どうやら俺はラグノート達と合流し遺跡に向かう模様
「仮にも《将》と言われる人が、単独で動きすぎじゃねぇの?」
「《魔国プレナウス》には《魔軍八将》以外に歴とした将軍がいます。《魔軍八将》というのは《魔国プレナウス》の中でも最も強い八人に与えられる称号ですので……」
「そんな連中が二人もいる所に、少人数で向かって大丈夫なのか?」
『《魔軍八将》以上の化け物が何を言う……』
セヴェンテスが白い目で俺を見て言う。
アリィも何故か力の抜けた乾いた笑い声を上げた。
…………解せぬ。
何か勘違いしてやいませんかね?
俺は只の幽霊に過ぎませんよ?
納得の行かない感情に振り回されかけた時、俺は蹄の音を察知し、そちらに振り向く。
見れば遠くからラグノート達が近付いて来るのが見えた。
「どしたんや、レイジ? 渋い顔して、らしくないで?」
「いや、なんか俺が《魔軍八将》以上の化け物みたいに扱われてなぁ……そんな事はないとおもうんだけど……」
合流していきなりのレリオの軽口に、俺は少し肩を落としてそう答える。
それを聞いたレリオは細い目を益々細めて、苦笑する。
「流石に《魔軍八将》以上ってのは言い過ぎや」
「だろ?」
「今のところ同じくらいやで?」
「おい!」
化け物って事に変わりがねぇッ!
レリオのやつ、フォローするつもり皆無だったよ!
そんな俺たちの遣り取りをみて、アリィ達がクスクスと笑う。
セヴェンテスと、ラグノート達と共に来た白い狼が、訳も分からないと言った風に顔を見合わせる。
「二人とも無事で何よりです」
そんな中、ミディが苦笑を抑えながら、無事合流出来たことを喜ぶ。
「で、そちらの白い狼が……」
「ええ、煌牙狼ファオリア様です」
「ああ、初めまして。俺は……」
『ここまでの道中で話は聞いているよ。君がレイジだろう? 初めまして。私はこの《白き風の森》の守護霊獣であるファオリアだ。此度は力添え、感謝するよ。それに当代の《聖女》様も、初めまして、だね』
「初めまして、ファオリア様。この度は諍いを止められず、沈痛の思いで一杯です」
セヴェンテスに比べ、ファオリアは物腰が丁寧だな。
森の名称からしても、ファオリアが霊獣たちのトップかもしれない。
まあ、セヴェンテスはちょっと気が短そうだから、トップに立つには向かなそうだし……。
『おい、レイジ。貴様、失礼な事を考えてないか?』
「そ、そんなことないですよ?」
『なら、もう少し表情を隠せ』
「え? 顔に出てた?」
『やはり失礼な事を考えていたではないか!』
やべ。引っかけだったか。
幽霊になってから、顔に出やすくなってる気がする。
実体が無いので表情とか以前より作りにくいんだよね。
今後の課題だな。
『で、遺跡の様子は?』
『中には入られただろうな。外に見張りのゴーレムがいるようだ』
ファオリアの質問にセヴェンテスが吐き捨てる様に言う。その言葉には、哀しみと僅かな怒りを感じた。
『……モードレットでも歯が立たないゴーレムですか……相性が悪いと言えばそれまでですが、《人形繰者》の名は伊達ではなさそうですね……』
ファオリアが眉をひそめ、短く息を吐いた。
「《人形繰者》のアイアン・ゴーレムとなれば、人間や霊獣では相手にするのは厳しかろう」
ファオリアの懸念を察したのか、リーフが俺を見てニヤリと笑いながら言った。
「場合に寄っては任せて良いか?」
「うむ。アイアン・ゴーレムは、妾が相手をしよう」
リーフが自信たっぷりにそう言った。
それを見たセヴェンテスが、その意味が分からず頻りに首を捻る。
『いや、お前にアイアン・ゴーレムの相手が出来る筈がなかろう?』
リーフの正体を知らないセヴェンテスの言葉に、ファオリアの顔色が変わる。
リーフも、セヴェンテスの反応を面白そうに見ていた。
うわ。この竜、正体隠す気か……。
ファオリアは正体を知っているようだが、どうもセヴェンテスに話すつもりが無いらしい。
「ふむ、まあ、その時が来れば分かるじゃろ」
リーフはそれだけを言った。
アリィやラグノートも、何か言いたそうだったが、結局のところ口をつぐんだ。
納得行かないセヴェンテスはしばし黙考した後、俺を見た。
皆が隠してるのに俺がバラす訳にも行かず、ただ両肩を竦めてとぼけるしかなかった。
■
「しかし、《人形繰者》に《獣魔王権》が相手ですか……やはり事前に戦力を把握しておきたいですね」
森の中を移動しながら、ラグノートがそう希望する。
霊獣の案内があるためか、重装備の騎馬が進むのも苦は無い。
「相手の戦力もそうですが、リルドリア公爵の行方も気になりますね」
ミディもラグノートの意見に同意する。
「聖霊を先に向かわせてますが、脅威となるものが数体いることだけしか分からないですね」
アリィも気になっていたようだ。
まあ、仮にも《魔軍八将》なんて呼ばれている相手に、戦いを挑むことになりかねないのだ。警戒は最大限に行っておくべきだろう。
となると、これはやはりまた、俺の出番だろうか?
「ここはやっぱり俺が……」
「そういや、レイジは《千里眼》を覚えとらんかったか?」
俺が先行しようとした時、レリオが俺に確認する。
……《千里眼》?
あったかも……。
俺は自身の記憶の中から、今習得している魔法を検索する。
「………………あったわ」
第四階位魔法にそんな魔法がありました。
それを聞いた皆が、俺を呆れた目で見た。
いや、使ってない魔法だったので、すっかり忘れていた。
………………言い訳にもならないな……。
「この《千里眼》って視界が通っていなくても、遠くのものが見える認識で合ってる?」
「そうやな。遠くに自分の目を置く感じや」
この面子では現代魔法に最も詳しいレリオが、そう答えた。
流石はパーティ随一の魔法剣士である。
魔法を記憶しただけの俺とは、大違いだ。
…………今、誰か無能っつったか?
……気のせいか。
おっと、いかん。出来ることがあるなら、すぐに試さねば。
俺は、己の魔力を少しだけ解放する。
「【マナよ、集まりて新たな我が目を形成せよ】【壁を越え、川を越え、遙かを見つめよ】【光を越え、闇を越え、その目に焼き付けよ】【見よ、我が目に隠せるものは何処にもない】【魔術師ウルスラの千里眼】」
魔法を唱えると、俺の視界が少しずれて、掠れる。
右目だけ、少し先に先行したかのように見えるのだ。
望遠鏡を見ながら、望遠鏡を覗いていない目でも景色をみているような感じ、と言えば何となく想像できるだろうか。
僅かに魔力を感じるのは、俺のやや前方に《千里眼》で出来た《新たな目》が、そこにあるからだろう。
ただ、透明なため、その目を確認することはできない。
俺は、《千里眼》を森の中央に先行させた。
成る程。偵察するだけならこっちの方が手軽だな。
潜入工作となると、俺が直接出向いた方が良いんだろうけど。
ただ……。
「ちょっと視界悪いな。なんか、壁にある小さな穴から覗いてるみたいだ」
「《千里眼》ちゅうのは、そういうもんらしいで」
「なんで?」
「《千里眼》を開発した《魔術師ウルスラ》が、『覗きの感覚が欲しい』つって……」
「聞くんじゃなかった!?」
まさかとは思ったが、完全に覗き目的で作られた魔法だったよ!
だが、このままだと使いづらい。
俺は《千里眼》を制御しながら、どうにか視界をクリアにできないか魔力制御を行う。
色々試すうち、俺の視力に使う魔力を、《千里眼》の魔力と同調させると視界が開けるようだ。これは俺が肉体による視力を持たないからこそ、可能だったように思う。
完全とまでは行かないが、ある程度視界が開けたところで、俺は《千里眼》を森の中心部に先行させた。
今度、暇になったら本格的に調整しよう。
《千里眼》は、あっという間に遺跡の前に到着する。カメラ付きドローンみたいに使えるのは便利だな。遠く離れていても、遺跡の周囲を確認出来るのはありがたい。
俺は《千里眼》を通して、遺跡の入り口付近に門番の様に立つ、複数の影を見つける。
「……明らかに鉄製のゴーレムがいるな。他には……骸骨っぽいのが二体と、人間大のカマキリ? それに紅い毛の大きな猿もいるな」
『ブラッディエイプ……ヤツも《獣魔王権》の手に落ちたか……』
『私達の天敵とも言える存在ですからね……』
セヴェンテスが殺意を漲らせ、ファオリアが悲しそうに肩を落とす。
この二人(?)って、なんか外見と性格が逆なんだよなぁ。
狼の方が大人しくて、馬の方が気性が荒い感じがする。
「その『ビースト・レガリア』ってヤバいの?」
『ヤツは強力な調教師でな……特に魔獣や霊獣に対しては滅法強い。ヤツ自身が魔族との混血と言うこともあり、他者を支配する魔術に長けている』
『そうですね……さらに《支配の鞭》という伝説級の武具を持っていることも、彼女の強さに拍車をかけています。彼女が本気になれば、命ある者は全て彼女に傅くでしょうね』
「そんなにですか」
セヴェンテスが忌々しげに言うと、ファオリアは困り気味に言葉を続けた。だが、困った様な気配とは裏腹に、ファオリアの声には憎々しげな思いが込められているように思えた。
というか、《獣魔王権》って女なのか。
鞭を持ってるとか、何となく女王様系な気がする。
…………うん?
「レイジ? どうしましたか?」
「いや、《千里眼》の方が、不自然に動く草木を捉えた気がして……」
俺の様子が変わったことにアリィがいち早く気付く。俺は、アリィに自身が感じ取った違和感を伝える。
「確か霊獣の眷属は、遺跡の周囲に近付いてないんだったよな?」
『ああ、敵に《獣魔王権》がいる以上、眷属達を近づけるのは自殺行為だからな』
俺がセヴェンテスに確認すると、セヴェンテスは当然とばかりに首肯した。
となると、眷属以外の何かが、遺跡の前にいる可能性がある。
「本当に何かいたのですか?」
「姿は見えない……が、茂みが上から潰されたような動きをした。風や自然現象の類いでは無いと思う」
「まさか……リルドリア公爵でしょうか? 公爵なら透明化を使える魔術師くらい召し抱えているでしょうし……」
「多分、当たりだね」
アリィが予測したように、俺の《千里眼》は虚空から不意に出現した数人の男を捉えた。
数にして十人。
その中で、一際身なりの良い四十代くらいの男が見えた。
あれがリルドリア公爵だろう。
同時に、遺跡の中から数人の人影が現れた。
少年に見えるのが恐らく、《人形繰者》。
妖艶な女性が《獣魔王権》だろう。確かに女王様っぽい。上にSMって付くけど。
そして、連中は何やら会話を始める。
会話の内容が聞こえないかと、俺は聴力に魔力を込める。
雑音をより分け、会話だけを拾おうと集中する。この辺り、まだ慣れていないためか少々時間がかかる。
特に移動しながらというのは、中々に難しい。
だが、何とかして俺は遺跡周辺の音だけを抽出することに、成功した。
そんな俺に聞こえて来た言葉は……。
「ヤバい! アイツら公爵達を殺すつもりだッ! セヴェンテス! あとどの位で遺跡に到着する!?」
『どんなに急いでもあと三分はかかるぞ?』
俺とセヴェンテスの言葉に、アリィ達一同に焦りの色が見える。
「レイジ!」
アリィが悲鳴に近い声で俺の名を叫ぶ。
「分かってる! リーフ!」
「応ともさ!」
俺はリーフに声をかけると、森の上を飛翔する。
リーフも背中から翼を生やし、俺に追随した。
「レイジ……リーフェン様……頼みましたよ」
任せろ!
俺はアリィの祈りに似た小さな呟きに、心の中で答えつつ、遺跡に向かって加速した。