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どうやら公爵は力尽くで《神の武具》の入手を試みる模様


 遺跡の入り口を、複数の護衛が守っているのを見つけると、リルドリア公爵一行は魔法で姿を消してから様子を窺う。

 その全てが人間以外の存在。言うなれば怪物の護衛。

 まず目を引くのは、片腕となったアイアン・ゴーレム。

 片腕を失いながらも、巨体から溢れ出す重圧は、《主人持ち》のゴーレムであることを示唆している。

 単純な命令を受けて動作するゴーレムと異なり、才ある術者による直接制御型ゴーレムは、言わば鉄の人間を相手するに等しい。術者に要求される技能が高く、世界でも希少な存在だ。

 ゴーレムの身体から陽炎が立ち上っていることから、相当な高温を発していることも窺える。


 その隣、少し離れた位置に立つのはブラッディエイプと言われる魔獣。

 高い知能と、フルプレートを着た人間を握り潰すほどの腕力を持つ、文字通りの怪物。

 かつてパーナム領で一匹のブラッディエイプによって起こされた殺戮は、いまだ記憶に新しい。


 更には異形の蟲の如き存在。

 両腕が刃と化したそれは、地上に住む魔獣とは異なる。

 恐らくは異形のゴーレムだろうが、噂に聞く混沌の生物にも見えた。


 そして、二体のボーン・ゴーレム。

 全身を銀色に輝かせるその姿は、不気味さを通り越して、一種の美しさすら胎んでいる。

 とは言え、所詮はボーンゴーレム。

 スケルトンよりは強いだろうが、並の騎士であれば遅れを取る相手ではないだろう。


 リルドリア公爵は遺跡周辺に立ち塞がる敵を見て、それぞれの危険度を判断する。

 一番厄介なのは、アイアン・ゴーレムで間違いない。次がブラッディエイプ。残りは前の二体ほどではない……と。


 リルドリア公爵は思案する。

 まずは見張りのゴーレムと、ブラッディエイプを早急に片付けねばならない。

 ランドとレーニエが遺跡の中に向かい、戦力を分断しているなら好機だ。そして好機を逃すほど愚かではないと、リルドリア公爵は自負している。

 何より、あの二人は得体が知れない。数で優位に立てる状況ならば、それを最大限に活かすべきだと考えた。

 そして、それが出来る戦力を、最低限ながらも揃えていると、自負していた。

 少数なのは致し方ない。

 大軍で人の手が入っていない森に侵入するのは、危険が過ぎた。

 狭い獣道で身動きが取れないまま、霊獣の眷属達に襲われたら、パニックを引き起こし瞬く間に全滅するだろう。

 それが分かっていたからこそ、まずは森の外へ眷属達をおびき寄せようとしたのだが、その思惑を見抜いたとばかりに、霊獣自らが森の外へ出てきたのだ。

 その為、リルドリア公爵は大軍を囮に、少数での侵入へと作戦を変更した。

 その為に選出したのは、リルドリア領内きっての実力者。その数、僅か十名。

 たった十名――七名の騎士と三名の魔術師――であるが、リルドリア領内でも最高クラス……一騎当千の猛者である。

 七名の騎士は、いずれも彼の元近衛騎士団団長にも劣らぬ実力を持つと、リルドリア公爵は信じて疑わない。

 三名の魔術師もまだ無名なれど、その実力は国内最高峰の魔術師達《オルレニア六賢者》に匹敵すると思っていた。

 幾らランドとレーニエの得体が知れないとはいえ、この十名を相手にするには足りないだろうとほくそ笑んだ。ただ、万が一ということもあり得る。まず見張り気取りの怪物達を早急に片付けねばならない。


 結論から言えば、リルドリア公爵の警戒は正しい。

 間違っていたとするなら、ランドとレーニエの正体に気付かなかったこと。

 強者であることが全ての《魔国プレナウス》でも最上位に位置する魔人であると、想像だにしていなかったことが、失敗の始まりだった。

 それはリルドリア公爵だけの失敗ではない。

 今もリルドリア公爵の傍に控えている騎士団長のバラマール、それに魔術師団長のノーマッドすら、彼らの危険性に気付いていなかった。



      ■



「お前達二人はアイアン・ゴーレムの足止めを、残りは、あのボーン・ゴーレムと両手が刃となっているヤツを相手にしろ。俺はあの紅い猿をやる。魔術師殿は……」

「わかっておる。儂らはあのでかいアイアン・ゴーレムに魔法を撃ち込めばよいのだろう?」

「お願いします」


 バラマールが部下とノーマッドにそう伝えると、ノーマッドは意図を察したように答えた。

 バラマールはまだ若く、二十代後半と思われる騎士で、整った容貌が戦闘からは縁遠そうに見える。しかし、騎士としての鍛練を怠ったことはない生真面目な男で、傷一つないその顔は確かな腕を持つ証拠でもあった。

 対してノーマッドは五十を超えた壮年の男である。白髪混じりの頭が年齢を感じさせるが、その両目からは強い生命力を感じさせた。


「公爵様は魔術師殿と行動を共にして頂きますが、宜しいですね」

「ああ、任せる」


 バラマールがリルドリア公爵に伺うと、公爵は全てを了承する。

 これはリルドリア公爵から騎士の護衛がいなくなる事を示していたが、公爵自身も腕に覚えがある身だ。

 貴族たる者、剣の一つも扱えねばならない。

 これはこの世界で、貴族の男子として当然の心得である。貴族とは言え、有事には国を守るための騎士でもあるのだ。騎士でありながら、戦場童貞であってはならない。そんな人間に、戦場で軍隊指揮など任されるはずもない。


 リルドリア公爵達は姿を消したまま、怪物達との距離を詰める。

 【魔術師ワスカーソーサラー・ワスカーズの透明空間・インビジブル・フィールド】。

 第五階位に位置するこの魔法は、術者を中心とした直径十メートル以内の、任意の対象を透明化する魔法である。

 あまり大きな音を立てたり、攻撃するなど『明らかに見つかる行為』を行った場合、魔法が解除されるが、このような場面では、この上なく役立つ魔法である。

 何よりその魔法の効果にある者には、お互いの存在がいくらか分かる程度には見分けが付くため、お互いが見えずにぶつかるなどということも無い。

 このため、このまま初撃を与えられる場所まで近付いて攻撃する事も出来る。

 消臭魔法も使っているので、臭いで見つかることもない。

 リルドリア公爵達を見つけるには【透明看破】の魔法を使う以外には無い。

 この行いを、卑怯と言う者もいるかもしれないが、これは正々堂々とした決闘ではない。

 まして相手は人間では無く、怪物だ。

 怪物相手に手を抜いては命に関わるのが、世の理だった。


 そして一行は一斉に怪物に襲いかかった。

 バラマール騎士団長は真っ直ぐブラッディエイプに向かい、姿を現すと同時に、渾身の一撃を見舞った。

 二人の騎士はアイアン・ゴーレムに向かって牽制を開始する。

 残った四人の内、二人が異形のゴーレムへ、残りの二人はそれぞれボーン・ゴーレムを相手どる。

 魔術師達はリルドリア公爵を後ろに守りながら、呪文の詠唱を開始する。


 対してブラッディエイプは反応が遅れた。

 何も無い空間から突如として現れたバラマールの一撃を避けきれず、致命傷を避ける為、咄嗟に左腕でその剣を受けた。

 硬い獣毛で覆われた左腕が、ざっくりと斬り裂かれ、体毛より紅い血潮が噴き出す。

 ブラッディエイプは怯むこと無く、その騎士をひねり潰そうと右腕を振るったが、騎士は繰り出された拳の側面を盾で叩き、軌道を逸らして躱した。

 ブラッディエイプは悔しそうに雄叫びを上げ、何度も拳を振るうが、バラマールには一向に届かなかった。

 バラマールに対するリルドリア公爵の評価は、あながち間違いではなかったのだ。

 アイアン・ゴーレムに向かった二人の騎士も、良く戦っていた。

 無理すること無く、牽制に努めることで、致命傷を負わずにアイアン・ゴーレムの意識を自分たちに向けていた。

 お陰でアイアン・ゴーレムは、魔術師達の詠唱に気付く事無く、二人の騎士をひねり潰そうと追い回した。

 異形の蟲型ゴーレム、通称ブレードマンティスに向かった騎士達は、《ブレードマンティス》と一合交えると、警戒レベルを一段上げた。

 透明化からの不意打ちであったにも関わらず、《ブレードマンティス》は二人の騎士の剣を同時に受け止めてみせた。

 その反射速度は目を見張るものがあると、二人の騎士は考えを改めたのだ。

 初撃は四人でかかるべきだったと後悔するも、すぐに気持ちを切り替え防戦に努める。

 ボーン・ゴーレムに向かった二人の騎士が、勝利を収めれば、すぐに合流するだろうと考えて、防御に専念したのだ。

 リルドリアでもトップクラスの実力を持つ騎士が、ボーンゴーレム如きに遅れをとるはずがないと考えた上での防戦だったが、この選択は間違いだった。

 この銀色のボーンゴーレムは《人形繰者ドール・オペレーター》と謳われるほどの魔人が通常と異なる製法で作り上げたゴーレムだった。

 ただ、リルドリア公爵達はそれほどの魔人がこの場にいるとは、考えてもいないし、その魔人が作り上げた特殊なゴーレムであることも知る由も無い。

 それが、敗北への序章となった。


 ボーンゴーレムに向かった二人の騎士は、必殺のタイミングで剣を繰り出した。

 これ以上ないほどの不意打ち。

 だが、ボーンゴーレムはその一撃を、難なく盾で受け止めた。

 まるで最初から見えていたかの様なその行動に、斬りかかった二人の騎士は驚愕する。

 ゴーレムと言え、視覚情報にて敵味方を判別するのは人間と同じだった。

 そして見えなければ敵として認識することは出来ない。

 只のゴーレムであれば……。

 銀色に輝く二体のボーンゴーレムは、人間などの骨で作成されたゴーレムではない。古代竜エンシェント・ドラゴンの骨から作成された《人形繰者ドール・オペレーター》渾身のドラゴン・ボーンゴーレムだった。

 《人形繰者ドール・オペレーター》はゴーレムを作成する際、姿を消して近付く相手にも対処出来るよう、【透明看破】の魔法を必ず付与して作成する。

 そう。つまりブラッディエイプ以外はリルドリア公爵達の姿に気付いていたのだ。

 気付いた上で、気付かぬフリをして待ち構えた。

 こんな動きは、与えられた命令をこなすだけのゴーレムには、絶対に出来ない。

 《人形繰者ドール・オペレーター》自らが直接制御しているからこそ、可能な動作だった。

 ボーンゴーレムなら一撃で倒せると踏んでいた騎士達の顔が、苦渋に歪む。

 それでも即時気持ちを切り替えたのは流石と言えよう。

 だが、それをあざ笑う様に、ボーンゴーレムが口を開けた。

 そして騎士は見た。

 ボーンゴーレムの口腔に魔法円が描かれていることに。

 ゴアッと吠えたかの様な音と共に、ボーンゴーレムが炎を吐いた。

 炎は騎士の身体に纏わり付き、生き物の様に鎧の中に入り込み、騎士の肉体を焼いた。

 騎士は炎を消そうと、地面を転がり回る。

 だが、油でも撒かれたかの如く、炎は燃え盛ることはあっても、衰える気配が無い。

 それを見た同僚の騎士が、一瞬怯む。

 その隙を突いて、二体のボーンゴーレムが、ゴーレムとは思えないような流麗な動きで剣を突き出した。

 それぞれの一撃が、ご丁寧に騎士の膝裏を斬り裂く。

 倒れた騎士の延髄に、剣が突き立てられるのに、数秒もかからなかった。

 騎士達の間違いは、只のボーンゴーレムと侮ったこと。それと不意を突く際に戦力を分散したことにある。

 こうして、戦線は一気に瓦解した。

 《ブレードマンティス》と戦っていた騎士達が、三対二の状況に追い込まれ、その命を散らすまでそれ程時間はかからなかったのだ。


 ブラッディエイプを相手にしていたバラマールは、その強さに舌を巻いた。

 同時に身体の奥から歓喜がわき上がってくるのを感じた。

 これほどの相手と戦うのは何時以来だろうか。

 ブラッディエイプが繰り出す、圧倒的な破壊力の攻撃を前に、首筋がひりつくような感覚を得る。

 楽しい。

 バラマールはそう感じずにはいられなかった。

 だが、それは失敗だった。

 騎士団長ともあろう者が、周囲の確認を怠り目の前の戦いに没頭したのだ。

 故に、相手の戦力を見誤ったことに気付かなかった。

 故に、撤退のタイミングを逃したのだ。


 一方、アイアン・ゴーレムを相手にしていた魔術師達は、複数の術者による多重詠唱術式を展開していた。

 使う魔法は【氷の槍】。

 膨大な熱量をもって稼働するアイアン・ゴーレムには最も有効な魔法だった。

 最大限効果が現れれば、アイアン・ゴーレムといえどもその身体が温度差で破壊される。

 そうならなかった場合でも、内部を流れる《溶けた鉄》が固体化し、動きが鈍る。

 倒せなかった場合でも、二回【氷の槍】を撃ち込めば動きを止められる筈だった。

 彼らは知らなかった。

 《人形繰者ドール・オペレーター》ラディル渾身のアイアン・ゴーレムは《射出式豪腕》が装備されていることに。

 直後、一人の魔術師が突如として飛来した鉄の拳の下敷きとなり、真っ赤な染みとなって地面に拡がった。

 魔術師団長ノーマッドは、ここに来て相手が普通のゴーレムでは無いことを悟る。

 そして、それに気付くのが遅すぎたことも理解した。

 気付けば、いつの間にかこちらの陣営はその数を半分に減らしていた。

 残っているのは自分と、もう一人の魔術師。アイアン・ゴーレムを牽制していた二人の騎士と騎士団長のバラマール。そして、リルドリア公爵の六人。

 対して、相手は全く数が減っていない。

 リルドリア公爵に判断を伺おうと振り向くと、公爵自身も理解が追いつかないのか、呆然とアイアン・ゴーレムを見ていた。

 撤退すべきだ。

 そう判断したノーマッドは意見具申する為、リルドリア公爵に近付いた。


「おやおや、誰かと思えば公爵閣下ではありませんか」


 突然聞こえた声に、戦闘中にもかかわらず、誰もがそちらを見た。

 其処にはランドとメーニエ……否、ラディルとメイフィスが立っていた。



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