どうやら俺は霊獣にも化け物扱いされる模様
『化け物め……大体、今どうやって我が【神雷槍】を防いだ? どんなに魔力が高かろうが、第二階位魔法で防げる様なものではないぞ!?』
「化け物とは失礼な。ただ単に多重詠唱で【障壁】を五枚重ねて展開しただけだぞ? それをあっさり四枚も破壊しておいて、どっちが化け物だよ?」
あの一撃は、魔法を完全に破壊したんだからな?
普通信じられるか?
俺がこの世界で得た知識によれば、魔法を破壊するのは【魔法解呪】魔法によって破壊する以外に方法が無い。
防御魔法に強い攻撃を与えた場合、防ぎ切れなかった攻撃が、防御魔法を透過することはある。
それでも『防げなかった』だけで、防御魔法を『破壊』は出来ない。
なのに、セヴェンテスの【神雷槍】とやらは、こちらの【障壁】魔法を『破壊』したのだ。
流石は《霊獣》と言ったところか。
並のモンスターとは訳が違うと……
『………………何を言っているのだ? 貴様は?』
「え?」
『多重詠唱とは何だ!?』
「いや、複合発声術式(俺命名)で、同一の魔法を五つ同時に詠唱したんだけど?」
『は? そんな事が出来る訳なかろう!?』
「いや、割と簡単にできたし?」
『化け物中の化け物だな、貴様……』
そう言うと、セヴェンテスは腰が引けたかのように、一歩下がる。
どうやら俺は霊獣がたじろぐ程の化け物だった模様。
あれ?
おかしいな?
俺は、元々は単なる幽霊なんだけど、何故化け物扱いされるのか?
大体声帯で喋ってるんじゃ無いんだから、空気さえ振動させる手段が分かれば、発声の多重化なんて幾らでも可能だろうに?
「【苦痛に喘ぐ主の僕達に、祝福と癒やしを与え給え】」
俺とセヴェンテスが言い争っていると、場にそぐわない程に澄んだ声による詠唱が、静かな演奏のように周囲を満たす。
「【偉大なる癒やしの手】」
天から光が降り注ぎ、周囲に倒れている者に降り注ぐ。
それまで虫の息だった大半の騎士や兵士が、数回咳き込んだ後、文字通り息を吹き返す。
アリィの第七階位神聖魔法。
広範囲治癒術である【偉大なる癒やしの手】。
現行、アリィが事前準備無しに使える、最高階位の神聖魔法。
その魔法効果範囲は絶大。
セヴェンテスの【神雷槍】で倒された人間の全てが、その恩恵を受けていた。
って、とんでもねぇな?
僅か数秒で瀕死だった兵士達が次々起き上がるのを見て、セヴェンテスが声も出ずに固まってるぞ?
俺も、セヴェンテスと何で言い争っていたか、忘れるほど驚いてるけど。
いや、だって。範囲にして、半径数百メートルには届いているぞ。
事前に準備したり触媒を用意したりってなら、まあ分かるけど……それも無しに、いきなりの呪文詠唱だけでこれだけの効果って……。
散々化け物呼ばわりされた後で、もっと凄いモノ見た感じなんだけど。
「で、レイジ? その姿は何なのですか?」
「え? 何って……?」
「いや、その翼は?」
「あ、アレ? こっちの天使って翼生えてないの?」
アリィは額に手をやると、揉み込むように抑え、一つ溜息を吐く。
「レイジ? こちらの世界の天使は通常、翼を持ちません。高位の天使の場合、翼を持つことがありますが、それでも一対……三対の翼を持つ天使の例は、過去にありません」
「え? 本当に?」
「……はい、残念ながら」
それを聞いた俺は、慌てて翼の数を減らし、一対にする。
何か周囲から息を呑む感じがするが、ここは気にしない。
「三対って何のことかな? 見ての通り一対しか……」
「レイジ……もう遅いです」
「………………やっぱり?」
振り返れば、セヴェンテスが物凄い形相でこちらを睨んでいる。
理由は分からないが、その視線は俺だけに向けられているのではない。
俺とアリィ、それに再び立ち上がった兵士達に向けられている。
……人間に対する敵意?
『貴様が《聖女》アルリアードか?』
「はい、お初にお目にかかります。セヴェンテス様」
アリィはそう答えると、恭しく頭を下げる。
対するセヴェンテスは、不満を隠さず、鼻を鳴らして僅かに首を振った。
『所詮は貴様も人間と言うことか。我に敵対すのだな?』
「いえ、この場には別の要件で参りました」
『では何故その者達を助けた』
「死に瀕しているものを黙って見過ごせば、聖女としての責務を全うしたとは言えません。ましてそれが争いの結果であれば尚更です」
威圧感を抑えようともしないセヴェンテスに対し、アリィは毅然と答える。
その行為は《聖女》として立派なものだったが、セヴェンテスはお気に召さないようだ。
『つまりは我の邪魔をすると、そう言うことだな?』
「いえ。ですが、出来ればこの争いは止めたいと思っております」
『不可侵の盟約を一方的に破棄し、軍隊をもって攻め込んで来たのは人族ぞ? 止めたいと言うなら、我ではなく、人族を止めるべきであろう?』
「勿論、リルドリア側にも手を引いて頂くつもりです。ですが、だからといって大勢の人間が死んで良いという理由にはなりません」
アリィにそう言われ、セヴェンテスは『むぅ』と呻き、口籠もる。
「それに今回の件、かの《魔国プレナウス》が関わっております」
『……あの魔国がか?』
「はい。かの魔国にそそのかされた者にも責任はございますが、ここは一度剣を収めて貰いたいのですが?」
セヴェンテスはしばし黙考する。
その目はアリィをジッと見据えており、その真意を探っているようにも見えた。
やがて、セヴェンテスはアリィを見つめ、はっきりと答えた。
『断る』
その声に、アリィを含む周囲の人間から、驚きにも似た疑問の気配が沸き立つ。
俺としては予想の範囲内だったんだけど……。
セヴェンテスの言い分は――《盟約》とやらが本当なら――正しい。
一方的に戦争を仕掛けておいて、撤退もせずに領土内に居座るのであれば、殲滅するか捕らえるかするしかない。
ただ、今回は《魔国プレナウス》が関わっている。
ヤツらが先に《白き風の森》に入っている可能性が高い以上、これ以上押し問答で時間をとられるのはマズい。
「《魔国プレナウス》が関わっているのですよ? 彼らは既《森》に入っているかもしれないのに?」
『それがどうした? 今すぐこの場にいる人間達を倒して、森にとって返せば済むことではないか?』
「そ、それは……」
アリィはそこで言葉に詰まる。
霊獣にとって、不可侵の森に侵攻する人族はどこの所属に関係なく敵であり、打倒する相手である。そんな霊獣の考えを覆すだけの材料を、アリィは所持していない。
「「「「「【マナよ、縄となり網となりその力を示せ】【荒れ狂う脅威の戒めとなれ】」」」」」
「レイジ!?」
俺が呪文詠唱をしたことに、アリィが声を荒げる。
セヴェンテスも警戒を露わにし、額の角から雷を発する。
とは言え、流石にもう遅い。
「「「「「【魔術師ガレットの拘束】」」」」」
『グギュッ!』
【拘束】魔法を五つ同時に発動し、セヴェンテスを雁字搦めにする。
一瞬で全身を魔法のロープで固定されたセヴェンテスは、踏まれたカエルみたいな声を上げて、その場で動けなくなる。
『やはり化け物は貴様では無いか……まさか、第二階位魔法で拘束されるとは思わなかったぞ?』
後でセヴェンテスから聞いたのだが、通常の【拘束】魔法では霊獣であるセヴェンテスを拘束することは出来ないらしい。
通常であれば、一瞬で魔力の流れを読み取り、拘束から抜け出す事が出来る。
だが、多重詠唱術式による五重の束縛は、セヴェンテスをもってしても、魔力の流れや構造を読み切れなかったそうだ。
「今は時間が無くてね。《魔国プレナウス》の連中に、ここにある《聖遺物》を持って行かれる訳にもいかないし」
『なんだとッ! アレを持ち出そうと言うのかッ!』
縛られたままのセヴェンテスが、まるで俺が持ち出そうとしているかのように、怒りをぶつけてきた。
いや、俺が持ち出そうとしてる訳じゃ……と言い訳しようとしたが、そもそも俺もそれが目的でここに来てたんだった。
「まあ、俺もその《聖遺物》が目的でこの地に来たんだけどね?」
『貴様らも同類ではないかッ!』
「いや、俺たちはオグリオル様から許可を得ているんだけどね?」
『こんなことをされて、信じられる筈がなかろう!?』
「時間が無くてね」
『あれだけの異形と異様を見せられて、信じられるものかッ! それに、貴様らは人族の手引きをしているではないか!?』
セヴェンテスは俺たちの背後に視線を送る。
其処には先ほどアリィの治癒魔法で立ち上がるまでに至った騎士達がいた。
皆が口々に『霊獣が動けない今がチャンスなのでは?』などと言っている。
「「「「「【魔術師ボルドアの障壁】」」」」」
俺は咄嗟に、今度は騎士達が森に近づけない様に【障壁】魔法を展開する。
何人かの騎士が魔法で作られた光る壁にぶつかり、その場で尻餅をついた。
これで、しばらくは騎士達が森に近付く事は出来ない。
いや、これだけだと物足りないか?
ついでだ。
「「【魔術師ボルドアの炎の壁】」」
俺は呪文を構築すると、【障壁】魔法を挟み込む様にして【炎の壁】を展開した。
これなら、上を乗り越える様な真似もしないだろう。
空でも飛ばれたらアウトだけど、それが出来るなら既にやってるだろうし。
ただ、俺が展開した魔法を見て、セヴェンテスがカチカチと歯を鳴らし、震えているのが気になるが……。
「これで、当面時間稼ぎはできるよな?」
『なんだこれは!? 何の冗談だ!? こんな広範囲に【障壁】と【炎の壁】を展開するだと? こんな巫山戯た魔力、あってたまるかッ!』
「そんな事言われてもなぁ……」
確かにパッと見、障壁の端っこがかなり遠いのが分かる。
俺の位置から、左右に何キロ展開しているのかは、見た目では分からないが、一キロとかそんな短い距離ではなさそうだ。五キロ以上は確実かなぁ?
「でも、こんなもんなんじゃねえの?」
『そんな訳があるかッ! こんなの聞いたことも無いわッ!』
「レイジ、流石に非常識です」
何故か敵味方問わず、同時にツッコミを食らった。
むう。なんか釈然としない……。




