どうやら俺は霊獣と共闘する模様
「私も現代魔法については詳しくはないですが、それでも最大で全長一キロ程度と聞いています」
『貴様はその十倍以上の規模で【障壁】魔法を構築したのだ。しかも複数同時など……化け物以外のなんだと言うのだ』
「障壁というより、既に城壁……以上ですよ?」
『化け物が自身を化け物と認識していないなど、何の冗談なのだ?』
アリィとセヴェンテスが、交互に俺を化け物扱いする。
今日だけで何回、化け物って言われただろう?
今まで散々周囲の人間に化け物扱いされて来たが、遂には霊獣という人間より遙かに強大な存在にまで化け物呼ばわりである。
いや、以前、リーフにも似たような扱いされてるか?
しかし……【拘束】魔法で動けなくしたら、今度はアリィと連携して口撃されるとは思わなかった。
流石は霊獣。転んでもただでは起きないということか。
だが、縛られた事で、多少は話を聞いてくれるようになったのも、また事実。
ここは交渉に移らせて貰うとしよう。
「まあ、その非常識な魔法のお陰で、リルドリアの侵攻を一時的とは言え止めてるのだから、お礼代わりに俺たちの話を聞いてくれても良いんじゃないか?」
『礼……だと? 我を縛り付けたままか?』
おっと、遠回しに扱いを非難されたよ?
とは言え、仕方ないか。
縛られたままじゃ、素直に話す気にはならないだろう。
なのでここは、一旦拘束を解くことにした。
「分かった。拘束を解こう。だが、逃げたりするなよ?」
俺は少しだけ凄味を利かせて、そう忠告する。
凄味なんて大して無いけどね。元々、荒事が不得手な俺に、威圧感がある筈……。
『う、うむ、やっぱり落ち着いて話を聞こうではないか』
何故か俺を見て、セヴェンテスは震え声で答えた。
いや、そこまで怖いことはないと思うんだが?
「レイジ? また魔力がかなり漏れてますよ?」
「おっと、慣れてきたつもりだけど、油断するとすぐこれだ」
『な……何という膨大……いや、理不尽な魔力だ……』
セヴェンテスは俺の魔力に圧倒されたらしく、疲れた様に膝を折る。
この様子なら拘束を解いても、いきなり逃げ出したりしないだろう。
「じゃあ、一旦拘束解くぞ。【拘束解除】」
『ぐうッ……うう』
【拘束】魔法には、魔法を構築した術者のみが解除出来るキーワードが存在する。
そのキーワードを唱え拘束を解くと、セヴェンテスが小さく呻き声を上げた。
よく見ると、後ろ右足首が腫れている。
「痛めたか?」
『どうやら右後ろの足首を捻ったようだ』
「すまん。加減を誤ったらしい。すぐ治療しよう」
『は?』
「【我が主オグリオルとセレステリアよ、我に癒やしの力を与え給え】【傷の治癒】」
『なッ! し、神聖魔法も使えるのかッ!』
まあ、驚きますよね。
俺も未だに『何故俺なんかが《聖人候補》かつ《天使》なんだ?』って驚いてるし。
でもセヴェンテスはちょっと驚き過ぎだと思う。
なんか、すっごい頭を低くして上目遣いで俺の様子を窺ってるし。
まるで、俺より頭を上げちゃいけないみたいな態度になってるぞ?
「どうだ? 立てるか?」
『あ、ああ……』
そう言うと、セヴェンテスは最初はおっかなびっくり立ち上がる。
数度、怪我した脚で地面を踏みしめ、治癒した事を確認すると、俺を見て言葉を無くしていた。
「そんなに驚くことか?」
『天使を名乗りながら現代魔法と神聖魔法の両方を駆使するなど、非常識もここに極まれりとしか言えん』
「一応、天使認定されているのは本当なんだけど」
『確かに貴様からは天使としての気配は感じる。だが、他が規格外過ぎて《天使に似た何か》とでもしないと、脳も精神も、受け入れる事が出来ん』
酷い言われようである。
そしてアリィが大いに頷いているのも気にかかる。
「そんなに俺は、異常かな?」
『異常だ』
「異常です」
「…………………………」
一ミリ秒の間も開けず即答された。
「仕方ないだろ?俺、この世界に来てから一ヶ月もたってないんだし? 多少、常識に疎くたって……」
「そろそろ本気で常識を学んでも良い頃ですよ?」
アリィさん、怖いです。
なんか凄い怒ってますか? 怒ってますね。そうですよね。
『オグリオル様も、何故このような天使を遣わしたのか……』
「そ、そこには色々事情が……」
『ああ、説明せんで良いぞ、また頭が理解を拒絶しそうな予感しかしない』
段々、セヴェンテスの俺に対する扱いが雑になっている気がする。
俺の事を深く考えるのを、思考が拒否している感じもするけど……。
『で、これからどうする?』
「《魔国プレナウス》の手の者が森に向かったのは確かです。セヴェンテス様の眷属を手にかけたのも彼らでしょう」
「急がないと《聖遺物》を持ち出される可能性が高いし、その前に何とかして阻止したい」
セヴェンテスの質問に、アリィと俺は自分たちの意向を示す。
セヴェンテスも、《魔国プレナウス》の脅威は分かっているらしく、俺たちの意見を受け入れてくれた。
『遺跡は読心猿モードレットのヤツが守っている。《魔国プレナウス》の魔人と言えど、早々遅れを取る者ではない……筈だ』
「ですが、どのような強者、曲者が来ているとも限りません」
『そうだな。ただ、良いのか?』
それまでと違ってセヴェンテスがアリィを気遣うように聞いてくる。
てっきり人間の事は見下していると思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。
後で聞いた話だが、先代のリルドリア公爵とは懇意にしていたりと、人間達のこともある程度は認めていたそうだ。
それだけに、今回の力尽くでの侵攻には腹を立てていたらしい。
今は冷静に、俺たちと会話しているけど……。
「何が、でしょうか?」
『森の東に展開している人族にはファオリアのヤツが相手をしている。普段は我より冷静だが、眷属を殺された事で、理性を制御出来ていない可能性があるのだが、放置して良いのか?』
「ああ、それなら大丈夫だと思う。あっちにはリーフが向かってるし」
セヴェンテスの気遣いに、内心感謝しつつ、俺はそう述べた。
『リーフ? とは?』
「始まりの竜である、リーフェン・オルフェウス様です」
『は? あの引き籠も……いや、かの竜が貴様達に味方しているのか?』
引き籠もりって言いかかったよ? この霊獣!?
「ええ、リーフェン様は我々に味方してくれております」
『つくづく驚かされるな……』
まあ、始まりの竜って本当に神に等しい存在らしいからなぁ? アレを見てると、そう思えないんだけど……。
「さて、この後は……って、その前に…………そっちはどうだ? ラグノート」
俺はいつも通り、ラグノートに【遠隔発声】魔法を使って連絡を取る。
お互い外にいる分には、これで長距離でも連絡が取れるので、パーティを分断する場合、俺は必ずこの魔法を使っている。
『レイジ殿! 丁度良かった! やはりリルドリア公爵は本陣を大分前に発ったとの事です』
「ですが、少なくともこちらの前線にはいらっしゃいませんでしたよね?」
ラグノートの言葉を伝えると、アリィが不思議そうな顔をする。
本陣からは、煌牙狼ファオリアとの戦場の方が近い。
となると、やはりそっちに向かったのだろうか?
『いえ、我々は既にファオリア様と接触しましたが、リルドリア公爵のお姿は見えません』
なんですと?
途中で俺たちが追い抜いたのだろうか?
いや、それっぽい人物は見かけなかったと思うが……であれば、リルドリア公爵はどこに向かったのだろう?
もしやとは思うが……。
「まさか、リルドリア公爵は……既に森に向かったのではないでしょうか?」
嫌な予感がすると言いたげな顔をして、アリィがそう言う。
多分、俺も同じような顔をしていたと思う。
リルドリア公爵はかなり《聖遺物》に執着していたらしい。
実際には《魔国プレナウス》の連中に――それとは知らず――唆されたのだが、それでも相当固執していたとは、レーゼンバウムの諜報員による報告で分かっている。
そんな人間が、幾ら《白き風の森》の霊獣が強いからと言って、余所者に回収を任せるとは思いにくい。
となると……。
「高台から見た時は、《魔国プレナウス》の連中に同行してなさそうだったけど……跡を付けた可能性は高いかもな?」
「やはりレイジもそう思いますか?」
俺は、確信を持って頷く。
霊獣に喧嘩を売るほど《聖遺物》に固執していた人間が、全てを余所者に任せっきりにして、自分は街で待つとは思えない。
『急いだ方が良さそうだな?』
「ええ。それで、出来ればセヴェンテス様には遺跡までの道案内を頼みたいのですが?」
『分かっている、では聖女アルリアードよ、貴様は我が背に乗れ!』
「良いのですか?」
『今はそんな事を確認する時間も惜しいのではないか?』
「え? あ。はい!」
体勢を低くしたセヴェンテスに問われ、アリィは促されるまま、その背に乗る。
どうやら、セヴェンテスは俺たちに協力してくれる気になったらしい。
『たてがみを掴んでも良いぞ。ただししっかり掴まんと、振り落とされるぞッ!』
「は、はいッ!」
アリィの返事とほぼ同タイミングで、セヴェンテスは駆け出す。
俺?
俺は勿論、その後を飛んで追いかけました。
まあ、背に乗るとか出来ないので、これしか方法ないんだけどね。
■
煌牙狼ファオリアは大盾を構えた兵士達を、その爪で張り倒す。
もう我慢しなくて良いと自分に言い聞かせた後、ファオリアに躊躇の色は見えなくなった。
今は、完全に人族の敵対者である。
死者はまだ出ていないが、このままでは時間の問題だろう。
何より、ファオリア自身が、手加減の必要を感じなくなっていたのだ。
(装備が良いな……)
ファオリアはそんな事を考えた。
大盾を構えているとは言え、ファオリアの一撃に命を失わないのだ。
それだけ、兵士達の装備はかなり頑強であることが分かる。
それでも、ファオリアの一撃を食らった装備は、尽くがひしゃげ、使い物にならなくなっている。
二度目の攻撃に耐えられる事は、まずないだろう。
大体、防いだとしてもその衝撃の全てを吸収出来てはいない。
ファオリアに吹き飛ばされた兵士は、大抵が骨折するなどしており、まともに動くことも出来なくなっている。
普段であればそのまま見逃すところだが、今回は眷属を殺されている。
ファオリアにははこの地に攻め入った人間を、見逃す理由が無かった。
ファオリアは《白き風の森》に棲む霊獣の中では、尤も穏やかで優しい。
だが、一度敵と認識した相手には一切の慈悲を見せない。
いや、速やかにその命を絶つことこそ慈悲であるとすら考えている。
つまり…………。
『悪く思うな……』
ファオリアは瀕死の騎士の前に立つと、その巨大な爪を振り下ろす。
己の死を悟った騎士は、抵抗する気力も無く、その爪が自分を蹂躙するのを、ただ黙ってみていた。
だが、その爪が、何者かの手によって止められた。
周囲を震わす衝撃と轟音。
そこで何が起きたのか理解していたのは、唯一人。その一人だけが、ファオリアの一撃を完全に防いだことを理解していた。
そして、事態を一番理解していないのはファオリアだった。
攻撃を止められた。
それは分かる。
だが、それを成し遂げたのが、騎士達より遙かに小さな少女であったなど、理解出来るはずもない。
しかも片手で、である。
武器や防具らしいものは何も身につけていない少女が、道ばたに生えた木の枝を掴むように、ファオリアの前足を掴んで止めていた。
『な、なんですと? あ、貴女みたいな少女が、どうやって私の一撃を止めたのですか?』
「そう驚く程でもないわ。始まりの竜たる妾には、それこそ朝飯前よの?」
少女の言葉にファオリアは心臓を吐き出すんじゃないかという程に驚く。
いや、ファオリアに限らず、その場にいた騎士達も、全員が一様に目の前の光景を理解できず、ただ黙って見ていた。
『始まりの竜……ですと? そんなまさか?』
「そのまさか、なのじゃ。リーフェン・オルフェウス、ただいま参上なのじゃッ!」
そう言って、リーフはニカッと笑った。