その7
お代わりと一緒に、粋なタイミングで店主から鶏わさのサービスが届いた。
ア「横さん、ありがと。」
サ「ひーん。ありがとうございます~。」
ア「だからね。」
サ「うん。」
ア「サニィがこっちで仕事もDJもがんばって、それがレインに伝わればさ。“サニィ、やってるな”って、レインも安心するでしょ。」
サ「そうだね。そう思う。」
ア「それに今はSNSとか便利なものがあるから、近況はすぐに知れるし。レイン、SNSやってないの?」
サ「日曜日、パソコンをつないだ時に登録させたよ。奥さんが亡くなってから全部やめたらしいけど、いい機会だったから。」
ア「何でも一歩ずつ、だね。レインも少しずつ前に進んでるんだよ、サニィと一緒にね。」
サ「アイヴィーちゃん、レインとSNSでつながってあげて。」
ア「もちろん、後で申請しとくよ。ネットなんてずっと張りついてるとバカになるけど、こうやって仲間が遠くに行った時なんかは助かるね。」
サ「アタシ、ウェブの仕事してるんだけど。」
ア「あはは!失礼しやした!」
サ「ふふ、冗談だよ、冗談。アタシもそう思うよ。」
ア「まあ、地に足をつけて仕事もDJも全力でやって。お互いにしっかりと自分の生活を築いて、それでたまに会いに行って幸せな時間を過ごせば、今はそれでいいんじゃない?」
サ「その通りだね。」
ア「今すぐ結婚したい、なんて気持ちだったら別だろうけど。」
サ「うーん、それは…レインもあんなことがあって、そんな先のことまでは考えられないだろうし。アタシもまだ結婚はピンと来ないな。」
ア「だろうね。」
サ「それより、まずはレインという人をもっと知りたい。でも、いつかそうなれたらいいなあ、とは思ってるよ。今はそれで十分かな。」
ア「それでいいと思うよ。アンタたちなら、なるようになるよ。」
サ「…アイヴィーちゃんは?」
ア「うん?」
サ「シン君と結婚したいとか、思ったことはないの?」
ア「あー…何だろなあ。たぶんアタシたちは、ずっとこのままの方がいいような気がしてるんだ。形は問題じゃない。気持ちがつながってるから、それ以上は望んでないよ。」
サ「それも素敵だね。」
ア「でも、そんなこと言ってたら、思いがけず子供ができちゃったりしてね。それでアタシも主婦になって、何年か後には子供をガミガミ叱りながら、毎日ママチャリで駆け回ってたりしてね。それもそれで面白いかもね。」
サ「主婦のアイヴィーちゃん、想像もつかないな。」
ア「アタシも。だけど、人生は何が起きるか分からないから。」
サ「まったくだね。ある日突然、恋に落ちたりね。」
ア「そうそう。だから、何があってもいいようにアタシたちはしっかり女を磨いておくことが大事だよ!」
サ「はい、先生!」
ア「まあ、アタシの方が年も下で、仕事のことだって偉そうに言えるほどの経験は積んでないんだけどね。」
サ「アイヴィーちゃんは、何の仕事をしてるの?」
ア「うーんと…正直に言うと、アタシにはメジャーの時の印税とかカラオケの何とか、とかのお金が、ほんの少しだけど未だに入ってくるんだ。」
サ「へえー!」
あ「それにバンドの売り上げと、シンが稼いでくるお金を合わせると、贅沢さえしなきゃ今は何とか暮らしていけるんだよね。」
サ「すごいね、夢の印税生活だ。」
ア「まあね。でもアタシも勤労の大切さは身に染みて分かってるし、働いてないと自分がダメになるから。ここ何年かは、自分のデザインした洋服とかアクセサリーをブランドにして売ってるんだよ。」
サ「そうなの?全然、知らなかった。」
ア「まあ、そっちはバンドの方とは絡めてないからね。そういう商売はしたくないんだ。実力で勝負したいから。」
サ「もちろん、パンク・ファッションでしょ?」
ア「そうだけど、一般の女子も着られるようなデザインにしたり、いろいろ工夫してる。アタシ、前はショップでバイトしてたし、服飾には昔から興味があってね。」
サ「アイヴィーちゃんの、もう一つの顔だね。」
ア「最初はただの願望だったけどさ。メジャーの時にファッション雑誌とかにも取材される機会が多くて、その時に仲良くなった記者さんたちとその後も話したりして、背中を押される形で“やってみようか”って思ってね。」
サ「順調なの?」
ア「まだまだ商売にはなってないよ。仲間のパンク・ショップに卸させてもらったり、後はウェブショップも始めたけど…なかなか難しいね。」
サ「ウェブショップ、誰が作ってるの?」
ア「うちのバンドにもウェブマスターがいてね。ベースのジャッキーだけど。」
サ「あ、ジャッキーさん。そういえばアタシ、この前ぜんぜん話せなかった。ちょっと気にしてたんだ。」
ア「いいんだよ、アイツは一年にひと言くらいしか喋らないから。彼にサイトを任せてるんだけど、何せアイツ、オタクだからさあ。オタクに罪はないんだけど、どうしてもデザインもオタク気質で。アタシのイメージするところとは何か違うんだよねー。」
サ「…アタシ、作れるよ。」
ア「えっ?」
サ「ウェブショップ、アタシが作ろうか?」
ア「ああ、そうか。ウェブデザイナーって、そういう…。」
サ「アタシの仕事はページのデザインがメインだけど、簡単なサイトなら運営も作れるし。ちょっと、やってみようか?」
ア「ホントに?サニィにお願いしてもいい?もちろんデザイン料は払うから。」
サ「タダでもいいよ。」
ア「いや、それはダメ。絶対に途中でなあなあになるから。ちゃんと必要なお金は取って。」
サ「そう言うと思った。確かに、それでうまくいった試しはないから。」
ア「だよね。公私混同は良くない。」
サ「じゃあ友達料金でごめんね。その代わり、責任もって作るからね。」
ア「助かります。うわー、嬉しいな!そうか、サニィに頼めば良かったんだ。」
サ「何なら、今から打ち合わせする?」
ア「そうだね。細かい部分は後回しで、とりあえずイメージだけでも今のうちに話しちゃおうか。」
サ「じゃあ、ちょっと場所を変えない?お腹いっぱいになったし、実は行きたい店がもう一軒あるんだ。ロック喫茶でさ、道玄坂の上にあるんだけど…。」
ア「BYGでしょ?」
サ「えーっ、何で知ってるのー?」
ア「BYGはアタシも行きつけだよ。道玄坂のロック喫茶、ってサニィが言ったから、すぐにピンと来たよ。」
サ「うおー、姉御と呼ばせて―!」
ア「アタシの方が年下だっつーの。ハッキリ言って渋谷は嫌いだけど、こことBYGだけは別格だね。」
サ「あはは、同感。そう言えば、あの近くにはDJができるロックバーもあってさ。アタシ、時々そこで回してたんだ。去年、潰れちゃったけど。」
ア「そこは知らないなー、なんて店?ま、いいや。じゃあ、ハシゴと参りますか。」
サ「2軒目で帰れると思うなよ。アタシ、レインがいなくて欲求不満を持て余してる女だから。今夜はとことん付き合わせるからね。」
ア「望むところです。横さーん、お会計お願い!」