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どうやら《神の肉体》は伊達でもハリボテでもない模様


「ふ、巫山戯るな! 誰が貴様などにッ!」


 リルドリア公爵の前方に立つ、一人の騎士がそう叫ぶと、ラディルに向かって剣を構え駆け出す。ゴーレム達が彼の《人形繰者ドール・オペレーター》の制御下にあるのなら、まず主人を倒さねば勝機はないからだ。

 それを見たラディルの口元が邪悪に歪む。


「ならば、殺戮ショウの幕開けだ」


 直後、《神の肉体》は騎士の眼前に一瞬で移動すると、その腹部に抜き手を叩き込んだ。

 その手は鎧を砕き、騎士の腹部に深々と突き刺さる。

 騎士は大きく咳き込むと大量の血を吐き出した。

 そのまま《神の肉体》は、騎士の背骨(・・)を鷲掴みにし、ゴキゴキと音を立てて腹部から引き抜いた。


「ぐがあああああああああああああああああッ!」


 騎士は断末魔の絶叫を上げ、ビクンビクンと数度痙攣すると、ガクリと項垂れて事切れた。

 あまりの殺戮劇に、リルドリア公爵の顔面が蒼白になる。


「【魔術師ショット(ソーサラー・ショッズ)の炎の槍(フレイム・ランス)】!!」


 いつの間に準備していたのか、ノーマッドの【炎の槍】が《神の肉体》へと炸裂する。

 【炎の槍】はそのまま渦巻く炎となって《神の肉体》を包み込む。

 リルドリア魔術師団団長の肩書きは伊達では無い。直撃を食らえば、一瞬で炎に包み込み、生物であれば酸欠へと陥った後、消し炭になるまで燃え盛るだろう。

 だが相手は生物ではない。《神の肉体》であり、今は《人形繰者ドール・オペレーター》に操られし《破壊の化身》であった。身につけた服からは炎が上がっているが、その本体からは炎が上がる気配は無い。

 《神の肉体》は無造作にもう一人の騎士に近付くと、騎士の顔面を兜の上から鷲掴みにする。

 無造作と言え、その速度はかなり速い。

 確かにその騎士は荒唐無稽とも取れる出来事に一瞬の判断が遅れた。

 だが《神の肉体》が目前に迫ったとき、即座に戦意を取り戻し、右手に持つ剣で斬りかかったのだ。

 その腕は、いつの間にか背中に回っていた。

 いや、関節が外れ、骨がひしゃげ、手甲が潰れて背中に張り付いていた。手にした剣は遙か彼方に向かって、放物線を描いた。

 《神の肉体》がその右腕を左手で払ったのだ。たったそれだけで、騎士の腕は革ベルトのように背中に巻き付いたのだ。


「ガハッ! ゴホッ! あががあああああああああぁぁぁッ!」


 顔面を掴まれた騎士は、熱した兜によって己の顔が焼けただれる臭いにむせかえった後、全身を駆け巡る激痛に声を上げた。

 盾を捨て、左手で引き剥がそうにも片手では力が入らない。

 右手には激痛が走り、ピクリとも動かない。いや、そもそも右腕はどうなっているのかすら把握出来ていない。頭を掴まれ、炎に炙られ、まともに目を開くことも出来ず、呼吸すらままならない。

 ベコリと耳元から金属が歪み潰れる音が聞こえる。直後に熱した金属がこめかみに一層押し付けられ、肉の焼ける音が骨越しに伝わる。


 グギャゴンッ!


 何かが潰れる不快な音が響くと、それまで抵抗していた騎士の左腕がダラリと下がる。

 《神の肉体》が手を離すと、一呼吸前まで騎士だった物が、ドサリと地面に崩れ落ちる。頭と認識出来る物は既に無く、代わりに雑に絞った雑巾のごとき兜の残骸が、冗談のようにぶら下がっていた。

 《神の肉体》が手を振るうと、その全身を包んでいた炎が、酸素を失ったように消える。

 身につけた服はかなり損傷が激しいが、《神の肉体》には髪の毛一本の損傷も見えない。


「化け物め……」


 バラマールが小さく呻く。

 背後でリルドリア公爵が言葉を失い、崩れ落ちる気配を感じたが、この化け物を前にしたら仕方ないと思えた。せめて公爵だけでも逃がしたいが、望みはかなり薄い。

 ここが《白き風の森》で無ければノーマッドの転移魔法で逃げることが出来たのだが、森には対転移術結界が施されており、その方法は使えない。森を抜けるまでは自力で走るしか無いが、《神の肉体》の動きは人のそれを遙かに上回る。自分が敵の足止めをしようにも、敵方は圧倒的に数が多い。まして腰の抜けたリルドリア公爵を連れて逃げるなど、不可能であるし、かといって公爵を見捨てて逃げるなど、騎士として有り得ない。

 幸いと言うべきか、敵はこちらを侮って手加減をしている。《神の肉体》の使い勝手を試す為か、一斉に襲いかかってはこない。その《神の肉体》も何かを試しているのか、畳みかけるような攻勢に出ない。

 バラマールは背後のノーマッドに目配せすると、《神の肉体》に向き直る。

 撤退はノーマッドに任せ、己は時間稼ぎに専念する。防御に徹すれば、しばらくは《神の肉体》の攻撃を捌くことも出来よう。

 そんなバラマールの思惑を。《神の肉体》は文字通り拳一つで粉砕した。

 《神の肉体》が拳を振りかぶるのを見て、バラマールは盾を構え直す。勿論、人間を鎧ごとぶち抜くような拳を、正面から迎え撃つつもりは無い。

 盾を斜めに構え、その拳を外側に逸らす様に弾く。

 だが、それなのに飾り気の無い盾が腕ごと持って行かれる。

 渾身の力で構えていた為か、流石に腕がボロ布の如くひしゃげる事はなかったが、盾を構えていた革帯が切れ、回転しながらバラマールの背後へと飛来する。盾はそのまま、ノーマッドと共に撤退の準備を始めていた魔術師に突き刺さった。

 不気味なオブジェへと変貌した魔術師は、もんどり打って後方へと倒れると、周囲を紅くコーティングして、息絶える。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 これには茫然自失としていたリルドリア公爵も悲鳴を上げた。

 股間から染み出た液体が周囲を濡らし、不快な湯気を立てている。

 しかもその状態でノーマッドにしがみついており、離そうとしない。あれではノーマッドが狙われた際、躱すこともできない。


 一瞬、バラマールはこの場から一人で撤退する事を考えた。

 公爵を見捨てる事になるが、このまま全滅しては状況がかなり悪い方向へと向かうことに気付いたのだ。

 このまま全滅した場合、盟約を破ったリルドリア公爵が《白き風の森》へと踏み入り、霊獣たちに裁かれたと周囲には思われるだろう。

 それに関しては既に自業自得とも言える所業なので仕方ないが、その場合、誰も《魔国プレナウス》が関わっている事に気付けなくなる。

 誰かがそれを王都に知らせなければ、彼の国の暗躍を止める事が出来ない。

 ノーマッドに公爵がしがみついている以上、自由に動けるのは自分だけなのだ。

 当然、『殺されるのを恐れ、主人を見捨てた』と糾弾されるだろう。

 いや、確実に極刑に処される。

 もしかしたらその報告を逃げ帰る方便と言い出す者達もいるかもしれない。

 それでも……誰かが少しでも《魔国プレナウス》を警戒してくれるのなら、自分の不名誉など安いと考えた。

 寧ろ、己の主人を目の前で裏切る行為に、逡巡を覚えた。

 そして、敵はそれを見逃さない。


 《神の肉体》はバラマールの脚を払って転倒させた。リルドリア公爵が腰を抜かし、ノーマッドにしがみついている以上、逃げ出す可能性が高い騎士を優先するのは当然の帰結といえた。

 《魔国プレナウス》側としても、ここで皆殺しにした方が、後の面倒が無いのだ。


 すくい上げる様に転倒したバラマールは、己に向かって拳を振り上げる《神の肉体》に己の死を見た。

 ああ、俺はここで終わるのだ。

 圧倒的な力量差を前に、既に抗う気持ちすら奪われていたことに、バラマールは今更ながらに気付かされる。視界が自然と閉じられていく中、己の中の矜持が砕ける音を聞いた気がして思い晒される。ああ、自分はとうに騎士失格なのだと。


「悔しいなぁ……」


 悔しい?

 何故そう思った?

 己の心は打ち砕かれたのではなかったのか。

 いや、気付いていないだけで、本当は既に肉体すら打ち砕かれているかも知れないのに。

 負けを認めるのが悔しいのか?

 いや、違う。

 最後まで抗えなかった事が悔しいのだ。


「畜生があああああああああああッ!」


 次の瞬間、バラマールは吼えた。

 残された渾身の力で剣を振るう。

 せめて一太刀、《神の肉体》に刃向かえなければ、誇りと共に死ぬ資格すらない!

 へたり込んだ体勢では禄に力も入らないだろう事は分かっている。

 案の定、バラマールの剣は振り下ろされた拳を前に、砕け散る。

 その様がやけにスローモーに見え、バラマールは目前に迫っている《死》を実感した。

 自分が出来たのは、精々がその拳の勢いを削ぐ程度。

 コンマ何秒か、己の死を遠ざけただけだ。

 それでも、ただ殺されるより遙かにマシな死に方だと思えた。

 次の瞬間、バラマールは己が目で見たものを疑った。

 《神の肉体》の拳が己の顔面に突き刺さると確信したその時、突如として横から伸びた手がその拳を止めたのだ。


「「「「「【魔術師ガレットの(ソーサラー・ガレッツ)拘束・バインド】」」」」」


 更には何者かの魔法によって《神の肉体》が雁字搦めにされる。

 第二階位の拘束魔法の筈なのに、自分が知るものとは別物の魔法を見て、バラマールは夢でも見ているのかと思った。

 だとしたら随分と自分に都合の良い夢では無いか。

 だが、耳朶に響く声が、バラマールを現実に引き戻す。


「良く吼えた」

「ああ、あとコンマ何秒か遅かったら間に合わなかった」


 其処には、《神の肉体》の拳を受け止めた少女と、神々しい光を放つ翼を生やした半透明の男が立っていた。

 バラマールにその男の姿は、かつて母が読んだ絵本に出てきた天使の様に写った。

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