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どうやら俺は己自身と己の過去に向き合う必要がある模様 ~その11~

      ■



 長い懺悔を終えた俺はふうと息を吐いて、一旦押し黙る。


「でも私は、貴方を許しますよ」


 懺悔室の向こう側からそんな声が聞こえ、俺はハッと顔を上げた。


「許す……? 俺を……?」

「はい」

「そんなこと誰にも言われたことがなかったのに……」

「例え誰もが貴方を許さなかったとしても、貴方自身が貴方を許せなかったとしても、私は貴方を許しますよ。何より、貴方は許されるべきです」


 許されて良いのか?

 俺が?

 許してくれる人も……本当に許して欲しい人もいないのに?


「でもきっと……貴方はそれだけでは足りないのでしょうね……」

「え?」

「貴方はきっと……自分で自分を許せるようにならなければならないんでしょう」


 そうだ。

 俺は自分を許していない。

 あの時、俺は自身を呪ってしまった。そのままずっと生きてきた。そしてその呪いを、いまだに解呪できないでいる。


「でも……もうどうやったら自分を許せるのか分からないんだ……」


 それは本心だった。

 自分を許せるようにならなければならない事は、何となく分かっていた。

 だが、その方法が分からない。

 そのまま、また俯いてしまう。


「もし、ミズハさんに会えたら、どうしたいですか?」

「本当はアイツに……ミズハに謝りたい……でも、もう届かないんだ……」


 喉の奥から絞り出すように、俺はそう言った。


「それでも謝ってみては如何ですか? 何より貴方自身の為に」

「……俺の……為に?」


 俺はその言葉の意味が最初分からなかった。顔を上げ、アリィの声がする方を見た。勿論、懺悔室にいるのだからアリィの顔は見えない。

 謝っていいのか?

 謝ることを許されるのか?

 俺は……俺を……。


「俺の為になんか……謝れるはず……」

「大きな声で、それこそ天に届きそうな声で謝ってみたらどうでしょうか? きっと……届くと思います」

「……届……く…………?」


 それは俺にとって予想外の言葉だった。

 届くって……誰に?

 ミズハに?

 だって、ミズハは居間の俺とは別世界にいて……それで、まだ生きてて……。


「だって貴方はセレステリア様だけではなくオグリオル様からも祝福を受けた方なのですよ? きっと二柱の神々も貴方の思いをその方の魂に届けてくれます」

「……魂に……?」


 あり得ない。

 あの二柱はこの世界に於いて絶対的な存在だ。

 幾ら何でも俺なんかの……一人の人間の為にそこまでする理由が……。


(理由はあるぞ)

(理由はありますよ)


 ――え?

 頭の中にオグリオル様とセレステリア様の声が響く。


(レイジはアリィが困っていたら助けたいとは思いませんか?)

(助けたいに決まってます!)


 それは本心……かどうかも今となってはあやしい。自己犠牲や自己満足に過ぎないかもしれないから……。でも、この世界に来て、親しくなった友人が困っていたら、きっと手を貸すだろう。


(それと同じです)


 ――同じ? 同じって?

 いや、まさか……。そんな理由があり得るのか?


(鈍いな。友を助けたいの思うのは普通だろう?)


 ――友? 俺が?

 まさかの言葉が出てきて、思考が混乱しかかる。


(それともレイジは私達が困っていたら助けてくれないのですか?)

(……た……助けます!……その、出来ることは少ないかも知れませんが……それでも可能な限り助けます!)


 咄嗟にそう答えてしまう。

 そうだ。

 少しずつで良い……友達や仲間が困っていたら、今度こそ助けなきゃいけない。

 自分の言葉をたがえちゃいけない。

 そうしないと、次は今以上に自分を許せなくなる。


(ならば尚更だ。そこまで言ってくれる友人の思いを可能なら届けたいと思うのは当然だろう? もっとも……その友人が思いを口に出来ないのであれば伝えようもないがな。口にすることを恐れるな。そうしたところでその思いは消えたりしないのだから)


 そうか。

 その通りだ。

 まずは恐れず、口に出さないと……。

 きっと俺は、口に出すことで自分を許してしまうのが……そうすることで俺の中のミズハが消えていってしまう事が怖かったんだ。

 ははは……本当に嫌になる。

 でも、もうそんな自己満足を終わらせないと。いや終わらないまでも、終わりを始めないとならない……。


「俺は……ミズハに謝りたい……」

「はい」


 壁の向こうでアリィが居住まいを正す気配を感じた。


「ミズハ! ゴメン! 俺はもっとミズハの事をちゃんと見るべきだった! もっと自分を見せるべきだった! 何より……引き留められなくて……あの手を掴めなくて……ゴメン……」


 病院で俺に手を伸ばそうとしたミズハの姿がずっと記憶に焼き付いている。それこそ、死んでも明確に思い出すほど魂に刻まれていた。

 どうしてあの手を取れなかったのか……。

 俺は自分の胸に手を当て、そのまま堅く握る。

 両眼からポロポロと涙が零れる。まだ、この《神の肉体》のコントロールに慣れていないのか……。声が思うように出ず、嗚咽になってしまう。


「ミズハさんの事が好きでしたか……?」

「好きだった。いや、今でも……好きだ……」

「どんな風に?」


 次の言葉を紡ぐのに逡巡はなかった。


「勿論……異性として……」


 そうだ。

 異母兄妹と知ってしまったとしても、この思いは変わらない。

 俺にとってミズハは……。


「ミズハは、俺にとって初めての恋人で初めての《女》だ! 異母兄妹!? そんなことは知ったことじゃない! 誰にも渡したくない! 誰よりも傍にいて欲しい! そう思っていた! 思っていたのに……俺はミズハの気持ちも、そんな俺の想いも…………裏切った……」


 叫んでいたのに、最後の言葉は嗚咽に埋もれた。

 心の奥に押しとどめていた想いに、気持ちに、自分が潰されそうになる。


「思いを届けたいなら、もっとしっかり言葉にしないと届きませんよ?」


 そうだ。

 遥か遠い世界にいるミズハに……想いを叫ばないといけない。


「ミズハ! 一緒にいられなくてゴメン! 例え届かなくても! 俺は俺の気持ちをもう欺かない! 俺は――俺はミズハを愛している!!」


 俺は教会の外に漏れようが構わず、全力で叫んだ。

 当たり前だ。世界を越えて届けようというのだ。教会の外くらいに聞こえなくてどうする。


(――先輩。私も先輩を……愛してます)


 ハッとなる。

 いや、聞こえる筈が無い。幻聴だ。

 なのに、その声は――聞き覚えのある声は俺の魂にまでしっかりと届いた。

 涙が止めどなく溢れる。

 そのまま、俺は大声を上げて泣いた。

 何度も何度も謝って。

 届くことを願って。

 疲れ果てるまで泣き続けた。



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