どうやら俺は神の肉体を使った特訓をする模様
ぜえ……ぜえ……ぜえ……
おかしいな……なんで俺、呼吸の必要も無いのに息切れしてんだ?
いや、身体だって本来の肉体じゃ無いしあくまで感覚的なものなんだろうけど、それにしてもえらい疲労感が強い。かつて肉体を持っていた頃の感覚を強烈に思い起こさせる。
しかし……だ。
想像より消耗が激しい。
さっきから休み無しで一時間ほど仮想戦闘を続けていることも理由だが、それより衝撃などのダメージを感じるようになった事による精神的消耗の方が大きい。
他に原因と言えば、長時間の戦闘――今まで最も長い戦闘時間でも十数分程度だった――が初めてでありペース配分が滅茶苦茶になっている。それと無駄に魔力を消費しているのが自分でも丸分かりで、長時間戦闘に対する不安と焦りが消耗の一端となっていた。
只でさえこの《神の肉体》は動かすのに膨大な魔力を消費する。動きが激しくなれば、比例して魔力消費量も増大する。感覚としては全身に注射針を刺されて、一斉に血を抜かれているような感じがするのだ。
俺自身の魔力最大容量が桁外れに多いとは言え、そんな感覚が長時間続く事は精神的に負担が大きい。
(それでも、魔力枯渇どころか全体の一割も消費していないのですから、ほとほと呆れますね)
「え? そうなの!?」
セレステリア様にが本気で呆れた様にそう指摘した。
俺ももっと消耗していると思ったので、驚きを隠せずにいた。
ただ、逆に不安が残る。それは俺自身が魔力量の上限を感覚として理解していない事が大きい。ゲームのように魔力残量ゲージなんてものがある訳もないので、いつ魔力が枯渇するか自身で把握出来ていないのだ。これはちょっとマズい。遊び疲れた子供の様に、突然スイッチが切れて戦闘不能になったら目も当てられない。
魔法行使時とは比較にならないほどの魔力を消費している感覚はあるし、強い消耗も感じている。早いとこ己の限界を見極めないと、皆の迷惑になる事は否めない。
一体、どこに限界があるのか……。それに限界以外にも気になる点がある。
(原因は分からないが、レイジは周囲の魔素を次々取り込んで自身の魔力にしているようだな。それこそ呼吸するように……ね)
え?
それって大丈夫なの?
(ああ、それに関しては問題無い。魔術師ならば似たような事はしている。ただ、普通は意識しないと自身に取り込む事は出来ないが、レイジの場合は無意識に実施しているのとその規模が桁外れに大きいだけだ。少し休めばレイジが取り込める上限まで魔力を溜め込むだろう。実質、レイジの魔力は無限と言って良いね)
……魔力の消耗に関しては心配皆無だった。
なにそのゲージに貯まったポイントを消費して技を出すアクションゲームなのにゲージが減らないチートコードを入れたみたいな状態は?
あと、オグリオル様? その『桁外れ』に取り込むのを問題視しなくて良いの?
(世界中の魔素を使い切る事は無いので安心して下さい……レイジが三〇人以上とかいない限り……)
えええええ!? それって安心して良いんですか!? セレステリア様も何処か不安げですよね? いや、マジ、本当に大丈夫? いきなり世界から魔素が消えたりしないよね?
(魔力は常に変化し世界を循環しています。使用すれば魔素に戻るまで多少の時間は掛かっても、世界から消失するようなものではありません。魔素の吹き溜まりが出来ると、レイジを召還したときのような儀式に利用されるので、適度に魔素を魔力に変換した方が世界の安定に繋がるでしょう。それよりレイジ? 本当は他に気になる事があるのではないですか?)
う……。
あっさり不安を見透かされ、言葉に詰まってしまった。流石神様、ごまかしは利かないか。
いや、恐らくは魔力を使う事に慣れていないとか……単に気にしすぎとかだとは思うのだが、どうしてもある気がかりがあった。
(魔力の消費に比べて消耗が激しい事が気になりますか?)
「そうですね……正直なところ、それなりに気にしてます」
思わず声に出てしまった。客観的には変な独り言になっている事に気付き、俺は周囲を見渡す。幸い、声が届きそうな範囲には誰もいなかった。
セレステリア様の声は聞く者に安心感を与えるのか、つい弱音を吐いてしまう。
正しくは『消耗が激しいこと』より、『何故消耗を激しく感じるのか』を危惧している。
俺の考えでは、この感覚はある種の危険信号だと思っている。消耗を強く感じさせる事で、俺にとって危険な状態に陥らないよう警告している気がするのだ。
生前ならば単にスタミナ不足とか慣れの問題とかで片付けていただろう。だが今の俺は霊体であり、その手の感覚とは無縁だ。
例外としてアリィの《破邪魔法》や俺自身の《対アンデッド用魔法》では、痛みという危険信号を受けた。アレは実際に消滅の危機があったからだ。そして今感じている消耗の激しさは、その時の苦痛に近い。
つまり、何らかの悪影響があるとは感じているのだが……現時点では原因が分からない。
(今はまだ情報が少なすぎるな。今後は戦闘時にこちらでも詳細をチェックするとしよう。いずれにしても、今日はこれくらいにしておこうか。レイジに用がある者もいるようだし……)
「え?」
言われて近付いて来る小さな足音に気付く。
幽霊状態だったらもっと早くに気付いていただろうが、《神の肉体》に憑依した状態だと聴覚を始め全体の感覚が鈍い。それでも、二〇メートル離れた小さな足音に気付けているので、《神の肉体》の扱いにもかなり慣れてきたように思う。
小さな歩幅でゆっくりとこちらに近付いて来たのは、アリィだった。
「何をしているのですか? こんな時間に……」
夜更けであることを気にしてか、かなり近くまで来てから小声で話し掛けてくる。涼しげな瞳の中に心配の影が見え、どこかぎこちない動作にもそれが感じられる。
さっきの俺の不安を見透かされたのだろうか?
「いやぁ~~~~ちょっとばかし特訓をね」
「そんな感じには見えなかったのですが……何か悩み事があるのではありませんか?」
ちょっとおどけて言った俺の返答に、アリィは心配を隠さずに言った。
そうか……見られてたのか……その上、気まで使わせてしまった。距離があるから気付かれていないと思っていたんだけどな。
もっとも俺自身も漠然とした不安があるだけで、説明なんて出来ない。
「特訓をしていたのは本当だよ。ただ《神の肉体》を使った戦闘は消耗が激しくてさ。どうしたら消耗を抑えられるか悩んでたんだ」
アリィは俺の言葉に一応納得したようだが、気を使って深く聞いてこなかったようにも見えた。原因も何も分からないので「消耗することが不安」などと言って、いたずらにアリィの不安を煽るのも得策じゃ無いと思っていたのだが、逆に気を使わせてしまっただろうか?
「そうでしたか……対応策は見つかりそうですか?」
「暫くは様子を見ながら、短時間での戦闘を心がける感じかな?」
「短時間とは?」
「神の武具を使用しない状態で一時間くらい?」
それを聞いてアリィは目を丸くする。
「充分なのではないですか?」
「魔法が効かない大軍相手とか、魔軍八将全員を相手するようなことがなければね」
アリィは一層大きく目を見開いた後、大きく肩を竦めてそんな事はゴメンだとばかりに首を振った
「そんな事態にならないことを祈るしかないですね」
ちょっとおどけた様な仕草が可愛らしく、そして何故か嬉しく感じて、俺は目を細めて微笑んだ。アリィも釣られて笑う。
その笑顔を見てふと気付く。
ああ、そうか。
ここ数日戦いに続く戦いの繰り返しで張り詰めていたから、こんな風に心底安堵して笑うなんて余裕は無かったんだ。
「聖女の祈りなら効果はありそうだけど」
「セレステリア様は運命を変えたりされるような神様ではありませんが……」
「創造神ではあるけど、運命を司ったりはしてないのか……」
(自在に書き換えてしまっては、人の存在する意味すら無くしてしまいますからね)
「うわっと!」
突然頭の中に響く声に、俺は反射的に仰け反る。
そんな俺を見て、アリィは半歩後ろに下がって身を抱くように竦めた。
「えッ!? いきなりなんですか!?」
「いや、突然セレステリア様の声が頭に響いて……」
俺は右手を耳に当て上を向く。
(お邪魔でしたでしょうか? にゅふふふふ……)
ちょっと? ちょっとちょっと?
変な笑い方しないでくれます? セレステリア様のイメージが壊れるから。
(え? あ、コホン! 失礼しました)
セレステリア様とオグリオル様って、結構似てるところありますよね。
(え? 嘘!?)
(え? そこ、なんでショック受けてるの?)
ショックを受けるセレステリア様の反応を見たのか、何やらオグリオル様も精神的ダメージを負っていた。
やっぱり似てると言うか、仲が良いなぁ。
ずっと一緒にいると何処か似てしまうものなのだろうか。ちょっと羨ましい。
そう言えば、生前はずっと一緒にいてくれそうな人には巡り会えなかったんだよなぁ……。
自業自得でもあるんだけど……。
うわ……
すっかり更新遅れました……
いや、実は他の作品のプロットまとめとかしててこっちが手つかずに……
来年はもうちょっと更新ペース上げます……