どうやら俺は戦闘中なのにブラブラする模様
「よし、取り返させてもらったぞ? と言うか、貴重なものなんだから、もっと丁寧に扱えよ?」
服とかボロボロじゃねぇか。
これは早急に着替えを用意しないと……まあ、そう言ったのはこの状況じゃあ後回しになるんだが。
《ブロブ・ゴーレム》が障壁を越える前に取り返せたのは幸いだった。
聞いた話では、あれは取り付いた相手を、何でも溶解して食らうらしい。流石に始まりの竜であるリーフや、幽霊の俺が平気でも、リルドリア公爵とかが狙われたりしたら、どうしても救出を優先しなければならないし、その間に《神の肉体》を持ち逃げされでもしたら、目も当てられない。
大した縁も無い公爵を見捨てたって、良いんじゃないかって?
いやいや、そうは行かない。
聖女一行が《神の肉体》の入手を優先して、公爵を見捨てたなど風評が広まっては、後々面倒なことになりかねない。
なので、早い内に《神の肉体》を手に入れられたのは、胸をなでおろす思いだった。
後は、《神の肉体》を何処まで自在に扱えるか…………。
取り敢えず俺は、今のうちに身体を動かし、《神の肉体》の動作に問題が無いことを確認する。
「答えろ! 今、何をした!」
「しつこいな。お前の魔力に直接干渉して、破壊しただけだよ」
「そんなバカな事が出来る物か!」
「いや、今、目の前でやって見せたじゃないか」
今になって【解呪】魔法を使うって手もあった事に気付いたが、まあ、やれてしまったので問題無い。結果オーライってヤツだ。
「俺の魔力に強大な魔力をぶつけて、無理矢理相殺した……だと? 化け物め? そうか。モードレットが言っていたヤツはお前か……」
なんか、会った事も無い霊獣に、化け物扱いされてたって聞こえた気がするけど、気のせいか? まあ、セヴェンテス当たりが念話でそう伝えたんだろう。
「まあ、多分そうかな?」
「ふざけやがって……」
「以前、ヴィルナガンが操っていたドラゴンゾンビにも同じ事をやったからな。アレよりは楽に出来たよ」
俺の言葉に起き上がったばかりのリーフが苦い顔をした。
いや、そんなつもりで言ったのではなかったが、まだ気にしていたらしい。
後でフォロー入れとこう。
だが、俺の言葉に反応したのはリーフだけではなかった。《人形繰者》も、何故か俺に対し、これまで以上の怒りの形相を向けていた。
その隣で、解呪魔法を唱えていた筈の《獣魔王権》が、あちゃあとばかりに天を仰いだ。
「俺の魔力が《冥王使徒》に劣るって言うのかッ!」
そう言った《人形繰者》から膨大な魔力が発せられ、アイアン・ゴーレムに流れ込んだ。アイアン・ゴーレムは、まるで叫び声の様な音を立てて、拳を振り上げ、一気に【障壁魔法】へと叩き付けた。
【障壁魔法】がたわむ。
精緻に構築された魔力が、その一撃で大きく歪む。
その歪みが最も大きくなるタイミングを見計らって、《獣魔王権》は、自らが構築した【解呪魔法】をその歪みの中心に、すぐさま撃ち込んだ。
【障壁魔法】が【解呪魔法】の効力を受け、棒を捻りながら突き刺した粘土板の様に歪む。
マズい。
そう思った瞬間には五重に張られた【障壁魔法】が連鎖的に崩壊していく。
ってか嘘だろ?
普通、一度に【解呪】出来る魔法は一つだけの筈だった。
なのに、《獣魔王権》は一度の魔法で、五つの【障壁魔法】を同時に【解呪】しようとしていた。
まさか【解呪魔法】をカスタマイズしてるのか?
クソッ!
《魔軍八将》は伊達ではないってことか!?
慌てた俺は再度【障壁魔法】の展開を試みる。
ヌバァッ!
俺の焦りを嘲笑うように、足下の地面から不気味な音を発した何かが飛び出し、そのまま俺の身体――《神の肉体》――絡みつく。
《ブロブ・ゴーレム》だ!
俺が油断するのを待っていたかのように、ヤツは俺の足下に穴を開け、一気に巻き付いてきた。
ジュウジュウと何かが溶ける音が聞こえる。
嫌な予感がして引き剥がそうと試みるが、水の塊のような《ブロブ・ゴーレム》は掴み所が無く、俺の両手は虚しくもがくだけだ。
物理的に剥がすのは無理があるか。
「レイジ!」
リーフの声が響く。
心配すんな。だからそんな声を出すなよ。
俺はリーフの方を見て、笑ってみせる。
言葉を発しようとしたが、《神の肉体》の口元を《ブロブ・ゴーレム》が覆っているため、ただゴボゴボと音を立てるだけで、言葉にならない。
だったら……。
俺は冷静さを取り戻し、着ぐるみの背中から顔だけ出すようなイメージでもって、自らの意識の一部を、神の肉体の外側に出した。
この状態なら、俺は直接空気を振動させられる。
いや、空気に限らず、例え《ブロブ・ゴーレム》であってもその液体を直接振動させ、音を発することも可能なのだ。
……慣れれば《神の肉体》に憑依したまま、周囲の空気だけ振動させられるかもしれないな……。今度、少し練習しておこう。
「【マナよ、凍てつく凍気よ、我が前に集え】【凍気は氷の飛礫となり、飛礫は矢尻となれ】【矢尻は集いて万物を貫く槍となれ】」
俺はブロブ・ゴーレムを直接振動し、《声》を発声させる。
《声》は俺の魔力と融合し、頭上に巨大な《氷の槍》を形成する。
リーフはすぐに察したのか、比較的近くにいた騎士の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「【魔術師ショットの氷の槍】」
完成した魔法を、俺は俺自身に、俺に絡みついている《ブロブ・ゴーレム》に向けて発射した。ブロブ・ゴーレムは俺から離れ、【氷の槍】を避けようとしたが、既に遅い。今更躱した所で、余波だけで滝壺を凍らせたこの魔法からは逃れられない。
【氷の槍】は《神の肉体》――つまり俺を巻き込んでブロブ・ゴーレムに直撃する。
ビキバキバキバキバキバキッ!
一瞬でブロブ・ゴーレムは――あと俺も――歪な氷像となった。
周囲の木々や植物も凍結している。
リーフは自身の前に《炎の息》を吐き出して、その冷気の影響からは逃れ立ていたが、ちょっとその視線に恨みがましいものが宿っている。
何となく、『もうちょっと手加減しろ』と言われている気がした。
いや、いまだ加減が分からんのよ。
リーフが《炎の息》で相殺してくれなかったら、騎士や公爵も巻き込んでたのは確かなので、俺は心の中で謝罪する。
謝罪のポーズを取らなかったのは、《神の肉体》がブロブ・ゴーレムと共に凍り付いたので、動けなかったからに他ならない。
だが、流石は《神の肉体》である。
表面上はブロブ・ゴーレムごと凍っているように見えるが、その実、内部は全くと言って良いほど影響を受けていない。
俺は再度《神の肉体》の内部へと入りこみ、完全に一体化する。
しかし凄いな、これは。ここまで丈夫とは。
(丈夫なのは確かだが、もう少し大事に扱って欲しいね?)
ほえ?
何か急に頭の中で声がする。
しかも以前聞いたことのある声だ。
って、オグリオル様?
(正解。神の肉体と完全に同調出来れば、私との会話も可能になるんだよ。それは《聖域》と同質だからね)
と言うことは、セレステリア様も?
(そうですよ。レイジ。いきなり無茶をしますね。まあ、レイジ以外の誰かの手に《神の肉体》が渡るより余程良いのですが)
やたら耳朶に残る声が響く。
相変わらず美声ですね。
というか、この肉体に入ってる間は、ずっと二柱とコンタクト出来るってこと?
(そうなりますね)
………………監視付きって気分だな。
(そう言うな。これからはリアルタイムでアドバイスも出来るんだぞ?)
オグリオル様がそう付け加えた。
成る程。
そう考えれば、便利ではあるか。
オッケー、グー○ル。
(誰が○ーグルですか。それより、【障壁魔法】が完全に破られましたよ?)
おっと。
見れば、落雷の様な音をたて、【障壁魔法】が破壊された所だった。
凍結した俺を見て、《人形繰者》が下卑た笑みを浮かべた。
ヤバい。まず、この凍結を解除しないと。
(大丈夫、その程度では壊れたりしないから。そのまま無理に動いても問題無いぞ)
マジで?
大丈夫だとは思ったけど、本気で丈夫だな!?
ならばとばかりに俺は全身に的割り付いた氷を砕く。バラバラとブロブ・ゴーレムだったものが砕け散り、代わりの俺は自由を取り戻す。
ブロブ・ゴーレムはこれで壊れたんだろうか?
(そのままでは、いずれ再生しますが、しばらくは凍結したままでしょう。アリィ達も近くまできていますから、後は彼女に任せましょう)
アリィに何とか出来るの?
(大丈夫です。その氷がブロブ・ゴーレムであることを伝えれば、彼女なら適切に対処します。《聖女》の名は伊達ではないのですよ)
セレステリア様が太鼓判を押すなら、任せても平気だろう。
なら、俺は……あの硬そうなアイアン・ゴーレムから……。
(いや、まず《獣魔王権》の鞭を奪え! あれは《支配の鞭》だ! その強力な呪いは、始まりの竜にすら影響を及ぼすぞ!)
なんですと? そいつはマズい。
俺はオグリオル様のアドバイスに従い、《獣魔王権》に向かって駆け出した。
って駆け出してどうするんだ?
冷静に考えたら、俺は格闘技とか、あんまり知らないぞ?
大学の時、ちょっとだけ截拳道研究会とかに在籍してたけど、殆どブルース・リーの映画見てるだけだったし。
(大丈夫! 《神の肉体》にレイジに馴染みのある格闘術をダウンロードした! レイジがイメージすれば、最適化された動作で格闘術を扱える!)
なにそのチート!
完全に《ズルイ》って意味のチートになってんじゃん!?
まあ、今はありがたいけど。
だったら躊躇うこともないと、速力を上げる。
《獣魔王権》が手にした鞭を振るう。
すんでの所で回避を試みるが、その先端が僅かに俺をかすめ、ボロボロになった服を引き裂いた。
その程度で済んだなら、僥倖だ。いや、単なる偶然とは言え、躱せたことを誰かに褒めて欲しい。鞭の先端って音速越えるんだぜ?
俺はそのまま低い体勢で《獣魔王権》に接近し、手にした鞭を蹴り上げる。
《獣魔王権》はギリギリの所で仰け反るように回避する。
その眼前を俺の蹴りがかすめる。
そして……。
その両目が見開かれ、《獣魔王権》の女王然とした美しい顔が、うら若き乙女の様に羞恥に染まった。
そして、俺もそこで気付く。
今の俺は、高く脚を上げ、自らの股間を《獣魔王権》の目の前に晒している状態である。
ただ、問題は。
先ほど《獣魔王権》が放った鞭の一撃が、ボロボロになった俺のズボンを引き裂いていたということだ。
つまり丸出しだった。
ブラブラだった。
何がって?
男のシンボルに決まってるだろう!?
それが丸出しでブラブラだったんだよ!!
直後、森を引き裂くんじゃないかと思えるほどの、巨大な女性の悲鳴が響き渡った。
レイジ「ブラブラってこういうことかよ! つか、つい数話前はなんか命だったモノが辺り一面に転がるような展開してたのに何でだよ!?」
お前が出てるからじゃね?
レイジ「俺のせいかよ!?」