どうやら俺は懺悔室で俺の過去を語ることになる模様
「確かに、昔の話はしたことがなかったなぁ……」
良い思い出があんまり無いし……。それどころか思い出したくない事の方が多い。
いっそ思い出せなければ良いのにと思ったことも何度かある。
まあ、誰にでもあることなんだろうけど……。
しばし黙考すると、アリィが何か言いたそうに何度か口を開いては閉じる。
言おう言おうとしながら躊躇っているその姿を不思議に思っていると、アリィは一度眼を閉じ、すうと深呼吸する。そして眼を開き真っ直ぐに俺を見た。
「あのレイジ。失礼かもしれませんが気になった事を言っていいですか?」
その神妙な雰囲気に、俺は些か身構えた。
「レイジって、あまり私達に踏み込んでないというか、親しくしているように見えて実はかなり距離をとってますよね? 良く言えば甘えが無いというか、悪く言うと興味を持っていないと言っても良いくらいに……」
「うぐっ………………」
「やっぱり……」
そう言ってアリィは一呼吸置いた。
少しばかり居心地の悪い沈黙が続いたが、今度は俺の方から沈黙を破る。
「どうして分かった?」
「確証があった訳ではありません。ただ、時折ちょっとした違和感を感じてはいました。最初はレイジ自身が置かれた状況からそうしてるかと思ったのですが……」
「幽霊だから遠慮していると?」
「そうですね。ただ、それ以外にも何かあるようには感じていました……一番違和感を感じたのは王都に着いた時ですね」
「王都? そんな前に? 俺、何かしたっけ?」
「あの時、レイジは転生できると思って聖域に入りましたよね? なのに皆に何も言わなかった……お別れかもしれないのに……」
「あ…………あの時は、あのまますぐに転生できるとは思って無くて……ってこれは言い訳だな……あのとき俺は確かに転生することが最優先だった……言うべき事があった筈なのに、何も言葉に出来なかったんだよ。別れの時はいつもそうなんだ。だから……別れが近いならと深く関わらない様にしてたのは事実だよ」
「でも、暫く転生出来ないと分かってからも、あまり深く関わってないですよね? 特にリーフェン様やモモちゃんと……」
「う……」
俺は図星を突かれ言葉に詰まる。
「あの二人はレイジの庇護下にあるので、そういうことには敏感ですよ?」
「え? そうなの?」
「だからモモちゃんはリーフェン様に懐いているんです。レイジに距離を置かれていることを感じ取っていますから」
うわ。マジか。
知らずに二人にストレスを与えていたことを俺は恥じた。
「なのにレイジと来たら、誰か危険な目に遭うと真っ先に助けに行くんですから、質が悪いですよね?」
「え? そんなことは……」
いや、してましたね。よく考えたら。
しかも一度や二度じゃないわ。
「普段は距離を取ってるのにそういうときだけ突然深入りしてくるので、あの二人は戸惑っているんです。ラグノート達はあまり気にしてはいないようですが……。彼らは職業柄別れも多いので、そういう接し方をする人とも付き合いがありますしね」
「ご、ごめん……」
「私に言っても仕方ないんですけどね……」
アリィは二の句が告げない俺を暫く見詰めていたが、やがて焦れたのか一度目を閉じ、ふぅと息を漏らした後で、もう一度俺を見詰めた。
「レイジ? ちゃんと話してみるつもりはありませんか? レイジがそう考えるようになった原因を……話す事で楽になることだってあると思うのです。勿論、レイジが話したくないというのであれば無理強いはしません」
他者に必要以上に踏み込まない様にしていた俺に対し、アリィは澄んだ瞳を真っ直ぐ俺に向け、ずいと踏み込んできた。
決して無遠慮ではない。触れるべきじゃ無いかもと思いながらも、敢えて聞いてきたその言葉は、不思議と俺の心にスウッと入り込んだ。
「ここじゃ話しにくいな……」
「そうですね。なら……」
アリィは静かに立ち上がり、俺の手を引く。顔が見えないのでどんな顔をしているのか分からないが、覗き込むのは気が引けた。
手を引かれるまま歩く俺は、何処か懐かしさと安堵に包まれていた。
■
「この先は……教会?」
「分かりますか?」
「そりゃ昨日、一度立ち寄ってるし……」
「ここなら、誰にも聞かれずに話が出来ると思いまして」
話すうちにこの街――グーデルの教会が見えてきた。
かなり大きな教会だが、礼拝日ではないからか人は少ない。
教会の入り口にいたシスターが俺達に気付くとと、静かな足取りでこちらに近寄ってきた。
「聖女様とお付きの方、本日はいかがされましたか?」
「すみません。懺悔室をお借りできますか?」
アリィは軽く一礼するとシスターの質問に淀みなく答えた。
俺も昨日このシスターには会っている。もちろん、俺のややこしい立場とか正体は隠していたので、護衛の一人と思われている。
「分かりました。すぐに司祭様に取り次ぎますね。どうぞこちらへ」
シスターは細かい詮索はせず、そう言って来た方向にとって返す。俺とアリィは教会の中へと案内された。
すぐに司祭が出迎えに来たが、手短に挨拶を済ませると礼拝堂の脇にある施設へ移動した。
「ここは…………?」
「懺悔室です。誰にも話を聞かれない場所としては最適かと」
「これが懺悔室……映画とかで見たことはあるが実物は初めて見た」
「えいが?」
「ああ、俺のいた世界にはそう言う娯楽があったんだよってその話は今はいいか」
「そうですね。その話は後ほど。ではレイジは右側の扉に入って下さい。ここで話す事は私以外の誰にも聞かれません」
確かに話しにくいことを話すには最適な場所なんだけど……何か罪を吐露するみたいな……ってあまり間違ってはいないか。
「じゃあ、聞いてくれるか?」
「ではそちらへ……」
俺は促されるまま懺悔室に入ると、隣の小部屋に誰かが入る気配がする。
「準備は宜しいですか?」
隣の部屋からアリィがそう言った。
「はい」
「では話して下さい。貴方が胸の奥に留めている心の枷について……」
「そうだな。何処から話したものか……」
そう言って、俺はポツリポツリと話し始めた。
俺の過去と……後悔について……。
ここから数話、少しばかり重い話になるかと思います。
苦手な人もいらっしゃるかもしれませんが、そういうこともある作品と割り切ってお付き合い頂けると嬉しく思います