どうやら俺は魔国プレナウスの魔人との戦闘に突入する模様
いや、あまりに変態度が高すぎて、自分を直視できない。
アリィ達もあの光には気付いていたと思うのだが、何か必死に目の前の戦闘に集中しようとしていた。
いや、戦う姿勢としては正しいのだけど、無理にコッチを見ないようにしてるよね?
「ちょ……オグリオル様!?」
(さあ、後はその鍵を差し込むだけだ! ぷふっ!)
今、笑ったよね? 笑いましたよね?
絶対こうなるのが分かってて笑いましたよね?
(ぷ……もたもたしてると、恥ずかしい時間が延びるだけだぞ。ほら、手伝ってあげよう)
って、手伝うって何!?
そう思うより早く、俺の右手が高々と上がる。
え? なんで勝手に身体が動くの!?
俺の疑問には誰も答えないまま、俺はその手に持つ鍵を《変身ベルト》の上部に空いた鍵穴に差し込んだ。
「変身ッ!!」
ちょっと、俺そんなこと言ってないよ!?
腰の《変身ベルト》がより一層輝きを増す。
アングルによっては股間が光っている様にしか見えない事に気付き、俺は目眩を覚えた。
そろそろ俺の精神も一杯一杯なので、早く終わってくれ。
(もう終わったよ)
全身が光に包まれたと感じた時には光が霧散していた。
そして、《神の肉体》が何かに包まれていることに気付く。
手を見る。
ラグノート達とは明らかに異なるデザインの手甲。いや、装甲というべきか。
そのまま、視線を下に下ろす。
ホッ。
良かった、丸出しじゃない。
これで丸出しだったら心が折れる所だった。
で、改めて見ると、この《神の武具》とやらは見た目がかなり特撮ヒーローっぽい。
銀色を基調としならがも、赤や青といった色がそこかしこに見える。
正直な感想は『かなり派手』だった。
身体のラインも鎧を着た場合に比べ、ずっとスマートだった。
もしかしたら鎧を着たのではなく、《神の肉体》がこの形状に変化したのかも知れない。
兎に角これで、ブラブラしたモノを気にせず戦えそうだ。
俺は数回、手を結んだり開いたりして動作を確認した後、戦端が開かれた戦場を見る。
既に各々が戦闘に突入していた。
ラグノートはブラッディエイプの前に出て、相手の攻撃をいなしている。
ミディとスフィアスはワスプ・ゴーレムと睨み合いをしていた。あそこが崩れると戦況がひっくり返りそうなのだが、今のところはワスプ・ゴーレムも迂闊な動きを見せない。
レリオとリルドリアの騎士らしい男はドラゴン・ボーンゴーレムと斬り結んでいた。
レリオはちょいちょい俺の方を伺っているので、かなり余裕があるのかも知れない。
リーフはブレードマンティスに向かったが、まあ、あれは心配の必要も無いだろう。ブレードマンティスが防戦一方なのだ。逃げ回っていると言っても良い。
ただ、最大戦力であるリーフを一体のゴーレムに引きつけさせてると考えたら、敵の作戦は成功しているとも見える。
リルドリア公爵はまだ魔術師の傍にへたり込んだまま動かない。
魔術師は【障壁魔法】の詠唱に入っている。せめて公爵だけは守りたいのかもしれない。
アリィも何やら詠唱に入っており、リルドリア公爵の傍を離れない。
そのアリィを守るように、モモが武器を構えて立つ。俺はその姿をみて、少しだけ安堵する。モモの能力は深い森の中でこそ発揮される。この場にように拓けた場所では、並の騎士にも劣るだろう。それでもそこらのモンスター相手なら善戦するとは思うが、《魔国プレナウス》の魔人や、その配下のゴーレムを相手にするのは難しい。
セヴェンテスは一旦はアイアン・ゴーレムに向かったが、今はモードレットに阻まれている。 モードレットはセヴェンテスと同じ《霊獣》であり、掛け替えのない仲間である。それ故に、セヴェンテスは本気を出せないようだった。
《人形繰者》は各ゴーレムを指揮する立場の為か、アイアン・ゴーレムの影に隠れたまま動かない。
《獣魔王権》もアイアン・ゴーレムの背後にいるが、こちらは何やら呪文詠唱を開始している。俺の知識にはない魔法の様だ。
となると……。
俺は再度《獣魔王権》に向かって駆け出す。
そんな俺を見て、《獣魔王権》が引き攣った顔をして、小さな悲鳴を上げた。
アイアン・ゴーレムが数歩前へと進み出る。
結局あれを相手にすることになるのか。
所で、オグリオル様よ。
(うん?)
この状態でも、あのアイアン・ゴーレムに力負けする?
(しない。思った通りに戦えるよ)
それを聞いて安心した。
なら、今度こそ変態ではなくヒーローっぽく戦ってみせよう。
アイアン・ゴーレムはいつの間にか手元に戻った鉄拳を再度振り上げた。
今度こそ外さないと言わんばかりに、充分引きつけてから、《鉄拳》を射出する。
人間より大きな拳が、真正面から俺に向かってくる!
そして辺りを支配したのは、地面を抉る轟音だった。
■
ガシィッ! メキメコッ!
爆音と土煙が拡がるり、そこに短い悲鳴が僅かに混ざる。
呆然とする者、驚愕を露わにする者、目を背ける者、目の前の戦いに集中する者と様々な反応を示す。その中で《人形繰者》ラディルは、歪んだ笑みを顔に貼り付け、暗い悦びに浸っていた。
「ハハハハハハハハハッ! ざまぁっ! 何者か知らないが《神の肉体》を得たからって強くなったつもりか!」
「レイジッ!」
《人形繰者》が歓喜の声を上げると、その声に反応したようにアリィが悲鳴を上げた。
タイミングを同じくして、土煙が晴れる。
晴れた視界にはアイアン・ゴーレムの巨大な拳骨が地面に突き刺さっていた。
そこに……レイジの姿は無かった。
「ふん……流石に潰れたか。調子に乗るからだ」
貼り付けていた嘲笑を消すと、ラディルは面白くなさそうに呟いた。
既に終わったと判断し、レイジに対し興味を無くしていた。
そして、次の得物として、アリィを睨め付ける。
「無理。流石にあの質量を受け止めるとか、無理。出来るって言われても怖くて無理」
その緊張感の無い声に、ラディルは眦を吊り上げ振り向いた。
確かに声がした。
だが、何もいない。何も見えない。
気配も魔力も感じないのに、声だけか聞こえていた。
「まさか……躱したのか?」
ラディルの声に苛立ちが混じる。
「……結果的にはそうなるのかな?」
声が発せられた何も無い場所から、魔力の波動が発せられると突如として《神の武具》を纏ったレイジが姿を現す。
それを見たラディルが驚愕を強くした。
「いや~~~びびった、びびった。やっぱり俺には向いてないかもなぁ」
何処か気の抜けたレイジの声を、ラディルは逆に不気味に感じていた。
不気味に感じている理由は他にもある。
ラディルには、レイジがどうやってその場に現れたのか分からなかったのだ。
姿を消していたとか、そう言った類いの能力では無い。
明らかに、直前までその場にはいなかった。
天使などと言う戯れ言を真に受けるつもりはなかったが、魔術師の幽体離脱術とも異なる。
(憑依した《神の肉体》ごと、非実体化した? そんな馬鹿な?)
疑問が尽きない中、ラディルはその疑問を一旦頭の隅に追いやった。
相手を警戒することは必要だが、不要に恐れては戦えない。
今は隠密行動が異常なまで高い敵だとだけ認識しておく。
気持ちを切り替えたラディルは、現状を正しく認識し直す為に、そして次の行動を決める為に思考を巡らせた。
メイフィスは既に次の準備をしている。
なら自分も下手なプライドなど捨てる必要がある。
ラディルが短い時間で導き出した答えは、彼にとって屈辱的とも言えるものだった。