その5
ア「でも、札幌でレインと遊べたわけじゃないんでしょ?」
サ「基本的にはレインの部屋の片づけ。まあ、最初からそのつもりで行ったんだしね。それに、片づけの間はずっと二人でいられるから。」
ア「いいねえ、アタシにも覚えがあるよ…シンと一緒に住み始めた頃ね。二人でいられたら他には何もいらない、って時があるんだよね。」
サ「まあ、アタシの場合は一緒に住めるわけじゃないけど。でも、そんなつもりで家具の配置とか決めたよ。レインも全部アタシに任せてくれたし。」
ア「いいじゃん。少しは外出できたの?」
サ「うん。お昼はスープカレー食べに行ったし、夜はビール園に行ってジンギスカン食べて…前にレインと行こうって約束してたから。あっ、それからね!」
ア「なに?」
サ「ジンギスカン食べながらさ、何気なくネットを調べたら…その日にちょうどカウンターアクションでノッカーズがライヴやるって分かって!」
ア「へえー。行ったの?」
サ「うん!もうジンギスカンそっちのけで。」
ア「あはは。」
サ「まあ、その時点でかなりお腹いっぱいだったんだけどね。急いで行ったら何とか間に合って、まさかノッカーズが観られるとは思わなかった!二人して最前列で大盛り上がり。本場で観るノッカーズは最高だったよ!」
ア「良かったねえ。アツシ君とも話した?」
サ「ううん。アタシたち、ノッカーズとは誰とも直接の知り合いじゃないし。それにレインはもうDJじゃないから…もう、そういうのはいいって。」
ア「そうか、そうだね。」
サ「だからライヴだけ観て、そっと帰ったよ。それに、そこからは二人の一番大事な時間が待ってるでしょ。」
ア「ああ、はいはい。そこは別にいいから。」
サ「ああー、幸せだったな~。今まで付き合った、どんな人と一緒にいる時よりも幸せだよ。」
ア「いいねえ。アタシはシン以外に比較する対象がいないけど、誰といるよりも幸せ、ってのはよく分かる。」
サ「またまた、何をおっしゃいますか。」
ア「いや、本当だよ。アタシ、いろんな意味でシンじゃない男は知らないんだ。」
サ「…それ、ホントなの?」
ア「こんな見た目だし、こんな性格だから…男に関しても、百戦錬磨だと思ってたでしょ?」
サ「うん。正直、そう思ってた。」
ア「ぜーんぜん。こう見えて高校時代はマジメ~な学生さんだったし、こっちに出てきてすぐにシンと知り合って、割とすぐ付き合って。それ以来、いろいろあったけど…気持ちはずっと一緒だから。」
サ「へえー、すっごく意外。でもシン君が…会えなかった時期も、あったって言ってたよね?」
ア「あったね。メジャーの頃は一人で暮らしてた。」
サ「そうだ。アイヴィーちゃん、芸能界にもいたんだもんね。その時は、誰かに言い寄られたりはなかった?」
ア「まあね。アタシもあの世界では負けないように突っ張って、ピリピリしてたから…思ったほどではなかったけど。それでも2~3人、プライベートに踏み込んでこようとした男はいたよ。」
サ「やっぱり!ねえ、有名な人?」
ア「正直、アタシは芸能人とか芸能界とか、よく知らないんだけどさ。若い俳優とか歌手とか、芸人ってのもいたな。」
サ「ぶっちゃけ、グラッと来る人はいなかったの?大物芸能人とかさ、オーラがあるっていうし。」
ア「アタシが引き寄せられるオーラとは違うもん。そういう意味では、シンの相手にもならないよ。」
サ「アイヴィーちゃん、一途!カッコイイねー。」
ア「でもサニィだって今は一途なんでしょ?前はどうだったか知らないけど。」
サ「前はずいぶん遊んでたよ…どんな相手とも長続きしなくてさ。でも、レインと出会って変わった。というか分かったんだ。それは全部、アタシ自身の問題だって。」
ア「そうだね。相手どうこうじゃない。自分が強くあれば、周りにも同じ気持ちを持った人が集まってくる。」
サ「だから、アタシはレインに相応しいアタシになるって決めたんだ。そんなことを教えてくれた人はレインだけ。今はレインしか見えない。」
ア「恋愛も友情も同じだよ。“仲間”って言葉を教えてくれたのもシンだった。」
サ「その中でも、一番の…。」
ア「一番の。」
サ「もう一回、乾杯しよう。お互いの、一番の人に。」
ア「それはいいね。」
二人は今夜何度目かの乾杯をかわした。