ep.11 スタンピード
レブラントさんが帰ってからはいたって平凡な日常が帰って来た。
何となく視線を感じる時があるが、その時は魔法は使わないようにしてるし料理等もしていない。視線があるから不用意に気配察知や空間把握といった魔法も使えないため、気味の悪い日々を過ごしている。
よって、どこにでもいる貧乏農家の息子を演じている。億劫ではあるが、別段困っているわけでもない。逆にスローライフを満喫している気さえする。
平凡な日常を過ごして2週間くらいが経ったころ、ずっと感じていた視線が消えた。
「お・・・視線がなくなった?・・・うん、ないな。気配察知、空間把握」
半径3キロ程度の気配及び空間を検索。対象は一定以上の強さをもつ存在。
・・・うむ、いないな。はぁ、やっと帰ってくれたのか。ミュール夫人の手の者もなかなか粘ったようだけど、さすがに諦めてくれたみたいだ。
「にしても案外粘ってたな。さて、久しぶりに森にでも行くか」
・・・ん?魔物の反応だ。ってこの方向はアザレ霊山じゃないか!?
◇◇◇
アザレ霊山とはオーネン村に近接している森をずっと奥に行くとある山であり、A〜Dランクまでの魔物が生息すると言われている危険地帯である。頂上には龍が住むと言われているが、実際に見たものはいない。
◇◇◇
森に行こうとして発動した気配察知及び空間把握にはかつてないほどの気配が反応していた。その気配は、数えるのも億劫になるほどだったけど、その数は3000体をゆうに超えていた。
「まずい!」
この調子じゃあと2時間もすれば村へと到達してしまう!
「お母さん、お父さん!やばいよ!アザレ霊山から大量の魔物がこっちに向かって来てるよ!」
「はははは、どうしたんだアウル。・・・それはほんとなのかい?冗談ではないんだね?」
「間違いないよ!3000体以上の魔物がこっちに向かって来てる!」
「3000体以上だと?!・・・嘘をついている目ではないな。わかった、村長には俺から上手いこと言っておく!お前は母さんと一緒に今すぐ逃げろ!」
「・・・」
「アウル、聞いてるのか?早く逃げるんだ!」
「お父さんごめん、それはできない。俺はこの村を守りたい!」
「おいアウル!!」
父さん、母さんごめんなさい。後で怒られるから、今は許してね。
にしても、こんなの俺の柄じゃないよなぁ。本当はだらだらと貧乏農家を満喫できればいいだけなんだけど、何やかんやと結局あくせく働いている気がするし。
父も母も大好きだしオーネン村も大好きだ。レブラントさんは優しくしてくれるし、ミレイちゃんは将来が楽しみなほど美幼女だ。
・・・せっかく創造神様から新たな生を頂いたのに、失いたくない。
俺がカバーしきれそうにない範囲の空に向けて魔法を放ち、大きな爆発を起こす。威力はないが空高くぶち上げた。これで遠くからでも見えるだろう。
きっとミュール夫人の部下の人たちが気づいてくれるはずだ。
・・・そういや、ここ最近森にいるはずのない強さの魔物がちらほらいたのはこれの兆候だったのか?でもそう考えれば納得がいく。
レブラントさん曰くジェノサイドビーの女王蜂は単体でもCランクはあるらしい。そのランクの魔物が追いやられるほどの何かがアザレ霊山にはいるということなのだろう。
でも急にそんな魔物が発生するものなのか?
「おっと、先遣隊がお目見えかな?」
先遣隊だってのに最低でもDランクからってどんなクソゲーだよ。隠密熊も当たり前のようにいる上に、全部の魔物が我を失ったように興奮しているぞ。ただ、そのおかげと言うべきか、隠密熊が問題なく把握できているのが不幸中の幸いだろう。
隠密熊、ツリーディア、オークナイト、グレイファング・・・あぁ、暢気に確認してる場合じゃないな!
「いくぞクソども!故郷の地は踏ませねぇ!」
ウィンドカッター!アイスピラー!サンダーレイン!
俺の発動した魔法が、瞬時に不可視の刃と氷の刺、雨のような雷へと変わり、迫り来る魔物へと降り注いでいく。
一気に魔法を発動したおかげで、一瞬にして魔物たちは物言わぬ骸となり辺りは血まみれになった。
邪魔にならないように魔物は全部収納しておくか。
・・・ふう。
とりあえず凌いだけど、今のでもまだ50体弱・・・まずいな。
・・・バレるかもしれないけど、やるか。ここが山からの魔物が一番多い場所だ。ここ以外の魔物が来るところには今頃ミュール夫人の部下たちが来てくれているだろう。何とかしてくれることを信じるしかない。
あれからも何とか魔物を倒し続けられているが、それもかなりギリギリのラインになって来ている。魔力もそうだが体力、気力がかなり限界に来ているのがわかる。言っても俺はまだ6歳で体が出来上がっているわけじゃない・・・。
「なんだよ…この気配!」
GYAoooooooooooooooooooo!!!!!
叫び声の方を見やると、そこには昔、神父様に見せてもらった本の中に出てきた魔物にそっくりな見た目をしていた。
「エンペラーダイナソー………」
討伐ランク推定ランクSと言われる厄災級魔物。一度現れれば街の一つは滅ぶと言われていたほどの魔物だったはずだ。
「しかし、あの魔物は滅んだと聞いていたけど、なんで・・・」
やつの大きさはおおよそ6m弱だろうか、下手な家より大きい可能性すらある。しかし大きい癖に動きは俊敏ときている。状況としては最悪だ。
エンペラーダイナソーの特徴はその大きな尻尾から繰り出される振り回しだったはず。
迫り来る尻尾は何とかギリギリで躱せるけど、後何回も避けられるものじゃない。
「さすがに、やばいなこれ・・・。せめてほかの魔物だけでも間引かせてもらうぞ」
残りの魔力はそう多くないが、広範囲かつ殲滅力の高い魔法を放つために、集中する。
気配察知で概ねの魔物の位置は分かっているので精密とは言えないが、ある程度コントロールして魔法を発動した。
雷轟!
半ば力任せに発動した雷轟は、空から嵐のように雷は発生させ、エンペラーダイナソー含む数々の魔物を貫いていった。後から聞いたが、この光景は隣の村からでも見えるほど激しいものだったらしい。
威力が落ちていると思っていたが、これだけの威力が出せればまずまずだな!
ほとんどの魔物は死に絶え、生き残った魔物もほとんどが致命傷だろう。気配がどんどんなくなっていくのが分かる
難を逃れた魔物も次々とアザレ霊山へと逃げ出し始めているみたいだ。
「残るはお前だけだぞ、トカゲ野郎!」
GRUaaaaaaaaaaaaaa!!!!
驚異的なスピードで近寄ってくるトカゲ野郎目掛けてウォーターバレット×10を放つが、生半可な攻撃は丈夫な鱗と分厚い皮に阻まれて貫通することは出来なかった。
雷轟による落雷はそれなりにダメージを与えられたようだが、決め手にはかけておりさすがSランクと言ったとこか。
身体強化をフルに展開しつつ、次々とウォーターバレットを打ち込んでいく。傷つけることは叶わないため、エンペラー・ダイナソーがただ濡れていくという結果に終わっていた。
しかし、それでいい。
強力な尻尾攻撃、馬鹿でかい足によるストンプ攻撃、凶暴な牙による噛みつき。そのどれもが一回喰らえば死ぬほどの強力な威力を持っているのに、なぜか俺は笑っていた。
その笑みは戦闘狂がもつ狂気のそれに近いものだったかもしれない。
「おい、どうしたトカゲ野郎。目に見えて動きが悪くなってきたじゃねえか。なんでか自分でもわかってないようだな」
ウォーターバレットを放ち続けている俺には狙いがあった。直接は効かないと分かっていても、敢えて水属性に拘ったのはこの魔物が爬虫類系だったからだ。
爬虫類は気温の変化に弱いだろう?
「これで終いだ!アイスバレット×20!」
自分の防御に絶対的な自信を持つエンペラーダイナソーは迫りくるアイスバレットを避けることもなく突っ込んでくる。普通の魔物なら防御態勢をとってもおかしくないはずなのに。
「お前の敗因は、今まで負けたことがないからだ」
すべてのアイスバレットを喰らうころには、まともに立っていることがでず、エンペラーダイナソーが横たわっていた。
…Gruaaaaa?!
爬虫類系の魔物であるエンペラーダイナソーは低下し続ける体温のせいで、身体機能が低下し立つことすらできなくなっていたのだ。
「これで終わりだトカゲ野郎」
超電磁砲!!
超高速で打ち出される鉄貨はエンペラーダイナソーの脳天を綺麗に打ち抜き、絶命させた。
端から見れば本当に綺麗な状態で倒されており、死んでいるのもパッと見ただけではわからないほどだった。
今回は威力を抑えたから、頭が吹っ飛ぶことは無かったな。
「ふい〜・・。これでひとまず一件落着か。おっと、さすがに人が来たみたいだな」
発動させた気配察知および空間把握に残り1km付近まで人間が接近してきていた。
面倒ごとは御免のためエンペラーダイナソーと周囲の魔物をささっとアイテムボックスに収納し、気配遮断と身体強化を展開した。
ついでに雷轟で駆逐した魔物たちも、人に見つからないように回収した。あとはそそくさとその場を去ると、父と母の気配がする場所に向かって走り始める。
どうやら父と母は村長宅に逃げ込んでいるらしい。
村長宅付近に着く頃には、さっきまでエンペラーダイナソーと闘っていたあたりに人の気配がした。おそらくミュール夫人の部下たちだろう。
村長宅の目の前には、男の農民が鍬や少しボロい剣などをもって守っている。
窓からばれないように侵入すると、奥の部屋に30人くらいが隠れていた。その中に父と母の気配もあったのでそこにこっそりと近寄って小声で話しかけた。
「お父さんお母さん、ただいま。魔物はだいたい倒してきたよ」
可愛く伝えてみたが・・・うん、駄目みたいだな。わかってたよ。
「アウル、言いたいことは山ほどあるけど、無事で本当によかった・・・!!」
母に力の限りギュッと抱きしめられてしまった。それは今までにないほど強く、そして温かく感じた。この温かさが守れたのだと、やっと心から実感できた瞬間だった。震える母の体は魔物が怖かったのではなく、俺を心配してたから震えていたのだろうと、なんとなくだがわかった。
「それにしてもアウル、本当にもうスタンピードの心配はないんだな?」
「スタンピード?」
「あぁ、魔物の大侵攻をスタンピードと呼ぶんだ」
「それなら大丈夫。気配察知にもひっかからないし、強い魔物はいないと思うよ。ただ、森の小動物や森イノシシとかが、どこかに逃げていなくなってるから当分お肉はとれないかもね」
「そうか、いやそれくらいならいいんだ。それにしてもアウル、いつの間にそんなに強くなってたんだ・・・?」
「…えっと、恩恵をもらったあたりから一応訓練してたから、かな?」
こんなんで誤魔化せるか不安だったが、それは杞憂に終わったようだ。
「そうか、そこまで強力な恩恵だったとは。我が息子ながら鼻が高いぞ。今度、教会に行って創造神様に感謝しないといけないな!」
「アウル、今回は何とかなったからいいようなものの、もう無茶はいけませんよ。わかりましたね?」
「はい、お父さんお母さん」
「うふふ、わかればいいのよ。アウル、本当にありがとう。オーネン村を守ってくれて」
「じゃあ俺はそろそろこの騒ぎを収拾させるとするか」
《ちなみに村長宅内の会話はここまで全て小声でお届けしております》
「村長!このままじゃだめだ!俺が様子を見てくる!このままじゃどうなってるか分からない!」
「しかしラルク・・・。わかった、しかし無理はするなよ!念のために外にいる人間を何人か連れて行け!」
その後1時間くらい経ってラルク率いる人たちが帰還し、もう安全であることを伝えた。
ちょうどミュール夫人の部下の人たちと出会えたらしく、彼らが倒してくれたのだと村には伝わった。
隣村に逃げていた人たちも帰ってきて、またいつものオーネン村が戻ってきた。
そして、俺もいつもの日常に戻って3日が経った頃、我が家にランドルフ辺境伯の遣いという騎士が訪れた。
「ランドルフ辺境伯様より、ラルク及びその息子のアウルに今回のスタンピードについて何点か聞きたいことがあるとのことだ。今すぐランドルフ辺境伯様の屋敷へ向かう準備をせよ!なお、馬車はこちらで手配してある!」
どうやら村長に父が説明したのは、俺と一緒に森で山菜や薬草を採取をしていたら魔物の軍勢を見たので逃げろと伝えていたらしい。
それが村長からミュール夫人の部下へ。そこからさらにランドルフ辺境伯へと伝わったと思われる。
なんだろう、とてつもないほど面倒ごとの予感がする。
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