どうやら俺はドラゴンとの戦いに挑む模様
■前回の登場人物
向日島レイジ:本編の主人公。生前は食べることが数少ない楽しみだったが、現在それも不可能になったので浮遊することに楽しみを見いだそうとしている。
アルリアード・セレト・レフォンテリア:通称アリィ。当代の《聖女》。レイジを転生させるため王都へ向かうことを決める。
ミディリス・ナスナ・フィルディリア:通称ミディ。アリィに仕える騎士の一人で、自分にも他人にも厳しい。というかレイジとレリオに厳しい。
レリオード・ナスガ・クルツェンバルク:通称レリオ。アリィに仕える騎士の一人。意外と冷静に物事を判断している。
ラグノート・ナスガ・ブランディオル:アリィに仕える騎士の一人で隊長格。出番少なめ。
死霊が見守る――というか、ジッと見ている――という奇妙な空気の中での食事が終わると、一同は夜営について話し合っていた。
やがて、無人の村なら邪魔が入らないという好条件をヴィルナガンが見逃す筈がないという予想と、俺に対する監視を兼ねて、二人一組になって夜営をすることに決まった。
組み合わせは前半がレリオとミディ。後半が残りの二人となった。
……ミディとラグノートって組み合わせでなくて本当に良かった……その組み合わせを前に長時間過ごすなんてのは、俺にとって拷問に等しい。
前半組の二人は中央広場に向かい、竈に火を入れるとその周囲に座った。
俺に触覚が無いせいか、火を炊かれても温度が分からんな。
畑の様子から冬って事はなさそうだが、夜はそれなりに冷えるのだろうか……。
「もしかして、この辺りは結構冷え込むのか?」
「普段はまだそうでもないんやけど、今日は偶々やね。意外に今年は冬が早いのかもしれんな」
「レリオ、無駄話をするな」
「堅いなぁ、ミディちゃんは。世間話くらいええやないの?」
「そうそう、天気の話ってのは万人共通で出来る世間話の一つだぜ?」
次に続かなくて「そうだな」の一言で終わっちゃう世間話の代表例でもあるけど。
「堅くて構わん……そもそも聖騎士である私が死霊などと馴れ合う訳にはいかんのだからな」
「聖騎士ってあれか……神に仕える騎士ってやつか……」
「ふん……無知な貴様も流石に知っていたか……」
いや、あくまでゲームの中とかでの知識としてね……とは言えない。
そもそもゲームを説明するのが大変そうだし……。
「ミディちゃん……もしかして?」
「何だレリオ……あとちゃん付けは止めろとあれほど……」
「もしかして、レイジが創造神様の祝福を受けてることに嫉妬しとる?」
「んなッ! な……ななななな……そ、そそ……そんな訳あるかッ!」
え?
もしかして、俺にずっと突っ掛かってた理由って、それ?
見ればミディは顔を赤くし、分かりやすいほど狼狽している。
「そういやぁ聖騎士にとって《神の祝福》は最大の誉れやもんなぁ……そら嫉妬もするわな」
「ちちち……違うと言っているだろう?」
ミディは必死に否定するが、逆にその態度が怪しくも見える。
まあ、図星なんだろうな……。
「ああ、そういうのがあるのね」
「たまーーーにな。神々に祝福を受けることはそうそう無いんやけど、お嬢みたいに神の声を直接聞いて祝福されることがあんねん……まあ、聖騎士で神の声を聞いたなんてのは、歴史上片手に収まる人数しかおらんけどな……」
なるほど。ミディが俺に突っ掛かってきた理由は一つだけじゃなかったってことか。
確かに聖騎士からしたら神の祝福を受けた死霊なんてのは、その存在そのものが面白くは無いだろう。
または、とんでもない不敬な発言をしたホラ吹きと認識されているのかもしれん。
「そ、そもそも私はその死霊が祝福を受けた等という世迷い言を信じてはいないッ! まして二柱の創造神様から祝福されるなどッ!」
「まあ、確かに二柱からの祝福となれば、ワイも初耳やな」
「であろう!?」
ここで俺が神域にて何故祝福を受けたか説明しても、受け入れて貰えないだろうなぁ。
などと考えていると、俺の耳朶にかすかに羽音の様な者が聞こえた。
距離はかなり遠い……のに聞こえると言うことは、相手もかなりの巨体であることが窺えた。
「二人とも静かにっ! 何か聞こえる……」
「何を……」
ミディが反論しかけた所で、レリオがそれを制止、自身の口元に人差し指を当てた。
レリオがかなり真剣だったため、ミディも息を呑んで発言を止める。
俺は再度耳に意識を集中し、同時に魔力を少量操作して遠くの音を拾おうとする。
バサッバサッ……。
苦労してその羽音を選別し、音源の方向に目を向ける。
星明かりが瞬く夜空をじっと見つめ、まだ遙か遠くにいるソイツに意識を集中する。先ほどと同じように目に少しだけ魔力を注ぐイメージで映像を拡大すると……それはいた。
「あれは……まるで……ドラゴン? いやでも何かが違う……」
強化した視覚で捕らえたのは、まさしく物語やゲームに登場するドラゴンだった。
ただ、そのドラゴンはどこか不格好というか、バランスが悪かった。
羽の一部が欠け、所々から白い煙が上がっている。
血の気は無く、くぼんだ眼窩に眼球が見当たらない。
あればまるで……。
「ドラゴンゾンビ!? いや、ゾンビって言葉はもしかしたらこっちには無いのか……ってそんな事はどうでも良いか。とにかく、こっちに向かってるみたいだな」
「「なッ!」」
俺の発言にレリオとミディが驚愕する。
「ワイはお嬢に報告してくるッ! ミディちゃんは警戒をッ!」
「分かっているッ!」
「でも無茶したらアカンで!?」
そう言ってレリオは即座に教会に向かって駆け出した。
「聖騎士がドラゴンとは言え、アンデッドに遅れを取る訳がなかろうッ!」
ミディは即座に抜刀して正眼にに構える。直後、ミディの体内から魔力が迸った。
ミディが構える剣に魔力が伝わると、その剣は一瞬震えるように振動すると、淡い光の文字を刀身に映し出した。
まだ人間の視力では対象を捉えることはできないだろう。なのにレリオとミディは俺の言葉に反応し、二人とも即時行動に移した。
その行動の早さに感服するも、同時に意外にも感じた。
レリオはともかく、ミディが俺の言葉を信じるとは思っていなかった。
だが実際にはミディは俺の言葉を疑うこと無く、即、剣を構えた。
「意外だな……俺の言葉を信じるとは……」
「別に貴様の言葉を信じたのでは無い。貴様が見た方向から邪悪な魔力を感じたから構えたまでだ」
「さいですか」
と言うことらしい。
信じて貰えた訳ではなくて、ちょっと残念。
「どうやら本当にここに向かっているようだ」
程なくして、そのシルエットが月明かりに浮かび上がる。
見事なまでに真っ赤な色合いのドラゴン……肉体を破損さえしていなければ、その美しさに見惚れていたかも知れない。
生物であることを疑いそうな程の巨体――尻尾も含めたら全長百メートルに届きそうなドラゴンは、アリィ達が駆けつけるより早く村の出口付近にある建物を踏み潰しながら着地した。
て言うか、これデカイよッ! デカ過ぎだよッ! 人間がどうこう出来る相手じゃないってッ!
そんなサイズ等問題じゃないとばかりに、ミディは一旦石壁の後ろに身を隠して、呪文の詠唱に入る。
「【我が主セレステリアよ、汝の下僕の声に耳を傾けよ】」
そう言えば、彼らと話せるようになってから呪文を唱えるのを聞いたのは初めてだな。
おかげで今回は何を言ってるかハッキリ分かるわ。
「【滅びの炎より、我が身を守り給え】」
なるほど。
恐らくはドラゴンブレス対策か……ってあれ? ゲームとかだとドラゴンゾンビって大抵……
「【耐火の守りを我に授けよ】」
「GOAッ!」
ミディが呪文を完成させたタイミングで、ドラゴンゾンビは毒々しい色合いをした吐息を村の中心に吐き出した。
「しまっ……ガッ……ゲフッ!」
…………やっぱり。
ミディが慌てて身を翻すも、村の中は瞬く間にドラゴンゾンビが噴き出した吐息で充満していた。
堪らずミディは胸元と口を押さえ咳き込む。
竜の吐息。
日本でもゲームなどのドラゴンでは炎を吐き出すし、赤いドラゴンなら炎を吐くイメージが強い。その辺りの認識は異世界でも同じようだ。
ただ、ドラゴンゾンビが吐き出したのは炎ではなかった。恐らくミディの様子からして毒ガスの類いだろう。
しかも建物によって円形に囲まれた村は、空気の通り道が無く、毒ガスを放つには絶好の条件が整っている。
実際、既に二階建ての屋根の上まで、毒々しい色合いをしたガスが充満しつつあった。
俺には効果が無いが、ミディの様子を見る限りかなりの強力な毒ガスのようだ。
このままではミディだけじゃない……アリィ達も毒ガスの被害を被るだろう。いや、既に手遅れかも知れない……。
ガスが撒かれて僅か五秒程度でここまでになるとは……しかもドラゴンゾンビは村の出入り口を封鎖する形で着地しており、それを退けない事には村から出ることも難しい。
…………つうか、この人……さっきアンデッドには後れはとらないとかなんとか言ってなかったか?
いや、今はそんなことは後回しだ。
このままではミディの命が危ない。
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
気が付けば、俺はドラゴンゾンビに飛びかかっていた。
何が出来るとも思えなかったが、何もしないのは得策じゃないと直感が働いた。
正直なところ、俺が動いたからと言ってどうなるものでもない。
俺にはドラゴンなんかを攻撃する手段はないのだから。
ただ動かずにはいられなかった。それだけだ。
同時に、以前ならそんな危険なことなど絶対にしなかっただろう自分の行動に、驚愕の念を抱いた。
そんな俺をドラゴンゾンビが《見た》。
いや、ドラゴンゾンビの眼窩には眼球は無く、炎の様な瞬きが見えるだけだ。
だが、ヤツは確実に俺を《見て》、俺の動きに合わせて首を振る。
次にはその巨体に相応しい巨大な鉤爪を振り上げ、アンデッドとは思えない速度でもって、俺を薙ぎ払った。
ドラゴンゾンビが動きを止めた。
そしてゆっくりと《背後にいる俺の方》に振り向いた。
「ふはははは……仕留めたと思ったか!? 残念だったな、それは残像だ!」
ウソですッ!
本体でしたッ!
ただ、鉤爪が俺の身体を透過したので、慌てて移動しただけですッ!
心臓がないのにドキドキしてるよッ!
ちなみに台詞は言ってみたかっただけですッ!
イメージしたとおりに飛翔できたので調子に乗ってみましたッ!
そもそも、言葉が通じてる訳ではないしね。
相手も意思とか無さそうだし、俺の言葉が聞こえたなどいないだろう。
アリィ達と違って、魔法による意思疎通をしているのでも無いし。
だが、ドラゴンゾンビは、俺を仕留められなかった事がお気に召さなかったのか、再度鉤爪を振りかざして攻撃してきた。
「はははッ! なんだ!? 当てられなかったことがお気に召さなかったか!?」
流石に挑発に乗った訳ではないだろうが、ドラゴンゾンビはフワフワと飛び回る俺を、執拗に攻撃してくる。
その巨大な腕を振り回す度に、村の建造物が破壊されたが、当然のことながら俺を捉える事はできない。
それでも攻撃の手を緩めることはしない。
落ち窪んだ眼窩には、何がみえているのだろうか?
まあ、俺自身も逃げ回るだけでドラゴンゾンビに攻撃する手段は何一つ持っちゃいないんだが…………いや、待てよ?
(これはチャンスなんじゃないか?)
こっちが攻撃することは出来ないが、相手が俺を――理由は分からないが――無視できないというなら都合が良い。
攻撃されても何のダメージも受けないことを幸いに、俺は攻撃が届きそうな距離を保ちながら村の外へと移動する。
ドラゴンから強烈な威圧感は感じる。だが、死ぬことが無い――というか既に死んでいる為か、俺に恐怖は無い。
そんな俺をドラゴンゾンビは敵と認識したのか、村の外まで追いかけてきた。
畑が一部踏み荒らされ、申し訳ない気持ちになるが、ドラゴンゾンビを村から引き離すことが先決だった。
充分村から離れた頃合いに、村の入り口の瓦礫を掻き分けミディが出てきた。
咳き込んでいるようだが、ひとまず無事なようだ。
ミディだけではない。
口元を抑えてアリィ達も村から出てくる。
アリィは一旦こっちを見た後、呪文を唱え始めたのか、アリィの周囲に先ほども見た魔法円の光が見えた。
「【不浄なる空気を浄化せよ】」
涼やかな声が響き渡ると、爆発するような魔力に吹き飛ばされるように、村に充満していた毒ガスが一辺に消失するのが見えた。
「レイジッ!」
「こっちはまだ持つッ! それより皆の治療をッ!」
俺の言葉にアリィは頷き、ミディの元に駆け寄る。
他の者も毒ブレスを吸い込んでいるだろうが、直撃を食らったミディが一番ダメージが大きいようだ。
必死に立ち上がろうとしているミディを、皆で制して横たえる。
さて、あっちは任せて、俺はコイツを何とか押さえつけておかないと。
うっかり彼らの元に突進でもされたら目も当てられない。
しかし……どうにかしてコイツをもっと大人しく出来ないだろうか?
……憑依とか、エナジードレインとかって、アンデッドにも効果あるのか?
ちょっと試してみるか。
レイジ:「ついにバトル開始ですよ。これこそ異世界ファンタジーって感じですね」
ドラゴンゾンビ:「GUGYAGYAGYAGYA!」
レイジ:「ちょっ……興奮して噛まないでくださいよ。俺じゃなければ死んでますからね?」
ドラゴンゾンビ:「GYAGYAUGAUGAAAAAA!」
レイジ:「え? 最近、歯茎から血がでる? それは歯槽膿漏というより腐敗が進行してるんじゃないですかね?」
ドラゴンゾンビ:「GYAGYAUGAUGYAUGAGAAAAA!」
レイジ:「え? そんな事言ってない? あんさん、ガウギャウしか言わんからいまいち分かり辛いわ」
ドラゴンゾンビ:「次回『どうやら異世界転生したはずが死んでる模様』第七話『どうやら俺はヒーローのつもりだったが怪獣大決戦の模様』、次回も大暴れするんじゃ!」
レイジ:「って普通に喋れるのかよッ!」