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どうやら俺は幽霊のくせにくしゃみをする模様


「しかし妙だな……簡単すぎる……」


 メイフィスがモードレットを《調教》し終わる頃、ラディルは戦闘の結果に、僅かながら違和感を覚えた。

 幾ら何でも眷属の数が少なすぎる。

 この森全体で言えば、もっと大量に獣達が襲ってきても不思議ではない。

 比較的小さい森とは言え、それでも下手な街より大きいのだ。

 遺跡を守る霊獣の眷属が僅か四十頭とは……ラディルが当初予定していた戦力の五分の一にも満たない。


「どうかしたの? 何時になく深刻そうな顔しちゃって?」


 丁度モードレットの《調教》が終わったメイフィスは、ラディルの様子に訝しんだ。


「気付かないか?」

「眷属の数のこと? 確かに少ないわね」

「少ないなんてもんじゃない。俺が知覚する範囲でも相当な眷属の気配がするのに、まるで見捨てた様にここには近付いてこない」


 ラディルから離れる事二百メートルあまり。そこには霊獣の眷属達が多数、息を潜めていた。

 だが、モードレットの救出を試みるでもなく、近寄ることすら無く、ただ黙ってその場を動かない。

 霊獣と眷属は魂で繋がっており、非常に強い絆で結ばれている。

 そんな眷属が、霊獣を見捨てただ黙っていることに、ラディルは一抹の不安を覚えた。


「不安ならこっちのお猿さんに聞いてみる?」


 メイフィスは、親指で背後に控えるモードレットとブラッディエイプを指さして、そう言う。

 ――確かに考えるよりその方が早いか。

 ラディルはそう決断すると、「頼めるか?」と確認を取る。

 メイフィスが少しだけ邪心の混じった笑みを浮かべるが、ラディルの眉間に皺がよるのを見て、やれやれと言わんばかりに両手を軽く挙げる。

 貸しにしようとしたのが見抜かれ、諦めたのだ。


「じゃあ、モーちゃん。教えて頂戴? どうして貴方の眷属達は数で攻めてこないのかしら?」


 メイフィスは目の前にひれ伏すモードレットの顎を撫でながら問いかける。

 戦っているときに感じた精悍な雰囲気は完全になりを潜め、別猿に見えるほど虚ろな目をしたモードレットは、抵抗するように暫く口を震わした後、ゆっくりと答え始めた。


『――我々ではブロブ・ゴーレムもアイアン・ゴーレムも倒す術がありません。いたずらに被害を増やさないため、眷属には手を出さぬよう念話で伝えました』

「ふうん……それにしては随分あっさりとしたものね。てっきり命を賭けて貴方を助け出すものと思っていたのだけど? それとも今、貴方が眷属に助けを求めたら一斉に向かって来るのかしら?」

『――それはあり得ません』

「私は無理矢理貴方にそうするよう言えるのよ?」

『――いえ、そうではなく……セヴェンテスとファオリアが決して手を出さぬよう命じております。例え私の命が尽きても手を出すなと……』

「……もしかして……セヴェンテスとフォアリアが助けに来るのかしら?」

『――はい』


 その言葉を聞いて、メイフィスの表情が恍惚としたものに変わる。

 メイフィスは支配できる霊獣は一体で良いと、当初は考えていた。

 幾らラディルの使役するゴーレムが圧倒的に強くても、三体の霊獣とそれを取り巻く無数の眷属を相手にした場合、幾ら何でも危険過ぎると分析していたのだ。

 数で圧倒されれば、流石にラディルやメイフィスも自身を守りきれない。

 勿論、ラディルとメイフィスが持つ全ての戦力で戦えば、三体の霊獣を全て支配するのは容易――とまでは言わないが、さほど苦にはならなかったに違いない。

 ただ、それでは目立ちすぎるし、その行為は表だってオルレニア王国に対し、軍隊を派遣するのに等しく、後々面倒なことになりかねない。

 そうならない為にリルドリア公爵をそそのかし、霊獣たちを分断したのだ。

 だが、眷属達が動かず、霊獣だけがこの場に向かってくるのであれば話は違ってくる。

 あわよくば残りの霊獣を配下に出来るのではないかと、そんな欲が湧き上がる。

 今回の作戦はあまり予定通りに進んでいない。

 特に、王都に向かったクーエル達と連絡が取れなくなったのが痛い。恐らく捕まったか殺されたかしたのだろうが、であれば損害を何かで埋め合わせたいと考えてしまうのは仕方ないと言えた。

 なので、もし霊獣だけがここに向かってくるのであれば、全て支配下に置ける最大の好機とメイフィスは思案した。


「霊獣だけで救出に来るつもり?」

『――いえ、とある方に助力を仰いだと……』

「助力?」

『――《聖女》アルリアード様と、聖女に仕えし想像を絶する化け物が……』


 聖女と聞いて、メイフィスが渋面になる。

 そして、先ほどの思案が無駄に終わったことを理解した。

 メイフィスは聖女に対し相性がとことん悪い。

 聖女の【解呪】は《支配の鞭》による呪いを無効化するし、例え異界から魔獣や精霊を召喚しても、それを瞬く間に送還してしまうだろう。

 仮に聖女が今この場に現れたなら、折角支配したモードレットが解放されてしまう。

  ラディルの支配するゴーレム達は、魔術要素が強く、聖女の力ではその支配を解くことは不可能なので、そちらは心配ないが、メイフィスからすると、出来れば出会いたくない相手の筆頭であった。


 更に聖女は数人の騎士を従えている。

 特にラグノートはオルレニア王国の元近衛騎士団団長であり、近隣諸国に名を馳せた英雄でもある。

 彼を良く知る者ならば、ラグノートが一部で化け物と称されているのも、当然知っていた。

 ただ、モードレットがラグノートと明言しなかったのが気にかかった。


「ねえ? その化け物って、何?」

『――分かりかねます。ただ、セヴェンテスが《化け物》と……』


 メイフィスとラディルは、そろって背筋に嫌な寒気を感じて身震いする。

 霊獣の中で厄介なのはモードレットだが、単純な戦闘力で計るならセヴェンテスが最強なのは間違い無い。

 雷の申し子たるセヴェンテスには、磁力を操るという特技がある。

 その磁力はラディル自慢のアイアン・ゴーレムの動きを封じる程に強い。

 セヴェンテスは、その激しい気性から、磁力で戦うより電撃で薙ぎ払うことを好む。事実、磁力を使って戦った記録は、セヴェンテスが現れて三千年の間で数える程しか無い。逆に言えば、それだけの強さを隠しているとも言える。

 それ程の強さを持つセヴェンテスをもってして《化け物》と称したのだ。

 その相手がラグノートとは……いや、人間とは考え難い。

 二人は己に湧き上がる未知なる不安を警戒した。

 《魔軍八将》と呼ばれる彼女らは、いざというときは己を律し、決して無謀な選択をしない。

 だからこそ《魔軍八将》の地位にいるのだ。

 その二人の勘が警鐘を鳴らすほど、その《化け物》は危険な気がした。


「急いだ方が良さそうね?」

「そうだな」


 メイフィスの言葉にラディルも口元を引き締めて同意する。

 ブロブ・ゴーレムやワスプ・ゴーレムが聖女達に負けるとも思えないが、それでも不安が拭えない。

 ラディルもこんな経験は初めてだった。


 遺跡の入り口はモードレットが楽に入れる程に大きい。

 ラディルはブロブ・ゴーレムとワスプ・ゴーレムを率いることに決め、残りを遺跡に近付く者へ攻撃するよう命じて待機させる。

 メイフィスもモードレットのみを共につれ、ブラッディエイプには他のゴーレムと動揺に周囲の警戒に当たらせた。

 モードレットとその眷属であるブラッディエイプは、お互いに念話が出来るので、ブラッディエイプを見張りに置いておけば、聖女達の接近にはいち早く気付けるだろう。

 メイフィスは、最悪、ブラッディエイプを囮にしてでもモードレットを連れ帰りたいと望んでいた。

 でなければここに来た意味が無いからだ。

 一番確実なのは、今すぐにモードレットを連れて、ここから撤退することだ。だが、まだその選択は出来ない。

 何故なら、ラディルの目的が達成されていないからだ。


 ラディルが損害を出してまでここに来た理由。

 それはこの遺跡にあると言われている《聖遺物》だった。

 かつて神が降臨するために使ったと言われている《神の人形》であり、《神の肉体》。

 ここにその《聖遺物》が眠っている可能性が高いと数ヶ月前より調査を進めていたが、先日、《冥王使徒ハーデス・アポストロ》ヴィルナガンが信憑性の高い古文書を見つけてきたのだ。

 ヴィルナガンは、過去より《死霊王の魂》を呼びだし支配下に置く目的で、オルレニア王国の東に位置する遺跡の調査に向かっていた。

 肝心の《魂の召喚》には失敗したのだが、代わりに《聖遺物》に関する書物を入手したのだ。

 その書物を読んだ時、この地に《聖遺物》があることを確信したラディルは歓喜した。

 そして、何かとヴィルナガンに対して敵愾心を燃やすラディルは、是が非でも《聖遺物》を手に入れたいと考えていた。

 そうすることで魔王に対し力を示し、ヴィルナガンより優位に立てる。

 そうしなければならないと心に決めていた。

 だからこそ、《聖遺物》を入手せずに撤退することは有り得なかった。



      ■



 一行は、《聖遺物》を入手するため、遺跡の内部に入っていった。

 メイフィスは撤退すべきと考えていたが、それをラディルに申し出ることは出来なかった。

 自分だけ目的を達成した後であれば尚更である。

 ただ、《白き風の森》は結界で守られており、特に転移系の魔法は徹底的に阻害されている。

 《聖遺物》を見つけたら、即時《転移の宝玉》で撤退とは行かない。

 一度、結界の外に出なければならないのだが……。


「………………化け物……ね……」


 セヴェンテスが大袈裟に言っている可能性もあったが、メイフィスは何故か楽観的に捕らえることが出来なかった。

 聖女ではなく、その《化け物》によって、もっと大きな損害が出そうな気がしてならなかった。



      ■



「ぶえーーっくし! ぶえーーーーーーくしッ! っと、ちきしょうめえッ!」

「なんで幽霊なのにくしゃみしてるんですか? あと、最後のは何ですか?」


 突然、オッサンくさいくしゃみをした俺に、アリィが不思議そうな顔をして言った。


「俺の元いた世界じゃ、誰かが噂をするとくしゃみが出るって言われててね……二回連続は確か、悪い噂だったかな?」

「それは、魔法的な何かでしょうか?」

「いや、只の迷信なんだけど……」


 とは言ったものの、幽霊がくしゃみなんて確かにおかしいよな?

 アリィの言うように、魔法的な何かって考えた方がしっくりくる。

 そう考えてから、俺は何故か笑いがこみ上げてきた。

 魔法のせいにするなんて、すっかりこっちの世界に馴染んだものだと思ったら、何か可笑しくなったのだ。

 こっちの世界に来て一ヶ月くらい経つのだから、馴染んでいるのも当然なのだが、自分の中の常識が、いつの間にか変わっている事を自覚する。

 だが、それで良いと思った。

 もう、元の世界には戻れないのだ。

 来々世くらいには戻れるかも知れないが、それもかなり先の話だ。

 今は、この世界に馴染めた方が良い。

 そして、この世界は俺にとって悪くない世界だった。

 なんだかんだ言って、良い縁ばかりに恵まれた。

 そう思えることに、俺はどこか暖かい気持ちになった。


『誰かが貴様を化け物呼ばわりしてるんだろうよ』

「……人が温かい気持ちになってるのを台無しにしないでくれないか?」


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