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どうやら《魔国プレナウス》の魔人とモードレットの戦いに決着がつく模様


 眷属達が次々とパニックに陥る中、ブラッディエイプは何とか冷静さを保っていた。

 正直なところ、ブロブ・ゴーレムやワスプ・ゴーレムはブラッディエイプを持ってしても歯が立たないだろう。


『ふむ……なれば……』


 ゴーレムを倒せないのであれば、あれらをコントロールしている術者を倒せば状況は変わるだろう。

 そう考えたブラッディエイプは、ラディルを目標に定める。


 《魔国プレナウス》の《魔軍八将》と讃えられる相手ではあるが、あのような細身であれば一捻りで倒せるだろうと踏んだブラッディエイプは、ラディルに向かって駆け出す。

 巨体に似合わない機敏な動きで、瞬く間にラディルに接近したブラッディエイプは、全力でもってその豪腕を振り下ろす。

 大木すら易々とへし折るその拳が当たれば、ラディルの全身の骨がバラバラに砕けるのは必定。それどころか絶命の可能性も高い。

 しかもラディルはブラッディエイプを意識しておらず、反応が遅れる。

 必中を確信したブラッディエイプは、目元に歓喜を浮かべた。


 だが鈍い音と共に、その拳が何者かによって止められる。

 それを止めたのは、ラディルの両脇に控えていた鈍色のボーン・ゴーレムの片割れだった。

 己の指より細い腕に、自慢の豪腕が止められた。その事実を理解出来ず、ブラッディエイプは、僅かに思考停止する。その一瞬が、今度は相手の好機となる。

 その隙をもう一体のボーン・ゴーレムは確実に突く。すかさずブラッディエイプの懐に飛び込むと、その太い脚に深々と斬りつけた。

 並の剣では獣毛に阻まれ、皮膚まで届くことがないが、ボーン・ゴーレムの一撃は分厚い獣毛と硬い皮膚に覆われたブラッディエイプの脚を易々と斬り裂いた。


『グアアッッ!!』


 左足に熱のように疼く痛みを感じながら、ブラッディエイプは両腕を振り回し、応戦する。

 しかし、ボーン・ゴーレム達は機敏な動作でその拳を躱し、逆に痛烈なカウンターを叩き込む。

 見る間にブラッディエイプの全身が、その赤毛とは異なる紅い色で染まっていく。


 ボーン・ゴーレムはそれ程強いゴーレムではない。それどころか弱い部類に入る。

 事実、先ほどシルバーバック達は三体のボーンゴーレムを軽く捻っている。

 なのに、目の前のボーン・ゴーレムはブラッディエイプの拳を易々と止めて、更にはその全身を深く斬りつける程に強い。


 ブラッディエイプは知らなかった。

 そのボーン・ゴーレムは《竜の骨》を用いて作られた特製であることを。

 その身に竜の魔力を纏った、凶悪な戦士であることを。

 単体ですら、ブラッディエイプに比肩するほどの強さを持つことを。

 

 一方的な展開になりつつあったが、それでもブラッディエイプは諦めなかった。

 無造作に両腕を振り回しているように見せかけ、ボーン・ゴーレムの連携を少しずつ崩していた。

 その間に全身の力を少しずつ脚に溜めていく。

 ゆっくり、ゆっくり。ほんの一瞬だけ爆発させるその時を待つ。


 ボーンゴーレムが左右に分かれ、ブラッディエイプを挟み撃ちにしようとしたその時、ブラッディエイプは溜めていた脚力を爆発させ、一気にラディルの元に驀進する。その勢いのまま両腕を組んでハンマーの様に叩き付けた。

 爆音と共に地面が文字通り爆発する。周囲に大量の破片をまき散らし、追いかけるようにブラッディエイプの背後から襲いかかろうとしていたボーン・ゴーレムが吹き飛ばされる。

 勿論、振り下ろした拳の真下にいたラディルは絶命しただろう。

 ブラッディエイプは口角を歪め、今度こそ歓喜の声を上げようとした。


 だがその直後、目の前に浮かぶラディルの姿に愕然とする。

 ラディルはその場で腰を捻り、ブラッディエイプの顔面に強烈な後ろ回し蹴りを見舞った。

 岩山を粉砕したような轟音と共に、ブラッディエイプがぐらりと後ろに倒れ込む。

 有り得ない。

 ブラッディエイプは、倒れながらそう思った。

 自分の身長の半分に満たない人間――体重差で言えば十倍はあるであろう相手――に、空中で蹴りを食らって後方に転倒したのだ。

 想像の埒外の結果に、何故そうなったのか理解が出来ない。

 いや、そもそも、アレは本当に人間なのか?

 自分は、何を相手にしたのだ?

 次々と湧き上がる疑問に答えは出ない。

 ただ、この戦いに勝機が見いだせない事だけは、明確に理解した。


「ちょっとぉ? あまり傷つけないでくれる? 使い物にならなくなったらどうするのよ?」

「だったらさっさとしろと、毎度言ってるだろう!? 何度言わせる」

「分かってるわよぅ……せっかちなんだから」

「何か言ったか?」

「何も~~~~?」


 ラディルの言葉におどけた返事をしながら、メイフィスは自慢の鞭を地面にピシリと打ち付けて、ブラッディエイプへと近付く。


「さあぁ、紅いお猿さん。お姉さんとぉ、イ・イ・コ・ト……しようねぇ?」


 メイフィスが嗜虐的な笑みを浮かべると、ラディルは眉間に手をあて呆れた様に溜息を吐いた。

 ラディルは気を取り直し、周囲を見渡す。

 四十頭いた眷属達は、その殆どが息絶えており、戦いのすう勢は既に決していた。

 ブラッディエイプも、程なくしてメイフィスの下僕と成り果てるだろう。

 となれば、残りは大本命である霊獣《読心猿リーディング・エイプ》モードレットのみ。

 そのモードレットもアイアン・ゴーレム相手では時間の問題だろうとラディルは考えていた。

 あのアイアン・ゴーレムはラディル自慢の一品だ。

 その特性上、アイアン・ゴーレムに生身の生物が勝つ方法は殆どない。

 炎や熱に耐性の高いドラゴンなら戦う手段はあるだろう。

 だが、ラディルのお気に入りであるあのゴーレムには《射出式豪腕》が装備されている。  例え飛行できるドラゴンであっても、その豪腕の餌食に出来ると自負していた。

 実のところ、メイフィスに頼まれてヒュージドラゴンの捕獲に向かった際、このアイアン・ゴーレムを使用したことがある。その時も、ヒュージドラゴン相手に後れを取ることは一度も無かった。

 ブロブ・ゴーレムが一部の魔法攻撃しか効果が無いように、アイアン・ゴーレムは圧倒的な物理攻撃しか効果が無い。

 しかもアレが持つ熱量に堪えられる攻撃で無ければならない。

 可能性があるのは投石機による遠距離からの攻撃だが、ラディルが鍛え上げたこのゴーレムには魔国が所持するどんな投石機も致命打を与えられなかった。

 そして今も……。


 アイアン・ゴーレムは片手でモードレットの喉輪を押さえ、高々と持ち上げている。

 モードレットの首元からは肉の焦げる臭いが立ち上り、その両腕はダラリと下がったまま動かない。

 多少は苦戦するかと思ったが、そうでもなかったか……。

 噂の霊獣の力がどれ程のものかと思っていたラディルは、警戒する程では無かったことを理解しどこか落胆した。

 圧倒的な力というのも面白くはないと、グッタリしたモードレットを見上げながらラディルは考えていた。

 流石にこれ以上モードレットを痛めつけてはメイフィスがうるさいだろう。

 そう思い、ラディルはモードレットを地面に下ろすようアイアン・ゴーレムに命じる。

 命令に従い、アイアン・ゴーレムが指の力を抜いた。


 モードレットがゆっくりと地面に崩れ落ちる。

 そう思われた直後。

 モードレットはアイアン・ゴーレムの腕に全身で組み付いた。

 モードレットの全身から肉の焼ける臭いが辺りに立ち籠める。

 モードレットは苦痛に顔を歪めながらも、その腕から離れようとしない。


「んなっ! てめぇ! 何をッ!」

『ふふふ……霊獣の誇りに賭けて、相手に一太刀も浴びせず終わる訳には行かなくてな……フンッ!』


 モードレットが全身に力を込めると、大木の様な両腕が更に倍ほどに膨れ上がる。


 ゴシャアッ! ジュワアアアアアアアアアッ!


 アイアン・ゴーレムの腕があちこち破砕し、そこから溶けた鉄――アイアン・ゴーレムの《血液》――が辺りにブチ撒けられる。

 《血液》が降り注いだ木々が発火し、モードレットの体毛からも炎が上がる。

 モードレットが両腕を離すと、ひしゃげたアイアン・ゴーレムの腕がズドオオンと音を立て地面にめり込んだ。

 潰された腕は魔力供給の《血液》を失い、ピクリとも動かない。


 それを見ていたラディルは、ほんの僅かな時間、呆気に取られていた。

 だが、すぐに気を取り直すと、今度は少年のような顔が次第に怒りに歪む。

 そしてその怒りがついに爆発した。


「このクソ猿があああああああッ! 人のお気に入りをぶち壊してんじゃねえぞおおおッ!」


 アイアン・ゴーレムが残った腕を振りかぶり、膝を付いて喘ぐモードレットの頭部に振り下ろす。

 骨の砕ける音がし、モードレットは地面に叩き付けられた。

 それでもラディルは収まらず、何度もモードレットを打ち据えた。

 流石の霊獣も全身火傷に多重骨折、更には折れた骨が内臓に突き刺さり瀕死の状態に陥る。


「ちょっとぉ! 何やってんのよぉ!? 流石にやり過ぎよぉ! 殺す気ぃ!?」

「殺してやるさ! こんなクソ猿! すぐにでもミンチにしてやるッ!」


 ブラッディエイプを従えた終えたメイフィスが、慌ててラディルを止めるが、怒りに我を忘れたラディルは止まる気配が無い。

 アイアン・ゴーレムに命じ、何度もモードレットを踏みつける。


 それを見ていたメイフィスは大きく溜息を吐いた後、ラディルに冷たい視線を送り、その首に手にした鞭を巻き付けた。

 怒りのあまり周囲への警戒がおろそかになっていた上、まさか仲間から攻撃されるとも思っていなかったラディルは、メイフィスの攻撃を全く知覚できていなかった。


「メイフィス……何をッ!」

「冷静になりなさいって言っているのぉ。怒りをぶつけた所で貴方が普段から口にしている『時間の無駄』にしかならないでしょうぅ?」

「クソ女ッ! この鞭を外しやがれ!」


 気道を抑えられている筈なのに、ラディルは変わらずに悪態を吐く。

 だがメイフィスにそれを気にした様子はない。

 ただ、冷たい目線が文字通り凍り付きそうな程に強まっただけだ。


「いい加減にしないと貴方を調教するわよぉ? ゴーレムは無理でも貴方なら効きそうよねぇ?」


 其処まで言われ、やっとラディルがピタリと暴れるのを止める。

 同時にアイアン・ゴーレムもその動きを止めた。


「…………すまん。少し冷静じゃなかった」


 そう言って、ラディルは両手を肩の位置まで上げる。


「分かれば良いのよぉ」


 それを見たメイフィスはラディルを睨み付けるのを止め、僅かに笑みを浮かべてからラディルを解放する。

 その後、メイフィスは瀕死のモードレットに近付き、一度だけ軽く打ち据える。


「さあぁ、まだ生きているなら少しだけ口を開けなさいぃ」


 メイフィスの命令に瀕死のモードレットは僅かに口を動かす。

 メイフィスは豊満な胸元から小瓶を取り出すと、中身をモードレットの口に注いだ。


完全治癒薬フル・ポーションよぉ。ちゃんと飲み干して元気になりなさいぃ」


 完全治癒薬フル・ポーション

 高位の司祭が使う最上位治癒魔法に匹敵する効果を持つ魔法の治療薬である。

 これ一本で並の騎士の十年分の稼ぎに匹敵するほど高価な代物である。

 メイフィスはそれを躊躇うこと無くモードレットに使った。

 ただし、文句を言いたげな視線をラディルに向けているので、メイフィスにとっても安い物ではなさそうだった。


 メイフィスの言葉に従うように、モードレットは完全治癒薬フル・ポーションを嚥下する。

 瞬く間に流血が止まり、傷が塞がり、火傷が癒えていく。

 効果が出ている事を見たメイフィスは満足そうに頷くと、鞭で地面をビシリと叩いた。


「それじゃあぁ、白いお猿さんも私の下僕にしてあげるわねぇ!」


 嬉々としてそう言うメイフィスを、ラディルは釈然としない目で見つめた。


「結局もう一度いたぶるんじゃねぇか……」


 ラディルの独り言は、歓喜に酔いしれながらモードレットを《調教》するメイフィスの耳には届かなかった。

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