どうやら俺は己自身と己の過去に向き合う必要がある模様 ~その3~
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「経験豊富にして良いんじゃなかったっけ?」
「いや、それはその……意外に心の準備が出来てませんでしたゴメンナサイ」
「………………………………ッ!」
「え? 先輩…………怒っちゃいました?」
「………………プッ!」
「ひっどい! なんで笑うんですか!?」
「いや、思ってたより乙女でなんか……ププッ」
「乙女ですよ! 悪いですか!?」
「いや、悪いとかじゃなくて可愛いって……あ、いや……」
「ム~~~~~~~~~~~~~~~……またそういう……」
「あと、俺も人の事言えないけど、実はミズハってあまり人付き合い得意じゃないよね?」
「うう。バレてしまいました。何故か先輩とは割と普通に話せるんですけど……」
「それはそれで結構嬉しいものがあるなぁ……」
「もう!」
当初の予定通り、次の日曜は普通にデートした。と言っても初めてなので普通と言っても良く分からない。
一緒に出かけて、買い物して、食事して……。
俺だけじゃなくミズハも、店員との遣り取りが不慣れな事に気付いたりしたけど、とても充実した時間を過ごしていた。
夕食後にこれからどうしようかと考えていたとき、遠目にホテルが見えたときの会話がこれだった。
この時のミズハの真っ赤なふくれっ面は忘れられない。
困った様な、拗ねているような、それでいて極限に恥ずかしそうな……複雑な感情を表面に出しているのに、逆に可愛いというか……とても魅力的だった。
結局のところ、この日はそのままキスもせずに寮の最寄りの駅でミズハを見送った。
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「先輩との甘い一時を邪魔するヤツは、私に蹴られて死んでください」
まさかの事態である。
二度目のデートでまさかこんなことになるとは……。
「くそ……ふざけ……」
「あ? 何か言いましたか?」
「いえ、ごめんなさい」
ミズハの目の前に三人のガラの悪い男達が倒れ伏している。
体格は決して悪くない三人の男が、華奢な少女に完膚なきまでに叩きのめされているのはいっそ爽快ですらあるかもしれない。
が、当の俺は尻餅をついたまま少しばかり痛む頬を押さえ、ただ目の前の光景を凝視していた。
「次やったらもっと痛くしますよ?」
後ろ姿しか見えないが、間違い無くミズハは悪い笑みを浮かべている。
背中がそう語っていた。
いや、それより……。
とんでもなく強いじゃねぇか!
良くあることだ。
二度目のデートにして初めて腕を組んで歩いていたのだが、それが気に入らなかったのかこの三人に因縁をつけられたのだ。
俺はミズハを庇おうとしたのだが、その際、一人の男が問答無用で俺の顔を殴った。
正直、大して痛くはなかった。殴られるのは慣れていたから。
ただ、久々に殴られたショックで少しばかり思考が停止した。
直後、妙な違和感――男達に向けられた小さな殺気というか敵意を隣から感じた。
直後。
俺を殴った男が上下逆さまに……いや回転していた。
男の後ろにはいつ移動したのかミズハが立っていた。見惚れるほど美しいハイキックを決めたポーズで……。スリムなジーパンがその立ち振る舞いにやけにマッチしていた。
男は更に一回転ほど回ると、ビタンと音を立てて盛大に地面に叩き付けられた。
間髪入れず、その隣にいた大柄の男がモロに回し蹴りを食らい、奇麗にくの字に曲がって十メートルも吹き飛ばされた。
最後の痩せぎすの男は何が起きたか分からず呆気にとられていた。その隙をミズハは見逃さず男の顎にに閃光の如き掌底を叩き込むと、痩せぎすの男は白目を剥いて垂直に崩れ落ちた。
まさしく、一瞬の出来事だった。
その後、戦意を失った男達は悪態を吐きつつ、ほうほうの体でその場を立ち去った。
俺は唖然としてミズハを見上げたまま、言葉を失っていた。
ミズハはふううと大きく息を吐き出すと、俺を見て何か慌てたように弁明を始める。
「いや、あの! 先輩! こ、これは、その……そう! た、只の護身術でッ!」
「只の護身術ってレベルじゃないよね?」
俺はミズハが差し伸べた手を取って立ち上がる。
今まで気付かなかったが、その手からは今まで感じた事の無い力強さがあった。
「え、あうぅぅぅぅぅぅ、あの、それはその」
「今度、ミズハに声を掛けるときは気を付けないとな」
「……どうしてですか?」
「迂闊に背後から肩でも叩いたら投げ飛ばされそう」
「先輩の中の私の評価ッ!」
半泣きになって俺の上着の袖を掴むミズハの姿は、先ほどまでの凜々しさなど何処かに消し飛んでおり、ちょっとからかいたくなる可愛さがあった。
……あまりからかい過ぎると、物理的に死に至りそうなのでやらんけど。
「あのさあ……」
「な、何ですか……先輩……」
「守れなくてゴメンな……」
「え?」
予想外の答えだったのか、ミズハは俺の袖を離さないまま目を見開いて俺を見上げた。
近い。
ちょっと涙目になってるのは、どうしてだろう?
「どうした?」
「いや、その……嫌われたかと思って……」
「なんで?」
「だって、怖くないですか? 私の正体がこんな乱暴な女だったなんて……」
「あそこまで強いといっそ頼もしい」
俺がそう言うと、ミズハは視線を落として自身のおでこを俺の胸に押し付けた。
「………………先輩の感覚ってちょっとずれてますね?」
「え? 貶されるところ? ここ」
「褒めてるんですよぅ」
そう言うとミズハは両腕を俺の背中に回し、ギュッと抱きついてきた。
その手が少しだけ震えている。
少しだけ慌てて周囲を見回すが、幸い人通りの少ない場所だった――だからこそ絡まれたのだが――ため、俺はそのままミズハを抱き返す。
ミズハの小さな肩の震えが、静かに治まった。
「守れなくてゴメンな……」
俺は先ほどと同じ言葉をもう一度言う。
「もっと強くなりたいから、今度護身術を教えてくれよ……」
「私のは本格的な殺……護身術なので、身につけるの大変ですよ? 先輩、修行途中で死んじゃうかも」
「今、殺人術って言いかけなかったか?」
「そんな事ないですよ~~~」
ミズハはそう言って、顔を俺の胸に埋めながら擦りつけるように首を振った。
少しだけ深く呼吸をすると、ミズハはそっとその身を離し、俺の頬に手を伸ばした。
「先輩……ほっぺた痛くないですか?」
「いや、大したことはないよ……」
「ホントに?」
「殴られるのは……慣れてるから……」
「え?」
「……ああ、以前祖父から虐待を受けてたから……その祖父は既に他界したけど」
「そ、そうだったんですか……」
俺を見詰めるミズハの瞳には同情も憐憫もない。
ただ、ある種の決意だけが感じ取れた。
「先輩は強くならなくて良いんです。先輩は私が護ります。だから先輩は私の心の支えになってください」
「俺で良いのかな?」
「先輩じゃないと駄目です。私、結構精神的に脆いところあるので……先輩が私を普通の女の子にしてください」
ミズハは俺から目を逸らすことなく、そう懇願した。
わざわざ普通の女の子と言った意味は分からなかったが、俺はミズハの思いに答えたいと、この時強く思った。
「分かった……必ず俺が支えるよ……」
「……嬉しいです、先輩」
俺はミズハの頬に手を添えた。
「レイジ先輩……」
「ミズハ……」
見つめ合った俺達はどちらからともなく、目を閉じた。
そして、お互いの気持ちを重ねるように、唇を重ねた。
幸せだった。
それまで感じた事が無いほど……。