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その6

ア「結局、日曜日の夜に帰ってきたの?」

サ「ううん。レインが月曜日…昨日から出勤だったから、ギリギリまで一緒にいたいって思って。だから有休をとって昨日まで休んだ。」

ア「じゃあ昨日は、ホントに朝の一瞬だけだったんじゃない?」

サ「うん、それでも良かった。それに、レインに“行ってらっしゃい、アナタ”って言いたかったの!」

ア「あはははは、あはははは。」

サ「いま、軽く引いたでしょ。」

ア「軽く。でもサニィの趣味だから、いいんじゃない。」

サ「レインも苦笑いしてたけどね。」

ア「…じゃあ昨日、帰ってきたばっかりなんだ。」

サ「そう。片づけの方は二人でかなり本気出したから、日曜の昼には何とか生活できるくらいにはなってさ。」

ア「がんばったね。」

サ「だから、午後からは小樽まで遊びに行ったの。海鮮丼を食べて運河を見て…冬だったら、もっとキレイで良かったけどね。でもレインと一緒だったから、何でも楽しかった。また夜も一緒にいられたし。別れは寂しかったけど。」

ア「幸せだね。」

サ「その分、今日は一気に現実に戻ったよ。有給を取りまくった分、仕事がたまってたから。」

ア「仕事ってデザイナーだっけ?」

サ「ウェブデザイナー。」

ア「けっこう、休みを取れるもんなの?」

サ「まあ、普通だけど。でも今週末からはライヴが始まるし。来月からは週末・土日とも休みなしでDJだよ。行くなら今しかない!って感じだったもん。」

ア「アタシたちの企画でも、DJよろしくね。そうか、そういう意味では、悪いことしちゃったかな。」

サ「そんなことない。レインの後を引き継いでライヴDJやるんだもん。むしろ本望だよ。」

ア「気合い、入ってるね。」

サ「ミッションの店長にも覚えてもらって、深夜のDJイヴェントも仕切らないかって言われたし。忙しくなりそう。」

ア「それじゃ、レインになかなか会いに行けないね。」

サ「うん。レインはシフト休みだから、アタシが週末DJでも問題はないんだけど。逆に週末はほぼ無理だから、有給を使ってレインと休みを合わせないと会えないのが、ちょっとね。」

ア「遠距離恋愛の辛いとこだ。」

サ「そうなんだよー。有給だって無限にあるわけじゃないし、ただの仲間だった頃はずーっと一緒だったのに…あの時間を返してほしい!」

ア「まあ、こればっかりはね。」

サ「…ねえ、アイヴィーちゃん。」

ア「なに?」

サ「あのさ、こんなこと…どう思うか分からないけど。」

ア「今の仕事とライヴDJを辞めて、札幌でレインと一緒に暮らしたい気持ちは分かるけど。それは止めた方がいいよ。」

サ「えっ…。」

ア「アタシは人の行動にいちいち反対も賛成もしないけど。自分が決めたんなら、好きにすりゃいいけど。でも、迷ってるなら、止めな。」

サ「アイヴィーちゃん…何で分かるの。」

ア「そんなこと、同じ立場ならアタシだって考えるよ。好きな人に会えないのは本当に辛いことだからね。」

サ「アイヴィーちゃんもシン君に会えない時に、同じようなこと考えたの?」

ア「うーん…シンの場合はちょっと特殊でさ。簡単には会えないし、一緒に住むこともできない場所にいたからね。だけど、会えない間はやっぱりいろんなことを考えたよ。」

サ「そうか…どうしてダメなの?」

ア「レインの気持ちになってみなよ。」

サ「レインの気持ち?」

ア「そりゃ、レインもサニィが来てくれたら嬉しいは嬉しいよね。できたら一緒にいたい、とは思ってるだろうし。」

サ「うん。」

ア「でもね、それはレインの都合であって、サニィの都合じゃない。サニィにはサニィの生活がある。今まで築き上げてきた仕事があって、DJがあって、自分というものがあるんだろ。」

サ「そんな…いや、そう。そうだね。」

ア「レインはそんなサニィが好きなんだと思うよ。目標に向かって、がんばってるサニィがね。サニィが東京でがんばってるから、自分も札幌でがんばれる。そうでしょ?」

サ「レインは…。」

ア「そんなレインが、“自分のために全てを捨てて、サニィに札幌まで来て欲しい”なんて考えると思う?彼の性格からして“自分が満たされたら満足”なんてことは絶対にないよね。」

サ「…うん。」

ア「だから、もしサニィがレインのためだけに札幌に行ったとしたら。きっとレインは自分を責めるよ。“サニィの夢を自分が捨てさせた”って。違うかな?」

サ「…いや。アイヴィーちゃんの言う通りだと思う。」

ア「たぶん、そんなレインを見てサニィは自分を責めるよ。お互いがお互いのことを想って行動したはずなのに、今度はそれが原因で自分を責め合ってる。そんな生活、うまくいくわけないよね。」

サ「アイヴィーちゃん、よく分かってるね。アタシ、そんなこと考えもしなかった。でも、言われてみたらその通りだと思う。」

ア「まあ、そういうアタシも何年か前に、これと全く同じことを言われたんだ。メジャー行きの背中を押してくれた人にね。」

サ「そうなんだ…分かった!それ、松下のおばちゃんでしょ?」

ア「残念、違います。でもアタシたちの近くにいる人だよ。大事な仲間からのアドバイスだった。」

サ「そうか…みんな、同じような経験をしてるんだね。」

ア「それに…札幌に行って、サニィ自身はどうするの?」

サ「アタシ自身?」

ア「仕事も辞めてDJも捨てて、レインのところに転がり込んで。それから何をするの?こっちと違って、札幌は仕事が少ないらしいから。同じようにウェブデザイナーの仕事に就ける保障なんて、どこにもないよね。」

サ「…そうだけど。」

ア「DJはまあ、向こうの仲間をアタシたちが紹介したりはできるけどさ。でも仕事があってはじめて、DJだって胸を張ってやれるんじゃない?無職の居候DJじゃ、ただのレインのお荷物だもんね。」

サ「お荷物…いや、その通りです。」

ア「向こうはすぐに寒くなるよ。毎日レインが仕事に行くのを見送って、アンタは奥さんのマネごとをしながら、友達もいない知らない街で、一人ずっと過ごすんだよ。雪が降ったらロクに外にも行けなくて、ただレインが帰ってくるのを待ちながら。そんなの耐えられる?」

サ「無理。」

ア「サニィが今から向こうに行くってことは、つまりそういうことだと思うよ。」

サ「何だか、泣けてきちゃった…。」

ア「厳しいこと言ったね、ごめん。」

サ「ううん、いい。アイヴィーちゃんが言ってることが正しいもん。アタシ、子供だった。本当は分かってるんだけど、寂しくて…レインと一緒にいたくて…。」

ア「泣くな、泣くな。ほら、飲め。」

サ「うん、飲む。グスッ。」

ア「すいませーん、お代わり。」


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