どうやらリルドリア公爵はランド達の正体を知る模様
リルドリア公爵達に取っては最悪の事態だった。
ランドとメーニエを警戒していたからそこ、先に護衛であるゴーレム達を倒すつもりだった。
それが焦りであると気付かずに。
それが今、全て裏目に出ている。
結果として一方的にこちらの戦力を減らしたばかりか、ランド達が戻ってきてしまった。
その隣には一見スライムにも見える水のゴーレムと蜂の大群、それに真っ白い霊獣モードレットに……芸術家の彫刻のような神々しい人形が立っていた。
戦力差は圧倒的であり、こうなってはリルドリア公爵達に勝ち目はない。
幸いなのは、主の帰還と共にゴーレム達も動きを止めたことだろう。
圧倒的有利な立場が戦闘を止めたということは、相手にリルドリア公爵の命を奪おうという意思がないことを示す。
もしそのつもりなら、戦闘を継続したままでも構わないのだ。
「ランド殿……これは一体どういうことですかな?」
「? これ? とは?」
「しらばっくれるか。何故このゴーレム達は私達に襲いかかった!?」
リルドリア公爵は一気にまくし立てた。
公爵側に被害が出たことを理由に、有利に交渉を運ぼうと考えたのだ。
だが、そんな思惑はランドの一言で消し飛んだ。
「おかしいですね。襲いかかったのはそちらではないですか? 俺……私が気付いてないとでも」
「いやッ! 何を証拠にッ!」
「証拠もなにも、貴方がたが透明化したまま襲いかかったではありませんか? ちゃんと《見て》いたんですよ? それとも、もっと詳しく説明しましょうか?」
「……ッ!」
ランドの言葉にリルドリア公爵は言葉に詰まった。
リルドリア公爵は、ランド達が戦闘開始時を見ていないと判断し、一方的に責任を押し付ける気だったのだが、当てが外れる。
ランドが使役するのゴーレムは直接制御型であり、ゴーレムの見た情報はそのままランドに伝わるのだが、それを公爵達は知らなかった。
魔術師団長のノーマッドすら、そのようなゴーレムの制御方法があることを知らなかったのだから、リルドリア公爵が知らないのも無理ないと言える。
「ああ、でも公爵閣下にはお礼を言わなければなりませんね。お陰で目的の物が手に入りましたよ」
「《神の武具》か!?」
公爵が唾を吐き出すほど興奮して問うが、ランドは左右に首を振った。
「公爵閣下が言うような武具はありませんでしたよ?」
「う、嘘を吐くな! 貴様は私に渡したくないからそんな嘘を……」
「失礼、少し言葉が足りませんでしたね。正しくは、公爵閣下が想像するような武具は存在しなかった……ということです」
「……な、なんだと?」
「この遺跡に眠る《神の肉体》こそが《神の武具》そのものなのですよ」
「…………ッ!」
リルドリア公爵は愕然と肩を落とす。
武器や鎧ではなく、《神の肉体》こそが《神の武具》だとするなら、公爵に扱えるような代物ではない。
そして、この場にいるゴーレム達を見れば子供でも分かることだが、ランドは《神の肉体》を操れるに違いなかった。
「では、まさかその《人形》が……」
「人形とは失礼ですね。これこそかつて神オグリオルが宿った肉体だと言うのに」
その言葉を合図に、彫刻の様な人形が、ずいと前に出る。
その滑らかな動きは、人形と言うより人間のそれに近い。
「どうです、この動き。まだ慣れていないにも関わらず、これほどまで人間に近い動きが出来るとは、俺……私自身も思いませんでしたよ。これは大事にしないといけませんね。服も流石に相当傷んでますし」
確かに《神の肉体》を包むにしては、服がかなり汚れていた。
まあ、千年も封印されていたのだ。原型を留めている事を鑑みれば、相当に良い品だったと思える。
ただランドは、服にはあまり価値を感じていないようだった。
「その《神の肉体》をどうするつもりだ?」
「そうですね。手始めにどの程度戦えるのか試すつもりです。五分以内に公爵閣下を殺せるなら上々なのですが……」
その言葉に公爵は文字通り言葉を失った。
先ほど攻撃を止めたのは、交渉するためではなかった。
ただ、新たに手に入れた玩具を試す為に、生き残らせたに過ぎないのだと悟った。
バラマールが公爵の傍まで退く。
アイアン・ゴーレムを相手にしていた二人の騎士はその少し前に立ち、武器を構えた。
「貴様……旅の魔術師如きが公爵である私の命を奪おうというのか!? そんな事をすれば只では済まんぞ! この国に居場所は無くなると思え!」
「旅の魔術師……?」
「ちょっと、そういう触れ込みだったでしょ? あとその喋り方、もう止めない? 聞いてて何かムズムズするのよ」
ランドが首を傾げると、メーニエがそう言って腰を震わす。
ランドはその言葉に、得心がいったかのように「ああ」と発して手を打った。
その態度に違和感を感じたのは公爵側だ。
まるで、公爵の威光など意に介さないかのような態度の理由が分からない。
「ランド殿……いや、ランド! 貴様達は何を言っている?」
「ああ、そう言う名前で自己紹介してたんだっけ?」
「そう信じ込ませる為に、オルレニア王国の魔術師協会の書類すら苦労して偽造したんじゃない。忘れないでよ!」
「まあ、もう目的は達成したし、そんな設定どうでも良いだろ」
公爵の言葉を完全に無視した遣り取りに、誰もが嫌な予感を感じていた。
この二人は少なくともオルレニア王国の人間では無い。
だったら、一体どこから来た人間なのか……。
「もう偽装も良いわね。お初にお目にかかります、リルドリア公爵閣下。わたくし、名をメイフィス・マレガ・ファルニェットと申します。口さがない者達は、わたくしの事を《獣魔王権》なんて呼びますわ」
「俺はラディル・マルガ・ブランドル。《人形繰者》の方が通りが良いかもな」
「「「なあっ!」」」
「ま、まさか……」
「《魔軍八将》…………?」
「そ、そんなバカなッ!」
二人の口から語られた正体に、誰もが驚愕を露わにした。
いや、驚くなと言う方が無理だ。
かの《魔国プレナウス》でも最強の二人。
話に聞く、想像を絶する逸話の数々。
曰く、大都市を一夜にして滅ぼした。
曰く、数百の傀儡で万を越える騎士を打ち倒した。
曰く、一つの国家が三日で《魔国プレナウス》の属国となった。
それが噂でも何でも無く、実際に起きた事件として人々の記憶に残っていた。
しかも、それがたった一人の魔人によって引き起こされたのだ。
その魔人が二人。
リルドリア公爵は奥歯がガチガチと鳴り、止める事が出来ない。
彼の魔人を同時に二人相手取り、僅か十名のリルドリアの精鋭如きで勝てる筈が無いのだ。
それこそ、霊獣に向けた戦力全てでもっても当たらなければならないような相手だ。
何よりそんな相手がオルレニア王国の内部に侵入しているなど、あってはならない。
王都に即連絡し、対応を求めなければならない事案なのだ。
だが、これで一つ分かったことがある。
ラディルとメイフィスは、公爵達を生かして返すつもりがないということに……。
二人の魔人から発せられる死の恐怖に、リルドリア公爵は全身から流れ出す冷や汗を止める事が出来ない。
公爵だけでは無い。
精鋭として集められた筈の騎士達ですら、構える剣が振るえている。
呪文詠唱に入ろうとする魔術師も、口から漏れるのは、詠唱とはほど遠い呻きばかり。
辛うじて、騎士団長バラマールと魔術師団長ノーマッドのみが、表面上は冷静さを保っていた。
そんな公爵達を見たラディルが満足そうに頷いた。
ラディルは公爵達の恐怖を敏感に感じ取り、その心理を読み取っていた。
「そう言うことだ。理解したなら大人しく、ここで死んでくれ」
ラディルが普段の口調に戻し、ニヤリと嗤う。
その姿はまるで不気味な人形が嗤ったかのように見えた。