
気を取り直して屋敷の食堂ホールへと移動すると、すでにみんなが席に座って待っていた。よく見るとレティアとティアラもいる。いつの間に来たんだか。
すでにグラスに飲み物も注がれており、始まるのを今か今かと待っているので、早速始めるとしよう。
「お忙しいところお集り頂きありがとうございます。今日は慰労会と改めて顔合わせという意味合いで会を始めさせていただきます。乾杯の音頭は、そうですね……我が父に頼もうと思います!」
急に父に振ったせいか驚いているが、それと同時にみんなの期待の眼差しが注がれる。ああなっては断ることもできまい。いつだったかの仕返しというわけだ。
「あー、えっとだな。本日はお日柄も良く……っていう柄じゃねぇな。挨拶とスカートは短いほうがいいって言うし、手短に。俺の息子は凄い男だ。何が凄いかはみんなが知っていると思う。ときどきぶっ飛んでいることもあると思うが、どうかみんな仲良くやってほしい。特に、婚約者のミレイさん・ルナさん・ヨミさん、どうかアウルをよろしくお願いします。今日はたくさん飲んで食べて騒ぎましょう、乾杯!」
『乾杯!』
急に振ったのに父が良いことを言うもんだから、ちょっとだけうるっとしてしまった。たまにはやるじゃん、父さん。
父に視線を向けると、なにやら母さんと喋っている。褒められているのかな?
「あなた、いい乾杯の音頭だったわ。ただ、スカートは短いほうがいいとはどういうことかしら……? 私と言うものがありながら、他の女のスカートの中が気になると? 以前の猫耳メイドで懲りていないのね」
「そ、それはだな、言葉のあやというか――」
「――明日、じっくりと聞かせてくださいね?」
「はい……」
……うむ、母は強しだな。あんなにいいことを言ったのに、あの光景を見せられたすべてが台無しだよ。でも、あれが俺の両親らしいと言えばらしいのかな?
ご飯を食べていると、メイド部隊の子たちが挨拶に来たり、ルナの家族が挨拶に来たりしてくれた。最近は話す機会も減っていたから思った以上に盛り上がった。
メイド部隊の子たちとは今度迷宮に一緒に潜る約束をしたし、マリアーナさんからは孫はいつかと聞かれてしまった。せめて結婚式を挙げてからにしてほしいが、それだけ孫を早く抱きたいということなのだろう。これはオリビアさんと一緒だな。酒が入っていたとはいえ、母が思うことは一緒なのだろう。
ご飯を食べ進め、お酒の割合が増え始めるころには自然と男性陣グループと女性陣グループに分かれていた。男性陣は昔の武勇伝や女性陣ならだれが一番かわいいかなどで盛り上がっていた。
対して、女性陣は恋バナや生々しい大人の話で盛大に盛り上がっている。なんというか、聞いていてやや引いてしまうような内容だったので、想像にお任せしたい。オレハナニモキイテイマセン。
シアはクインやヴィオレと遊んでおり、今では疲れたのかヴィオレに寄りかかるようにして、部屋の隅で寝てしまっている。可愛い。カメラがあったら撮りまくるのに。さすがにカメラは作れそうにないからな。迷宮で似たような物がでることを祈るばかりだ。
ちょっと休憩がてら部屋の中を片付けていると、あることに気が付いた。
「あれ、ヨミがいない?」
女性陣の女子会の輪をよく見るとヨミだけがいない。トイレかな?
だが、トイレの場所に気配はない。
家の中にはいなかったのでなんとなく外に出て気配を探ると、さっき作ったツリーハウスの3階のサイドデッキに人の気配がした。
バレないようにそーっと近づいてみるか。物音を立てないように慎重に階段を上がっていく。3階についてからはさらに一層慎重にヨミの背後へと忍び寄るが――
「――アウル様がこれを作ったと聞きました。本当にいい景色ですね」
バレていたみたいだ。
「それは良かった。今日は月明かりが綺麗だから、村もはっきり見えるよね」
「はい、とっても綺麗です」
俺は敢えて何も言わずにヨミの横へと腰かけた。ヨミが座っていたのはちょうど俺がさっき腰かけていた部分だ。
ちらりとヨミの横顔を見てみると、何か言いたげにしているようなちょっと複雑な顔をしている。
「……何も聞かないの?」
「聞いてほしいの?」
「……ううん、よくわかんない」
「ヨミが言いたければ聞くし、言いたくなければ聞かないよ」
「ふふふっ、アウルは優しいね。……私ね、ちょっとだけミレイとルナが羨ましいみたい」
それはうすうす分かっていた。いつも、ミレイちゃんやルナ、俺の家族を見る時のヨミの目は笑っていてもどこか悲しそうな目をしていたから。
「うん」
「……私はもともと孤児だから両親が誰かなんて知らないし、兄妹がいたかどうかもわからない。あの頃はそんなのを気にする余裕もなく、生きることに必死だった。別にそれを恨んだこともなかったし、他人を羨ましいと思ったこともなかった。最低な親ってのはどこにでもいるからね。でも、みんなの家族みたいな人もいるんだって思ったら、ちょっと寂しくなっちゃって……涙が溢れそうになるの」
なんて声をかけていいかは分からない。俺にヨミの気持ちを完全に理解してあげられるとは思えないし、不用意に分かるなんて言いたくもない。そんな中途半端な言葉ほど心に響かないものは無いからな。
それでもヨミを放っておけるわけがない。
だから、俺ができるのは後ろからぎゅっと抱きしめてあげることだけだった。
「わっ……。えへへ、変なこと言ってごめんね」
「……泣きたい時は、泣いていいんだよ。今ならちょうど誰も見てないしね」
「アウルも……?」
「もちろん」
俺のこの言葉をきっかけに、ヨミは大号泣した。今まで貯めていた気持ちを、涙と一緒に吐き出すように。
「……ふぅ」
「少しは落ち着いた?」
「……うん、ありがとうアウル」
「慰めになるかはわからないけど、俺はヨミのことを家族だと思ってる。まだ成人してないから今すぐとはいかないけど、あと2年したら結婚しよう。俺がヨミを幸せにするよ!」
「ふぇぇん…………せっかく落ち着いたところだったのに! ……でもありがとう、アウル。ちょっとだけ吹っ切れたかも。でも、私だけじゃなくてみんなで一緒に幸せになろうね?」
泣きはらしたあとのちょっと充血した目は、こういっちゃなんだがちょっと艶めかしい。いつも大人びているヨミは、ちょっとだけ子供っぽく見えた。そして、体育座りして首を傾げながらこちらを見るヨミはいつもよりも可愛く、そして魅力的に見えたのだ。
「うん、そうだね。みんなで幸せになろう」
まぁ、俺は既に幸せだけどな。
「うふふ、でも私はもうとっても幸せですよ、アウル様!」
アウル様、か。ヨミはもう元気みたいだな。俺もこの笑顔をずっと守れるように頑張らなきゃ。
「ヨミ~どこですか~?」
「ヨミ~いないの~?」
おっと、ルナとミレイちゃんがヨミを探しに来たみたいだ。
「ヨミ、2人が探しに来てるから戻ろうか」
「ふふ、そうですね。女子会に戻るとします!」
ふと見上げた夜空は、いくつもの星々が輝いていて、俺たちを見守ってくれているように思えた。
◇◇◇
魔法陣を潜った先にあったのは宮殿のような大広間。間違いない、これは本当に異世界転移したみたいだな。でも、この世界に着く前に神との邂逅とかはなかった。ということは、レベルは1だろうが鍛え方次第で現地人よりも圧倒的に強くなれるタイプのやつか?
「おぉぉ!よくぞ来られた異世界の者よ。この世界は今――」
「――邪神か魔王が復活した、もしくは復活しようとしている、という感じでしょうか? そして僕は勇者として召喚された。ですね?」
「そ、その通りだ!いやはや、勇者様には敵いませんな。今この世界では邪神が復活しようとしているのです。まだ2年程度の猶予はありますが、あまり余裕があるわけではありません」
なるほど、裏を返せば2年程度の余裕はあるということか。だが、きっと僕の力はまだ弱い。
「いろいろと聞きたいことはありますが、僕は貴方たちを助けます」
「おお! それはありがたい! 説明が遅れたが我が国は宗教国家ワイゼラス、そして私はこの国の教皇をやらせてもらっている。勇者様のお名前をおききしてもよろしいか?」
「僕の名前は天馬。四宝院 天馬だ」
これから世界を救う、偉大な男の名前だ。いずれ歴史に名を刻むような偉業を成し遂げ、誰もが羨むような女性と結ばれる。僕が夢にまで見た世界が目の前にあるのだ!
「シホウイン テンマ殿ですな。しかと覚えました。ひとまずお疲れでしょうからお部屋でお休みください。夜は宴を用意させますので、それまでゆっくりとしてくだされ」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。……あ、そうだ。書庫のような場所はありますか?」
「書庫ですか……? ふむ、この宮殿にはありませんが、なにかありましたかな?」
「いえ、この世界の言葉や文化が学べればと思ったもので」
「おお、そういうことでしたか。でしたら私のほうでいくつかの本と教師役を用意させましょう」
「重ね重ねありがとうございます」
書庫がないとは驚きだが、もしかしたらこの世界では本は貴重なのかもしれないな。ついでに教師役の人にはいろいろと教えてもらうとしよう。見たところ、教皇様もいい人そうだし、奴隷の首輪みたいなのも付けられなかった。ひとまずは安心してもよさそうだな。
◇◇◇
……ふぅ、勇者召喚には無事成功だな。こちらも少なくない犠牲はあったが、所詮は罪人の命だ。この世界を救うために死ねたのだから本望であろう。
それにしてもあの勇者。書庫はないかと聞いてくるとは思わなかった。下手にこの世界のことを知られれば、面倒なことにつながる可能性もあるからな。そんなことをされては私が教皇ではいられなくなってしまう。
あとは教師役を誰にするかだが……。そうだ、あの者が適任だな。ちょうど勇者は男なうえに年頃だ。上手く溺れてくれればこちらとしても御しやすい。
「おい、勇者の教師役はイシュタルにやらせろ」
「……もしかして、狂信者のなかでも特に『アレ』なあのイシュタルですか?」
「そうだ。あの者ならば適任だろう」
「かしこまりました」
イシュタルは確かにちょっと『アレ』だが、今回に限っては事情が違うからな。むしろうまくいくはずだ。事前にイシュタルには、この私が直々に宣託があったと言えば、面白いように言うことを聞くだろう。
「さて、面倒ではあるが宴の準備でもするか」
ゆっくりと更新していきます。
評価・ブクマ等して貰えたら嬉しいです。
一話としては長くないですよね……?(白目)




