お誕生日、おめでとう。 (お題:靴・おばけ・月)
ぼくは、たんじょうびが、だいすき!
だって、プレゼントがもらえて、すきなたべものがいっぱいでてくるから!
それにね。パパもママもニコニコしてたのしそう。
たのしいがいっぱいで、とってもうれしくなる!
だから、ぼくはたんじょうびがだいすきなのだ!
でもね、ボク、気づいちゃったんだ。
大きくなるとね。いろいろなことを一りでやらなきゃいけなくなる。
だからボクは、きょうから一りでねなくちゃいけない。
一りぼっち、くらいへや。おばけがでそうでとってもこわい。
それでもつきあかりがボクをやさしくてらしてくれる。
だから…がまんできる。
ボクはまだ、たんじょう日がすきだった。
ある日、大好きなおばあちゃんが死んじゃった。
そのよる、僕はおばあちゃんにもらったサッカーシューズを抱きしめながら泣いた。
としをとるとみんな死んじゃう。
お父さんとお母さんも死んじゃうのかな?
僕がとしをとれば、お母さんたちもとしをとる。
僕はたん生日が少しきらいになった。
そうして僕は歳をとる。
当たり前だ、生きているからには、歳をとる。
中学校は怖い。
小学生時代はケンカをしても、次の日には忘れていて、皆、仲良くやっていたのに。
今じゃグループに入って、上手くやって行かないと、隣の席のあの子のようになってしまうのだ。
大人になるってこういう事なのかな?
僕はまた、誕生日が嫌いになった。
高校生にもなると、誕生日なんて祝ってもらえない。
翌朝に挨拶の様な「誕生日、おめでとう」が両親から聞こえるぐらいだった。
何がおめでたいんだと俺は内心、毒づく。
勉強はどんどんと難しくなっていき、人間関係は複雑化した。
将来へ不安が募るばかりで、碌に前にも進めやしないのだ。
家にいても学校にいても息が苦しい。どう足掻いても来年には受験か就職だ。
俺は誕生日を怖がった。
しかし、社会人にもなれば、もう誕生日など関係なくなる。
誕生日から数日過ぎた後くる、両親からの祝いの電話。
そこでやっと自分の誕生日を思い出す。
その時に、ふと振り返るのだ。過去に合った無限の可能性を。
歳をとるたびに、その可能性は次々と失われて行く。
詰る所、私の手元に残った可能性はこれっぽっちと言う訳だ。
…生きている意味などあるのだろうか?
考えるのはよそう。それこそきっと無意味だ。
そうして私は誕生日を忘れた。
「だ…さ…。だん…さま?旦那様?」
私は肩を揺すられ、目を覚ます。
如何やら疲れて眠ってしまっていたようだ。
「…あっ!妻は?!妻は無事ですか?!」
私は起こしてくれた看護師さんに詰め寄った。
「大丈夫ですよ。安心してください。母子ともに健康です」
私はその言葉を聞くと、安堵の息と共に、再びソファーに座り込んだ。
「良かった…。本当に良かった」
頭の中はそれだけでいっぱいだった。
「もう暫くすれば面会できますよ。少しだけ待っていたくださいね」
そう言って看護師さんは再び分娩室へと消えて行った。
子ども。この私に子どもか…。
言葉では言い表せないが、とても感慨深いものがある。
まず、妻にあったら「ありがとう」と伝えたい。
では子どもには?
「ありがとう」確かにその気持ちはある。
しかし、それはあまりにも自分勝手な言葉ではないだろうか。
きっと生まれてくる子は成長していく中でたくさんの辛い目にあうだろう。
それこそ、生まれてこなければ良かった。そう思うかもしれない。
それを自分の生まれてきて欲しかった気持ちを押し付けて「ありがとう」と言うにはあまりにも無責任な気がした。
大人の行動には責任が伴う。それは勿論、発言であっても同じ事。
僕が恐怖し、俺が一番嫌っていた事だ。
何かもっと良い言葉…。
独りよがりでなく、一緒に幸せを築いて行けるような…。
「あ、あった…」
その言葉は相手を祝う言葉だ。
同時に、生まれてくる子がその言葉を正面から受け止まられるよう、支えて行かなくてはいけない。
それがその言葉をかける私の大人としての。親としての責任だ。
これからはこの言葉をかけるたびに私を戒める事ができるだろう。
「旦那様。準備ができましたよ。こちらまで」
看護師の誘導に従って、私は二人に面会する。
私はまず、妻に「ありがとう」と礼を言った。
そして私は赤ん坊の小さな手を取って口を開く。
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※おっさん。の小話
実はこの作品、ある親御さんのお誕生日企画だったのです。
小さなお子さんがいるので、大人になった時、この作品を読んで、過去を振り返れれば良いな。と思い書きました。
お題のせいでかなり難しくなってしまった…。
それでも、親御さんには喜んで頂けたので、僕としては満足です!
おっさん。も自分の誕生日忘れがちだな…。
でも、自分の親の誕生日ぐらいは忘れないで置きたいモノですね!