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どうやら俺は己自身と己の過去に向き合う必要がある模様 ~その4~

     ■



 付き合い始めて一年半ほどたった十二月。

 推薦で大学合格を勝ち取った俺は、一応一般入試の準備をしつつも余裕のある年末を迎えていた。

 ここまで俺とミズハは大きな喧嘩をすることもなく、恋人としてそれなりの付き合いを続けていた。恋人としてすることは大体経験したと思う。

 付き合い始めの頃、ミズハが言ったようにそれなりに経験豊富に出来たと思うが、正直のところ余所に比べて上手く出来たかは分からない。それでも幸せには出来たと思う。

 あんまりマニアックなのはしてないですよ?

 いや、ホントだってば!?

 ただ気になる事が無かったと言えば嘘になる。

 本当に稀にではあるが、ミズハが唐突に哀しそうな顔をすることがあったのだ。

 理由を聞いたが「何でも無いですよ」と言われただけで、答えては貰えなかった。


 そして十二月と言えばクリスマスである。

 勿論、二十四日はミズハとデートの約束をしていた。

 ミズハがどうしてもとせがむので、その日はレストランとホテルの予約までして徹底的にデートプランを練った。

 当然、方々への根回しも徹底したのだが、残念ながら母親の追求を逃れることは出来なかった。ただ、母は自身の若かりし頃の事を思い出したのか――同時に嫌な記憶でもあったのに、それはおくびにも出さなかった――条件付きで外泊を許された。

 その条件とは、翌日ミズハを家に連れて行くことだった。

 彼女が出来たのにまだ会わせて貰ってないとむくれられたので、ミズハに了解もとった上で初めての顔合わせをすることになったのだ。

 母が会いたがっている事を伝えると、ミズハの表情が一瞬曇った。どうしたのかと気になったが、理由を聞ける雰囲気ではなかったので――こういう場合、ミズハに理由を聞いてもはぐらかされるのだ――ただ黙ってミズハの答えを待った。


「そうですね。流石に一年半以上ご挨拶も無しでは、ろくでもない女と思われても仕方ないですね」

「そうすると俺はろくでもない男と思われてる可能性があるのか」

「ウチはまあ、放任主義というか……色々アレなので寧ろ会わない方が良いかと……」


 そう言ってミズハは頬をヒクつかせた。


「そう言えば、ミズハの両親について話を聞いたことがないなぁ?」

「ウチはその……貰われっ子なので……」

「え? あ? その、ゴメン」


 知らなかった。養子だったのか……。道理で家族の事をあまり話さない訳だ。

 まあ、俺も家庭事情はあまり話せる内容じゃないので、殆ど説明したことは無いんだが。

 虐待を受けていた事だけは少し話したけど……。


「しかも貰われた先が厳しくてですね。友達なんか家に連れて行けなかったんですよ。ですからウチは、挨拶とかしなくて良いかなと……」

「え? それ将来とかどうんの?」


 結婚とかするなら当然挨拶とか必要になるだろうに……。

 たまにミズハの表情が前触れも無く曇ることがあったが、もしかしてその辺りに原因があるのだろうか?


「うーん……そうですねぇ……」


 悲哀に満ちたミズハの瞳が俺を見上げる。僅かな躊躇い。その表情の奥にある迷いと覚悟が一瞬だけ俺を怯ませる。


「レイジ先輩……もしその時が来たら……私と駆け落ちしてくれます?」

「……ッ!」


 俺は返答に詰まった。

 頭に浮かんだのは母親の姿。

 駆け落ちすると言うことは、やっと鞍馬崎家から解放され静かに暮らしている母を独りぼっちにするということでもある。

 母にそんな哀しみを背負わせたくなかった。


 だが、この時俺は気付いて居なかった。

 ここで返答に詰まる事が、ミズハをどれ程傷付けたかを……。


「…………冗談ですよ! 先輩! そんなことしませんって!」

「そ、そうか。じょ、冗談だったか。はははは……」


 ミズハが最上級の笑顔を見せたことで、俺は何処か拍子抜けしつつも心の奥底ではホッとしていた。その事に気が付いて、俺は軽い自己嫌悪に陥る。

 もっと何か言ってあげないと、と考えるが何を言えば良いのか思いつかない。

 いや、こんなんじゃ駄目だ。

 そう思った直後に、俺はミズハを抱き寄せていた。


「ふえっ!?」

「ちゃんと考えるから……」

「え?」

「将来のこととか……その……」

「……うん……じゃあ、二十四日のプランは期待してますね」

「お、おう! それは任せとけ!」


 大丈夫! その辺りは抜かりないぞ!

 ……多分……。



      ■



 そして二十四日。

 とある有名な遊園地に来たのだが、流石にカップルだらけだ。

 今日は入場制限がかかっているらしく、事前予約のみ入場できたらしいがそれでもかなりの人手があった。

 クリスマスデートが遊園地で良いのかなぁとも思わないでもなかったが、正直なところ楽しかった。

 それもムチャクチャ楽しかった。

 去年のクリスマスも二人で過ごしたが、ここまで気合いをいれてなかった。だからこそ学生らしいデートではあったが、やや心残りのあるイベントになってしまった。

 次はもうちょっと背伸びしたデートをしたいと二人で話し合い、たっぷり意見交換して企画を立てたのだが、それが功を奏した。

 ミズハも終始笑顔だった。

 先日、哀しげな顔をさせてしまったので気になっていたが、今日は本心から楽しんでいそうで安堵した。



      ■



「うわ……こんなレストラン予約してくれていたんですね……先輩、お金無いのに」

「最後の一言は必要?」


 夜景を一望できるレストラン。

 そこで俺とミズハは少しばかり豪華な食事に舌鼓を打っていた。


「料理も美味いな……いや、テーブルマナーとかさっぱりだけど」

「先輩はそっち方面はもう少し勉強した方が良いですね」

「むぅ……準備万端のつもりでもまだまだだったか……」

「まあ、ドレスコードのあるお店ではないので、それ程厳しくはないですが、今後の為にも憶えておいた方が良いでしょうね。なんなら今度教えましょうか?」


 俺はちょっと眉を上げてミズハを見た。


「え? テーブルマナー習得してるの?」

「こういう日の為に練習しておきました」


 そう言ってイタズラっ子の様にミズハは笑った。


「ところで、この後はどうするんですか?」

「……上に部屋をとってある」

「先輩? 顔赤いですよ?」


 分かってる。実際言ってみるとすげぇ恥ずかしい。


「指摘すんな。恥ずかしさが五割増しになる」

「慣れてないのにキザなことするから」

「反論の余地も無い」

「先輩のえっち」

「嫌か?」

「今すぐ《上の部屋》とやらに行きたいです」


 ミズハが含みのある笑みを見せてそう言った。

 しばしの沈黙の後、俺達はどちらとも無く立ち上がり、レストランを後にした。

 その後はお互い言葉少なにチェックインを済ませ、部屋に入る。

 扉が閉まると同時にミズハが背後から抱きついて言った。


「レイジ……先輩……今日は何しても良いですよ……」


 その台詞に俺の理性のたがは全て弾け飛び、振り向いてミズハを抱きしめると勢いのまま唇を重ねた。

 その後の事はここでは語れない。


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