ep.106 夢世界の激闘④
この世界に来てからというもの、こんなにチートじみた恩恵をもらったというのに、自分より格上の相手とばかり闘っている気がする。やはり、そういう星の下に生まれたのだろうか……。
器用貧乏というわりには俺は並以上に出来ている。それこそ、創造神様がなにかしらの調整をしてくれたのだろうが、それを以てしても勝てない敵は多い。
「はぁ~……。ここが正念場だ」
俺は巨大な扉の前に来ている。あれだけ門番や先遣隊が来たというのに、城の中はもぬけの殻もいいところだ。もぬけの殻といっても、ホールには雑魚敵がいたがそれだけだ。
……さっきから違和感を感じるけど、この違和感の正体はなんだ?
「悩んでいても仕方ない。時間も限られているし、さっさといくか」
ギィィ
扉を開けると、そこには大きな鳥かごに囚われているリリーと、玉座に座る一人の男がいた。リリーは意識を失っているのか、横たわっている。呼吸と同時に少しは動いているから、無事ではあるようだが。
『よく来たね。まさか私の正体を見破った上に、こんなところまで追いかけてくるとは驚いたよ』
余裕たっぷりといった感じだな。まったく驚いてもいないくせに、よくそんなこと言えるよ。
「念のために聞いておくが、第三皇女を解放して帝国から出て行く気はないか?今なら俺が掛け合って見逃して貰えるように頼んでやるが」
『それは出来ない相談です。我々にも目的があるのでね。それにそんな話を、はいそうですか、と信じるほど私はお人好しではないし、そもそもその必要性も無さそうですしね』
……我々、ね。
「交渉は決裂だな。じゃあ、力尽くで倒させてもうぞ!」
魔力は全快のときのおよそ60%。あの化け物みたいな魔力を持つグレシル相手に心許ないが、魔法でたたみかけるしか俺に活路はない。とは言っても、近くにリリーがいるからあまり強すぎる魔法は使えない。それを考慮した戦闘が必要になるが……
『宣言してあげましょう、貴方に私は倒せません』
「そんなの、やってみないとわかんないだろうがっ!!」
《杖術 太刀の型 破城閃》
範囲を限定することで、周囲への影響は無い。それ故に攻撃力は落ちるが、相手の出方を見るにはちょうどいい。
『ぐわぁっ!』
……え? 避けられることもなくヒットしたんだけど。一応、剣を構えていたみたいだけど、特に迎撃するでもなくあっけなく終わってしまった。まさに一撃必殺とはこのことだ。
「倒せた……のか?」
近寄って杖でつついてもピクリとも動かない。完全に沈黙しているようだ。あれだけ強いと思っていたのに、いざ闘ってみたら雑魚もいいとこだ。これならミノタウロスやダンタリオンたちの方がいくらかマシだったな。
「そうだ、リリーを助けないと」
鳥籠型の檻には厳つい南京錠が付いていたが、凍らせて温めればすぐに外すことが出来た。もっと苦戦するつもりでここへ来たのに、なんだか拍子抜けだ。
『――誰を倒したですって?』
「なにっ?!」
グレシルが倒れていたところを振り返ると、そこにはなにもいないのだ。声がしたの入り口の方を見やると、無傷のグレシルが佇んでいた。
『驚きましたか? あんな攻撃では私を倒すどころか、傷をつけることすらできませんよ。ではこちらの番です! 悪魔の鞭!』
グレシルから繰り出される、縦横無尽な鞭攻撃は破壊力もさることながら、特筆すべきはその攻撃速度だ。障壁で全て防いではいるものの、1回のヒットで障壁が割られていく。後ろには皇女がいるため避けるわけにもいかないというオマケつきだ。
!! まさか、俺にこのハンデを負わせるためにあえて最初にやられたフリをしたってのか?いや、そう考えるのが賢明だろう。
たらりと汗が顔を滑り落ちるのを感じながらも、今できることを探す。鞭攻撃は自由自在だ。鞭の先はインパクトの瞬間に音速を超えると聞く。さらに悪魔の優れた肉体が繰り出すことによって、想像以上の破壊力を生んでいるのだろう。近距離も遠距離も厳しいとなると、魔法を使うしかない。
……あれ、でもおかしくないか?
あいつはあんなに魔力を持っておきながら、なんで物理的に攻撃してきたんだ? 正確には、鞭にも魔力は込められているが、それでも広範囲殲滅魔法や超強力な魔法なんかは使ってきていない。しかも、鞭はこの城を壊さないように調整されているように見える。
城が壊れて記憶が無くなると不都合が生まれる?俺を倒して帝国を乗っ取るときに記憶が必要というならまだわかる。最初こそ俺が帝都を壊さないように大通りに障壁を張ったが、もし記憶を失いたくないならミノタウロスのような馬鹿を最初にもってくるだろうか?
……壊されたくないのは、この城か?
試す価値はあるかもしれない。
ルーティーンのように雷属性の魔力を展開し、磁界を発生させた。両手で鉄貨を包み込むように魔力を通して、それを磁界の中で構える。鉄貨に魔力を圧縮し続けて限界ぎりぎりのタイミングで、放つ。
『っ!――――ぐおぉぉ!』
手応えアリだ。
咄嗟に両手でガードされたようだが、確実にヒットしているはずだ。大ダメージは間違いないだろう。……というか、タイミングとしては避けられたのに、あいつは避けなかった。
アタリだな。こいつはこの城が壊れることを嫌がっている。考えてみれば、この城は異形な形をしている。そもそもとしてリリーの記憶世界にこんなおかしな建物自体があるわけないんだ。この城はグレシルがリリーを操るために作り出したものだとすると、この城はグレシルにとって重要な何かなんだ。
『――――とか考えているんでしょう? 残念ですがそれは間違いです。試しに壊してみるといい。そこの皇女が悶え苦しむだけですけどね。もうひとつついでに教えておきますが、今の技を避けなかったのは、貴方の全力の攻撃がどの程度か知りたかったからです。ですが、底も知れました』
?! こいつ、俺の思考を読んだのか! ダンタリオンと同様な能力をもっている、もしくはかなり頭がキレるのどちらかだ。しかも、全力の超電磁砲が直撃したというのに、僅かに怪我を負わせた程度でしかない。だが、まだだ!
「雷霆の矢×10!」(追跡付与!)
『追跡能力ですね。ダンタリオンもこれでやられたようですが、私には通用しません、よっと』
全力で放った魔法が、ことごとく魔力を帯びた拳でたたき落とされた。障壁のせいで魔力の消費も激しい上に、放つ魔法はことごとく通じない。もはや乾いた笑いが出るほど拙い状況だ。
(やはり、ちょっと勝つの厳しいな……。相手がまだ油断している内に、どうにかしてリリーだけでも助けられれば良いんだが)
「アイスコフィン!」
グレシルの周囲の水分を一気に氷結させて、氷の棺に閉じ込めた。この隙に皇女だけでも助けて逃げないと、勝ち目はまるでない。というか、あいつは強すぎるのだ。しかし、さっきから何かを気にしているように見えたが、俺の背後に何かあるのか……?
『全然駄目ですね。私から逃げられると考えること事態が愚かだ。もはや興醒めですね。もう死になさい』
アイスコフィンで氷漬けにしたはずのグレシルは、いつの間にか氷の棺を突破していた。さらに、先ほどまでの俺を試すような雰囲気は消え失せ、明らかに退屈そうな顔をしている。それと同時に感じたのは今までに無いほどの大きい魔力の波動。
(これは、本格的にやばい!! 障壁20枚展開!)
『黒魔法 ダークライトニング・ディスパージョン』
グレシルの手から何本もの黒い雷が乱反射するようにこちらに向かってきた。20枚以上張った障壁が次々と割られていくのが見えたとき、不意に時間の流れが遅くなった気がした。これが俗に言う走馬灯と言うやつなのかもしれない。
(あぁ、俺ここで死ぬのか……?)
思い起こすと辛いことらや面倒なこともたくさんあったけど、楽しいこともたくさんあった。両親やシア、ミレイちゃん、ルナやヨミなど俺は人に恵まれた人生だったように思う。もっともっと楽しいこといっぱいしたかったな。色んなところに行って、イナギを解放したり、村を発展させたり、美味しい酒を造ったり。思い残すことは山ほどある。
――やっぱり死にたくない!
『おいおい、まだ死ぬには早いんじゃないか?』
(この声は……前世の俺か?)
『さっきまでの気合いはどこいったんだよ。今のお前の魔法や武術が効かないのはさっき教えてやっただろうが』
(そんなこと言っても、目の前のものを捨てて自分を取るほど、落ちぶれたつもりは無かったよ)
『我ながら甘いねぇ……。だが、嫌いじゃない。お前は試練に失敗したと思っているようだが、それは違う。俺は試練失敗なんて一言も言ってないからな』
(……どういうこと?)
『なんだ、察しが悪いな。今のお前は試練を突破したって言ったんだよ』
(えぇっ?! )
『詳しいことは後々自分で調べるんだな。この走馬灯だって永遠に続くわけじゃない。ほら、顔を上げろ、前を向け。お前がやるべきはあの野郎をぶっ倒すことだ。負けんじゃねぇぞ』
(でも、魔法も武術も効かないってのに……)
『それはお前の恩恵が教えてくれる。覚醒した恩恵の名は――――』
ドガァァァァァァァン!!!
『あはははは、他愛ないですねぇ』
「――何が他愛ないって?」
『生きているだと?!』
グレシルの魔法が直撃する寸前、前世の俺が教えてくれた。俺の恩恵は【器用貧乏】が覚醒し、【蓋世之才】となったのだ。
【蓋世之才】とは、その時代を覆い包むほどのすぐれた才能を持つ者の意だ。なんでもある程度こなせるが、大成はしない【器用貧乏】とは格が違う。
その【蓋世之才】が教えてくれたのが、『白眉の盾』という魔法。瞬時にそれを展開して難を逃れたというわけだ。……本当にぎりぎりだったけどな。
「これが恩恵の力か。……確かに、レベルなどでは測れない強さだ」
『どうやって防いだかは知りませんが、さっさと死になさい! ダークライトニング・ディスパージョン!』
さっきまでは萎縮するほど怖かったこの技も、今では落ち着いた気持ちで見ることが出来る。迫り来る黒い稲妻に手を向ける。その手に魔力を集中して魔法を発動した。
「雷魔法 超高層雷放電・赤」
これは普通の雷ではなく、高度50~80kmに発生する赤い雷を擬似的に発生させた技だ。威力も計り知れないほど強い。
グレシルの黒い雷と俺の赤い雷がぶつかり合い、徐々にだが俺の魔法が押し始めた。
『な、なんだその魔法は!先ほどとは別人のようではないか!ふざけるな!』
「口調が変わっているぞ。……皇女は返してもらうよ」
残りの魔力のほとんどを一気に注ぎ込み、まだ拮抗していた力比べを終わらせた。打ち消された黒雷の軌跡を辿るように赤雷がグレシルに到達する。
『ガァァァァァァア!!……こ、こんなところで、私が負けるなんて……』
言い残しながらグレシルの体は砂へと変わった。だが、ここではまだ油断できない。先ほどからグレシルが何かをチラチラ見ていたのが気になる。視線の先にあったのは変哲も無い玉座。
「そういえば、グレシルは最初玉座に座っていたな……」
あれ、そういえば以前謁見した時に見た玉座ってこんなのじゃなかった気がする。……皇女に確認が必要だな。
「リリー、助けに来たよ。起きて」
ヒールをかけると同時に皇女に呼びかけると、意識が戻ったのか、なぜか俺を見て赤面している。
「ア、アウル?! なぜここに?! 私は魔人に心を操られて……あれ、魔人は?」
「魔人は倒したからもう心配いらないよ。……1つ聞きたいんだが、あの玉座に見覚えは?」
「玉座?……なにあれ、なんか気持ち悪い」
やっぱりか。あれはグレシルがリリーの心に植え付けた何かの根源か何かだろう。これをこのままにしておいたら、グレシルが復活する可能性だってあるかもしれない。
「……じゃあ切るか」
《杖術 太刀の型奥義 斬魔の一刀・壱式》
念のために概念ごと切ったし、玉座が砂に変わったからこれで全て終わりのはずだ。
「あの、ありがとうアウル。あなたに夢で語りかけてたの、届いてたんだね」
「ぎりぎりでしたけどね。さぁ、みんな心配しています。帰りますよリリー」
「はい。でもその前に。……この世界は現実では無いんだから頑張れ私」
ぶつぶつと呟きながら歩いてくる皇女が俺の目の前に来て、急に抱きついてきたと思ったら頬にキスをしたのだ。
「っ?!?!」
「……アウルは期間限定の婚約者でしたけど、それでも感謝しています。私を助けてくれてありがとうございました。アウルならきっと助けてくれるって信じてましたよ」
「……えらい信用されたもんだな。たいして面識も無かった相手なのに」
「アウルは覚えていないかもしれませんが、私があなたに助けられるのはこれで二度目なんです」
「え?」
「さぁ!みんな心配していますし、戻りましょうか!」
「ちょ、ちょっと!」
俺の声かけ空しく視界がぐにゃりと歪み、俺の意識はどんどんと落ちていった。
ゆっくりと更新していきます。
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皆様のおかげで【ネット小説大賞】受賞しました。双葉社様にて書籍化させて頂きます。




